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◆ 大鴉の丘(1)


 アルバリア地方、ダルース。
 ヴァンパイア退治の依頼を受けたクライヴと共に、辿り着いた村は――伝承知識に倣ってか、どの建物も屋根や壁を十字の板で補強され、扉には大蒜が吊るしてあった。
 けれど人々の抵抗を嘲笑うように。
 そこかしこの家屋を包囲しては、執拗に体当たりを繰り返す、痛覚無きゾンビの群れ。

 ……そもそも旅の始まりは。
 アンデッド増殖の噂に危機感を覚え、家財一式を抱えてスラティナへ越してきた夫婦が、クライヴ・セイングレントの手腕を聞きつけ。
『逃げるアテもない人々が残ったままの故郷に、なんとか、安全を取り戻せないだろうか?』
 なけなしの金貨を手に、助けを求めに訪れたのだったが。
 噂の詳細を問い質せば、ダルースにほど近い集落で―― “なにか” に首筋を咬まれ、倒れているところを保護された村娘が。高熱を出して寝込んだのち、発狂――止むを得ず応戦した住人によって、命を絶たれたという。
『おそらく、吸血鬼の仕業だろう』
 すぐさま立ち上がったクライヴは、連中が敵ならば報酬は要らないと二つ返事で請け負い。けれど。

(遅すぎた、か……)

 依頼人の話にあった集落は、すでに干乾びた廃村と化していた。
 ダルースにはまだ温もりが感じられたが、それも掻き消すほどの死臭が充満している。自分たちが駆けつける前に、餌食とされた人間が少なからずいるだろう。
「…………」
 無言で舌打ちした青年は、抜刀するなり、アンデッドモンスターに斬りかかっていった。
 村外れの墓地をゾンビが夜な夜な徘徊するだけだった、テルエルでは、お手並み拝見と決め込んだが――実害が出てしまっている、この場は。
(クライヴが遅れを取るような相手じゃないし……治癒魔法で援護するより、攻撃に加わった方が良さそうね)
 実体化して地に降り立った、ティセナは光剣をかまえる。
 敵は、戒律の制約外に位置づけられる死霊。火炎を使えば手っ取り早いところだが。
 インフォスを含む他地上界に比べ、かなり魔法体系が発達したアルカヤでは、どんな術も桁違いの威力で具現してしまう――正直まだ、加減に慣れていない。
 うっかり建物ごと焼き払えば、中に身を隠した人々が無事では済まず。
 加えて “魔法” を一般人に見咎められては、異邦人たる自分は良いとして、クライヴに迷惑がかかりかねない。なるべく自重すべきだろう。
(とにかく、こいつら操ってるヤツをどうにかしなきゃ)
 跋扈するゾンビを薙ぎ払いながら、背中合わせに、すれ違う一瞬。
「……戦えたのか、おまえ」
 わずかに目を瞠ったクライヴに、肩をすくめて。
「それなりにね。あれこれ “上” の制約受けてるから、どんな敵ともフルパワーでって訳にはいかないけど」
 腐った死体を使役していると思しき、村全体を覆う、瘴気の中心地へと向かう最中。

