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◆ 狙われたウォーロック(1)


 訪ねていった酒場のカウンター席では、なぜかシェリーまで勇者と一緒になって、アルコールの匂いをぷんぷんさせつつ眠りこけていた。
「そりゃ、遅くなったのは悪かったけど……まだ日付も変わる前だし、そろって寝ちゃうことないでしょーに」
 熟睡中の二人を眺めつつ考える。
 どうしよう? 手のひらサイズの妖精はともかく、酔い潰れたロクスを宿まで運べるだろうか――と試しに引っ張ってみれば、法衣の厚みも加わり想像以上に重かった。身長差からして担ぎ上げるのも難しい。
(あー、無理っぽい)
 引き摺って行くことは可能だが、間違いなく青年の脛あたりを青痣だらけにしてしまうだろう。
 揺さぶっても突いてみても眉間にシワ寄せて唸るだけ。
 ティセナは早々に匙を投げた。
 人目を気にせず、転移魔法でぽいっと送り帰せたら楽なのに……まさか、椅子から蹴り落として起こす訳にもいくまい。

 結局、男手を借りることにして。
 幸い同じ六王国内、バーゼルの中心都市にいたルシードは、すぐにセレスタまで飛んで来てくれた。

「ありがと、助かったよ。夜中に呼びつけてごめんね」
「あー、気にしないでください。アイリーンが国立図書館に入り浸っちまって、今んとこ事件の噂も聞こえないし、街の上空うろつくばっかで暇だったから」
 脱がせた法衣はイスの背に掛け、泥酔状態のロクスをベッドへ寝かしつけると、軽く笑って首を振る。
「そういや、シェリーが酒呑むって珍しいですね。なにか良いことでもあったんですか?」
「分かんない。私が行ったときにはもう、こんなだったし」
 くーすか寝息をたてている妖精をソファに横たえ、毛布代わりにタオルハンカチをかけて、ティセナたちは宿を後にした。


×××××


 せっかくだから周辺地理の把握を兼ね、少し探索してみようかという流れになり。
 ぶらぶら歩いていた街の裏通り、不意に――鉄が焼け溶ける異臭に混じって、鋭い剣撃音が鼓膜をかすめた。
「……元素バランスが乱れてる?」
「北の方角ね」
 立ち止まったルシードが眉をしかめ、ティセナは一足先に走りだす。
 
“おまえたち――誰の命令で、俺を狙う?”

 かすかに聞こえる、低く押し殺した声。それから続けざまに炎と炎がぶつかりあう爆発、逆巻く熱風、燻る黒煙。
 それらを突っ切った先、薄暗い路地を塞ぐように立つ十数の影を見とめるなり、
「ちょっ、ティセナさん? 戒律……!」
 問答無用で斬りかかった上司を、追ってきたルシードが血相変えて咎めるが、
「魔族よ、こいつらは」
 ティセナは振り返りもせず、断言した。
 貫頭衣を切り裂かれ、たたらを踏んだモンスターの姿形が月明かりにさらされる――エルフのように尖った耳朶と土気色の肌。痩せこけた顔面でぬらり光る、半円状の真っ赤な眼球がひとつ。
「バロル!?」
 肯いたティセナは、油断なく光剣をかまえなおした。
「降りた早々、高位魔族に出くわすとわね。あれこれ探りに出る手間が省けて、助かったわ」
 一方、正体を暴かれたバロルは動揺にざわめきだす。

