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◆ 破落戸(1)


 その晩、私は――ロクス様に付き合って酒場にいた。
 勇者様に同行だから、一応仕事中ってことになるんだろうケド。
 まいにちまいにちまいにちまいにち朝から晩までお酒三昧。呑んでないときはカードゲームしてるか、セクシーダイナマイツなお姉さんたちといちゃいちゃべたべた。
 インフォスの酔いどれ踊り子さんより、ただれた生活してる僧侶様って……?
 私も遊ぶのは大好きだけど、ちょっと先行き不安になってきた。
 まだ静養中のレイラ様はともかく、他の皆さんが着実に、ティセナ様たちと各地のトラブルを解決していってる中――エクレシア界隈は平和そのもので。今のところ依頼するような事件も起きてないから、このままだと信頼度や経験値がどんどん開いちゃいそうで心許ない。
 そうじゃなくても、いざって時に二日酔いで動けない〜だなんて困るし。ロクス様は生身の人間なんだから、こんな不摂生を続けてると、
「アルカヤの命運とは無関係に、肝臓癌なんかで早死にしますよ〜?」
「うるさいな。人前では話しかけるなって言ったろ? 僕が怪しまれるじゃないか」
「どうせ酔っ払いの戯言にしか聞こえませんよーだ」
 ふんっと鼻息も荒く、空になったワインボトルに腰掛ける。そっちがそういう態度なら、朝まで生討論してやるんだから。
「だいたいロクス様ってば、寝てるとき以外はずーっと歓楽街に入り浸り! いちいち周りの目なんか気にしてたら、私、ひたすら黙りこくってるしかないじゃないですか」
「気に入らないんなら、好きに何処へでも行けばいいだろ?」
 キツイお酒をぐびぐび呷りながら、曲がりなりにも妖精なシェリーちゃんに向かって凄む、不良勇者。
「酌させるには小さすぎ、呑み相手にさえならないってのに声だけ一人前にデカイときた。べつに僕も、居てくれなんて頼んだ覚えはないぞ」
「しーごーとで来てるんです、仕事! 暇潰しに付き添ってる訳じゃありませんッ」
 どうしてこの人は、いちいち斜にかまえた言い方をするんだろう? これじゃあ、冗談が通じない性格のローザが、初っ端からプッツン切れちゃったのも納得だ。
「仕事、ね」
 ぼそっと呟いた勇者様は、ますます険悪な表情になって。睨まれた私が、ちょっとたじろいでたところへ、

「おい、ロクス! おまえに会いたいって奴が来てるぜ」

 斜め前のテーブル席にいた、常連客っぽいお兄さんが手招いた。
「誰だ?」
 私との会話にうんざりしてたらしいロクス様は、さっさとカウンターから立ち上がって行ってしまう。
「ヴァイパーって野郎。六王国周辺じゃ有名な、ギャンブラーなんだとさ」
「ヴァイパー……毒蛇?」
 どこかで聞いたような名前だな、と首をひねりつつも思い出せないみたいで、結局 「まあいいか」 と肩をすくめた。
「なんの用だ? 毒蛇くん」
「よう、ロクス。会えて嬉しいぜ」
 勇者様に引き合わされた青年の、右目には眼帯。
 逆立った銀髪を彩るメッシュや、金属質な光沢を放つ上着とブーツは、残された左目とお揃いのコバルトブルーで。
 煙草とお酒の匂いが充満した中、くつろいだ格好でカードをひらつかせている。
「俺は、クラレンス・ランゲラック。あだ名は、おまえも知ってのとおり “ヴァイパー” だ」
「僕の名前は……いまさら、言う必要も無いか」
「ああ。お噂はかねがね――ってな。女誑しの不良僧侶で、借金王のロクス・ラス・フロレスだろう?」
 ランゲラックさんは愉快そうに、くつくつ笑い。
 初対面の人間からずばり揶揄されてしまった本人は、むすっと訂正する。
「不良と借金の部分だけ、余計だがな」
(うわ。女誑しなのは認めちゃうんだ〜、って)
 おもしろ半分に二人の会話を聞いていた私は、急に視線を感じて 「えっ?」 と固まった。
「ななっ、なんかあの人……私のことジーッと見てません?」
 射抜くようなコバルトブルーの隻眼が、どう考えても真っ直ぐこっちを眺めているように思えて、ついついっと法衣の裾を引っぱる。
「気のせいだろ」
 だけどロクス様は取り合ってくれずに、小声で否定してそれっきり。
 そりゃあ、アストラル体は普通の人間に視認されないもので。あの人は、資質者って感じもしないけど……。

