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◆ グローサイン帝国侵攻(2)


「なんてことすんのよ、あんたたちッ!!」

 荒ぶる竜巻で敵の一団を吹き飛ばし、続けざまに放つ威嚇の火炎球――進路上に立ち塞がったアイリーンに、
「なんなんだよ、おい……いきなり空から火が噴いたぜ?」
「こいつ、魔女か!?」
 気づいた兵士たちがざわめいて、ぎょっと後退る。

 セレスタ、クラクフを立て続けに占領――勢いに乗る帝国軍は、4月18日。
 ラビルク王国、レウスへと侵攻の手を伸ばした。

(あんなに自然いっぱいで、平和な風景だったのに……!)

 妖精ローザが、異変を報せに飛んできたのは。
 ルシードとともに義兄を見舞った、数日後。
 姉の手掛かりを得るため帝都レイゼフートを目指すか、もう少し情報収集のためギルド支所を巡ってみるか、それともいったんブレメースへ戻るかの三択で揺れながら、街道を北上していく途中だった。
 急ぎ現地へ走れば、着の身着のまま逃げてくる避難民に幾度となくすれ違い。
 以前、怪我したウェスタを拾って世話してくれていた少年が。
 あの親切な家族が暮らしていた町並みは、どこも閑散と、あちこち窓ガラスや扉を打ち壊されてしまっていて――住人を失った家に、我が物顔で上がり込んだ侵略者たちがあぐらを掻き、のんびり食事などしている惨状だった。

「 “外” の魔導士は、ガキや年寄りも残らず息の根を止めろ……か。ようやく解ったぜ、極端な司令の意味がよ」
「ああ。味方でなけりゃ、子供のナリした魔物ってわけだ」

 驚愕の波と入れ替わり無遠慮に浴びせられた、警戒や害意だけでなく、あからさまな嫌悪の滲んだ視線に。内心怯むものを感じる。
 ずっとブレメースの塔にこもって暮らしていたから、あまり意識したことは無かった。
 ただ祖父から “外の現実” と聞いていた――魔導士は、他者から忌み嫌われる存在と。それでも、
「だったらどーだって言うのよ? この極悪人集団ッ!」
 こんな奴らに蔑まれる謂れは無い。アイリーンは、敵軍を睨み返した。

「浮き足立つな、包囲して一斉にかかれ! 呪文詠唱の暇を与えなければ、ただの小娘に過ぎん」
「ハッ!!」

 指揮官の命令に応え、抜刀した帝国兵が次々に襲いかかってくる。
「ああ、んもうっ……! ここが町じゃなかったら」
 周りへの被害なんか気にしないで、攻撃魔法を連発できるのに。
 氷結魔法を掃射すれば田畑や花壇がダメになるし、手当たり次第に岩石を降らせたら集落は建物ごと壊滅しちゃう。炎熱系なんて木や草に燃え移ったら大火事だ。一番安全なのは風属性だけど、町を吹き飛ばさないように威力を抑えたらどうしても、敵に与えるダメージも足止め程度にしかならない。

“お見事――と言いたいトコだけど、コントロールはいまいちだな”

 前にそう笑っていた天使の顔が、ふと脳裏を過ぎる。
(そーよ小さく的絞るの苦手なのよッ!)
 出会ってからずっと用が無くても、2日に1回は 『様子見』 と称し顔を出していた天使は、レフカスのギルドで別れたきり姿を見せなくなっていて。
 あんな暴言を吐いてしまった手前、呼びつける勇気も出せず、謝る機会を得られないままズルズルと今日まで来てしまっていた。
『ルシード様もこちらへ向かっていますから!』
 ローザはそういい置いて、他の勇者への伝令に飛んでいったけど。
(……ホントに、来てくれるのかな)
 天使はルシードとティセナしかいないけど、協力者は全部で五人だって聞いてる、だから誰か別のヒトを援護しに行っちゃったっておかしくない――
(べつに一人でも平気だけど!)
 圧し掛かってくる漠然とした不安を、可愛げない開き直りで跳ね返して。
 戦闘に集中しているつもりだったけど、やっぱり出来てなかったのかもしれない。

 爆風、怒号、氷刃、剣撃。
 囲まれないよう、不利な接近戦に陥らないように細心の警戒を払っていたつもりが。ふと背後の気配に振り返れば、
「!?」
 物陰から物陰へ回り込んでいたらしい敵兵が、ロングソードをかまえ突進してくるところだった。
(刺される……!)
 思った瞬間、少しでも身をひねって避ければいいのに。
 腕で心臓や頭を庇うくらい出来そうなものなのに、手足は凍りついたように動かせずに。
 敵の口元が勝利を確信してか緩むさま、鈍く光る切っ先と、時間の流れもひどくスローモーションに感じた。けれど、

 ――――ガキィツッ!!

 鼓膜を劈いた音は、生物の身体を貫いたときに聴こえるだろうモノではなくて。
「な、なんだ? 剣が折れた……!?」
 襲撃者が愕然とよろめいて、周りの兵士たちも呆然と呟く――まっぷたつになった武器を凝視しながら。
(もう半分は、どこに消えたんだろ?)
 その場にへたり込んだアイリーンが、混乱に半ば麻痺した頭でぼんやり考えていると、

 カツン!

 今度は硬質の音が、軽く響いて、夕焼け空を仰げば。
 フラスコに付着した水滴がその表面をすべり落ちるように、柄の欠けた白刃が、自然には有り得ない軌跡で落ちてくるところだった。
 くるりと曲線を描いたそれは、地上から1mほどの高さまで来ると、辿るモノを失ったように素直に重力に従って――ぽてっと地面に転がる。
「こいつ、また妙な魔法を!」
 敵兵はいきりたっているが、なにがなんだか分からず戸惑っているのはアイリーンも同じで。
「悪りぃ、遅くなった!」
 忽然と視界に降ってきた白い羽、全力疾走してきたみたいな荒い早口を耳にして、ようやく我に返る。
「……ル、ルシード?」
「だいじょうぶか?」
 肩に手を置かれ、すぐに全身が淡緑色の光に包まれて、疲労も混乱も消し飛ばされてく――天使の回復魔法だ。
「う、うん。ありがと……来てくれたんだ」

 声に出してみて実感する。
 来てくれた。
 認識したとたん、湧き起こった衝動をなんと呼べば良かったのか。
 胸の奥がむず痒くて、気恥ずかしくて嬉しくて――人目が無ければ泣いてしまったかもしれなかった。

「立てるか? アイリーン」
「当然!」
 正直まだ、さっき意識した “死” のしこりめいた恐怖は残っていて。
 けどそんな弱音をさらしたくなかったから、不敵に笑って跳ね起きた。

「なんだ?」
「なにをブツブツ言ってやがる……」

 アストラル体のルシードが見えていない、帝国兵には、魔女の大きな独り言に聞こえるんだろう。
 だけど元から魔物の同類扱いされてるんだから、どう思われたってかまうもんか。
「言っとくけど、いちおう手加減してるんだからね。魔法はヒトを傷つける為にあるんじゃないって、おじいちゃんに教わったから――でも」
 遠巻きにこっちを窺っている帝国軍へ人差し指を突きつけた、アイリーンは、仕切り直しに宣戦布告した。
「進軍を止めないんだったら、こてんぱんにぶっ飛ばすわよ!」



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他勇者の攻撃が敵単体へであったのに対して、アイリーンだけは常に全体攻撃。フェバの戦闘システムに置いては重宝したけど、もしかしたら範囲コントロールが苦手なだけだったりして? なんて、ちょっと思ったり。