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◆ グローサイン帝国侵攻(3)


 交戦域の一帯に、ルシードが障壁を張り巡らせてくれれば――フルパワーで攻撃魔法を使っても、町への被害を気にしなくて済む。
 押され気味だった、さっきまでと形勢は逆転して。

「おのれ、クソガキが……!」
「退け、一時撤退だ!!」

 退却命令が響き渡ったとたん、帝国軍は一斉に退き始め。
「ちょっと、待ちなさいよッ!!」
 怒り心頭に発していたアイリーンが、連中めがけ、放とうとした特大の火炎球は、
「よせ! 深追いは危険だ」
 ルシードに腕を掴まれて瞬く間に、乱れ。ぶすぶす焦げ臭い匂いと火の粉を撒き散らしながら、掻き消えてしまった。
「でも――あいつら逃がしたら、また、他の国まで襲いに来るかもしれないじゃない!」
 制止された理由が分からず抗議するが、天使は、ヒトの手を押さえたまま譲らず。
「あのオッサンたちは “仕事” してるだけだろ」
 一目散に逃げていく、敵兵の背中を睨みつけながら言う。
「……?」
 意味が分からず、アイリーンは困惑した。
「連中を殺して戦力を削いだって、そのぶん徴兵される人間が増えるだけだ。皇帝だか宰相だか、とにかく――命令してるヤツをどうにかしない限り、侵略戦争は止まらない」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
 仕事だから?
 軍隊に属している軍人だから、やったことだっていうの?

 そんなふざけた話って、ない。

 だけど、じゃあ――私は?
 勇者の任務を引き受けて、ここで魔法を使った自分は?
「……それにさ」
 アイリーンが臨戦態勢を解くと、ルシードは、ようやく腕を掴んでいた力を緩めた。
「荒事に関わらせといて言うのも、なんだけど。他人傷つけるのって気分良くはないだろ?」
「う、うん」
 とっさに頷いて返す、けれど。

 心の隅を、疑念が過ぎった。
 ついさっきまで、帝国軍を薙ぎ払うことしか考えてなかった――ルシードが来てくれて、二次被害の心配やコントロールに煩わされず、持て余しがちな魔力を解放できることを歓んでいなかったか? 自分は。
 あいつらに勝てる。もう二度と、この町を狙えないように痛めつけてやれる。
 レウスの人たちに酷いことした報いよ、いい気味だわ。
 “魔女” を見る眼を不快に思うと同時に、攻撃魔法を浴びて、傷つき怯えて逃げ惑う敵兵を眺めながら……胸がすく想いを抱かなかったか? 欠片も感じなかった?

「それに帝国兵にだって、家族や仲間はいるだろうし」
「あ――」
「依頼してんのは俺たちでも、人の感情はぜんぶおまえに向くんだ。助けた人間に感謝されるだけなら、べつに良いんだけどな……さっきの兵士たちは、進軍のジャマをした魔導士を敵視して恨むだろ」
 天使の言葉は、アイリーンが失念していたことばかりで。
「悪く思われる理由なんか、増えないに越したことないって――な?」
「……うん」
 頷いて顔を上げれば、帝国軍の影はもう、黄昏時の情景に紛れてしまうほど小さくなっていた。
「だけど。それじゃ、これからどうするのよ? いくら私たちが、事件現場に駆けつけて敵を倒したって意味無いじゃない」
「無意味ってことはねーよ。おまえが連中を足止めしてくれただけ、ここの住民が、安全に避難する余裕も増えたろ?」
 笑って否定しながら、アイリーンの頭を撫で。
「俺は、いまいち……魔法体系の細かいことには疎くてさ。ティセナさんと妖精たちが調べた結果なんだが」
「なに?」
「帝国の首都、城を中心に、強力な結界が張られてるって話したっけ?」
「ううん。レイゼフートに、桁外れの魔力を感じるって話は聞いたけど」
「そうか――」
 天使は、あらたまった調子で話しだす。
「術者はおそらく堕天使か高位魔族で、人間じゃない。その結界がある限り、俺たち神の眷属は、中に踏み込めない……いや。正確には、ティセナさんなら、力ずくで破壊しようと思えばなんとかなるレベルらしいんだが」
(じゃあ、なんでさっさと壊さないの?)
 抱いた疑問を声に出すまでもなく、答えが続いた。
「ただ、レイゼフートを含め、グローサイン領は確実に相殺の煽り喰って壊滅する――そういう呪法が仕掛けられてんだ。もちろん周辺諸国もタダじゃすまない。下手すりゃ、アルカヤ全土がずたずたに裂かれちまう可能性だってある」
「ええっ!?」
「蓋を開けたらどうなるか分からない、爆薬庫みたいなモンなんだよ」
 ルシードは、短髪を掻き毟りつつ溜息をついた。
「敵のアジトらしい場所に見当がついたって、これじゃ “物は試し、破壊しちまえ” って訳にもいかないだろ」
「あ、当たり前よっ!」
 いくら潜り込んでいる魔族を一掃できたって、星がボロボロになってしまったら。
 アルカヤで暮らしている自分たちには堪ったものじゃない。
「分かってるって。おおかた帝国は、魔族を利用してるつもりなんだろーがな……」
 実際は、人質にされているようなものだ。
 天界の干渉を想定してか、魔導士ギルドへの牽制か分からないけど。

(消せるもんなら解除してみな。そっちもタダじゃ済まないぞ――ってことね)