 私がもごもご戸惑っている間に、ランゲラックさんは 「今度おまえと勝負したい」 と言い出して。
 訝しむように眉をひそめながら、勇者様はおもしろそうに訊き返す。

「ケンカ? それともカードか?」
「バカ、殴り合いなんて真似はしたかねえ――もちろんカードの方さ。おまえも好きな、ただのギャンブルだ」
「僕の評判を知ったうえで申し込むのか? 名の通った勝負師にしちゃ、ずいぶんと弱いもの虐めが好きらしいな」
 ロクス様は、自分と相手をまとめて皮肉った。
 ナーサディア様みたいに連戦連勝、生活費を稼げるくらいの凄腕ならともかく……あんまりギャンブル強くないんだって、自覚してるなら止めとけばいいのに。変なの。
「心配するな。べつに、おまえからは何も取らねえし」
 ところがびっくり、不良僧侶を身包み剥がすつもりかと思われた、ランゲラックさんは妙なことを言いだす。
「おまえが俺に勝ったら、借金を帳消しにする金をやるよ」
「……話が上手すぎて、三流詐欺師にしてもお粗末過ぎるぞ、毒蛇くん?」
 胡乱げな眼つきを強めた、ロクス様は鼻で笑い飛ばした。
 ホント、それじゃあ賭け事にならないじゃない? 気前が良いとかいう問題を通りこして、怪しすぎだ。
「そう警戒するなよ。おれはただ、この辺じゃ有名な女誑しのおまえに勝ちたいだけだ――そうすりゃあ、俺に冷たい女たちも振り向いてくれるだろ?」
 確かに、ランゲラックさんのテーブル周りには、華も潤いもないオジサンばっかりたむろってて。
 ロクス様には頼まれなくても群がってた、酒場のお姉さんたちは、オーダーされた料理を届けるなり素っ気なく仕事に戻ってしまう。
「金より名誉って訳か? ……僕の借金は膨大だぞ」
「心配するな、金には不自由してねえ」
 自信たっぷり請け負うランゲラックさんは飄々として、どうにも掴み所のない人物だった。
 善悪どちらに傾いた人間か、私たち妖精は、たいてい直感で一目に見抜けるのに――分からない。優しそうで冷たそうに、親しげに振る舞いながら一片の隙もなさそうに映る、曖昧な雰囲気。
 睨むように観察してると、また、うっかり視線がぶつかって。
「…………」
 コバルトブルーの隻眼が、にやっと眇められる。
 たぶん後ろに転がったビール瓶とか、わあわあ騒いでるお客さんの誰かを眺めてるだけなんだろうけど――やっぱり落ち着かなくて、私は、ぴゃーっと法衣の背中に隠れた。
「どう転んだって、おまえに損はねえんだ。大船に乗った気でいろよ」
「……泥舟じゃなきゃいいがな」
 嫌味っぽく返された台詞に、からからと楽しげな笑い声を響かせて。
「まあ、返事は次に会った時にでも聞かせてくれ。どのみち今夜は、顔見せのつもりで来たんだ」
 ランゲラックさんは、ふんぞり返っていた席から身を起こすと、すれ違いざまにごく自然な動作でロクス様の肩をたたいた。
「ここは俺の奢りだ、ゆっくりしていけよ――じゃあ、またな」
 そうして気だるい足取りで、人込みを縫うように出口の方へと歩いていった。

