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◆ 南国の王子(1)


 ルディエールは、王宮の一室にて熟睡していた。

 昼下がり。風通しの良い、窓際。
 観葉植物が置かれたローボードに、枕代わりの白いクッションを敷き、だらんと手足を伸ばして。

 城内で働く者たちの誰かが、その姿を見咎めようものならば、大慌てで揺さぶり起こしていただろう。
 それは寝床に適した形状をしてはいるが、人間が乗ることなど想定されていない飾り棚だ。
 大きく開け放たれた窓辺には転落防止用の柵などなく、ただ壁が10cmほど突き出しているのみ――加えて彼は、活発な性格が就寝時にも現れるのだろうか、あまり寝相がよろしくない。いやむしろ、はっきり言って悪い。

 幸か不幸か、本人はいまいちその自覚に乏しく。
 そして昼食の後片付けが終わり誰もが一息ついている時間帯に、政務に関わっているわけでもない第二王子を探しに来る者はいなかった。

「うー……ん?」

 ごろんと寝返りを打ったルディエールは、その勢いで窓枠を越えてしまい、十階の高さから宙に放り出される。
 奇妙な浮遊感に、はっと瞼を押し開けたときにはもう、手遅れだった。


×××××


「勇者候補が暮らしているのは、この城です」

 赤みを帯びた屋根、青々とした芝生に、聳え立つような石造りの建物。

「名は、ルディエール・トライア・レグランス。明朗な18歳の青年でして、正義感が強く、剣術の腕もかなりのものと――」
 その気配を辿って進む、空飛ぶ絨毯。
 もとい妖精シータスの後に続きながら、ルシードは渋い顔をしていた。
「けど、王族の人間なんだろ? ティセナさんも言ってたけど、依頼のときとか面倒しそうだよなあ……」
 なにしろ、地上に降りて初めてスカウトした相手 (というか勇者にしろと押し切られた) は、まだ12歳の少女だ。いくら魔法の才があろうと、あちこち単独行動させるのは気が引ける。しばらくは自分が――同行できないときは特に、サポート役の妖精を付けておきたいところである。
 となれば次は、ある程度は放っておいても問題なさそうな人物に協力を求めたいもの。
「いえ、その点は問題ないかと。政には一切関わらず」

 不意に言葉を止めたシータスが、訝しげに頭上を仰いだ。
 なにか、第六感が訴える、空気の乱れにルシードも首を巡らす……と。



「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」



 男三人の絶叫が、きっちり重なった。
 猛スピードで垂直に降ってきた赤い影に、不意を突かれたルシードは飛空のコントロールを崩して、避けることも宙に留まることも出来ず――驚愕の表情がふたつ、ぶつかった痛みを自覚する間もなく地面に激突する。

「る、ルシード様!!」

 絨毯の縁から身を乗りだしたシータスは、超特急で、ものの見事に落っこちた天使の傍らへ舞い降りた。
 アストラル体の身ゆえ、物質的なダメージはほとんど受けていないようだが、神経の方はそうもいかない。もうもうと巻き起こる砂埃の中、ルシードは完全に目を回していた。
「……っ……痛……うわ!?」
 頭を振りつつ身を起こした、空からの落下物――もとい人間が、己が下敷きにしているものに気づいて仰天する。
「ご、ごめん! って、おい? 大丈夫かよ、なあ、起きろって!」
 狼狽もあらわに、気絶したままのルシードに呼びかけるその人物は、なんと半日前に発見した資質者の青年ではないか。

 やはり、天使の姿が見えている。自分の眼に狂いは無かっ……た?
 なにがどうして上から降ってきたのかは知らないが、危うく転落死するところだった彼を、偶然――いやいや、身を呈して庇うとは素晴らしい男気です、ルシード様! これぞ運命の出会い!
 ぐっと拳を握りしめ、明後日の方を向いて、シータスは感慨に耽った。
 本人に意識があったなら 『好きで助けたわけじゃねえ、不可抗力だ!』 と憤慨したことだろう。

 自己陶酔中のシータスに、おたおたする青年と、思わぬ奇襲に倒れた天使。
 三者三様その場に留まっていると、

「ルルル、ルディエール様っ!」
「お怪我は!? いったいどうして、あんな高い窓から――」

 王子が転落するところを目撃していたらしい、作業着やエプロン姿の男女が、ばたばたと血相変えて駆け寄ってきた。
「お、俺は大丈夫だから」
 早く医者へと騒ぎたて、自分を取り囲む彼らを、当惑顔の青年が制する。
「それより、そいつを診療所に運んでやってくれよ! 落ちたときに、巻き添え食わせちまったんだ」
「……は?」
 指された地面に視線を向け、そろって首をひねる罪なき人々。
「誰もいませんけど」
「なにも無いですよね……」
「た、たた、大変です。頭を打たれたんですね、ルディエール様!?」
 天使を視認できない彼らが、青年の主張を認めず、幻聴幻覚として片づけようとするのは無理からぬことであって。
「医者のところへ行きますぞ、ルディエール様!」
「そうだわ、ユーグ様とシェムリア様にもご報告して来ないと!」
「だから俺は、こいつ踏んづけちまって、怪我なんかしてないんだってー!!」
「なりません! 精密検査をしなければ――」

 勇者候補は己の正気を主張しつつ、ずるずると王宮内へ引きずられていった。



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公式資料集の昼寝図にて、 「落ちたら死ぬよ、あんた……」 と魔獣に突っ込まれていたルディ。
確かに落ちそうだ! と思っていたので、スカウトシーンをギャグ風味にしてみました。