◆ ヤドリギ(1)
アレス地方、ククタ。
イェラセル大陸中央に位置する田舎町の、片隅に、ルイーゼ・ラズリースは宿屋を構えていた。
看板のデザインは、枝に止まった鳥を模している。
歩き疲れた旅人に休息を――と想いを込め、5年前に作ったものの、こんな辺境を訪れる客は滅多におらず。鳴いているのは閑古鳥。
裏を川が流れており、食料のほとんどは家庭菜園で賄えるから、生活に困りはしないが……正直、退屈だった。
だからその日、昼下がり。
1階に併設しているカフェを訪れた二人連れは、否応なしにルイーゼの目を惹いた。
戸口に飾っているベルが、ちり、りりんと来客を告げ、
「いらっしゃいませ」
「こんにちはー」
二十歳そこそこと思われる娘が会釈しつつ、ひょこっと店内を覗き込んだ。
顎のラインで切り揃えられた、ライトブラウンの髪がさらりと揺れる。アイスグリーンの瞳に、異国情緒を感じさせる同系色の衣服。胸元や手首を彩る、金の装飾具が涼しげだ。
「ティセナさん……なんですか、ここは?」
続けて、物珍しそうに周りを見渡しながら、同じ年頃の青年が姿を現す。
アッシュブロンドの短髪に、ダークブルーの双眸。黒基調・剣士風の出で立ちが、細身の体躯をよりシャープに魅せていた。
「ちょっと休憩。いきなりラファエル様に呼び出されて、こっちに来るまで息つく暇なくて、資料もまだ見てないでしょ」
答えた彼女は、すたすたと奥のテーブル席に歩いていった。
「美味しいお茶でも飲まなきゃ、やってらんないよ――ルシード、ほら、こっちこっち」
手招かれた青年は、少々ぎこちない足取りでそちらへ向かう。
向かい合わせにメニュー表を挟み、あーだこーだとひとしきり騒いで、日替わりパスタランチセットを注文した男女は、
「じゃ、ひとまず一週間の予定決めちゃおうか」
手荷物の中から世界地図や筆記具を取り出すと、異変がどうの協力者がこうのと話し合いを始めた。
「…………」
気を散らしつつも料理の手だけは休めず、ルイーゼは、断片的に聞こえてくる会話に耳をそばだてる。
「だいたい私の上司はミカエル様なのに、なんでよりにもよって一番嫌いなヒトの管轄の仕事が回ってくるかなー、もう!」
「“ここ” と最高レベルの共鳴を示したって、実際どうなんですか?」
「相性が良いのは確かみたいよ。インフォスにいた頃より、格段に楽だもの」
知らぬ固有名詞が飛び交う、話の流れはいまいちよく分からないが――どうやら彼女たちは、なんらかの組織に属しており、世界情勢を調査するよう命じられたばかりらしい。
(魔導士ギルドの、ウォーロック……かしら?)
ルイーゼ自身はごく平凡な独り身の女だが、かつて身近に魔力を持つ者がいた。どこがどう、とは言えないが共通する雰囲気がある。
「――資質者を探しに行くのは、いいとして。発見後の連絡手段はどうするんです? 結晶石を使うんですか?」
「あー、まあ、石も渡すけど。これだけ相性が良いと、回復のためにラキア宮に戻る必要ほとんどないから、荷物も置いとける連絡所みたいなトコがほしいなーと思って」
グラスの水を瞬く間に空にした娘は、
「って、そうだった」
山菜サラダを盛り付けていたルイーゼに、声をかけた。
「あの、すみません。表の看板を見たんですけど、ここは宿屋も兼ねているんですよね」
「ええ」
パスタセットのトレイに、セルフサービスの水差しを追加しながら、肯いて返す。
「私たち、仕事の関係で、しばらくこのあたりを拠点に動くことになるんです。部屋二つ、借りられますか?」
「もちろん。久しぶりのお客さまだもの、歓迎するわ。予定はどのくらい?」
宿泊料は半額前払いになるけれど良いかしら、と差し出した宿帳に、二人ぶんの名前を記した娘は、
「うーん、未定なんです。留守にすることも多くなりそうだから、1ヵ月分くらいまとめて払っておきたいんですけど」
お世話になります、とかしこまって頭を下げた。
ルイーゼは微笑んで返しつつ、宿帳に視線を落とす。
ティセナ・バーデュア。
ルシード・ストラトス。
この日より三年近く “ヤドリギ” に長期滞在することになる男女の、それが名前だった。
冒頭が天界のオープニングシーンから――だと、インフォス編と被るので、ちょっと違う感じにしてみました。しかし、のっけからオリジナルキャラを出すのもどーだろう。