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◆ 不良天使(2)


「やるじゃねえか、ねーちゃん! 名前は?」
「ティセナ・バーデュア」
「ほら見ろ、やっぱ女じゃねえか」
「えーっ、男の子じゃなかったんだ……」
「ずいぶん場慣れしてるなぁ。ギャンブル歴どれくらいだ?」
「そうかな? 始めて五年くらいだし、そんなに入り浸ってるわけじゃないんだけど」
 どよめきに包まれた空間に、ひゅうひゅうと飛び交う歓声、口笛、やっかみ混じりの賛辞――それらに澄まして答えつつ、
「……次。誰か、対戦してくれる?」
 くるりと視線を巡らせた彼女に、常連の面々は 「勘弁してくれよ」 と首を振った。
「馬鹿言え! ここに出入りしてるヤツの中じゃあ、一番の実力者だったんだぜ、あいつ」
「こんな小っせえ店に、あんたの相手になるようなギャンブラーはいねえよ」
「久しぶりに来れたのになぁ、賭博場」
 しゅんとするティセナを前に、ぼりぼり頭を掻きつつ真顔で考え込むオッサン連中。その内の一人が、思い出したように手を打った。
「あー、俺たちじゃ退屈させるだけだろうが、腕のいい勝負師になら心当たりあるぜ。ヴァイパーって野郎」
「ばい、ぱ?」
 とっさに聞き取れなかったようで、首をかしげた天使は、たどたどしく繰り返す。
「通り名だよ。一撃必殺の手を隠し持つ、毒蛇ってな。本名は――使わねえモンだから、忘れちまった」
(聞いたことが無いな、そんなヤツの噂は)
 これでもエクレシア領なら、たいていの酒場に出入りしているんだが。
 間違っても胸は張れない自負と根拠に基づいて、訝るロクスの不審に応えるように、説明は続いた。
「銀髪にメッシュ入れて、眼帯してる男なんだ。歳は、まだ二十代半ばだったか……六王国近辺じゃあ、けっこう有名だぜ」
「ふーん」
 身を乗り出すほどではないにせよ、ティセナは興味津々といった様子でいる。
「そいつ見かけたら、あんたのこと伝えとくからさ。セレスタ近郊に寄ったら、探してみなよ」
「そう、ありがと」
「……おい!」
 なんとなくおもしろくなかったので、ロクスは、強引に両者の会話へ割って入った。
「あれ、意外と早かったね――宴会、もうお開き?」
「べつに終わっちゃいないさ。やけに隣が騒がしかったから、覗きに来ただけだ」
 手持ち無沙汰どころか、似つかわしくない環境下で平然とくつろいでいる天使は、反則と誤算のどっちなんだろう。
「それで? なにやってるんだ、君は」
「なにって」
「神に仕える身でありながら、ギャンブルなんかに手ぇ出していいのかってことだよ」
 いたって真面目な指摘を、彼女は、けらけらと笑い飛ばした。
「それ、ロクスに言われる筋合いは無いと思うけど」
 反論に詰まる “次期教皇候補” の後方で、しみじみ頷く顔見知りの男たち。ギッと肩越しに睨みつけると、そそくさと人垣に紛れ込んでいった。
「だいたい私、お酒呑めないのに、ここで他になにしてろっていうのよ」
「呑めないって、そこのソレは何だ」
 指差したテーブル上のグラスには、琥珀色の液体がきらきらと明かりを照り返している。
「林檎ジュース」
 しれっと答えたティセナが、手を伸ばした木製のカゴには数種類の焼き菓子がこんもりと。
「頼んだらクッキーも出てきたよ。融通きいて、いい酒場だよね」
「子供か、君は!」
「なによ、好きなもの注文して悪い? 飲んだくれより、よっぽどマシでしょ」
 ひとつ摘んだ菓子を口に放り込んで頬張りながら、ツンとそっぽを向く――普通に飲食するんだな。天使って種族は。
「なんだ? 嬢ちゃん、もしかしてコイツの女なのか」
 野次馬の一人が唐突に、下世話な問いを放ち。
「なぁに、それ? 冗談にしても笑えないって! 世界がひっくり返っても有り得ないー」
 顔を赤らめるぐらいすれば、まだ可愛げがあるものを。天使は、しっかりアルコールが入っていそうな勢いで爆笑した。ロクスのこめかみに、青筋が一本増える。
「ただの知り合いよ。まあ、強いて言うなら仕事仲間?」
「って、教会関係者かよ。ねーちゃん」
「私は、信心もへったくれもない根無し草だけどね。軍資金出してる組織は、そんなトコかな」
「はぁん……?」
 周りの連中は、いまいち解せないという表情になった。あまり詳細を突かれると、面倒なことになりかねない。
「もういい、ゲームは終わったんだろ。帰るぞ」
「痛っ!」
 ライトブラウンの後頭部を強めにはたき、そのまま踵を返した法衣越しに届いた、
「なにすんのよ、もう――」
 不服そうな声は無視。ついでに口を尖らせている酒場の女たちも黙殺して、出口へ向かう。
「またね、おジャマしました」
 天使の辞去に応じて上がった、野太い 「また来いよー!」 の大合唱が耳障りで、体当たりするようにドアを閉めて遮断した。