「キャアァァ――ッ!?」

 甲高い悲鳴、次いで怒号と哄笑がこだました。
「! 向こうか」
 一足先に、勇者が走りだす。
「嫌、あぁ……助けて、誰か助けて……父さんっ!!」
 半壊した家からこけつまろびつ、半狂乱になって逃げてきた黒髪の少女めがけ。
「おやおや。いったい、どこへ逃げようと言うのかね? お嬢さん――」
「貴様の相手は、俺だ」
 迫り来るヴァンパイアに狙い定め、跳躍したクライヴが白刃を閃かせるが、
「!? おお、危ない危ない……」
 制空権は敵にあった。紙一重のところでヒラリと斬撃をかわした、そいつは不愉快そうに吐き捨てる。
「いつの間に。ハンターなど雇いおって、村の連中め――我が首を狩れるとでも思ったか? 小癪な!」
「吸血鬼は、すべて殺す」
 他方、睨み合う両者から逃れようと。数メートルと進まぬところで足をもつれさせた、少女はべしゃりと転び。
「……ひ、ひっ」
 膝を引き摺りながら。すすり泣きとも、しゃっくりともつかぬ呻き声を漏らしていた。
「だいじょぶ? 立てる?」
 あわてて駆け寄り、助け起こそうと手を伸ばす。
 見たところ外傷は無さそうだが――よほど怖かったらしく、地面にうずくまった村娘は青褪めガタガタ震えながら、助けて、嫌だと、うわ言のように呟くばかり。話しかけたティセナの声も聞こえていないようだ。
(敵ふっ飛ばすのは、簡単なんだけどなぁ……)
 被害者をなだめたり励ますといった役回りは、どうも苦手だ。ルシードを連れて来るべきだったか。
「ふん。ハンターなど倒したところで、食事の余興にもならんわ」
「――貴様ッ!?」
 クライヴの追撃を撒いたヴァンパイアが、こちらへ一直線に滑空してくる。しかし恐慌状態の少女に手を焼いていた、
「だーかーら、あんまり甘く見ないで!」
「ぐわああっ!?」
 ティセナは振り返りざま、腹立ちまぎれに衝撃波を放ち。
「そんな殺気撒き散らしてるくせに、軍人の背後を取ろうって? ……百年早いよ」
 油断が祟り黒翼をぶった斬られたコウモリ男は、重力に負け、瓦礫だらけの地面へ無様に激突した。
「…………」
 そこから離れろ、もしくは避けろと言いたかったんだろうか。
 なにか叫びかけの姿勢で唖然としていたクライヴだが、すぐさま気を取り直したように、暗闇に映える銀の杭を手に。
「ひとつ訊くぞ」
 ようやく追い詰めたヴァンパイアを、底冷えする眼つきで見下ろして、唐突に問う。
「おまえは、レイブンルフトを知っているか?」
「知らぬはずがなかろう、我らが王の名を――」
 傍で聞いていたティセナには意味が分からず。血溜まりに這い蹲った吸血鬼もまた、不審げに応じるが、
「……そうか! 貴様の匂い、雰囲気……」
 何事か思い至ったらしく途中でカッと両眼を開き、こちらを睨み据えた。
「どこだ? 奴は、どこにいる」
「血の誘惑には抗えまいに。ヒトならざる身で人間側に立とうとは――愚かな」
「質問に答えろ」
 焦れて剣を突きつけた、クライヴを嘲るように 「城へ行きたければ、北へ向かえ」 と。牙を剥きだしに返される、やけに明瞭な答え。
「だが、生きて戻れると思うなよ……レイブンルフト様に刃向かう、裏切り者めが」
 そうしてヴァンパイアの怨嗟を、眉ひとつ動かさず刎ねつける勇者。
「――地獄へ落ちろ」
 心臓に杭を穿たれた吸血鬼は、断末魔すら残さず、どす黒い灰となって消滅した。

 ダルースを蹂躙していたゾンビの群れもまた、物言わぬ骸へと還り。

「ねえ、クライヴ……なんの話? レイブンルフトって」
「吸血鬼どもの王だ。目に見えない城に住み、すべてのアンデッドを従え、狂った血の饗宴を繰り広げているという」
 青年は、頑なな調子で答えた。
「俺は、奴を探し出し――必ず倒す」
「ハンターの仕事で? 依頼主は、誰?」
「依頼主など、いない」
 返事を得るほど新たな疑問が増えていくという、訳の分からなさに、ティセナは少々辟易する。
「北、か……グローサインだった場合、探索は至難だが」
 推測できたのは、彼が、ややこしい事情を抱えているらしいこと。根掘り葉掘り訊ねても口を閉ざすだろうことくらいだった。
「罠だとしても、手掛かりを得られただけマシか――」
「辺境じゃないの?」
「なに?」
 考え込んでいたクライヴの、訝しげな視線に。
「……だって、それ地名でしょ? レイブンルフトって、ラグニッツ……最北の俗称、大鴉の丘。違った?」
「俺には、初耳だが。どこで聞いた話だ?」
 ティセナは、おぼろげな記憶をたどりつつ首をかしげた。
「うーん、なんだっけ――天界の、古い文献で読んだんだったかな」
 もしくは、魔導士ギルドの図書室にあった地図だろうか? さすがに、そこまで細かくは思い出せないが。
「ラグニッツ……」
 クライヴは納得した様子で、遥か北を見やる。
「奥地へ踏み込む人間などいない、無人の凍土――調べてみる価値はある、か」



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とりあえずティセナさん、敵の気配に鈍感なか弱い天使のレッテル返上。
クライヴさんの目的地は、北へ決定。