◆ アンデッド(1)
「……だいじょうぶかなぁ、ティセナ様」
「なにが?」
「や、うん。二人きりだと、気まずい空気になっちゃわないかな〜って」
「? 揉め事でもあったの」
代わる代わる訊ねてきた、同僚たちに。
「そんなんじゃないよ。ただ――クライヴ様って、なんか無口で怖くない?」
ラキア宮の執務室で待機中だった、私は、なんとなくやきもきと外を眺めながら答えた。
「ハンター稼業だから当たり前なんだろうけど、廃墟やお墓で、アンデッドモンスターとばっかり戦ってるし。本人の雰囲気まで暗いしさ……一緒に旅してたら、ストレス溜まってしょうがないと思うの」
するとローザが、冷静にツッコミを飛ばす。
「それは、前依頼時のあなたでしょう」
「なにー? じゃあ、みんなは平気なワケ!?」
わんさか現れた腐った死体は、勇者様に一掃されて土に還ったものの――しーんと黙りこくって歩き続けた行き帰りに、ものすごく気疲れした数日間。
今回は、デーバ地方のテルエルに、ゾンビが出没していると判って。
ティセナ様が、依頼に向かったんだけど。
「まあ……会話に詰まりがちという点では、私も同じね」
「でしょでしょ?」
ローザの同意を得られてホッとしたところに、横から割って入る間延びした声。
「フロリン、お話しすることには困らないですよぉ?」
「えーっ、なんの話題で? どんなふうに!」
「着ぐるみとか、お花やお菓子のことたーくさんで――勇者様は、ああ、そうかって」
「それから?」
「それだけですぅ」
肩透かしな発言に、興味津々フロリンダに注目していた全員が、ずるっと脱力。半眼になりつつ溜息をこぼした。
「あんた、それ単に聞き流されてるだけなんじゃ?」
「内心、相槌に困ってらしたでしょうね」
「やり取りが噛みあってないことは間違いなさそう。でも、クライヴ様って……そんなに話しにくい?」
「ちょっと苦手かなぁ、って、リリィは思わないの?」
「特に好き嫌い、ないけど。そうね――勇者様方の中では、彼が一番、同行していてくつろげるわよ」
「ほええー……っ?」
どよめく私たちに、彼女はおっとり微笑んで応じた。
「寡黙な人と、にぎやかに盛り上がろうって考えるから気まずく感じるんじゃない? 無理に喋らなくたって、ぼうっと星を眺めながら天気の話をするだけで、けっこう時間って過ぎるものよ」
「出たっ! 天然マイペース」
「性格の問題ね……私には無理だわ」
「そう? 逆に不思議なんだけど。みんな、どういう理由で誰をそんなに好きで嫌いなの?」
小首をかしげるリリィに向け、すかさずフロリンダが挙手。
「フロリン、ご一緒するならロクス様かアイリーン様がいいですぅ。ルディエール様だけはイヤですー!!」
「なんでよ? あんなに気さくな好青年なのにっ」
これまで出会った人間の中でも断トツ、理想にストライクな勇者様をけなされた、私が口を尖らせると。
「だあって、えっちぃ王子様なんですもん!!」
「はぁっ!?」
唖然とする面々に、フロリンダは涙目で訴えた。
「どうやって浮いてるんだーって着ぐるみ脱がそうとするんですよ!? ぺたぺた触って弄くり回してオモチャにするんです、妖精の人権侵害です大っ嫌いですぅ!!」
「あー……そういやルシード様の羽もいきなり触って、初対面でケンカになってたなぁ」
フロリンダは、けっこう内気な恥ずかしがり屋だ。
考えてみれば、好奇心旺盛な男勇者様とはテンポが合わないかもしれない。
「シェリーは、ルディエール様が好きなの?」
「うん! 話題豊富だし、おもしろくって。それにレグランス、お昼寝スポットよりどりみどりで暖かいんだもん」
「シェリーちゃん、悪趣味ぃ〜」
よしよしとリリィに宥めてもらいながら、ぷうっと頬を膨らませるフロリンダ。
「なによー、ルディエール様をそんなふうに思う方が変なのよっ」
「そんなことありませんよぅ! シータスだって、クライヴ様に同行するほうが気楽だって言ってましたもん」
「えー!?」
「ああ、彼はね。男の友情は、お酒を酌み交わしてこそ――って考えの持ち主だから」
探索任務で外出中のシータスに言及したあと、リリィは、残る一人に話を振った。
「あなたは、たぶんレイラ様が好きでしょう?」
そうね、と肯いたローザに、左右から迫る私とフロリンダ。
「じゃあ、敬遠しちゃう人は? クライヴ様じゃない?」
「ルディエール様ですよねえ!?」
「いいえ。些細な欠点や価値観の違いなんて、この際、問題じゃないわ……上には上がいるから」
けれど彼女は、ふっと遠い眼をしてつぶやいた。
「ティセナ様も――なんだってまた、あんな生臭坊主をスカウトして来られたのかしら」
「え? もしかしなくても、ロクス様?」
フロリンダも彼には好感を持っていたようで、意外そうに、どんぐり目をぱちくりさせている。
「シーヴァス様とは、けっこう意気投合してたのに? あの二人って、共通点だらけじゃない。女癖の悪さとか、年齢とか」
「よりにもよって、あんな自堕落な人種と一緒にしないでくれる!?」
うぉぉ?