「酔狂な人ですねー……」
 見られてる錯覚がしなくなって、ちょっとホッとしつつ青年を見送る。
 ナーサディア様の賭けっぷりも、けっこうメチャクチャだったけど。お金に無頓着な人って、総じてあんな感じなんだろうか?
「そうか? 条件が破格だってこと以外、特に珍しくもないさ」
 元いたカウンターへ戻ったロクス様にも、そんなにびっくりした様子はなくて。
「自慢じゃないが多いんだよ、僕にからんでくる手合いは――ま、有名税ってヤツかな。なんにせよ今夜はタダ酒だ」
 深紅のワイングラスを傾けたあと、ふっと私に目を留めた。
「せっかくだから、君も飲むか?」
「飲みませんッ!」
 そーだった忘れてた、ランゲラックさんの乱入で中断しちゃってたけど。
「今夜こそはもう、ティセナ様にお説教してもらいます! そろそろ来てくれるはずだから、覚悟してくださいよッ!」
「説教? 自ら賭け事に興じる天使様が、僕に?」
 きょとんと目を丸くしたロクス様は、なにがツボに嵌ったのやら片腹かかえて爆笑する。
「いくら君が訴えても、ほどほどにしとけの一言で片付けられるんじゃないか? ああそうだ、あいつに飲ませてみるってのも面白そうだな……」
「みゃあああ!? だ、ダメですよっ」
 よりにもよって、天使様にお酒を飲まそうだなんて! やっぱりエセ聖職者だ、この人。
「ティセナ様、酒癖悪いんです! 昔うっかり地上界で飲んじゃって以来、かたーく禁止令出されてるんですからね」
「そうなのか? そりゃあ良い事を聞いた」
 私が力説している横で、さっきまでの不機嫌はどこへやら。
 景気よくボトル一本空にした勇者様は、なにか企んでる顔つきで、タダ酒万歳とばかりにウエイトレスさんを呼び止め追加注文を始める。
「なに面白がってるんですかーーーーーーーーーーーーーー!?」
 力の限り叫んだとたん、急に頭がぐらーっと視界がぶれて。
「ふみゃ?」
 へなへなテーブルに落っこちかけた、危いところでロクス様の手のひらに受け止められる。
「ようやく酔いが回ったか……っていうか、アストラル生命体って酔うんだな? あんまりピンピンしてるから、アルコール自体まったく効かないのかと思ったよ」
 興味深げに呟いた彼は、まともに動けないでいる私を、花瓶が置かれている窓際の敷物部分に転がした。
「ななな、なんれワタヒが酔っぱら?」
 ついさっきまでなんともなかった身体は、痺れたみたいに自由が利かなくて。
 脳天がふわふわして、瞼が重くて、油断したら今にも眠っちゃいそう――お酒なんて、飲んだ覚えないのに。
(ずっと酒場に居たから、空気中のアルコール成分を吸い込んじゃったのかな?)
 回転の鈍った頭で自問していると、ロクス様が事も無げに言う。
「簡単に説明するとだな、二時間前か――押しかけてきて喉が乾いたと駄々こねる君に、勧めたジュースは果実酒だ」
「!」
 なーにを、いけしゃあしゃあとぉ!?
「……ううううう、ろくるさまのひきょーものー」
 こっちの負け惜しみもなんのその。悪戯が成功した子供みたいに、得意げに意地悪く笑って。
「他人の道楽をジャマしておいて、みゃーみゃー煩いからだ」
 一蹴した勇者様は、またお酒に戻ってしまった。
(すみませんティセナ様、呼びつけちゃってごめんなさい〜っ! こんな魔窟に来ちゃダメです……)
 なけなしの気力を振り絞って “石” に念じた、私の意識は、その途中でふっつりごっそり睡魔に流された。



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『破落戸』 は、ならず者とかゴロツキと読むらしいです。なんかタイトル向きの単語無いかな〜と辞書検索していて初めて知った。漢字はおもしろいです。