「あっ、ロクスさん。お支払」
「教会に回しといてくれ」
 ロビーでは、同年代の会計係に呼び止められたが、いつもの台詞でけむに巻き。
「はぁ……」
 追い縋るように響いた嘆息も、聞こえなかったことにする。
 常ならば、あっさり通り抜けて帰路に着くところだが。今夜は間髪入れず、どげしっと背後から蹴りを喰らった。
「――っ、痛いな! なにするんだ」
「なに、じゃないわよ、教会?」
 がなり立てられてもまるで動じず、ロクスを鋭く一瞥する天使。
「放蕩が過ぎて追い出されたって言ってたくせに、まーだ増やす気なの、ツケを。ねえ?」
「うるさいな、君には関係ないだろう!?」
 ギリギリと片耳をつねり上げてくる手を振り払った、とたん足元がぐらついた。しこたま呑んだ挙句に動いて怒鳴れば、そりゃ酔いも回るか。
「むしろ、大有りです」
 ティセナは両手を腰に当て、通路に立ち塞がりつつキッパリと断言した。
「私、貸し借り嫌いなの。付き合わされちゃ、たまんないわ」
 心底不愉快そうに眉をつりあげ、傍でおろおろしていた会計係に目線を向ける。
「すみません。この人の借金って、おいくらですか?」
「はい? あー……累計32万、ですね」
 気弱ゆえにあしらわれやすい従業員の青年は、小脇に抱えていた帳面をめくって答えた。
「じゃ、これ充てといてください」
 無造作に差し出された札束を前に、数瞬は硬直するも、すぐさま飛びつき 「うわっ、いいんですか!?」 と声を弾ませる。
「ええ、泡銭みたいなものだし。使うほどの用もないし」
「ちょっと待て! なんだって、君に払ってもらわなきゃならないんだ!」
「ロクスが金欠だからでしょうが」
 妙な方向に流れかける話を遮った勇者に、さっき勝ち取ったばかりの戦利金をひらつかせた天使は、無慈悲に切り返す。
「それとも払うアテ、あるの? 修行の旅に出された僧侶って、要するに住所不定無職よね?」
「いーから、君は引っ込んでろ! 僕が借りたんだから、僕が片付けるッ」
「……」
 アイスグリーンの瞳を、まるで信用していないふうに細め、カウンターへ近づいていって拝借した筆記用具でさらさらと。
「三ヶ月経っても払う気配が無かったら、私に言ってください。これ、連絡先です」
「ありがとうございます、助かります〜!」
 走り書きされたメモを手にした会計係は、涙目になっていた。

