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◆ 西の王宮、東のスラム(1)


 ルディエールが面会を希望していると。
 妖精リリィから報されたルシードは、急ぎ、照りつける陽射しの中を南下していた。

 事件が立て込まない限り、これといった用が無くとも定期的に様子見に行っているため、勇者からの呼び出しは珍しい。加えて、
『レグランスのカディス地方に、怪しい兵隊さんがうろついているんだそうですぅ〜。夜な夜な数が増えてるみたいだって、目撃者さんたち怖がってましたあ!!』
 聞いただけでは、人間の仕業なんだかアンデッドだか判断し難い噂が耳に入った矢先でもあったから、すぐさま勇者の元へ向かったのだが――

「よ、久しぶり」
「おう。久しぶり」
 お互い、ひょいと片手を掲げる挨拶から。
「見たとこ変わりなさそうだけど……なにかあったのか?」
「ん? ああ。こないだ、兄さんから手紙が来てさ」
 応じるルディエールの調子もまったくもって普段どおりで、ルシードは、少しばかり拍子抜けた。
「おまえの兄貴が? なんだって?」
「話があるから王宮に来てくれって、それだけ。詳しいことは何も書いてなかったから、他人には知られたくない用件なんだと思う」
 確かに、そう捉えるのが妥当か。
 どこに寄ってくれとか、あれを買って来いとか、簡単な頼みなら手紙で済ませるだろう。
「だから俺、ちょっとファンランに戻るな」
 すると、フロリンダが報告してきた件の依頼は出来ないか――いや、そんなに急いでいる様子も無いし。
「……それって、任務優先してもらう訳にはいかないのか?」
 咎めるつもりなど毛頭無く、単に訊くだけ訊いてみようと質問したのだが。
「なんだよ。いきなり言われたって困るだろうから、ちゃんと報せとこうと思ったのに――」
 ルディエールは、少しムッとした様子で、
「悪いけど俺は行くぜ。兄さんの用事が終わるまで、そっちの仕事は受けられない。ティセナたちにも伝えといてくれよな?」
 踵を返すなりスタスタと歩きだしてしまった。
「…………」
 取り残されたルシードは、うーむと唸りつつ頭を掻く。
 どうも機嫌を損ねてしまったようだ。アイリーンのみならず、ルディエールまで怒らせてしまうとは――やはり自分は無神経なんだろうか? 人間の怒りのツボが、いまいち読めない。

 しかし人間界における王族とは、天界に置き換えれば、四大天使の後継者に類する立場と聞いていたが……正直、今までルディエールには、そういった気位の高さを感じることがほとんど無かった。
 とっつきやすい性格で、そこいらの安宿に泊まっても不自由と思っていないようだし、腹が減ったと呟いてはハシバミの実なんぞを見つけ摘んでいたりする。
 だから、あまり “王子” という肩書きを意識して考えることも無かったんだが。
(やっぱり、王族なんだな)
 予期せぬ反応に面食らいながらも、妙に納得してしまうルシードだった。

 ルディエールに頼めないとなると、次に近い場所にいるのはアイリーンか、ロクス――ひとまず依頼に向かう前に、フロリンダが言う武装集団の規模を、出来ればそいつらの目的も確かめておきたい。 
 敵がアンデッドと判れば自分で片付けられるし……そうでなくとも、なにか悪巧みしている連中なら、徘徊し始めるのは日が暮れてからだろうと。


 数時間かけて、レグランス領内をぐるりと見回り。
 少しずつ陽が翳り始めた頃合に、カディス上空へ舞い戻ったところ――真っ先に感じ取れた気配は、魔物の類ではなく、さっき西へ去って行ったはずの勇者のものだった。


「……ルディエール?」
「ルシード?」
 向こうも気づいたらしく顔を上げ、不思議そうに問いかけてくる。
「どうしたんだ、おまえ? こんなところで」
「そっちこそ、ファンランに帰ったはずだろ?」
「ああ、兄さんとは話して来たよ。それでグローサインへ向かおうとしてたら、この近辺に、内乱企ててる連中がいるらしいって噂を聞いてさ」
 路地裏に散らばったゴミ袋や酒瓶を器用に避けて歩きながら、答える青年の面持ちはいつになく険しかった。
「ただでさえ貴族たちは頼りにならないんだ。これ以上、兄さんの頭痛の種を増やされちゃ――」
 なにか言いかけた勇者の声と足が、そこでピタリと止まり。

