◆ グローサイン帝国侵攻(1)
堀に囲まれた門扉ひとつの城ならば、あるいは、守り通せたかもしれないが……国境の北全域から押し寄せる軍勢を、一人で食い止める術などあろうはずもなく。
急を告げる報せに弾かれ、ローザを伴い現場へ急行しても。
すでに混乱を極めた市街地で、遭遇した兵士と斬り結び、逃げ惑う人々を背後に庇いながら。
かつて自分も属していた組織が、なにを目的に、誰の命令で六王国を “敵” と定めたか、問い質すことさえ出来ぬまま退却を余儀なくされ――
そうしてセレスタ王国、ラグワートが占領された4日後。
4月14日。
残る五王国の動向を調べるという妖精と別れ、足取り重く、ククタへの帰路を歩いていたレイラは、
「……なんですって!?」
すれ違った旅人から新たな噂を聞きつけ、取って返してクレージュ公国のクラクフ地方へ――グラーツ雪原をひた走った先に。
ひっそりと明かりを灯す集落へ接近しつつある、見慣れた鎧姿の一団を見つけたのだった。
「こんな辺境に侵攻してくるなんて……いったい、なにを考えているの! 指揮官はどこ!?」
数はざっと五十、だが完全武装した部隊に攻め込まれては、丸腰の一般人に抗しきれるものではない。
「はぁ? 誰だ、おまえ」
「へーえ。クソ寒い田舎の女にしちゃあ、ずいぶん小奇麗な顔してるじゃねーか」
「ふざけないで、質問に答えなさいッ!!」
立ち塞がったレイラが眦をつり上げ追及するのに、小馬鹿にした態度で肩をすくめ。
「んなこと、聞いてどーすんだよ」
「傷物にされたくなかったら引っ込んでな、ねーちゃん!」
「あなたたちこそ! あんな一方的な暴力を振るうために、グローサインの名を掲げ、貶めるというなら――」
掴み掛かってきた男を、抜き放ったレイピアで以って薙ぎ倒す。
「私が相手になるわ。どこからでも、かかってらっしゃい!!」
「こいつ……!?」
完全に油断していたろう、とはいえ無様にもんどりうって倒れる仲間を目にした、兵士らはギョッと顔色を変え。
そうして一斉に襲い掛かってきた。
しんと冴え返る雪景色に、こだまする剣撃音。
数の不利を差し引いても形勢はレイラに有利だったが――避けきれなかった一太刀が、防寒コートの裾を大きく切り裂き。
「じゃまね、もう!」
足に絡みついて動きを妨げるのに、舌打ちしつつ、半ば剥ぎ取るようにコートを脱ぎ捨てると。
「な……貴様っ?」
「その軍服、帝国騎士の物ではないか!」
ざわめきが波紋のように伝染して、入り混じる好奇と当惑、ややあって敵のうち一人が唖然と叫ぶ。
「金髪の、女? まさか――裏切り者の、レイラ・ヴィグリード!?」
「ええっ?」
「謀反を企て、投獄されていたという? あの……?」
レイラはたまらず、叫び返した。
「反逆を考えたことなど無かったわ、私は潔白よ!!」
「戯言を! 無実というなら、なぜ牢から逃げだした? なぜ今ここで、我々の軍務を妨害する」
「アルベリックと宰相が実権を握っている限り、濡れ衣も晴らせない。それに主君を、国を守るための剣で――他国を一方的に蹂躙すること、罪無き人々を苦しめては騎士道に反するからよ!」
「ふん、見苦しい詭弁だな」
部隊長らしき男が失笑して、長剣を振りかざす。
「皇帝エンディミオンの名に於いて、グローサイン古来の領地を取り戻せという。陛下の御意志に従って、出陣した我らに歯向かう行為を、裏切りと! 謀反といわず何と言うのだ?」
「陛下の意志ですって……?」
銀髪に紅の瞳、女である自分よりも小柄な幼帝の姿が、脳裏を過ぎる。
まだ即位して間もない、おとなしく病弱な16歳の少年が? 侵略戦争を命じたと!?
