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◆ 静かな眠りを(1)


『返してくらあ』

 と言って、クヴァールへ向かったまでは良かったが。
 イダヴェルの領地に差し掛かったあたりで、ふと気づく――そういや城は燃えちまったんじゃねーか。

(あー……なんつったっけな、あのオヤジ? 叔父様とか呼んでたし、たぶん、あいつんトコにいるんだろうな)

 悪い人間じゃなさそうだったが、あれまた疲れる野郎だった。なるべく顔を合わせたくない。
 居場所さえ判れば、そこらへんの村人に頼むって手もあるが。
 さすがに 『あんたのジジイは殺したぞ』 って一文だけ送りつけるのは酷だろう、といって、他になにをどう書きゃあ良いか――普段まったく手紙なんてモノに縁が無いオレには、見当がつかない。
 しかも同封する物が指輪となると、万が一、赤の他人に預けて紛失盗難といったトラブルが起きたら厄介だ。
 出所はどうあれ純金製、しかも遺品。
 気乗りしないが、やっぱり直に渡した方が後腐れもなく済むだろう。

 考えながら歩いて行って、黒焦げになった城跡を横目に通り過ぎ。
 とりあえず記憶を頼りに、あのときイダヴェルの叔父貴が駆け上がってきた丘を、下って麓へ降りてみる――そうしてすれ違った羊飼いや釣り人に訊ね歩くうち、


「ああ、イダヴェル様の?」
「ロンディン様のお屋敷ですよね? この道を、ずっと東に行けば見えてきますよ」


 けっこうあっさり、それらしい男の噂は聞こえてきた。
 ロンディン……そういや、そんな名前だったような気もする。

 しかし、城が見つかったら見つかったでどうする?
 あのオヤジが主となると、たいした警備員も番犬も置いてなさそうに思えるが――女の部屋に不法侵入ってのは、さすがにマズイか? 正面から訪ねていくしかないか。
(……めんどくせ)
 面倒だが、厄介事を後回しにすると余計に面倒くさくなるから、とっとと終わらせてしまうに限る。

 分かれ道で立ち止まり、一息ついて。
 さて城はどっちだと辺りを見渡すが、視界いっぱい、青々とした農村風景が広がっているだけだ。

「なあ! ロンディンって貴族の家、どっちの道を行きゃあいい?」
「ん?」
 カボチャ畑の雑草を毟っていた農夫に声をかけると、そいつは、首に巻いていたタオルで汗を拭きつつ振り返り、
「おおっ、グリフィン殿ではないかー!?」
 どたどたと駆け寄ってきながら、いきなり親しげにオレの名前を呼んだ。
「は?」
「久しぶりだなぁ。その節はどうも、姪たちが世話になって! ……で、ワシに何か用かね?」

 姪?
 ワシに用?
(なんの話だよ、っつーか誰だよオマエ?)
 困惑しつつ訊き返しかけて、麦藁帽子で半分隠れた顔に目をやり、
「げっ!?」
 見覚えある人間だと気がついた瞬間には、もう反射的に叫んでしまっていた。
「城が火事になってたときの暑苦しいオヤジ!!」
「ご挨拶だのー。ま、暑苦しいとはよく言われるから否定はせんが」
 農夫、もといイダヴェルの叔父貴は気分を害した様子もなく、はっはっはと豪快に笑い飛ばして。
「な、なにやってんだ、あんた……?」
「野良仕事」
 脱力するオレに、けろっと答える。
「そりゃあ、見りゃ分かる! だからなんで、こんなとこで畑耕してんだよ?」
「ここいら一帯ワシの土地だから」
「確認しとくが、あんた貴族なんだよな? イダヴェルの叔父なんだよな?」
「なんじゃい。貴族が畑におっちゃいかんっちゅー法律でもあるんかい」
「なにもそうは言っちゃいねーけどよ。貴族の奴らは野良仕事なんかしねぇだろ、普通」
「まあワシ、百姓育ちというか。お天道様のおかげで地主なんて呼ばれとるが――貴族扱いされるようになったんは、姉が、領主の息子の嫁になってからのことだしなぁ」
 うーん、と空を仰ぎつつ腕を組み、
「この鍬裁きを見い! 年季入っとるだろ?」
 自慢げに得意げに、畑の隅をザクザクと掘り返し始める。
 濃い眉、赤ら顔、骨太な手足。確かにタキシードなんかより、よっぽど野良着が似合いそうな風体だが。
「……ちなみにイダヴェルは、父親似か? 母親似の子供だったのか?」
「母親そっくりだよ。ワシが言うのもなんだが、器量良しの姉でなー。美人薄命とはよく言ったもんだ」
 そりゃあ奇跡だな。
 イダヴェルか、母親の方か、どっちがなんだかは知らないが。
「まあいいや。あんたに会えりゃ話は早い――これ、あいつに渡しといてくれ」
 布切れにくるんでおいた指輪を、懐から引っ張り出して押し付ける。
「頼まれ事は片付けた。これはあんたの物だって」
「イダヴェルに……?」
 首をひねりながら、無造作に、布を摘み上げたロンディンは、手のひらに転がり落ちた金のリングを見とめ、すっとんきょうな大声を上げた。
「なんじゃなんじゃ、プロポーズか!」
「はぁ?」
「いかんよ青少年。こういう大切なモンはなぁ、いくら恥ずかしいっちゅうても手渡さんと、盛り上がりに欠けるしガッカリされてしまうぞ。おなごに」
 …………なにを勘違いしてやがんだ、このオヤジ!?
「ち、違う! そりゃ、じーさんの遺品だ!」
 あわてて事の次第を話そうとするオレを、おもしろそうに眺めつつ、
「ほうほう。先祖代々伝わる婚約指輪を?」
「オレのじゃねえ!」
「そーいう仲ならそういう仲と、言ってくれれば良かったものを水臭い! しかしイダヴェルがなぁ――まさか初恋のひとつもしたこと無いんじゃなかろーかと心配でしょうがなかったが、いやはや――先走って見合い話なんぞ、頼み回らんで良かったわい」
 にかにか満面の笑みを浮かべながら、肘でオレの脇をつついてくる。
「今日は泊まっていくかね、ん?」
「テメエ、ヒトの話を聞け!!」

