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◆ 貴族の横暴(1)


 カルナール地方・ガウハーティ。
 レグランス北東に広がる町の、上空にて――ルシードは、一悶着のすえ勇者となった青年の戦いぶりを眺めていた。
“貴族が私兵を使い、民を苦しめている” と報告を受け、解決を依頼されたルディエールは、すでに大通りを突破してターゲットの邸宅へ。広間で敵集団に囲まれながら、数の不利を物ともせず奮闘している。

 出会いは頭突き。
 再訪問を渋れば、上司たるティセナに蹴り出され。
 話をするため窓から王宮内へ入り込んだ矢先、開口一番に 「頭、もう大丈夫か?」 と声をかけられたときは、タチの悪い嫌味か天然なのか心底悩んだが、純粋に後者であるらしい。
 初対面で斬りかかってきた天使に遺恨を残す素振りもまるで無し。加えて、こちらの用件を聞き終えた後の、
『分かった、協力するよ。なんだかよく分からないけど、真剣そうな感じだからな』
 ……シンプル極まりない返答は、アルカヤの命運を左右するかもしれない取捨選択において、どうだったんだろう。

 けれど心許なく思っていた、青年に対する人物評価は、任務に同行するうち自然と変化していった。
 徒歩での長距離移動に愚痴ひとつこぼさず。
 ガウハーティに到着すれば、指導者たるべき貴族が民衆を虐げ、暴利を貪っている惨状に。
 強盗紛いの徴税を “職務” と公言して憚らず、さらには 「レグランス王の政策に反する」 と咎められても態度を改めるどころか嘲笑、暴言の数々を吐きながら剣を抜き放った私兵連中に、激怒して挑みかかっていった――妖精がいう “資質” がどういうものかは分からない。けれど――ルディエールは、確かに勇者の器だろう。

 戒律に縛られた天使は、人間相手に、直接の助太刀を許されない。
 サポートに徹するしかない我が身が、少しばかり歯痒いが。

「前と後ろに四人ずつ。それから右の柱裏に一人隠れてる――ここを突破すればもう、残りは親玉貴族だけだ。キツイだろうが、踏ん張ってくれ」
 死角に注意を促しつつ、回復と防御魔法を連続でかけると、
「ああ、こんな奴らに負けてたまるか!」
 かまえた湾曲刀で油断なく敵を牽制しながら、ルディエールは頼もしく頷いて応えた。

 ……そうして交戦後。
 金にモノを言わせて圧制を布いていた男は、勇者が身につけていた “紋章” を見るなり、尻尾を巻いて逃げ出した。
 もちろん単身乗り込んできた軽装の青年に、私兵をまとめて叩きのめされた敗北感もあるだろうが――財産没収を言い渡されても弁明さえしなかったあたり、よほど後ろ暗い所業を重ねてきたのか、それだけ人間には王族の権限が脅威となるのか。萎縮はしても反省の色が見られなかった貴族に、
「俺のことなんか、どうでもいい!」
 レグランス第二王子は、怒気をはらんだ赤銅の眼を三角にして、ひとしきり憤慨していたが。

 外へ出ると、空気は一転。
 横暴貴族の失脚を知り、歓喜する人々からもみくちゃにされ、ホッと肩の力を抜いたのも束の間――要望要求の嵐に一人では対応しきれず無下にもあしらえずに、ルディエールは目を回し始めた。
 見かねたルシードが実体化、事態収拾に助力を申し出て。羽はどうしたと度肝を抜かれた勇者の様子に、ささやかな満足を覚えたことは余談である。
 とにかく貴族の館にあった金銀財宝食料その他は、均等に、これまで搾取されてきた住人たちへ配分。一連の作業中に、リーダーシップを取っていた男女十数人を選び、ひとまず臨時自治を任せたい旨と、
「後日、新たに就任した貴族に問題があった場合は……特使ルディ・トライアの名を出してください。王に直接、改善を具申します」
 また近いうちに視察に訪れると約束した、青年は夕暮れ前に、解放の興奮冷めやらぬガウハーティを発った。


×××××



 王都ファンランへの帰路――勇者の表情は、なぜか浮かなかった。
「初任務、お疲れさん」
 人間慣れしていない小動物のように、事件を片づけたとたん全速で逃げだす、魔導士アイリーンほど極端ではないが。
「……俺たちが持ち込む依頼は、たいてい、今回みたいな流れになると思うぜ。嫌気が差したんなら止めとくか?」
 理由が分からず声をかけると、ルディエールは心外そうに首を振った。
「そんなこと、あるわけないだろ! 具体的に何をすればいいのか、言葉じゃ説明されてもいまいちピンと来なかったけど」
 やっぱり解ってなかったんか、おまえ。
 赤銅色の後頭部を、力いっぱい張り倒したい衝動に駆られたルシードだが、
「地方視察なら、兄さんに迷惑かけないでレグランスの今後に役立てる――引き受けて良かったと思ってるよ。不謹慎かもしれないけど、嬉しいくらいだ。やっと、俺にも出来ることが見つかったって感じでさ」
 真剣そのものの語調で言う、相手に毒気を抜かれてしまった。
「それがアルカヤの為になって、天使の “使命” ってヤツも果たせるなら文句無しだろ?」
「まあな。けど、それにしちゃ暗い顔してたぞ、おまえ」
「え?」
「なにか気に入らなかったら、そう言ってくれよ? 人間の機微なんて、想像するにも限界があるからな」
 いや違うんだと、苦笑したルディエールは、
「ただ……あんな貴族がのさばっていたことは、レグランス政府の怠慢で。ずっと兄さんの力になれなかった、俺の問題でもあるのに」
 独り言のようにつぶやいて、溜息をつく。
「手放しで感謝されると、バツが悪いなと思って」
「王族の責任――か。大変だな、若いのに」
「そっちこそ、なんか台詞が爺むさいぞ? 18歳って、俺と同い年だろ」
「地上と天界じゃ、時間の密度からして違うんだよ! 爺むさいとはなんだ、落ち着いてると言え」
 今度こそ後頭部をはたかれた勇者は、からからと笑いながらニ撃目を避けた。
「でも、まあ」
 顔をしかめていたルシードは、つられるように口元を緩め。
「そうやって親身に対処してもらえると、こっちも助かる。混乱引き起こしてる元凶を追い払えば済む、ってほど単純な話じゃないからな……頼りにしてるぜ、ルディエール」
「もちろん! これから、よろしくな。ルシード」
 てらいなく差し出された手を、握り返したまでは良かったが――実体化した天使の “化けっぷり” に驚嘆した勇者から、好奇心丸出しの質問攻めに遭い辟易するのだった。



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ルディは、男女問わず友達が多そうなタイプだと思います。男天使として、男をスカウトするならルディが良い……仲良くなれそうだし、任務の道中で寄り道するのも楽しそう。