「逆らう者には、死を」
愕然とするレイラを、嘲るように見据え。
「その脱獄犯を捕らえよ、おまえたち――殺してもかまわんぞ!!」
「はっ、はい!!」
困惑覚めやらぬまま、再び攻撃態勢に転じた一団を前に、レイラは歯噛みする。
戦うしかないのか?
あのまま牢に留まっても汚名はそそげなかったろう。けれど今も、自分がなにを訴えようと。
彼らはクロイツフェルド親子を認めるのか? おそらくは宰相の傀儡に過ぎない少年の言葉に、従うというのか――
「くっ……!?」
雑念が集中力を乱したか斬撃の雨をかわしきれず、雪に取られた左足が、がくんと滑り。
(! しまった――)
体勢が崩れたところに、すかさず帝国兵が 「もらったぁ!!」 と突進してくる。
ひゅっと空を切る音、せめて致命傷を避けようと身をよじるが、しかし――迫り来る刃が、レイラの身体を貫くことはなかった。
「!?」
ぐえっとカエルが潰れたような声を上げ、真横へ2メートルほど吹っ飛んだ、そいつと替わり。
銀世界、曇り空、黒い軍服。
モノトーンだった視界に、突如、割り入った鮮やかな。
「な、なに?」
光沢ある青の衣服を、身に纏い。片刃の剣を閃かす、黒髪の青年がそこに立っていた。
「何者だ、貴様!?」
「…………」
誰の問いにも答えず、先制攻撃を仕掛けた――乱入者は驚くほど速かった。
息ひとつ乱さず、瞬く間に十数人を沈め。だが振り向きざま敵兵の背中へ鍔を叩きつけ、相手を昏倒させるという戦法に、
「ちょ、ちょっと? 後ろを狙うなんて……」
眉をひそめたレイラが咎めるのを待たず、戦闘は片付いてしまっていた。
「騎士道精神というヤツか?」
ようやく口を開いた青年は、冷淡な一瞥をくれる。
「どんなふうに戦おうと、なんに拘ろうとおまえの勝手だが――そんなモノに合わせる義理は、敵にも俺にも無い」
「……そ、それくらい分かっているわよ!」
ムキになって反駁しながら、けれど、どこか演習時と似た感覚で戦っていた己に気づかされてしまい。
「なら、いい」
雪原に尻もちをついたまま唇を噛みしめているレイラに、頷いた青年は、ぽんと何かを放って寄こした。
「預かり物だ」
弧を描き落ちてきた、それは見覚えのある薬瓶だった。
「え? あなた、誰なの?」
以前、天使から貰ったことのある回復アイテムを受け取り。面食らいつつ訊ねるが、
「ヴァンパイアハンター」
「そうじゃなくて――あなたも、勇者?」
「ティセナがそう言うなら、そうなんだろう」
会話は続かず、それきり沈黙が落ち。
「動けないほど疲労が激しいなら、天使か妖精を呼ぶが」
「あ、いいえ。だいじょうぶ」
立ち上がろうとすると急に痛みが奔った。戦闘中には意識しなかったが、見ればあちこち打ち身や切り傷だらけである。
「……いただきます」
青年に断って、オールポーションの蓋を開け。
“良薬は口に苦し” という格言に忠実な霊薬を、一気に飲み干しながら――ふと辺りを見渡した、レイラは妙なことに気づいた。
戦闘不能に陥り呻いている兵士たち。それは自分が斬り伏せた者も、青年が倒した者も同様だが……なぜか後者は、骨のひとつふたつ折れているようであっても血を流していない。
「あの。これって、峰打ち?」
彼の武器は片刃だ。握り方を通常と逆にすれば、容易いことだろうが。
「帝国兵を深追いするな、殺す必要も無い――減った端から徴兵されては同じこと。己の身を守ること、住民の避難誘導を第一に考えろ」
ティセナから伝言だ、と青年は答えた。
「グローサインが、国として侵略戦争を始めたなら。政策を変えさせない限り、終わりは来ない」
レイラとクライヴ、初対面。剣士同士、並べると絵になる二人だと思うのです……戦闘イベント、行動範囲の被る二人だから出会って不思議はないハズ。