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◆ 軍服(2)


 遠征より帰還したミカエルは、堆く積もった書類並びに連絡事項の数々を受け、執務室へ追いやられていた。
 げんなりしつつ半分を処理し終えたところで、正午を告げる鐘が鳴り。
「……ながら作業じゃ食べた気がせんからな」
 通路にひしめき、まだかまだかと署名捺印を待ち侘びている上級天使には聞こえぬよう、言い訳がましく呟いて。
 ティーセット片手に骨休めを決め込むべく、転移魔法で宮を脱出――浮遊大陸、南部に位置する庭園へ降りると。

(なんだ、珍しい)

 あずまやに面した丘陵では、先客が昼寝していた。
 ぴーちーくぱーちく小鳥がさえずる空間、ころんと芝生に横たわった娘の。陽に透かされたライトブラウンの髪が、黄金に輝く様にミカエルは片目を細める。
「ここで出くわすのも久しぶりだな……」
 真正面から近づけば起こしてしまうだろうから、気配を潜め迂回して、あずまやのテーブル席へ。
 軽食にフルーツと菓子を広げ、ポットを取り出し、予備のカップにも紅茶をそそいで、のんびりランチタイムと洒落込んだ十数分後。

「…………いつから居たんですか」

 香りに意識を刺激されたか、ぼーっと身を起こした眠り姫がこちらに気づき、やや不機嫌そうな表情で丘を登ってきた。
「なんだ、庭園の主は俺だぞ?」
 にやりと笑って返したミカエルは、おまえも座れと手招く。
 ためらう素振りを見せたティセナだが、皿に盛られたクッキーに目を留め、結局は 「おじゃまします」 と誘いに乗った。
「一人も静かで悪くないが――食事だけは、気の置けない相手といた方が味わえるな」
「って、何事ですかこの量は」
「差し入れの類だ。執務室にはまだあるぞ? さすがに全部は入りそうになかったから、ちょうど良かった」
 サンドイッチを中心に、ペンを動かしながらも摘める料理ばかりという点が、暗に書類提出を急かされているようで泣けてくるが。
「まーた缶詰状態から抜け出してきたんですか?」
 いただきますと両手を合わせ、紅茶に口をつけたティセナは、しょうがないなという眼で大天使長を見やる。
「そう言うな。あいつらの要望にイチイチ応じていたら、俺の身体が保たん」
 ひらひら飛んできて視線の先を舞い、やがて青空へ融けるように遠ざかっていった、白い蝶を見送り。
 ミカエルは、ふわあと欠伸を噛み殺した。
「上級天使連中の、なんでもかんでも上に判断を求めたがる悪癖は、いい加減に改めてもらいたいところだな」
「それは出来ない相談ってヤツでしょう」
 アルカヤ守護の責を負った娘は、もくもくと卵サンドをひとつ平らげ、首を横にを振る。
「ありもしない “楽園” を妄信している限り、生き物は、変化の必要に迫られない――争いの歴史を重ね続ける人間を、哀れめた立場じゃありませんよ。天使は」
(確かに、な……)
 しかしそれも外と接する機会が多い、ティセナでなければ理解し得ない感覚だろう。
「ところで、アルカヤの勇者はどうだ?」
「どうと言われても、まだ出会ってから一ヶ月も経ってませんが」
 そうじゃなく、と苦笑まじりに話題を移す。
「おまえの “理由” に足りそうか?」
「そうですね、変わり者ばっかりって感じですけど。悪い人間じゃないですよ、みんな」
 インフォスでの任務完遂後、たびたび地上へ派遣されるようになった部下は、頬杖をつき小さく微笑んだ。
 とりあえず印象は良かったらしいなと、ミカエルは複雑に思う。
「元は管轄外の仕事なんだ。気乗りしなければ、断っても良かったんだぞ」
「なにをいまさら」
 アイスグリーンの瞳が、急に冷たく引き絞られ。
「我関せずを貫いて、その後どうなるんです? ゼファー、リュミール、戦える異端天使は一夜にして “堕ち” た――私の後釜は残らず消えたのに。まさかアリスを遣るとでも? あの子じゃあ、人柱の役目さえ果たせませんよ」
「いや、だがな」
 しまった失言だったと、内心ひどく狼狽している大天使長に、
「結局は、事に関わってる魔族を一掃すれば済むんです……目的と手段が同じなら、どこで過ごそうと大差ない。どのみち使い道が限られてるなら、意味があるだけマシでしょう?」
 ティセナは、不機嫌を隠そうともせず吐き捨てた。
「私だって、ラファエル様の配下なんて立場を長引かせたくはありません。幸い調査対象は、魔法発動の制約も無きに等しい小惑星です。インフォスのときほど手間取りはしないでしょうから、ご心配なく」
 四大天使の一人を掴まえて、けんもほろろの語調である。
「まあ今回は、キースに化けて現れた馬鹿の顔を拝むって、妙な余興がついてくるかもしれませんけど」
「あいつが生きていた、とは思わないのか?」
「心臓に風穴あけて血塗れになって、私たちが見ている前で犬死にしたヤツの格好で、いまさら出て来られてもね。ゼファーたちも……なに考えて、ついて行ったんだか」
 咲き誇る白薔薇をぐるりと見渡し、静かにつぶやく。
「これで数は合ってるんですから。せいぜい枯らさないよう、庭弄りに励んでくださいよ大天使長様」
「こう広くなると手入れも重労働でな。生命力の強い品種とはいえ、たまには水遣りくらい手伝ってくれると助かるんだが」
「あいにく私は壊すの専門なんです。水系の魔法は、あんまり得意じゃないですし――」
 ティセナは肩をすくめ、六等分されたリンゴに手を伸ばす。
「花は、眺めるだけが一番いい」