 眼前の、古びた酒場。
 暑さを和らげる為にだろうか? 無用心にも開け放たれたままになっていた、扉の奥には、

「おまえたちか……! 町の人が噂してた、武装グループって言うのは!?」
「な、なにっ?」
 テーブルや椅子に立てかけてある、酒場には不釣合いな剣や槍の数々。
「なんだ、テメーは!」
「まさか計画が漏れたのか? どこから!?」
 暑苦しくも鎧兜を着込んだ男たちが、荒々しく踏み込んできたルディエールを目にして騒然となり――しかし一瞬後には、
「いや、軍や自警団を呼ばれた様子は無い……こいつ一人きりだ! 殺せ!!」
 アジトが割れぬように口封じするつもりなんだろう、各々武器を手にして、一斉に襲い掛かってきた。
「おとなしく捕まる気は無いみたいだな? だったら、こっちも容赦しないぜ!」
 怒鳴り返したルディエールも、鮮やかに刃を閃かす。
「おおーい……」
 アストラル生命体を見咎める敵はおらず、勇者は、多勢に無勢の戦闘に掛かりきり。
 すっかり出遅れてしまったルシードは、家具や食器も薙ぎ倒しながらの大乱闘となった酒場を眺めつつ、頭を振って気を取り直す。
 ――とりあえず、援護だ援護。

 それから約30分後。
 どうにかこうにか、反乱未遂兵たちはお縄になった。

 いくらファンランに隣接するカディス地方とはいえ、全員を首都まで連行していくのはキツイだろうと思い、どうするつもりか訊ねたところ、
「この辺りは、東西合併前の旧国境だったからさ」
 ルディエールは苦笑いして、事も無げに答えた。こういった反乱分子を取り締まる為の軍施設が近くにあるのだという。
「自警団とかいうヤツは?」
「引ったくりや人攫いなんかの犯罪者なら、それでも良いんだけど……ちょっとな」
 程度の差こそあれ東部の住民は、レグランスの現状に不満を抱いているから、どうしても “反乱兵” への処罰は甘くなってしまいがちらしい。
 王家にも責任はある、だからといって野放しにする訳にもいかないと。


 溜息混じりの勇者に手を貸すべく、実体化したルシードは、二人がかりで縛り上げた反乱兵を連行していった。
 そうして役人に引き渡した、帰り道。


「おまえ、兄さんに頼まれてどっか行かなきゃなんだろ? 危ないじゃないか。反乱兵の本拠地に、一人で乗り込んだりしちゃあ……護衛くらい連れて来いよ」
「いや、今日は偵察っていうか――噂が本当か確かめようと思って、調べに来ただけなんだよ。まさかこんな昼間からいきなり出くわすなんて」
 肩で息をしながら、ふうっと汗を拭った勇者が笑い。
「けど、助かったよ。援護さんきゅー」
「おう。お疲れさん」
 ふと思い出したように 「あ、そうだ」 と声を上げる。
「なにか依頼したいことがあったんだよな? 内容にもよるけど、今からで良いなら……」
「いや、もう終わったし」
「そっか。近くに、すぐ動ける勇者がいたんだな」
「? すぐも何も、おまえが片付けたんだろ」
「は?」
「だから俺の依頼って、夜中にカディス地方を徘徊してるっつー武装集団の、調査退治。たぶん、さっきの奴らだろ」
 ルシードの返答に、最初こそ、ぽかんとしていたものの。
「なんだよー! それならそうと言ってくれれば良かったのに!!」
「兄貴の用事が終わるまで依頼は受けないって言ったの、おまえじゃん」
 うっと詰まり、気まずげに頭を掻いた。
「そうだな、悪かったよ。話くらい聞けば良かったな――だいたい、おまえが持ち込んでくる依頼ってレグランス絡みのことが多いんだし」
「べつに。そもそも、俺の話す順番がマズかったよな」
 経緯はどうあれ、あっさり目的を果たせたんだから結果オーライだろう。
「それに、腹立てるくらい国が大事ってことだろ? 王子様なんだなーって感心したぞ」
 ルシードとしては感じたままを述べたのだが、何故か赤くなった勇者はたじろいで。
「な、なんだよ。それ?」
「おまえ、普段あんまり王族って感じしないからさ」
「褒めたいのか貶してるのか、どっちなんだ……?」
「もちろん褒めてるぞ」
 こちらの即答に目を丸くしながら、半ば呆れたように呟いた。

「……変なヤツ」

 それこそ褒めているんだろうかと疑問に思ったが、気にせず良い方に解釈しておくことにした。



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アーシェに比べると、あまり王族気質を感じさせないルディエールでしたが――このイベント。天使に 「任務を優先……」 と言われてムッとしつつ、きっぱり国が優先の態度を取るところに、ああ、やっぱ好青年ってだけじゃなく王子様なんだわーと妙に感心してしまった管理人でした。