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◆ 吸血鬼ハンター(2)


 玉座へ近づくものの気配に、レイブンルフトは目覚めた。

「……なんの用だ」
「お休みのところ申し訳ありません。王」

 蝋のような体躯に、毒々しい紫の外套を纏い。
 吸血鬼ブラスは、うやうやしく膝をついた。
 命どころか自我さえ持ち合わせぬ輩が多い、アンデッドの群れにおいては珍しく、理性と知略を兼ね備えた男だが――レイブンルフト自身は、こいつを煩わしく感じることの方が多かった。

「帝国の魔女が本格的に動き始めたようです。その目的は、天竜復活であると」
 たとえば、そう。こんなときだ。
「野放しにしては、いずれ、こちらの領域を侵しかねません……如何いたしましょう?」
 一方的に崇め、なにかにつけて持て囃し、些末事を大仰に報せてきては指示を求める。脳が腐ったゾンビならともかく、わざわざ強者に媚びへつらい、機嫌取りめいた真似をする必要もなかろうに。
「放っておけ。我々には関わりの無いことだ」
「しかし――」
 相手の懸念には察しがついたので、レイブンルフトは、早急に会話を打ち切るべく先回りして答えた。
「天竜は甦らん」
「は?」
 滅多に見ないブラスの間抜け面に、表には出さず失笑しながら。
「あれの再臨に必要な魔石は……遥か昔に、その力を封じられた。術の解き手は、もう何処にもおらぬ。ティルナーグの血流を手に入れようと、儀式を行うまで、かけられた呪いの存在を見抜けもせんだろう」
 天竜は、ありとあらゆる生物の魂を食らいつくす。
 餌食を失えば、ヴァンパイアも飢え死にするより他に無い。
「暇潰しに眺めていたらどうだ? 連中の計画が徒労に終わる、その一部始終を」
 同じ闇の眷属といえど、本質は相容れぬもの。
 魔族、そして堕天使。
「脆弱な人間どもは、牙に抗う術を持たず。アルカヤが、サタンの化身に捧げられることもない――この血塗られた大地は、永久に我らのものだ」

 マガイモノの “炎の魔女” など、恐れるに足らぬ。

「住処を荒らされると騒ぐ者たちへは、そのように伝えても?」
「ああ。これまでどおり好きに貪り、好きに眠るがいい」
 くっと嗤い、レイブンルフトは言い添えた。
「だが、派手に食い散らかしてハンターに目をつけられようと、私は慈悲を与えんぞ。せいぜい背後に気をつけろ、とな」
「……ああ、そうでした!」
 するとブラスは、奇妙な間をおいて眼光を細める。
「もうひとつ、ご報告が。スラティナを根城にする同胞たちが、ここ数ヶ月、ハンターの手により根こそぎ狩られておりまして」
 だからどうしたと、半ば聞き流していたレイブンルフトだったが、
「鬼神のごとく刀を振るう、黒髪の――若者の姿が、王に生き写しであったと」

 最後の台詞を聞きとがめ、足元にひれ伏すヴァンパイアを睨みつけた。
 死人の腹から生まれたと噂される “忌み子” を、育てた村ごと滅ぼせと命じたのは、八年前のことだったはずだ。

「それが戯言でなければ、貴様の怠慢か? ブラス」
「面目ございません。ハンターの特徴を聞く限り、あのときの子供が逃げ延びていたようです」
 弁解するその口調は、畏怖に満ち満ちているようでありながら。
「確かに息の根を止めたはずだったのですが、まさか、生きて我々の前に現れるとは――下等種の血が混じっているとはいえ、さすが王の御子。類稀なる “力” をお持ちのようですな」
 どこまでも慇懃無礼にしか響かず、レイブンルフトは顔をしかめた。
「……ふん、まあいい」
 直に手を下さずとも、遠からず、人間としての寿命は尽き果てるだろうが。
「役に立つようなら、こちらに引き入れろ。どこまでも逆らい続けるなら、今度こそ殺せ。さもなくば、私が直々に貴様を滅ぼす」
「畏まりました――肝に銘じましょう」

 芝居がかった辞儀をして、ブラスは去った。
 玉座の間に、静寂が戻る。


「……死ねぬ運命……か」


 ぼそりと呟いたレイブンルフトを、唐突に、乾いた衝動が襲う。

 物言わぬ躯となった母から生まれ、屍の山をかい潜ってなお、このアルカヤに在り続ける?
 それは、なんの必然だ。

 辺境の最北、ラグニッツ。
 凍土と氷河を砦とした “不可視の城” に住まう、吸血鬼の王は――それから飽くまで、くつくつと無音で嗤い続けた。



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クライヴの父親で、吸血王。さらには古代勇者ヴァルティールだった、レイブンルフト。
彼は 『パンドラ』 の裏主役だったりします。