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◆ 再会(3)


 二人きりになったとたん、込み上げてきた懐かしさと気まずさの両方に。
「……久しぶり」
「ああ、すまなかったな。なかなか戻れなくて――」
 ベッドサイドに腰掛けたアイリーンと、向き合った青年はぎこちなく微笑む。
「思ったより元気そうで、安心した」
 穏やかな声音や、物静かな雰囲気は記憶のまま。
(けど、昔に比べたら背が伸びた? 体格も、ずいぶんガッシリしたみたい……)
 ブレメースを出てから、ずっとずっと、ウォーロックとしての厳しい訓練を積んできたんだろう。すっかり大人の男性という印象になった義兄を、ぼんやり見つめていたアイリーンは、
「だが、その姿は――本当に、だいじょうぶなのか? 身体に悪影響は」
「え? 平気だってば、全然なんともないんだから! ほら、おじいちゃんの書斎に、若返りの秘術が載ってる魔導書もあったじゃない? あれ試して成功したと思ったら、どうしても解除が上手くいかなくって」
「そ、そうだったか?」
「そうなのよ、あははは!」
 流したと思っていた話題を蒸し返され、あわてて笑ってごまかした。
「こういう加減の難しいヤツ、昔っから苦手なのよねー。こないだもポーション作り失敗しかけて、ルシードに冷やかされて腹が立つったら」
「ルシード……」
 あらたまった表情で呟いた、フェインは扉の方を眺めやる。
「さっきの青年が、天使だというのは」
「うん、ルシード・ストラトスって言うの! アルカヤの異変を感知した天界から、調査に派遣されてきたんだって――信じられないかもだけど、ふざけてる訳じゃないのよ」
 彼の関心を逸らしたかったアイリーンは、ここぞとばかりにまくしたてた。
「普段は幽霊みたいに私以外には見えないのに、ああやって人間のフリすることも出来るし。空を飛べて、いろんな魔法も使えるの」
「……そうか。あれは、幻ではなかったのか」
 するとフェインは、さほど驚いた様子もなく。
「意識を失う直前に、天使の姿を――純白の翼が透けて見えた。話しかけてきた声は、女性だったように思うが」
 俺の覚え違いだったんだなと、曖昧に首をひねる。
「それ、きっと彼の上司ね。アルカヤ東部を担当してるらしくて、私は、そんなに顔を合わせることないんだけど」
 ティセナ・バーデュア。
 アイスグリーンの瞳が涼しげで、ほっそりしたキレイな娘だ。
「ルシードに聞いたわ。フェインを襲った敵は、バロルの群れだった……しかも誰かに呪いで使役されてたらしいの。高位魔族を操るなんて、そこいらの人間に出来ることじゃないから、狙われる心当たりが無いか確認したいって」
 天使の意を代弁した、アイリーンは訊ねる。
「姉さん、まだ見つかってないんでしょう」
「ああ。辺境や未開地も含め、俺が行けるような場所はくまなく探した。直に調べられなかった地域は、ラグニッツを除けば、グローサインの首都だけだ」
 応じたフェインは、鬱屈と眉をしかめ。
「皇帝の膝元に、戦闘訓練を受けた魔導士などうろつかせる訳にはいかないと。検問所で追い返されてな――身体の弱かった彼女が、あんな寒冷地に留まっているとも考えにくいが」
「うん。だけど帝国に、強い術者がいるのは間違いないと思う」
 自分たち魔導士が、周りから迫害されることなく生きていくには。
 ギルドと共存関係にある六王国で暮らすか、ブレメースのような孤島に居をかまえるか、最初から “力” をひた隠しに振る舞うか……そうでなければ残る選択肢は、ひとつ。
 一般には恐怖の対象とされる魔導の祖、紅月王アイン・グロースを崇める帝国に仕えることだ。
 それは普通の人たちから忌み嫌われることと同義で、異能を誇示したがる輩はともかく、失踪した姉がグローサイン領にいるとは思えない。けれど、
「桁外れの魔力がレイゼフートに集中してるって、ルシードも言ってたし」
 なにか手掛かりくらいは、得られるかもしれない。
「これからは、私も手伝うよ――今まで任せっきりにしちゃって、ごめんね」

