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◆ 再会(2)


 アルクマール、市街。
 国立図書館を後にしたアイリーンの表情は、冴えず翳っていた。
「はかどらなかったのか? 調べ物」
 読書に飽きて広場でくつろいでいた天使の腕から飛び立ち、飼い主の肩へ舞い降りたウェスタも、くりっと首をかしげ。
「うーん、まあ」
「じゃあ、魔導士ギルド本部ってとこ行ってみようぜ。近くにあるんだろ?」
「そうだけど」
「なんだよ、もしかして道が分かんねえとか? 通行人に訊きゃいいじゃん」
「そんな訳ないでしょ、失礼ね!」
 問いには、ぷりぷり頬を膨らませ言い返す。
「ロッジのグランドマスターと、おじいちゃんが親しかったの。まだ小さいときにだけど、何度か連れて来てもらったことがあるわ」
 いまも小っせえじゃん、とは突っ込まない方が無難だろうか? などとルシードが考えている間に、
「そうね。会いに行ってみようかな……」
 ひとしきり逡巡していた彼女は、しかし、大通りへ向けていた視線をふいと外してしまった。
「でも、また今度にしよっと! 急に会っても、なに話したらいいか分かんないし」
 なんなんだ。
 思わず脱力するルシードだったが、無理強いは避けることにした。
 アイリーンは、幼さに似合わず我が強い――というか、万事に対し身構えているような、嫌だと言ったらテコでも動かない頑なさがある。宥めすかしても逆効果、本人の気が向くまで放っておいた方が良いだろう。
「じゃ、俺に付き合ってくれるか? レフカスのギルドに寄りたいんだけど」
「? なんでレフカス」
「こないだ、魔族に襲われてる男がいてさぁ。ティセナさんと一緒に敵追っぱらって、ギルドの人間に看護を頼んできたんだよ」
「え……ファントムか、カオスジェリーあたり? 街中に出たの?」
「ああ、バロルの群れがな」
「ば、バロルって、ちょっと!? さらっと言うことじゃないでしょ!?」
 つぶらなマリンブルーの瞳が、極限まで見開かれ。
「へえ、知ってんの。人間界には馴染みの薄い種族だろうに? さすが魔導士、博識だな」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが! そのヒト、だいじょうぶだったの?」
「だから重傷で、昏睡状態が続いてんだよ。もう、そろそろ意識が戻ってる頃合だとは思うんだが」
 魔族がらみの話題に難なくついてこれる少女に感心しつつ、ルシードは、おおざっぱな事情を打ち明ける。
「しかも、そのバロルたちがさ。呪いで使役されてたんだ」
「…………」
「高位魔族、しかも十数体を同時にだぜ? 並の術者に出来た芸当じゃない――アルカヤの磁場狂いに関係ありそうだからな。そのウォーロックに、狙われる心当たりが無いか訊きたいんだよ」
「分かった。行こう」

×××××


「ちわーっす、ランドさん。怪我人の容態はどうですか?」
「よお、ルシード君……と」
 人影まばらなカウンター席、ひらひら片手を振り返した男は、おやっと不思議そうにアイリーンを眺めた。
「誰、その子。ティセナちゃんの妹? ――ってか、彼女は?」
「いや、仕事の関係で知り合った魔導士ですよ。ティセナさんなら、ちょっくらアンデッド退治の依頼が入ったもんで。ヴァンパイアハンターとチーム組んで、別行動を」
「あ、そう」
 なぜかガッカリした様子のランドは、ややあって気を取り直したように告げる。
「フェインなら一昨日、目を覚ましたぜ。まだ動き回るのはムリだけど、話をするだけなら」
「なんですって!?」
 なぜかそこで真っ青になって叫んだ、アイリーンは、ラウンジ中の視線をいっぺんに浴び。我に返ると真っ赤になって、そそくさとルシードの背に隠れた。

