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◆ 大鴉の丘(2)


「ラグニッツに向かうの? アンデッド退治なら、私も手伝えるけど」
「ああ。だが、まだ……しばらくは修行を積む」
 遠い空を睨みながら、静かに、首を横へ振った青年は、
「生半可な腕では、奴に勝てない。ヴァンパイア数匹程度、一撃で屠れるようにならなければ――」
「って、どこ行くのよ」
「死体の後始末が残っている」
 武器を携えたまま慎重に、半壊した家屋跡などを調べ始めた。
(……そっか、被害者を弔うんだ)
 全滅を免れたといっても恐怖に怯えている人々は、少なくとも陽が昇るまでは頑なに、外へ出て来ようとしないだろう。たとえ自分たちが戸を叩き、ハンターだと名乗って、
『村を襲っていたヴァンパイアは、退治しました。安心してください』
 などと呼びかけても。
 吸血鬼とて人語は話すのだから、信用されるはずがない。
 ざっと見渡したところ、すでに腐食して原型を留めぬものや、ミイラのごとく変色したもの――これといった外傷が見られず、昏倒しているだけに思える遺骸も混じっている。野ざらしにしたまま去っては後味も悪いが。
「だけど、私たちが勝手に埋葬しちゃったら……どこに誰が眠ってるのか判らなく」

 ひとまず土地は清めておかなければと、ロザリオを取り出しつつ話しかけた、ティセナの眼前で。
 クライヴは、道端に転がっていた遺骸の左胸へ無造作に、銀の楔を突き立てた。

「ちょ、ちょっと!? なにやって」
 あらかたのことには揺らがなくなっていた感性も、勇者によるイキナリの死体損壊行為には、さすがに困惑して立ち尽くす。
「血を吸われた人間が百もいれば、大抵、骸の二.三体は再活性化する」
「さい、かっせい?」
「ヴァンパイアの血に感染した――だが、まともな思考力は持ち合わせていない、出来損ないの亡者となって甦る。それが再び、人間を喰らう」
(ああ、伝染性……バルバ島で戦った “ワイト” と似たようなものか)
 インフォスでの出来事をぼんやり思い返しながら、黙考するティセナに、背を向けたまま。
「殺された挙句、化け物に変わり果てるよりマシだろう」
 答えたクライヴは、村人の屍を見つけては淡々と心臓部を穿ち抜いていった。
 これで二次被害を完全に防げるというなら、確かに必要なことだろう――かつて自分だった抜け殻が、親しかった人たちに牙を剥くくらいなら。
「まあ、ね」
 死ねば跡形も残らぬアストラル生命体には、実感の湧きにくい話だけれど。気持ちの問題がどうこうと言ってはいられまい。
 頷いて返した視界の隅、地面にうずくまっていた黒髪の少女が、ふらあっと立ち上がり。
「…………」
 ぶつぶつと何事か呟いた。
「ごめんね、遺体傷つけて。でも――」
 咎められたのかと気まずく思いながら、事情を説明しかけたティセナは、その変化をとっさに理解できず反応が遅れた。
 紅一色に塗り潰された眼窩。今の今まで人間だったはずの気配が一瞬にして、魔族に類するそれへと。
「え、えっ?」
 シャアッという威嚇音を発し襲い掛かってきた、相手の手刀を、ギリギリで跳び退いてかわす。
「……なにをしている。斬れないなら、退け」
 そこへ乱入してきたクライヴが、村娘の胴部を横薙ぎに斬り払った。
「ア、グァアアアアアッ!?」
 もんどりうって地面に転がった少女を見据え、ハンターである青年は冷たく言う。
「こいつは、もう人間じゃない」
 黒髪を振り乱し、起き上がろうと身じろいだ娘の腹には裂傷が、けれどそこから流れだす鮮血の色は見えず。
 あらわになった肩口に、赤く抉られた牙の痕。
「だって。この子は、さっきまで生きてたんだし――元に戻す方法」
 戒律における庇護対象だった人間が、唐突に、排除すべきモノに変じたことに。
 ティセナは当惑していた。
 アンデッドモンスターと戦った経験は腐るほどあっても、人間が “そうなる” 瞬間に居合わせたことは無かったのだ。
「そんなものは無い」
 けれどクライヴの返答はにべもなく、再び飛び掛ってきた娘の咽喉を、容赦なくかっさばいた。
「奴らの餌食になった時点で、それは死体だ。救う術などない」
 崩れ落ち、今度こそ動かなくなった少女の身体からは、やはり血が流れていない。逃げてきたときにはもう根こそぎ吸い尽くされていたんだろう。
「そうだね……」

 相当量の聖気を以ってすれば、魔性の血を、瘴気の影響を相殺することは可能だが――不純物が混じった “力” には出来ない芸当だった。
(クレア様だったら、助けられたのかもしれないけど)
 天使様は、もういないから。
 どのみち救えなかった命だと、割り切るより他に無い……けれど。

 なんら感情のこもらない言葉が、不可解で。
 すっと踵を返し歩きだしたクライヴの、服の袖を、とっさに掴んで引き止めた。

「……どうした?」
 訝しげに振り向いた、深紫の双眸を見つめ。ティセナは、なんとなく安心する。
(ああ、そっか――平気なわけじゃないんだ)
 それでも、狩るか狩られるかの世界で生きていくには、弱さや迷いなど曝していられないんだろう。
「銀製品なら、なんでも良いの?」
「 “後始末” に加わるつもりか? 止めておけ……たいして広くもない村だ、俺一人で足りる」
「手分けした方が早いでしょ」
 シルバーソードを具現化しながら、制止を軽く受け流すと。
「他にも後始末、たくさんあるし」
「は?」
「遺骸の埋葬とか、新手の警戒とか、壊れた家の建て直しとかてんこ盛り」
「それは、ハンターの仕事じゃないだろう」
「じゃあ私から、個人的な依頼ってことで――ダメ? 動けないくらい疲れてる?」
 面食らった様子でいたクライヴは、ややあって、ぼそりと呟く。
「……陽の当たる場所は、苦手だ」
「じゃ、夜が明けるまで手伝って? あとは私がやるからさ」
 ティセナは少々強引に、困惑とも抵抗ともつかぬ態度をとる青年の、腕を引っぱってみた。
「アフターサービスまできっちりしないと、評判落ちるよ? ハンター稼業」
「それはべつに、どうでもいい――」
「私は、あんまり良くないなぁ」
「…………」

 なんだかんだと渋っていた割りに作業を開始すれば、クライヴは、それ以上不平を言うでもなく黙々と専門外の仕事に没頭していた。

 数時間後に、夜が明けて。
 おそるおそる戸外へ出てきた人々に事情を話せば、ぎこちなくだが礼を言われた。
 同時に村が落ち着きを取り戻すまで、用心棒として留まってくれるよう請われたため、滞在は数日に渡り。

 これ以降、噂が噂を呼び。
 クライヴ・セイングレント個人の腕を頼って持ち込まれる、アンデッド退治の依頼が、次第に増えていくことになる――



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人付き合いは苦手、でも誰かの手を振り払ってまで、人の輪を拒絶するイメージは無い――というより。ぬくもりが恋しいのを我慢してるような、痛々しいところが放っておけない感じです。クライヴは。