×××××


 ありがとう、すまないなと。
 少し困ったように頷いたフェインを医務室に残して、ラウンジへ戻ると。
「もう、いいのか? 早かったな」
 ルシードはカウンター席で、のんびり紅茶を飲んでいた。
 休憩時間が終わったのか、義兄の友人だという男性の姿は見えなくなっている。他に人影も無い。
「そりゃ、八年ぶりに会ったんだから。話したいことはたくさんあるけど――フェインは怪我も治りきってないし、ムリさせられないじゃない? 近いうちに、また来ればすむわ」
「八年もぉ!? ……おまえ、それちょっと酷すぎねえか?」
 すっとんきょうな声を上げた、ルシードは、呆れたように問い重ね。
「ランドさんに聞いたけど、その頃にはじーさん亡くなってたんだろ? 姉貴も身体弱くて、どっか別の場所に住んでるとか言うじゃねーか」
「フェインは忙しかったの、今も忙しいの! それに、ちゃんと手紙くれてたわよ」
 ああ、そうか。
(みんなは姉さんのこと、そんなふうに認識してるのね)
 八年の時を経て外の状況を悟った、アイリーンは、あの “事件” を公にしないでくれたグランドマスターに心から感謝した。
 だって言えない、誰にも。
「4歳児を放ったらかしにしてまで、どんな仕事をするってんだ? それ保護者って呼べるかよ。あの塔に一人で、飯とかどうしてたんだよ?」
 けれどお節介な天使は、あれやこれや突っ込んでくる。
「フェインなら、世界中を旅して情報収集してるわ。魔導士ギルドの存続に欠かせない、大切な任務よ」
 それに私は、あの頃もう12歳で――と話してしまえば、また質問攻めにされるだろう。
 アイリーンは、ささやかな嘘をついた。
「しばらくは近所のおばさんが、住み込みのお手伝いさんって感じで来てくれて。それに、おじいちゃんが、たくさん財産残してくれてたから……私が一人暮らしするのに、なんの不自由もなかったわ」
 けれど鈍感な天使は、しつこく追及を緩めてくれず。
「ギルド所属のウォーロックったって、なにも365日不眠不休で働いてるわけじゃないだろ? 情報収集担当なら、なおさら、ちょっと旅程に融通利かせて里帰りくらい出来たはずじゃねーか――なに考えてんだ、おまえの義兄さんは」
「うるさいわね、もう!」
 アイリーンは、カッとなって言い放つ。
「それが任務に関係あるわけ? ウチのことなんか詮索してる暇があったら、さっさとアルカヤの異変の元凶はっきりさせて来なさいよ! せっかく勇者を引き受けてあげたのに、ちっともやること無いじゃないッ」
 怒鳴ってしまってから後悔しても、吐いた言葉を取り消せるはずもなく。
「あー……」
 ダークブルーの双眸を丸くした、ルシードは気まずげに頭を掻いた。
「ごめんな、うるさくして」
「え、えと」
 謝ろうとしても、とっさに声が出ず。
 しどろもどろに視線を泳がせている、アイリーンの肩をぽんと叩いて。
「確かに、やること決めなきゃ始まらないか――妖精の報告が入ってないか、いったんラキア宮に顔を出してくるよ」
 苦笑いした天使は、そのままギルドを出ていってしまった。
「…………」
 ごめんなさい、って言いそびれた。
 置いて行かれる形となった、アイリーンはうつむいて立ち尽くす。
(ルシードに当り散らしたって、なんにもならないのに)
 天使と入れ替わりに、庭で遊んでいたウェスタが飛んできて、カウンターに乗っかりながら首をかしげた。



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フェインに (かなり) 蔑ろにされてるあたりのことは、アイリーンには禁句と思われます。憎まないためには、彼の行動を正当化しなきゃやってられないでしょうし。