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◆ 狙われたウォーロック(2)


「ごめんください、どなたかいらっしゃいますか?」
 道に迷いながらも辿り着いたギルドで、やや乱暴に扉を叩けば、訝しげかつ眠そうな応えが返ってきた。
「……誰だ、こんな夜中に?」
「どちらさんだか知らねえけど怪我人、たぶんウォーロック――ソファでもベッドでも何処でもいいから降ろさせてください重いんですよ!!」
「だから手伝うって言ってるのに」
 唇を尖らせた上司に、ぜいぜい息を切らしつつ喚くルシード。
「バランス崩れてなお危ないんです! 今回補佐に任命されて、参考になるかと思ってインフォスの資料見ましたけど……能力測定値、腕力だけならクレアさんの方が強かったじゃないですか? 今だって、下手すりゃアリスよか弱いでしょうが」
「悪かったわねー!!」
 ひた隠しにしているコンプレックスを抉られた、ティセナは憤然と食って掛かった。
「いくら修行しても伸びないんだからしょうがないじゃない、魔法とスピードで競り勝ってれば問題ないでしょ? だいたいクライヴやルディエールはともかく、ロクスって」
 さらに八つ当たりの矛先は、ぐうたら勇者のステータスへ飛び火。
「生活習慣は乱れまくってて身体鍛えてるふうでもないのに、男剣士二人より攻撃力高いってどーゆーこと? 体力に自信あるかって訊いたら、あるんだか無いんだか――戦えるくらいは大丈夫、なんてテキトーな返事するしさ!」
「そりゃ、持って生まれた基礎能力が高いんでしょう。男だし」
 加えてあの、ずっしりしたローブを日常的に身につけ歩き回っていれば、意識せずともけっこうな運動量になりそうだ。
「ズル! 反則! 不公平っ」
 肩を怒らせ不満を訴える、彼女は妙に悔しげだった。
「知りませんよ……とにかくティセナさん、犬猫より重い動物抱えるの禁止! こんなごっつい人間は論外です」
「負ぶって立ってるくらいなんとかなるよ!」
「なりません」
 おとなげない二人組がしょーもない口論に突入しかけた、そのとき。
「おい、君たち。いま何時だと思ってるんだ?」
 遠かった足音がようやく近づいてきて、がちゃりと鍵の開く音。しかめっ面を覗かせた人影は、やはりオリーブ色の貫頭衣を纏っていた。
「ここは確かにギルドの所有地で、一般人から苦情が出る心配はないけど……とっくに部屋で寝てる奴らもいるんだから、もうちょっと静かにさ」
 真夜中に押しかけてきた来訪者の、風変わりな。
 特に、夜目に映えるティセナ――アイスグリーンの色彩に一瞬魅入り、我に返った男は雑念をごまかすように、連れのルシードを睨んだところでギョッと目を剥いた。
「……フェイン!?」
 回復薬を飲ませたとはいえ、満身創痍で担ぎ込まれたウォーロックは未だぐったり昏睡したままだった。


「帝国に魔導士が残っていたとは。これは、他のロッジにも伝えなければなるまい――」

 レフカスのギルドマスター・レイジハーは、あらかたの経緯を聞き終えると重く溜息をついた。
「ありがとうな、フェインを助けてくれて」
 最初に応対に出た男、ランドが、すっかり表情を和らげ礼を述べる。
「いや、たまたま通りがかっただけなんで……」
 ルシードは曖昧に首を振った。
 怪我人を送り届けて 『ハイ、サヨナラ』 という訳にもいかず、質問攻めに遭いながら――敵の正体が魔族だった行は、話がややこしくなりそうだったため伏せた――二人そろって紅茶まで振る舞われている、真夜中のラウンジ。
 フェインという名らしい例のウォーロックは、医務室へ運ばれたものの意識は戻っていない。
「ところで君たちは、魔導士かね? 見かけない顔だが……」
 しげしげと、こちらを眺めやったレイジハーが問い。思わず 「えっ」 と詰まるルシードに対して、
「魔法は使えますけど。ずっと遠い山の上に住んでいたから、ギルドへ来たのは初めてです」
「宿は、この近く?」
「ええ。まあ」
「通りがかったって――男連れでも、女の子が夜中に出歩いちゃ危ないよ」
「酔っ払った知人を迎えに、酒場へ寄ってただけですから」
 さすがティセナは地上界に慣れているんだろう。同席していた魔導士らの質問にも、さらりと相槌を打っていた。
「ふむ……ならば今晩は、泊まって行きなさい。幸い、客室も空いておる」
 納得した様子で頷いたレイジハーが、宿泊を勧め。ルシードは、どうしたものかと傍らの上司を窺う。
「もう夜も遅い。再襲撃の心配はないと思うが……念のために、な」
「そうですね。お言葉に甘えさせていただきます」
 心配そうに重ねて言う老人にうながされた、ティセナは素直に誘いに乗った。
 情報源たるフェインが目を覚ますまで待つつもりか、このギルドが魔族に襲われることを危惧してか、単にルイーゼの宿まで戻るのが面倒だからか――どれも理由に有りそうだ。

