◆ 貴族の横暴(2)
王都・ファンランへの帰路。
宿を探しつつ歩いていたカディス地方に、黄昏をつんざく怒号――次いで悲鳴、けたたましい倒壊音が空を揺らした。
ハッと視線を巡らせ、すぐさまそちらへ向かった、
「あんたら、なにやってるんだ!? そんな小さい子を掴まえて!」
ルディエールを追って飛んだ先には、素朴な下町の情景からひどく浮いて映る黒塗り馬車。
「この子供が、馬車に石を投げつけたのだ」
護衛であるらしい巨漢四人が、利かん気そうな少年を取り囲み、よってたかって石畳に押さえつけていた。
「それで、誰か怪我でもしたのか?」
「いいや。だが、暴力行為に手を染める事自体が罪なのだ」
「躾のなっとらん野卑な無礼者には、社会のルールを教えてやらねばならんだろう?」
「――ッ」
噛みつかんばかりの形相で頭上を睨む子供に、御者がおどおど身を縮め。
彼らの雇い主と思われる人間は、騒ぎに目を覚ます様子もなく後部座席で眠りこけていた。
近隣住宅の窓越しに、物音を聞きつけた男女が顔を覗かせるも――恐怖ゆえだろう、ルディエール以外に制止する者はおらず。
「……なにが躾だ」
ガウハーティで出くわした私兵連中と変わらぬ横暴ぶりに、
「こんな狭い道を、馬車で通ろうとか考える方が非常識なんじゃねーか。衛兵のくせにでぶでぶ太りやがって――」
「おまえ、けっこう口悪いな?」
舌打ち混じりに吐き捨てるルシードを横目にして、勇者は、ぽそっと感想を漏らした。
「あいにく俺は素行不良なんだよ」
ムカつく野郎はムカつくし、嫌いなモノは嫌いだ。
それを神の眷属にあるまじき気質と、咎めだてる定型句も聞き飽きた。
「子供だからって例外は許されない。罪人は等しく裁きを受けろ、って清く正しい守護天使の方が、王子様にはお好みか?」
「まさか。石頭は、俺も苦手だ」
ルディエールは苦笑しつつ首を振り、一転して険しい語調で、少年と衛兵の間に割って入った。
「被害は無かったんだろ? いいから放してやれよ」
「なんだ、うるさい奴だな。領主様に歯向かったガキを庇うというなら、おまえも不敬罪で引っ捕らえるぞ!」
煩わしげに威嚇する男たちを見やり、仕方ないな……と溜息ひとつ。
「おい! この紋章を見ろ――自分は王家の特使だ。子供の身柄は、私の権限で預かる」
胸元の、赤い花を象ったペンダントを示した。とたん、
「なっ!?」
そろって絶句した衛兵は、ひそひそと。
「はったり……か?」
「いや。偽物にしちゃあ精巧すぎるぞ。格好からして、スラムの人間じゃねえのも確かだろ」
疑心と焦りが混在した眼で、じろじろと。
「ガキひとりに拘って、とやかく指図されちゃ馬鹿らしいな――現王ユーグ・ゼイントは、融通利かない若造って噂だし」
打算と保身に満ち満ちた会話を、ごにょごにょぐだぐだ繰り広げる。
(……丸聞こえだっつーの)
こめかみに青筋をひくつかせ、仁王立ちしていたルディエールの、いわゆる堪忍袋の緒がぶち切れる寸前。
「仕方あるまい。紋章には逆らえん」
不遜に肩をすくめ、ようやく少年を解放した男たちは馬車に付き従い去っていった。
「まったく、どいつもこいつも!」
「あんなんばっかりかよ? この国の貴族は」
いらいらと毒づく勇者に、ルシードは半ば呆れて訊ねる。
「違うって言いたいとこだけどな。職権乱用して、私欲を貪る連中が多いんだ……王家の一員としては、肩身が狭いよ」
嘆息したルディエールは、へたり込んだまま震えている子供を助け起こしにかかった。
「ごめんな、来るの遅くて」
「……」
「怪我、しなかったか?」
優しげに話しかけられてもなお、うつむいた少年は動こうとせず。
どうしたものか途方に暮れていたところへ、裏路地を突っ切り、浅紫の人影が駆けよってきた。
「レオニ!?」
「サヴィア姉ちゃん!」
弾かれたように声を上げ、飛びついて泣きだした少年を、
「無事だったのね? 衛兵に捕まって、連行されかけたって聞いたけど……」
抱きとめた若い娘は――ルディエールより2、3年上だろうか。容姿に似合わぬ鋭い物腰で、さっと周囲を警戒する。
「この兄ちゃんが、庇ってくれたんだよ」
「王家の特使様なんだそうだ」
衛兵が失せて安堵したらしく、ぞろぞろと屋内から出てきた人々に、
「え?」
事の成り行きを説明された、サヴィアは訝しげに、道端に突っ立っている赤毛の青年を一瞥。
「……そう。ありがとうございました、特使様」
ためらいを語尾に滲ませたのは一瞬で、そつなく頬笑み謝辞を述べた。
「いや。そんな、たいしたことをした訳じゃないから」
所在なさげに目を逸らしたルディエールにかまわず、未だスカートの裾にしがみついている子供をうながす。
「ほら、あなたもお礼を言って」
「…………」
けれどレオニは、頑なに顔を背け、一応は恩人であるはずの相手を見ようともしなかった。
「あの――」
気まずく漂った沈黙をごまかすように、
「この子の親が心配していたんです。もう、行かせていただけますか?」
娘が愛想よく伺いを立て。ほっと胸を撫で下ろした、ルディエールは逆に頭を下げた。
「ああ、送ってやってくれるか? 頼むよ。俺じゃ、怖がらせちまいそうだから」
「…………ええ」
虚を突かれたように浅紫の瞳を瞬いた、彼女の紅い唇が、柔らかに綻ぶ。
「本当に、ありがとう。助かりました」
頷いて微笑む仕草につれ、ふわり靡いたポニーテールは――しなやかに華やかに、咲き誇るライラックを思わせた。
「さ、行きましょ。レオニ」
まだ足元のおぼつかない少年を支えるようにして、娘が立ち去り。
「……ルディエール?」
そろそろ行くぞと勇者の肩をはたこうとした、ルシードは、呆けた表情に首をひねる。
「どうしたんだ? 顔赤いぞ?」
ぼけ〜とサヴィアたちを見送っている “王家の特使” に、一帯の野次馬から、これでもかというほど好奇の目が集中していた。
「えっ!?」
飛び上がったルディエールは、ぎくしゃくとバネ仕掛け人形のように振り向き、
「いや別に、なにも――それじゃ、俺は先を急ぐから。これでッ!」
誰にともなく断りを入れると、酒場裏の樽やら軒先のバケツを蹴倒しそうな勢いで、その場から走り去っていった。
ゲームイベント 『レグランスの東』 ……ですかね。ルディのシナリオは、各エピソードが順を追って続いていくあたりバランス良いなぁ〜と思います。