 そうして開け放った、扉の先。

「やっぱり! もう……」
 医務室へ足を踏み入れるなり、勇者はその場にへたり込んだ。
「あ、アイリーン?」
 膝元に書物を広げベッドに横たわっていた、過日のウォーロックは眼をこすりながら少女を凝視――さらに眠気を払うように銀髪を幾度も振って、すっとんきょうな声を上げる。
「…………どうしたんだ、その格好は!?」
 どうって?
 横目でアイリーンの服装を確かめてみるが、蝶をあしらった上着に、ごついアクセサリと、ゆったりした黒ズボン。別段おかしなところは無いように思う――ああ、そういえば微妙にヘソが出ているな。
 地上界において露出度の高い衣装は、悪目立ちすると聞いたことがある。腹を冷やしては風邪を引くと咎められているのかもしれない。
「あ、こ、これ? あはは、ちょっと魔法で失敗しちゃって」
 追及されることに自覚はあるらしく、少女はぎこちなく笑い。対する男は、ぼんやり 「……そう、か」 とつぶやいた。
「なんだ、知り合いかよ? アイリーン」
「そっちこそ。ウォーロックっていうのが、まさかフェインのことだったなんて――」
 よろよろと壁に縋って立ち上がった、勇者は短く答える。
「彼は、私の義兄よ」
「ギケイ?」
「義理の兄ってこと」
「ああ、えーと。異母兄弟ってヤツか! けっこう、よくあるモンなんだな」
「よくある訳ないでしょうがー!」
 ルシードは、ごすっと背中に拳を喰らった。
「どうしてイキナリそっちの方向に頭が行くのよ、バカ! フェインはね、私の姉さんの旦那さん! そもそも異母って意味分かってんの?」
「……いや、こないだルディエールって勇者から義理のなんたるかを」
「どこのバカよ! バカな天使に半端な知識を吹き込んだのは!」
「バカバカって、おまえなぁ」
「いーから! 人間社会のあれこれ理解するまで、最低半年おとなしくしてなさい。分かった?」
 アイリーンは、びしりと人差し指を突きつける。だんだん弁解するのも面倒になってきた、ルシードは 「ういっす」 と頷いた。
「なによ、そのヤル気ない態度!」
「あ、アイリーン。彼は……?」
 なにがなんだかといったふうに、トパーズの双眸を白黒させているフェイン。
「あー、お初にお目にかかります」
 いまいちピンと来ないが、眼前の二人は兄妹であるらしい。ルシードは、とりあえず挨拶することにした。
「天界から派遣されてきたアルカヤ守護天使補佐、ルシード・ストラトス。ただいま妹さんと二人旅の最中です――事後報告となりましたが、保護者の方々におきましては何卒ご了承を」
「は!?」
 フェインは、あんぐりと口を開けたまま硬直。
「んで、早速で悪いんですけど。魔族から眼ェつけられることに思い当たるフシなんぞは」
「話の順番を無視すんじゃないわよ、このバカー!! もう、ちょっと席外して! あんたたちのことは私が説明しとくからッ」
 再び勇者に張り倒された、ルシードは問答無用で廊下へ追い出された。

「なあ。あの子、フェインのなんなんだ?」
「俺も詳しくは知らないんですけど、義理の兄で妹らしいです。姉さんの旦那さん?」
「あいつ、結婚してたのかよ!? 誰と!」
「さあ? アイリーンに姉貴がいるってことが、まず初耳だったんで……ロッジのグランドマスターと、仲の良い爺さんがいたとは聞きましたけど」
 仕方なく引き返したラウンジでは、逆巻く疑問のぶつけ合いになり。
「あ、そうそう! 図書室に飾られてる肖像画に、ジグ・ティルナーグってあるでしょう? たぶん、あのヒトの血縁者だと思いますよ。同じ名字だから」
「ジグ師匠の!?」
 仰天したランドは、そういえばと納得したふうに唸る。
「孫娘が二人いるとは聞いたことあったけど、妹の方、まだあんな子供だったんだな――しっかしフェインの奴! もう八年越しの付き合いだってのに、水臭いにも程があるぜ。嫁さんがいるなら、そう言っといてくれりゃいいのによ」
 独り身仲間がまた一人減ってしまった、いや最初から違ったのかと、ぶつぶつ口を尖らせている。
「他人の相談に乗るばかりで、自分のことは、ほとんど喋らないんだからなぁ……ったく」
「ランドさんは知ってんですか? アイリーンの姉さんを」
「会ったことはないよ。間違いなくギルドには出入りしてないし、フェインと一緒に歩いているとこも見たことない――噂じゃ、かなり病弱な娘さんらしかったから、どこか空気の良い田舎じゃないと暮らせないのかもな」

 へえ、とルシードが相槌を打った、そのとき。

「なんか、騒がしいですね?」
「おおい、どうしたんだー?」
 急に南の棟がざわめいて、ばたばたと走り出てきた魔導士たちを、ランドは呼び止めた。
「予言が出たんだとさ」
「予言?」
「ラナスのマスター・グレザが占った結果らしい。魔石を、レフカスに置いたままじゃ危険なんだってよ」
「困ったことに、なにがどう危険なのか肝心なところが判らなくてな……ひとまず、グランドマスターに連絡を入れて。どうするか指示を仰ぐんだと」
「今から、レイジハーが結界を張りなおすから。元素を乱すような術は、使わないようにな」
 魔除けの印を施した台座を抱えたまま、立ち止まった男たちは口々に答えた。
「なんですか? 魔石って」
「ホント、僻地から出てきたんだなぁ。君ら」
 ルシードが訊ねると、ランドは苦笑しつつ教えてくれた。
「あの台座に乗っかってる水晶球だよ。デルフィニアの魔石、天竜の卵、はたまた紅月王の秘法――数々の呼び名を持つ、魔力の源を探るカギといわれる品だ」
 そりゃまたご大層な。
 希少なマジックアイテムの類だろうかと興味を惹かれ、横目に “魔石” を観察してみるが。
「……なんつーか、ずいぶん毒々しい色ですね?」
 浮かんだ感想といえば、それくらいで。
 毒を水に溶かしたような、手のひらサイズの――世辞にも美しいとは思えぬ球体には、魔力の欠片さえ感じなかった。



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フェイン&アイリーンのストーリー、ごちゃ混ぜで進行。どうも地上に疎いルシードが、おバカさんと化しております。そのうち、カッコ良く……なるかな?