◆ 南国の王子(2)
「みゃー? ルシード様ぁ!!」
地上界アルカヤ、南部の新興国レグランス。
暮れかけの夕陽に染まる王宮、城壁と隣り合った芝生に、アッシュブロンドの天使様が仰向けに倒れていた。
発見された資質者に会いに行ったまま、何時間も連絡なしに戻らないから、なにかトラブルに巻き込まれたのかもと思って探しに来たら。
「……これは何事? シータス」
インフォスの任務完了から、天界では五年の月日が流れて。
今回新たに、アルカヤの守護天使に任命されたティセナ様が、足元で伸びているパートナーの青年をしげしげと眺めて、訊ねる。
「まさか、いきなり魔族の親玉にでも出くわしたの? それとも自滅?」
単に昼寝しているように見えなくもないけど、それにしてはこんな場所でひっくり返っているのが妙だった。
「ご自分の身を呈して、勇者候補の危機をお救いになったのです――不肖シータス、感動の極み! 鋭意、天使様方にお仕えする所存であります!」
とりあえず、この国の王子だという資質者には会えたようだ。
恍惚としたシータスの説明から判ったことはそのくらいで、なにがどうなってスカウトは成功したのか失敗だったのか、問題の勇者候補はどこへ行ってしまったのか、ぜんぜん読み取れなかった。
「ルシード? ルーシードー」
ちょこんと芝生に座り込んだティセナ様が、名前を呼んで揺さぶっても、彼は気絶したままで。
「脳震盪、起こしてるみたいね……」
頭上に翳された手から、淡緑色のきらきらが降りそそいで、ようやく 「うーっ」 と呻いて身じろいだ。うっすら開いたダークブルーが、傍らの人物を捉える。
「……ティセナさん?」
「あ、起きた」
回復魔法を止めたティセナ様は、おもしろ半分な感じの呆れ口調で尋ねた。
「もうじき陽が暮れるよ。どうして、こんなところで寝てたの」
「え? いや……空から、なんか降ってきて……」
まだ頭が痛むらしい。ルシード様は億劫そうに、こめかみを押さえながら周りを見渡した。
「あ!」
そこへ少し離れた建物の角から、元気そうなのに、あちこち包帯ぐるぐる巻きにした青年が駆け出してきた。
炎みたいな赤銅の髪と、同じ色合いの眼を真っ直ぐこっちに向けて、ホッと表情を緩める。
「――ッ、俺に頭突きくれた人間!?」
反対に、彼を指差したルシード様は、肩を怒らせて跳ね起きた。
「わ、悪かったって……わざとやったんじゃないんだ! 昼寝してた場所がマズかったみたいで」
詰め寄られた青年は、あたふたと後ずさりつつ弁明する。
「俺はなんともないって言ってるのに、あの高さから落ちて平気な訳がないって、臣下の奴らが聞かなくてさ。なんでか、おまえのことも見えてないみたいで、だから放ったらかして逃げたわけじゃ――」
「わざとでたまるかぁー!!」
頬をひくつかせながら喚き散らす、怒髪天を突いた天使様。
「なんだってんだ、人間界ってのは元からこーゆー物騒なトコなのか? 飛び降り自殺まがいの現場に出くわして、脳天直撃食らって気絶するって、どんだけ低確率の貧乏クジだ? 俺に恨みでもあんのかよ!?」
(それは、また……)
災難でしたね〜で片づけるのも気の毒だし、マジメに慰めたら余計に怒気を煽ってしまいそうで、どうしたものかとティセナ様を窺うと、彼女は顔を背けて必死に笑いを堪えていた。
うん。笑っちゃダメだ、失礼だ。
「なあ。ところでさ――なんなんだ、その羽? 動いてるし、飾りじゃないよな?」
ぎゃんぎゃん吠えまくる相手に辟易しつつも興味津々な様子で、王子様は、ひょいっと手を伸ばした。
「…………」
わしっと翼を掴まれて、数秒、硬直していたルシード様は、
「てめえに話す義理はねえー!!」
全身をわななかせたと思いきや、腰から引き抜いたロングソードを、たぶん悪気は無かった青年に向かって突きつけた。
「勝負しろ、この野郎ッ」
「はあ?」
「聞くところによると、剣術かじってるそうだしな――ルディエール・トライア・レグランス? どれだけのモンか確かめてやる!」
「ちょっと待てよ、落ち着けって! それに俺、剣なんか持ち歩いてないし」