×××××


 ぎゃあぎゃあと口論しつつ建物を出て、宿へ向かって歩きながらもまだ続いていた文句の応酬は。
「おい、てめえ!」
「このまますんなり、帰れると思うなよ」
 突如として、行く手を阻んだ壁もとい集団に遮られた――天使に大敗したギャンブラーに加え、手下らしい輩が約十名。
「おまえら……ッ」
 ああまったく。派手にやりすぎたんだよ、この馬鹿!
 目をつけられた連れを背後に庇い、つけてきた側を睨み返しつつ舌打ちする、ロクスと対照的に。
「おもしろいくらい、ワンパターンなんだよねー。こういうタイプの人間って」
 焦る素振りさえ見せない、ティセナの態度がなお癇に障ったらしく、相手の男たちは唾を飛ばしながらいきり立つ。
「なに、ごちゃごちゃ抜かしてやがる!」
「アニキから騙し取った金、返してもらおうか!?」
「しかも、とんだ言いがかり〜」
 やれやれと肩をすくめ、彼女はスッと前に出た。
「お、おい」
 こういった歓楽街で過ごしていれば必然的に、エクレシア教皇庁の人間ともなればなおさら、因縁をふっ掛けられるなんて事はざらだった。ロクスも、そこそこ戦える――が、酔った上に多勢に無勢のケンカでは、どう考えても分が悪いというのに。
「千鳥足のおにーさんは、後ろに下がってて。とばっちりで怪我するよ?」
 自ら厄介事を招いた天使は余裕の笑みで、軽いウインクまで投げて寄こした。

「まだやる?」

 ……と、息ひとつ乱さずティセナが訊ねたのは、戦闘開始より、たった数分後。
「見た目が弱そうだからって、舐めてかかるなんて三流の証拠だよ」
「畜生ッ!」
 揶揄する彼女の足元で、こてんぱんにやられた――というより自滅した連中が、折り重なって路上に転がっていた。
 勢いよく掴みかかっては寸前で避けられ、路地の壁に半身を強打。はたまた挟み撃ちを試みては空振り、誤って仲間を殴り飛ばす。そんなふうに敵の動きを逆手にとって、戦意もろとも削り落とすのは、スピードと動体視力が飛び抜けていなければとうてい不可能であろう離れ業だった。
「だから忠告しといたのに。引き際は見極めようね、って」
 倒れながらもどうにか意識だけは保ち、悔しげに呻いている連中を置いて、ティセナはすたすたと歩きだす。
「覚えてやがれ、このクソアマー!!」
「あー、ごめん。もう忘れたー」
 振り向きもせずに片手をひらひら、煽りたがっているとしか思えない相槌を、わざわざ投げ返して。

「とんでもない天使様だな、君は」

 その後を追いつつ、ロクスは呆れ半分に感想を述べた。
 妖精にもおかしなのが混じっていたが、神の眷属っていうのは全員そろって人間の常識とかけ離れているのか?
 それ以前に、本人がこれだけ強いなら、べつに勇者なんて要らないんじゃないか?
「最初に言ったでしょ? 天使じゃないって」
 するとティセナは、底の知れない眼つきでくすくすと肩を揺らした。
「ま、とにかく……私は、こんなふうだから。協力する気が失せたときは、早めに教えてよね」
 当初の目論見や先入観をことごとく覆された、ロクスは、返す言葉さえ思いつけずに。
「おかげで久々に楽しかったよ。おやすみ」
 喧騒の失せた路地に、ぽんっと白い光が弾け。普段どおりの格好に戻った天使は――暗闇に映える翼を羽ばたかせて、虚空へと消えていった。



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おそらく本来は、天使がロクスに振り回されて呆れるというコンセプトの、固有イベント。
……逆をやりたかったんです! 自己満足♪