◆ アンデッド(2)
「――おい、起きろ」
途方に暮れたように、遠く、ゆっくりと間を挟んで傍らに。
「なにか依頼が、あったんじゃないのか」
「うー、ん?」
まどろみから抜け出すことがひどく億劫に思え、もぞもぞと両腕を動かし耳を塞ぐが、話しかけてくる声は止まず。
「ここで眠るのはかまわないが、そんな格好でいると風邪を引くぞ」
机に突っ伏した自分の肩を、遠慮がちに揺さぶる手の感触に、寝惚け眼をこすりつつ身を起こすと。
(…………この人……)
おぼろげな視界に、映る影。
闇に融けそうな黒髪の、青年は誰だったろう――ぼんやり思った瞬間。
「うぁ痛ッ!?」
妙な姿勢でいたせいか、いきなり後頭部を襲った激痛に。ティセナは、立ち上がった端から床にへたり込んだ。
「具合でも……悪いのか」
「ク、クライヴ?」
秀麗な顔立ちを困惑に染めた、勇者の姿を見とめ。
どうやら、彼の目覚めを待つうち転寝してしまったらしいと、認識するなりギョッと問い質す。
「って、いつから起きてたの!」
「おまえこそ、いつ来たんだ?」
互いに訊ね返しながら、そこはかとなく漂うバツの悪い沈黙。
「お昼過ぎたくらい、かな――」
百戦錬磨を自負する剣士の己が、こんな至近距離に踏み込まれて、なぜ気づきもせず熟睡していたのか。
「……そうそう、依頼があったんだ!」
「ああ」
「デーバ地方のテルエルに、ゾンビが出るんだって。数が多すぎて、村の人たちじゃ手に負えないらしいから」
冷や汗まじり、やや強引な運びで話題を移し。
「分かった。それは俺の仕事だ」
片刃の剣を携え、速やかに宿を発ったハンターを追い飛びながら、ティセナは最大級の溜息をついた。
「ちょっと、最近――弛んでるにも程があるわ」
だいたい昔っから、少し環境に慣れて油断するとロクな目に遭わないのだ。
魔族に侵入されたアルカヤは、敵の巣窟。
救う “力” を持たぬ者なら、最初から、付け入る隙を見せるな。
×××××
「お疲れさま」
村を徘徊していたゾンビはあっけなく、勇者によって屍に還された。
掠り傷ひとつ負わなかった青年の力量に感嘆しつつ、ティセナは、懐から銀のロザリオを取りだす。
中央に嵌めこまれた “浄化” の結晶、澄んだ青藍色の石は。
エネルギー源たる魔力に呼応、さらさら淡く輝きながら、聖水の雨となって死臭に穢された大地へ降りそそぎ。
「……魔法か?」
湧きこぼれる光が眩しかったらしく、クライヴは、わずかに顔を背けつつ目を眇めた。
「うん、私のじゃないけどね」
対アンデッドの戦闘後には多用せざるを得ないだろう――星を清める代償に、ほんの少し深みを失った石が。せめて、アルカヤの任を終えるまで保ってくれれば良いけれど。
そうして帰り道。
ぽつりぽつり言葉を交わしながら、並んで歩く河川敷。
「ねえ、クライヴの剣技って我流?」
同じく勇者となったレイラの、儀礼に則った、どちらかといえば直線的な太刀筋に比べて。
さすが狩人というべきか――クライヴのそれは縦横無尽。敵を屠るべく特化した、容赦ない動きをする。
「ほとんど、な」
投げかけた疑問への、応えは短く。
最低限のことしか喋ろうとしない無口ぶりに、最初こそ面食らったものの、不思議と気詰まりには感じない。
心地よい静寂に。
じっと眺めていれば、青年の表情は、口数の少なさを補って余るほど豊かに読み取れるものだった。
「それにしても、ずいぶん夜目が利くよね。ずっと夜にばっかり仕事してたの?」
「アンデッドは、昼には行動しないからな」
流れで言及した日常について。ふいっと目を逸らしたクライヴの、反応はかんばしくなく。
「ヤツらと俺にとって……この暗い世界だけが、生きることの出来る場所だ」
「?」
彼の物言いに、妙な引っ掛かりを覚えたティセナだが、一晩ずっと考えてみても理由は思い出せなかった。
似たもの同士な設定の二人。
無口な彼といるとき限定で、ティセナの方がよくしゃべって明るめになると思う。