「……スルト皇家の、紋章だと?」
「魔族狩りの小娘か。天の名を剥奪されし、ミカエルの手駒――」
「シエラのように “還され” ては面倒だ、退くぞ」

 ひとりの呻きを皮切りに、ウォーロックに扮した邪妖精の群れは一斉に転移魔法の印を切った。
「待てコラ、そう簡単に逃がすかよッ!」
「いいから、深追いしないの」
 異空間へ身を躍らせる敵を追撃しかけた、部下の襟首を、ティセナは両手で掴んで引き止めた。
 反動で数秒ばかり首が絞まったルシードは、げほごほ咳き込みつつ伸びた黒シャツの裾をなおし、不満げに 「なんで?」 と訊ねる。
「あのバロルたち、呪いかけられてるみたいだから。術者に不利になることさせようとしたら、心臓から腐り落ちて死んじゃう……捕まえて尋問しても、情報源にはならないよ」
「げっ」
 拘束したモンスターが腐り落ちる様を、うっかり想像してしまったルシードは、口元を引き攣らせ後ずさった。
「それより――」
 周辺に立ち込めていた殺気が完全に失せたと確認した、ティセナは、すぐ傍でうつ伏せに倒れたままピクリともしない “被害者” に歩みよる。
「こっちは正真正銘のウォーロック、かな」
「人間だってことは間違いなさそうですね……そこそこ魔力も感じるけど、アイリーンよりは弱い、か」
 どうにか気を取り直したルシードは屈んで、相手の顔を覗き込んでみた。オリーブ色の貫頭衣――おそらく、ギルド所属の魔導士だろう。
「人通りが少ないとはいえ街の中で、本来、森に生息してるバロルがわざわざ集団で襲った人間よ。なにか敵の黒幕に繋がることを知ってるはず」
 ポーチから出した薬瓶の蓋を開けつつ、ティセナは応じた。
「帝国のレイゼフートに張り巡らされた結界を力ずくで解くには、住民巻き添えに吹き飛ばすしかないけど。さすがにそれは出来ないから、術者を外へ誘き寄せるしかないもの……この人が回復するのを待って、狙われた心当たりを訊いてみよ?」
「分かりました」
 ルシードが頷いて返した、そのとき。

「…………天使? 死ぬのか、俺は……」

 重傷を負って昏倒していた男が、うっすら目を開けた。
 だが、まだ朦朧としているようで、放っておけば意識ごと生命を手放してしまいそうな雰囲気だ。
「お生憎さま、そんなの人間が作った幻想だから」
 やや冷たい口調で返した彼女の、意図を察したルシードは、さっき運んだ不良僧侶を遥かに上回る体格のウォーロックに手こずりつつ助け起こす。
「お迎えが来るのは、まだ先よ」
 オールポーションを喉に流し込まれた男は、そのままぐたりと再び気を失った。
「お、重……っ!」
 なんだってこんな重量級なんだと訝しめば、ご丁寧に、貫頭衣の中に鎧まで身につけているではないか。だからこそ高位魔族に襲われても即死を免れたのだろうが。
「よくこんなモン着て動けるな、このオッサンは――」
 歯を食いしばって男を担ぎ上げたルシードが、よろめきながら堪らずぼやくと、ティセナは首をかしげた。
「オッサンって年齢になるの? その人」
「オニーサンって感じでもないですよ?」
「まあ確かに、人間の年齢ってよく分かんないよね。ミカエル様と同じくらいかな……」
 そうして思いついたように提案する。
「ねえ。鎧さ、ぜんぶ取り払ったら運ぶのも楽なんじゃない?」
「そうですね、どうせあちこち溶解してて金具もイカレてるし」
 もしかすると壊れても大切な物かもしれないし、こういった金属なら武具に再利用も可能だということで、鎧の方はティセナが袋に詰めて持つことになった。

 エクレシアや辺境を中心に回っていた上司より、六王国周辺に詳しいルシードは、先導しながら説明する。

「この近くに、レフカスってギルド支所があるはずです。とりあえず、そこに連れてけば休ませてもらえるでしょうから」
「分かった、急ごう」



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とりあえずフェイン救出。管理勇者にはならないけど、準レギュラーとして引っぱりまわす予定です。バロルってモンスターは捏造ですが、このシーンの画像、敵ウォーロックの耳尖ってますよ〜、あれ人間じゃないよ。