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◆ 聖王国の教皇(1)


 ……声が、聴こえたんだ。
 歌うように透きとおって、綺麗だと思った。

 壁画に描かれた、古の戦い。天使との絆。
 呪われた剣士の血筋に、受け継がれた記憶と、生まれ持った “癒しの手” ――千年前の勇者たちが、なにを思っていたにしろ。

 宿命なんて、信じるガラじゃないから。
 あのとき立ち止まって振り向いた、そのことに、もったいぶった理由なんか要らない。


×××××


 昨晩を、思い返してみる。
 酒はグラス二杯飲んだだけで、気持ちよく熟睡した。二日酔いで幻覚を見ているわけじゃないはずだ。
 今朝を、思い返してみる。
 副教皇が呼んでいるとかで、枢機卿に叩き起こされはしたが、寝惚けて夢を見ているわけでもないはずだ。

 じゃあ、アレはなんなんだ……?

 ロクスは顔を引きつらせ、大聖堂へと続く階段の手摺から身を乗り出していた。
 眼下には――噴水を中心に、花壇と広葉樹がぐるりと輪を描いている、中庭。
 隅の木陰に、古びたベンチが置かれているのは、いつものことだ。教皇庁の敷地内を、白鳩の群れがたむろっているのも珍しいことじゃない。
 けど、そこに翼の生えた女の子が座ってるってのは、なんの冗談だ。天使の仮装か?
 今は真冬、一月で、復活祭も収穫祭も思いっきり時期外れじゃないか。

 鳩の集団にまとわりつかれて、楽しげな笑い声を響かせている相手を、目を眇めつつ観察してみる。

 年齢は、自分より2.3下だろうと思われた。
 朝陽に透ける、色素の薄い髪。光沢あるライトグリーン基調の衣服は、ワンピース――と呼ぶには奇妙なデザインで、首から胴をぴったり覆っているものの、あとは肩も手足もむき出しである。彩を添えている金のアクセサリも、彼女に似合ってはいたが、季節感の欠片もありゃしない。
 おまけに、背中の翼。
 それが造り物めいていれば、まあ、どこかの劇に出演予定の素人女優だとか、ムリヤリ納得することも出来るだろう……が、どう目を凝らして見ても、鳩のそれと同じようにバサバサ動いているのだ。
 もう少し近づいてみるか、このまま通り過ぎるか。二つの選択肢の間で揺れていると、

「……?」

 こちらの視線に気づいたらしく、娘の方がふっと顔を上げた。
 逆光が眩しいのか、まるで親の仇でも見るような険しい目つきで睨みつけてくる。
(な、なんだよ!?)
 たじろぐロクスに浴びせられていた感情の色は、不審から純粋な疑問に入れ替わり、
「――ああ!」
 ややあって、そこから一切の毒気が抜けた。
「大変よ、あなたたち。空中に浮かんだまま、止まってるように見えてるわよ」
 彼女は、自分の頭に乗っかっていた鳩をのんびりした仕草で膝に抱え降ろすと、そいつに向かって話しかけた。
 大変よ、と言いながら、焦りの欠片もない口調で。
 当の白鳩はくるっと首をひねったが、ばさり羽ばたいて逃れると、また胸をそらして元の位置に鎮座する。
「あー、こらこらこらッ」
 咎められても入れ替わり立ち代り、頭上を舞っては肩に乗り、ベンチ周りを埋め尽くす十数羽の鳩。これで収拾がつくはずもなかった。
「ま、そんなの白昼夢で片づけられて終わりよね――って、重い重い、くすぐったいって!」
 あっさり問題放棄すると、また鳩とじゃれつつ笑いだす、妙な格好の娘。

 夢うつつか、幻か。ひとつ降りていって確かめてやろうと、来た道を引き返しかけたところに、

「おい、ロクス! てめえ、話がある」
 どたどたと荒い足音、それから現実を突きつける、華も潤いもない男の怒鳴り声。
「今日こそは貸した金、耳を揃えて返してもらうからな!!」
「君か……」
 このところ、取り立てに来たのをテキトーな理由をつけて門前払い――を、十回ほど繰り返していた金融業者だった。
 ロクスは、うんざりと顔をしかめる。
 朝っぱらから。しかもこんなときに、はた迷惑な……元より “後は野となれ山となれ” と (無責任なことを) 思っている借金だが、ますます返済の気力が失せた。
「その話は、後にしてくれないか? 今は副教皇に呼ばれているんだ」
「やかましい、もうその手には乗らんぞ。返せ返せ、今すぐ全額返しやがれー!!」
 完全に痺れを切らしているようで、いきり立った男の絶叫がこだまする。
 ふと嫌な予感がして中庭を窺うと、例の彼女と、ついでに鳩軍団がきょとんとこっちを仰いでいるのが横目に見えた。

「…………」

 ロクスは舌打ちしたい気分で、わめく借金取りを引きずって階段から離れた。

「返すものは返すって、言ってんだろう! これ以上ガタガタ抜かすな!!」

 不毛な押し問答の末に、威嚇して追い払うことに成功。一息つけたのは束の間で。



「――いたぞ、ロクスだ!」
「なに、こんなところで油売ってるんですかあぁー!!」

 かれこれ一時間近く副教皇を待たせっぱなしの “教皇候補” を、総出で探しに来た司教たちに捕まり、問答無用で礼拝堂へと追い立てられていった。



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天使の性格が性格なので、ゲームシナリオどおりのスカウト編にはならないようです。まあ、それはインフォス編でやったから……いいかな。