「なら、これでも使ってろ」
ルシード様の左手に、四大元素がきゅうっと凝縮して、三日月を連想させる形状の剣が実体化した。
「…………空から剣が湧いた……」
唖然とする勇者候補、ルディエール様に向かって、その武器がぱしっと放り渡される。
「――いつまで他所見してるつもりだ!?」
「いッ!?」
舌打ち混じりの一閃を、ぎょっと飛び退いて避ける。さすが勇者候補というべきか、なかなかの反射神経だ。
片や、怒り心頭。もう一方は、交戦相手を宥めようと四苦八苦しつつ逃げ腰――温度差が激しい両者の攻防を傍観しつつ、私たちは 「わー」 と拍手喝采した。
「うーむ。お二方とも、素晴らしい動きですな」
「彼、ルディエールだっけ? ルシードと同じで、パワーよりスピード重視の剣技みたいね。湾曲刀とは相性良さそう」
「ところで、ティセナ様。羽……触られるのって、嫌なものなんですか?」
「相手にもよるかなぁ。たぶんね、猫が、いきなり肉球触られたくらいの不快感」
「あー、それは問答無用で引っ掻きますね」
「でしょ?」
「しかしこれは、お止めしなくても宜しいんでしょうか?」
「まあ、別に。傍からは、王子が、激しく素振りやってるようにしか見えないだろうし――初めに、お互いの実力を知っておくのも悪くないかなぁと思ったんだけど」
天使と勇者候補の乱闘は、収まるどころかどんどん激しくなってるみたいだった。
ルシード様だけならともかく、遠慮気味だったルディエール様までいつの間にか、すっかり真剣な顔つきで白熱の剣闘を繰り広げている。
「あー……ダメだ、ぶち切れてるよ。異変云々の話をするのは無理ね」
やれやれと肩をすくめたティセナ様は、ぽんと私を前に押し出した。
「シェリー、やっちゃって」
「いいんですかぁ?」
「けっこう似た気質みたいだからね、あの二人。気が済むまでやらせてたら、夜更けになるまで帰れないよ、きっと」
「それじゃシェリーちゃん、お得意の魔法、地上界で初披露させていただきまーす!」
挙手宣言すると、またティセナ様とシータスから生ぬるい拍手の嵐。
火花を散らして剣がぶつかって、弾き合い、ばっと距離が置かれたタイミングを狙って――私は、なけなしの魔力をどかんと解放した。
『スリープっ!!』
術をかけられたルシード様は、ばったーんと見事に前のめりに倒れた。
…………痛かったかもしんない。
対するルディエール様は、拍子抜けるのを通りこして点目になっている。
「んー、快調です。ティセナ様! やっぱり、魔法体系が発達してる土壌だと、アストラル体にかかる制限が少なくていいですねえ。インフォスとかじゃ、回復の術しか使えなかったですもん」
ほとんどの地上界には “魔法” そのものが無くて。
そういう概念が浸透してる場合も、たいていは伝説や夢物語としてしか扱われていない。文明発達の代償に自然環境が壊れてしまうと、妖精界や天界との繋がりも一気に崩れてしまうからだ。
「頼りにしてるよ、妖精さん」
ティセナ様は、私の頭をぽんと撫でて、それから強制的に熟睡させられたルシード様の方に歩いていった。
「気にしないで、魔法で眠らせただけだから」
ぼーぜんと硬直しているルディエール様に、苦笑しつつ片手を振ってみせる。
「私、ティセナ。こっちはルシード――で」
「初めまして、シェリーですっ!」
「シータスと申します。以後、お見知り置きを」
ぺこっと自己紹介した私たちにつられるように、彼も名乗った。
「えーと……ルディエールだよ、俺は」
「うん、騒がしくしてごめんね。とりあえず、ルシードに出直して来させるから。また会ったら、話聞いてやって?」
「あ、ああ――」
混乱したままの様子で、なんとなく頷いた彼に、
「それじゃあ」
と挨拶した、私たちは四人そろって、ティセナ様の転移魔法で宿屋に戻ったのだった。
インフォス編に比べると、基盤のストーリー自体がシリアスなので、ルシード&ルディのコンビは友情メイン、明るめだったり笑えるエピソードを増やせたらなぁと思ってます。