 オレは、腹の底から絶叫した。
 外見は似ても似つかないが、思い込んだらというか思い詰めたらというか……こっちの都合や顔色に無頓着で、口を開けば一方的にしゃべり続けるあたりそっくりだよこいつら。



 結局。
 くだらん誤解を解く為だけに、浮かれたオヤジ相手に、噛み合わない会話を延々と30分近く繰り広げる羽目になった。


 そうしてようやく辿りついた、古い小さな城の中。


「……そうか、ビュシークは死んだか」
「いいのかよ? オレなんかに敷居を跨がせて」
 単純な疑問と同時に、込み上げてきた皮肉った気分のまま訊ねるが。
「 “家族の仇” だろ?」
「いや。我ながら薄情だとは思うが――正直言って、ホッとしとるよ。君には、いくら礼を積んでも足りんくらいだ」
 イダヴェルの叔父貴は、苦笑いして首を振るだけだった。
「しかし……身内の死を悼む気になれんっちゅうのも、悲しいもんだな」
 ただ、先に立って進みながら、溜息に似た口調でつぶやいた。
「悲しいもんだ」

 かけてやる言葉なんざ持ち合わせていない、オレは黙って、ロンディンの丸まった背中を眺めていた。

 ヒトの価値は、生きているときより、死んだときにどれだけの人間が泣いてくれるかで判ると――いつ、どこでだったか、そんなふうに聞いたことがある。
 このオッサンとビュシークに血の繋がりは無いようだが、それでも。
(……馬鹿な野郎だ)
 もしかしたら、それなりにあったのかもしれない肉親の情や、周りの信頼まで、最後の最後でぜんぶ台無しにぶち壊して逝ったわけだ――あのイカレ領主は。


「イダヴェル、入るぞー? お客さんだ」
「はい。私にですか? どちら様で……」

 姪の返事もろくに待たず、ロンディンは、ごんごんとノックするなり部屋の扉を開けてしまった。

「ぐ、グリフィン様!?」
「……よお」

 唖然と振り返ったイダヴェルに、切り出す第一声が思いつかず、オレは気まずく片手を上げた。
「…………なんだ、仕事中かよ? ジャマしたな」
 鼻につくインクの匂い。テーブルには、どっさり積み上げられた紙の束。
「いいえっ、あの! これは」
 弾かれたように椅子から立ち上がり、ぶんぶんと首を横へ振りながら、
「疫病騒ぎの折に、あちこちから寄付金を戴いていまして! 入院していた子供たちも、ほぼ完治したので――お礼状を書いていただけですから。中断しても、まったく問題ありま」
 持っていた羽ペンをテーブルに戻そうとしたイダヴェルの手が、ハガキの山にぶち当たり、
「ああっ!?」
 何百枚とありそうな白い紙が、ばさばさばさーっと見事な雪崩を起こして床に散らばった。
「あ、足の踏み場が――」

 涙目で真っ赤になりながら、すみませんすみません少々お待ちくださいと平謝りしつつ、床掃除を始めるイダヴェル。
 あまり動じた様子もなく姪をなだめ、片づけを手伝い始めるロンディン。

「……そうかよ」

 世間一般的には、オレが謝る場面のような気もするんだが。
 なんかやっぱり、こいつ苦手だ。



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イダヴェルの父親は亡くなっているようですが、そういや母親についてはゲーム中言及されてなかった気がする……ので、ちょっと背景を捏造してみたり。