 アイリーンは、歯噛みする。
 六王国を旅するうち、グローサインに関する噂もそこかしこから聞こえてきていた。
 新皇帝エンディミオンは、まだ16歳の少年で。
 宰相が執り仕切っている傀儡政権らしいから、六王国侵攻もクロイツフェルドの意向だろう。
 魔導の才を持たない人間に 『あなたたち騙されてますよ、魔族の盾にされてますよ』 と教えたところで、実感も出来なきゃ信じられっこない。
「初っ端から後手だよ、まったく……だいたい地上界守護ってヤツは、一筋縄じゃいかないものらしいんだけどな」
 ルシードは、北を見据えて呟いた。
「だからどうにかして、術者が結界の外に出てくるよう仕向けなきゃなんないんだ。こっちは」


 ひとまず戦闘は終わったと判断して。
 逃げ遅れた被害者がいるかもしれないと、町を巡る。


 けれど、普段なら夕食を作る匂いや、家路を急ぐ声、足音が聞こえてくるだろう通りは……どこもガランとしていて。
 以前、ウェスタを拾ってくれた、男の子の家も空っぽだった。
 蹴破られた扉、ムチャクチャに荒らされた台所――広い家なのに、誰も居ない。
 ブレメースの塔とおんなじだ。

 帝国に対する腹立たしさと、虚脱感に苛まれつつ、念のためにと二階へ上っていった先で、
「!」
 ひっくり返っている大きな木製棚の下、少しだけ覗いている布切れが見えた。

 小さな子供の、服の袖。

「……人間の気配は無えよ。死臭も」
「で、でも」
 動揺して立ち竦むアイリーンを横目に見やり、
「ちょっと退いてろ」
 部屋に入っていった天使は、倒れた棚を抱え起こした――自分の背丈より高くて、軽く100kgはあるだろう家具を軽々と。
(うわあ……)
 細身な天使の意外な逞しさに、目を瞠るが。
「どわっ!?」
 次の瞬間ルシードは、がたがたごとっという騒音に押し潰されていた。
 長方形の木箱がいくつも――あと、服の山。
 背面しか見えなかった棚はどうやら洋服箪笥だったようで、持ち上げた端から引き出しが抜け落ちてしまったらしい。本体がまた倒れて来なかっただけ、良かっただろうけど。
「なにやってんのよ、あんた。だいじょうぶ?」
 間抜けな格好にちょっとだけ呆れながら。アイリーンは、さっきまでの憂鬱を思わず忘れ、笑った。
 服まみれになった天使は、ムキになって反論する。
「おまえが、こんなモン気にするからだろが! どーすんだよ、これ……片付けんの手伝えっ」
「分かったわよ」
 応えて隣に座り、散乱した衣服をたたみながら。
 さっき目に留まった青い布切れを手に取り――アイリーンは小さく、ほっと息をつく。
 服が落ちていただけ。

 ……あの子じゃなかった。


 そうこうするうちローザが戻ってきて。
 逃げ切れず隠れていたり、帝国兵に目をつけられて閉じ込められていた若い娘たち、30人近くを保護できた。


 アイリーンが女、しかも子供だということで (ホントは違うけど)、みんな一様に驚くけど警戒もせずバーゼル方面への避難誘導に従ってくれた。
 だけど結局、ウェスタを助けてくれた、あの家族を見つけることは出来なかった。

 なけなしの金銭や食料を背負い、街道を南下していく人々の後衛について歩きながら、不安を漏らすと。
「良かったじゃないか、あの家族がいなくて」
「はぁ!?」
「あそこに残ってるってことは、つまり逃げ遅れて帝国軍に捕まるか、いたぶられるかしてたわけだろ?」
 ルシードは事も無げに言った。
「惨殺体なんか見つけちまうよりマシじゃねえ?」
「……あんた、それ天使の台詞?」
 アイリーンは片頬を引き攣らせる。せめてもう少し、柔らかい表現にしようよ。
「でも、そうだよね。見つからないってことは――家族そろって逃げられたんだよね」
 家が空っぽになったって、自分とは違う。
「ウェスタを拾ってくれた、あの子。迷子になって泣いてたりしないよね」
「大人が何人も一緒に暮らしてたんだ、だいじょうぶだろ。きっと親父さんか兄ちゃんあたりが、肩に担いで走って逃げたよ」
 天使は宥めるように、アイリーンの肩をぽんぽんっと叩いた。
「生き延びてりゃ、どっかの町でバッタリ会うこともあるさ」
「うん」
 会えたら良いな。
 帝国軍の脅威が少しでも早く無くなって、そのときは。
 夜中にいなくなってごめんなさいって、親切にしてくれてありがとうって……ちゃんと、自分の口で伝えられるだろうか。
「ルシード」
「ん?」
「私、がんばるからね」
 魔法は人を傷つける為にあるんじゃない。だけど、戦う術を持たない普通の人たちが、理不尽に虐げられるくらいなら――魔女呼ばわりされたって、なんだって。
「こんなこと、放ってなんかおけないもの」
「ああ、頼むな」
 天使の相槌に頷いて返しながら、ふと思う。

 姉さんは病弱だったけど、フェインや私よりずっと魔力の強い人だった。
 もし彼女が、グローサイン領に居るなら――諸刃の剣である “結界” には気づいてるんだろうか?
 だとしたら、どうするつもりなんだろう。

 ……分からない。



 この日、レウスの駐屯部隊は追い払えた。
 だが、それは侵攻してきた帝国軍の一部に過ぎず。
 
 六王国が一翼・ラビルクは、翌日、グローサインの手中に落ちた。



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ファンタジーに限らず、戦いの要素が入ってる話は難しいですね。
倫理観と、現実問題のせめぎ合い。