 話がまとまり、ランドに案内されて客室へ向かう途中。

「そこ、図書室ですか?」
「ああ、魔導書の宝庫だ……といっても国立図書館や、グランドロッジの規模とは比較にならないけどな」
 本棚に埋め尽くされたスペースを見つけ、ティセナは興味津々といったふうに尋ねる。
「私たちが借りても?」
「かまわないよ、外への持ち出しは禁止されてるけどね。ギルド内で閲覧するぶんには――何冊か、部屋に持ってく?」
 はいと頷いて足を踏み入れた、彼女は、おもむろに図書室の天井を仰いだ。
「……あ。魔法でトラップ仕掛けてある」
「聡いね。そう、盗難防止に」
 つぶやきに、苦笑まじりの肯定が返される。
「こんなことに魔法を使う、ってのも気が滅入る話だけど――貴重な文献が紛失、古本屋に売り払われるって騒ぎが一時期、相次いだもんだから」
「世知辛い世の中ですねえ」
 しみじみ感想を漏らすルシードに 「まったくだな」 と肩をすくめ同意しつつ、ランドは灯りをつけてくれた。

「えー……歴史書、歴史書は」
 もたもた本棚の間をうろついていると、ティセナが短く告げた。
「一番奥の窓側」
「あ、本当だ」
 時流の異なる地上界において、守護に就いた天使は、数週間を眠らず過ごすケースも少なくない。
 インフォスの勇者ナーサディアが百年以上もの時を彷徨っていた間、天界では、たった十年が流れただけだったと記録されているように。
 アルカヤと天界の時流差に至っては、約50倍――この世界で丸1日が経過しても、天使の体内感覚では30分程度しか経っていないのだ。従って、まるで眠くない。
 ただボーッと過ごすより、読書に勤しんだ方が有意義というものだろう。
「それと、世界地図ありますかね?」
「あったと思うけど――どこだっけな」
 問われたランドが言葉を濁し、きょろきょろ視線を巡らす男二人に、再びティセナが指示を飛ばす。
「カウンター側の、小さい棚でしょ?」
「おおっ」
 果たして、彼女の言葉どおり地図はあった。ラキア宮にあるものと最新版を比べながら、ルシードは、はたと首をひねる。
「……なんでそんな、分類されてる位置分かるんですか?」
「え?」
 きょとんと瞳を瞬いたティセナは、逆に 「こういう施設の造りって、だいたい何処でも一緒じゃない?」と訊き返してきた。
「そういうモンですか? 俺、あんまり本とか読まないからなぁ」
「ティセナちゃん、だっけ。かなり読書家?」
「本は好きですよ。子供の頃は、ずーっと読み耽ってましたし……最近は、ほとんど時間取れてませんけど」
 確かに、蔵書数にもよるだろうが、使い勝手の良い配置というヤツは自ずと定まってくるのかもしれない。
「民間伝承の類がねー、さすがに向こうじゃ読めないんだよね」
 図書室の一角にしゃがみ込んで熱心に、分厚い書物に目を通しているティセナの後方。壁の高い部分に飾られた、
「ん……?」
 二十枚ほどの絵を見とめた、ルシードは歩いていって眼を凝らす。どうやら歴代の、高名な魔導士を写した肖像画のようだ。
 一番左側に描かれている男性は初老で、真新しい額の縁にはジグ・ティルナーグと刻まれている。
(同じ名字? アイリーンの血縁者か)
 老いた人間に混じって、比較的若い男女の姿もあり。
 どうもこの世界には――魔法の素質を秘めた人間に限ってのことかは分からないが――金髪や銀髪が多いんだな、という印象を抱く。
 日付は、古くは五百年近く前まで遡っていた。
 大切に保存されてはいるようだが、さすがに劣化して黄ばみつつある肖像は、金髪金眼の女性で。
 レナ・フィルニエスという名に “炎の魔女” と併記されている……渾名というヤツだろうか? その面差しに、なぜか懐かしさを感じ戸惑っていると、
「ルシードー? まだ、なにか探してるの?」
 数冊の本を小脇に抱えた、ティセナに呼ばれた。隣に立ったランドも、まだかよと言いたげに欠伸を噛み殺している。
「いやっ、なんでもないです」
 あたふたと廊下へ出たルシードの背後で、図書室には再び、夜の帳が降ろされた。



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アルカヤ・インフォスどちらの世界にも、写真は無いと思われますが。電気も……ないのかな。ファンタジーちっくな舞台だと、科学技術っぽいものは下手に出せないから難しい。