……怒られた。
「シーヴァス様は! 確かに、女性関係の激しさは褒められたものではなかったけれど、なんだかんだで任務は真面目にこなしていらっしゃったし――勇者になりたての頃だって、真っ昼間から酒場に入り浸り、半裸の女性を複数はべらせ泥酔するなんて醜態は、一度たりともさらさなかったわよ!」
「う、うん」
「しかもロクス様ときたら、聖職者でありながら借金問題で教会を追い出されたですってぇー!? 修行の旅と呼べば聞こえは良いけど、要するに住所不定無職じゃないの! 23歳にもなりながらッ」
「うーん、でもほら。ティセナ様って、ご自分で戦えるから」
嫌だ嫌だと身悶えしているローザに、とりあえず寛容さを求めてみる。
「勇者様に求める基準って、戦闘能力がどうこうより、一緒にいて楽しいかどうかみたいだよね」
「楽しいッ!?」
ところがどっこい火に油をそそいじゃったみたいで、彼女は、奇声を発してソファに拳を叩き込んだ。
「なんか、シーヴァス様を見かけるたび苛々してたティセナ様を彷彿とさせるなぁ……」
「ねえねえ。結局、似てると似てないのどっちなんですかぁ? ロクス様と、シーヴァス様って」
「うーん、私はそっくりだなぁと思ってたんだけど」
ローザのご乱心を生温かく見守りつつ、インフォスにいた頃を懐かしく回想する。
「ティセナ様が、おもしろい人間だからって勇者に選んで。ローザは、なんだか毛嫌いしてるみたいだし――よく分かんなくなってきた」
そこへリリィがぽそっと、とんでもないことを言う。
「そういえば、ティセナ様とクライヴ様って、近い感じよね」
「やだー、冗談でしょお? いったいどこが似てるって言うの」
ぎょっとする私に、彼女は真顔で答えた。
「どこ、っていう訳じゃないけど……中性的な顔立ちや、雰囲気?」
「うえええ? そりゃ、お二人とも剣士で、口数少なめ――髪の長さもほとんど変わらないけどさ」
大好きな天使様と、よりにもよって苦手意識のある人間を、同列に並べられてしまうと複雑なものがある。
出会った頃からずっと、肩先に届く前に切られてしまっていた、ライトブラウンの髪……幸い、伸ばしても似合いそうだし。今度、それとなくイメージチェンジをうながしてみようか。
×××××
一方、クレージュ公国・スラティナ。
「……寝てるし」
宿を訪れたティセナは、刀を抱き枕代わりに、ベッドに丸まり熟睡している青年を見つけ苦笑していた。
「せっかくだけど、この距離に踏み込まれて反応無しじゃ、持ち腐れよー。クライヴ?」
普段の冷徹な印象にそぐわず、あどけない寝顔を窺い、話しかけるが――聴こえるのは規則正しい寝息だけだ。
(まあ、ナーサディアたちが妙に敏感だっただけで、アストラル体の気配は察知できないのが普通だもんね……)
デーバ地方へは、ここから片道二時間程度で辿りつけるはず。
標的は、深夜にならなければ活動しないアンデッド――依頼は、陽が落ちてからで充分間に合うだろう。せっかくよく眠っている勇者を、無理に起こすこともない。
「出直すのは面倒だし……机、借りてよっかな」
厚手のカーテンに閉ざされた室内は、ありとあらゆる喧騒や眩しさを遮断して、殺風景でありながらひどく居心地が良かった。
妖精による、勇者談義アルカヤ編。ゲーム中。丸くなって寝てるクライヴは、猫のようで可愛かった……♪ けっこう早い段階で出ますね、あのイベント。