×××××


「だだだ、だってやっぱり入りにくいですよ! ミカエル様のお庭ですよぉ!?」
 庭園を出るなり訴えた私に、
「えー? シェリーにもそんな遠慮するトコあったんだー」
 ティセナ様は、けらけら笑いながら首をかしげた。

 ラキア宮に戻ったはずの彼女が見当たらなくて、あちこち探し回って途方に暮れて、もしかしたらと内緒のお昼寝スポットを訪ねてみたら、
『ん? 猫耳のお嬢ちゃんか』
 真っ白な薔薇を背景に、なんと銀髪の大天使長様が姿を現したのである。
『すみませんごめんなさい間違えましたあ!』
 平身低頭する私の声を聞きつけて、ティセナ様が出て来てくれたときは、ホッとするやら恥ずかしいやらもう。

 菓子も茶も余っているから寄っていけ、というミカエル様のお誘いを、どうにかこうにか辞退して。
 甘いものがたくさん詰まったバスケットをお土産に、てくてくふわふわ帰り道。
 お仕事さぼってる真っ最中だから 『口止め料』 なんだって。
 すごく偉い天使様だけど、けっこう砕けた口調の気さくなヒトだ。
 なのに必要以上に緊張してしまうのは、ティセナ様が敬愛している希少な人物で、だからあんまりマヌケな言動をさらして幻滅されたくないという、ちょっと見栄っ張りな感じがある。

「……それにしても、いつ見ても立派なお庭ですよねえ」
 天界の街並みはどこも清浄に整っているけど、あそこは特別だと思う。厳粛な雰囲気だけど、あったかい――主の性格が、なにかしら反映されるモノなんだろうか?
 同意を求められたティセナ様は、そうだねえと相槌を打った。
「薔薇の花って性格じゃないのにねー、あの人。白はキレイだけど」



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特にどうということはない、天界サイドの日常。実際、インフォス編の天使に比べ、アルカヤ編はAPが有り余ってました。ストーリー後半は特に、ほとんどラキア宮に戻る必要なかったな……。