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◆ 大鴉の丘(3)


 小春日和、午前中。

「あったあった――“大鴉の丘” ね」
 レフカスのギルド、図書室に置かれた最も古い地図をたたんで棚に戻したところへ、
「……なにしてるんですか、ティセナさん?」
 不意に後ろから声が掛かった。
「うん。レイブンルフトって単語に覚えがあったんだけど、どこで見聞きしたのか思い出せなくてさ」
 呼ばれたティセナは、腕を逸らし背伸びをしながら振り返る。
「気になりだすとムカムカするんだよねー、こういうの。やっと分かってスッキリした――って、そっちこそ。どしたの? フェインさんのお見舞い? マメだね」
「いや、それが。その……」
 ルシードは妙に歯切れ悪く、アッシュブロンドの短髪をわしゃわしゃ掻き毟り、
「こないだ調達したアイリーン用の装備品、ティセナさんから届けてもらう訳にいきませんか?」
「なんで」
「スイマセン、さっそく勇者を怒らせました」
 俺って無神経なのかなぁ? と、萎れて溜息をついた。
「プライベートに口出したら、なんか逆鱗に触れたっぽいです。依頼のひとつも持ってかないと、追い返されそうで――」
 ところがティセナは、真面目に悩んでいる部下を前にして、くすくす笑う。
「……良いねぇ、ケンカ出来るって」
「へ?」
 ぽかんとなったルシードは、次いで恨めしげに問いかけた。
「ティセナさん。俺の話、聞いてました?」
「うん、アイリーン怒らせたんでしょ? いいじゃない、誰か、かまってくれるヒトがいなきゃ怒りようもないんだから」
「いや、だから。あの子の機嫌損ねて困ってるんですけど」
「へーきへーき。また二、三日して会いに行けば――たぶん、向こうの方が気にしてるよ」
 他方、片手をひらつかせては、アイスグリーンの瞳を眇め。
「それともなに? ろくすっぽ休暇もなく上層部に扱き使われてるバーデュアさんの担当業務を、さらに増やすつもりなの」
「イエ、滅相もない……」
「そう。じゃ、今後とも頑張ってね」
 有無を言わさず相談内容を一蹴されて、いよいよ情けない顔つきになった相手を眺めやり、
「そんなに心配しなくても、だいじょぶだって。ルシードが無理に変わることないよ――北風と太陽って話、あるじゃない」
「? なんスか、それ」
「教えない」
 苦笑したティセナは、迷える天使を置き去りにギルドを出立――先だって面会しそびれた勇者を訪ねて行くことにした。



「……春うららな昼下がりに、こんな薄暗いトコで酒浸り?」


 今日も今日とて不良僧侶は、歓楽街の片隅で呑んだくれていた。
「不健康にもほどがあるよー、ロクス。盗賊団のお頭だって、もうちょっと規則正しい生活してた」
 ティセナが横からグラスを覗き込みつつ、カウンター席の隣に腰掛けて、
「お酒って、そんなに美味しい? 散財するより、借金返す方が先でしょ? 好きなもの飲むなとは言えないけど、ほどほどにしたら?」
 あれやこれや質問攻めにしてみても、不愉快そうに眉間にシワを寄せるだけ。
「だいたい何でそんな、お金借りてまで遊び呆けてたのよ」
「しつこいな……色々あったんだよ、いろいろ」
 溜息まじりに渋い顔で、ふいっと眼を逸らしながら。
「遊んでなければいられない気分だったんだ。ただ、それだけだ」
 青年がようやく寄こした返事は、まるで答えになっておらず。ティセナは 「ふぅん」 と受け流した。
「なにかで気を紛らわせてなきゃ耐えらんない、ってときはあるよね。確かに」
 しかし気晴らしに来たなら、ナーサディアみたいに楽しく景気よく酔っ払えば良いものを。
 こんなふうに一人で酒場にいるロクスが、つまらなさげに映るのは何故だろう? ああ、酒そのものより女をはべらせる方が主要目的なんだろうか?
 どこの酒場も昼間はたいてい食堂として営業、従業員は気風の良いおばちゃんがほとんどだから、彼には退屈極まりないのかもしれない――などと失敬な分析をしていると、
「…………」
 訝しげな紫苑の視線とぶつかった。ティセナが小首をかしげると、相手は、黙考したあと問いかけてくる。
「なんだ? さっきの――盗賊団って」
「うん、インフォスって地上界の勇者だった人間がね」
「ああ、退治したのか」
 戸惑ったような空気はすぐに霧散して、ロクスは、ふんと鼻を鳴らした。
「犯罪グループ摘発のために潜入捜査、それに君も付き合ったってところか? ご苦労な話だが、僕はそういう面倒しい任務は御免だぞ」
 さらに法衣の肩をすくめ、なにやら早合点して話を進めだす。
「そもそもエクレシア界隈じゃ顔が割れてるから、素性を隠して潜り込んでもすぐバレるだろうけどな」
「? 盗賊退治の依頼したことはあるけど、フィンは潜入なんかしてないよ」
「?? じゃあ、なんだよ “規則正しい” って」
「だからフィンが、ロクスよりは、まともに寝起きしてたってこと」
「その “フィン” っていうのは勇者だろ? 僕は “お頭” とやらの生活習慣について聞いてるんだぞ? だいたい、そんな裏稼業の人間と比べられても迷惑だ」
「フィンは盗賊団のお頭で、盗賊団のお頭がフィンなんだけど」
 どうも細部に誤解があるようだと気づいたティセナが、噛み合わない会話にストップをかけると、
「……はァ?」
 点目になった不良僧侶は、なんだそりゃあと言わんばかりに椅子を蹴たてて立ち上がった。
「泥棒を勇者にしてたのか、君は!?」
「私っていうか、クレア様だけど。ドロボー呼ばわりしたら、フィン怒るよ」
「知るかッ! だいたい論点がズレてるだろ、どこの天使が――」

「マママ、マスタァーっ!!」

 そこへ息せき切って駆け込んできた、買い物カゴをさげた中年女性が、ロクスの怒号もなにもかも掻き消して。
「お、おかえり……どうした、ワインの入荷はいつになるって?」
 いったい何事かと、ざわめく店内。
 グラス磨きをしていた酒場のマスターが、たじろいだ様子で訊ねるが。
「それどころじゃありませんよっ、いま、酒屋のおじさんに聞いたんですけど――グローサイン帝国が、セレスタ王国に侵攻したって!!」
 甲高い声でまくしたてられた内容に、ティセナは片眉を跳ね上げた。
「通告も何も無くいきなり帝国兵が踏み込んできて、もう大混乱で、街の人たちは貿易どこじゃないって……」



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グリフィンとロクスが、もし同じ世界で勇者をやってたら。意気投合するか犬猿の仲になるか、ちょっと想像がつきませんです……。