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◆ 西の王宮、東のスラム(2)


「それにしても、グローサインにって……いったい何しに行くんだ?」
「春先から、帝国が侵略戦争を始めたことは知ってるよな? ルシード」
「当たり前だろ。ティセナさんも、ずっと対応に追われてる。北の勇者たちが頑張ってくれてるけど、焼け石に水って言うか――厳しいな」
「……俺も、シェリーたちから少し聞いてたけど」

 沈みゆく太陽が、鮮やかなオレンジ色に地平を照らす、夕暮れ時。

「もう六王国領の半分が占領されちまって、辺境も侵攻対象らしいって、噂は人伝に兄さんのところまで届いてたんだ」
 予想外の戦闘発生で時間を食ってしまったが、今日中にはクラン地方に着きたいと言って。
 並んだ影法師が長く伸びる街道を、ルディエールは足早に歩いていた。
「けどさ。肝心なことは誰も知らない、分からないって」
「肝心なこと?」
「侵略の目的。おまえ、知ってるか?」
「? 千年前の領地を取り戻す」
 紅月王の生まれ変わり、皇帝エンディミオンの名に於いて。
「勇者が接触した帝国兵は、だいたい、そんなふうに言ってたらしいけど――なんか、半端に伝わってるんだな?」
「いや。本当にそれだけなのかって懸念してるんだよ、兄さんは」
「…………?」
 意味が解らず、軽く首をひねれば。
「国家間に、これといった揉め事があった訳じゃない。それに取り戻せったって千年前、大昔のだぞ? ほとんど神話に近い時代の話だ。こじつけにも程があるだろ?」
 ルシードの戸惑いは伝わったようで、勇者は、さらに説明を重ねる。
「それは兵士たちを納得させる大義名分っていうか、建前じゃないかって思うんだ。俺も」
「世界征服の野望とか、そういう話か?」
 インフォスの歴史ひとつ取っても、ファンガム王国大臣、ステレンス。デュミナス后妃、ミライヤ――度を過ぎた支配欲や劣等感に駆られて、道を踏み外す人間は少なくないようだったが。
「まさかそんな子供じみたことを――とは思うけど、旧領地なんて関係無しに領土拡大を狙ってるなら、すぐにレグランスも危なくなるだろ? 対岸の火事なんかじゃないんだ。今のうちに近隣諸国とも協力して、帝国の暴走を止めなきゃいけない」
 眼前に机でもあれば殴りつけそうな勢いで、ルディエールは声を荒げた。
「なのにウチの重鎮たちときたら! そうやって兄さんが対策を練ろうとしてるのに、心配しすぎだって笑って、まともに取り合おうとしないんだぜ」
「呼び出しの理由って、それだったのか? 対策会議に参加してくれって?」
 しかもその足で、すぐに出発?
 久しぶりに城に帰ったのに夕飯も食べず、泊まりもしないで?
 本人がせっかちなのか、よっぽど王様が帝国軍を警戒しているのか、どっちなんだろうと再び首をひねるルシードに、
「出席してた訳じゃないよ。ぜんぶ兄さんから聞いた話だ……貴族たちの怠慢は、今に始まったことじゃないけどな」
 ルディエールは、苦笑混じりに答えた。
「だから俺が特使として、皇帝エンディミオンに謁見を願い出る」
「じゃあ、目的地はレイゼフートかよ?」
「ああ。訊かれたからって馬鹿正直に答えてくれるとは思っちゃいないけど。直に会えば、感じ取れることもあるだろ――帝都の雰囲気や、兵士の態度とかな」

 ルシードは、今度こそ困惑した。
 張り巡らされた結界がフェイクでなければ、レイゼフートは敵の本拠地だ。
 自分たちは中に入れず、結晶石を持ち込もうとしても弾かれるだろう。それどころか、レグランスの第二王子が天使の勇者だと敵に悟られかねない。
(まずいんじゃないか? 帝都なんかに行かせちゃ)
 天界との繋がりを隠し乗り込んでも、なにかの拍子に勘付かれてしまえば、無事に帰してはもらえまい。

「なんだよ? これでも一応、王家の一員だぞ」
 不自然な沈黙を訝るように、おどけた調子でルディエールが問い。
「……その格好で?」
「まさか。ちゃんと正装も持ってきてるよ。こっちで着るには暑すぎるからな」
 背中に担いだ荷袋を、ひょいっと顎で示してみせた。
「けど天界にも、そういう感覚あるんだな? おまえたちと知り合うまで、天使って――特に男だと、腰に布巻きつけただけで半分裸ってイメージだったけど」
 そうして視線をこっちに向け、しみじみと言う。
「こうして見てると、翼さえ無けりゃ、どこにでもいそうな街の若者って感じだもんなあ」
「いや。天界じゃあ、皆ほとんど素っ裸に近い格好で出歩いてるぞ」
 アイリーンの衣服をそのまま男物に――色だけ上下逆にしたような出で立ちのルシードは、黒シャツの袖を引っ張ってみせつつ答えた。
「人間界じゃ悪目立ちしちまうって聞いたから、合わせて、こーいう服にしてるけど。普段のティセナさんでも厚着の部類だ」
「……あの格好で?」
「あの格好ったって、おまえと変わらない露出度じゃん。人間界でも許容範囲だろ?」
 胴体と、足は腿あたりまで隠れていれば、とりあえずマナー違反にならないと聞き及んでいたのだが。
「俺は男だから、いいんだよ!」
 ルディエールは、よく解らない理屈で反論してきた。
「天使の姿なら、一般人には見えないから問題ないだろうけど。実体化するときは――特に夜は、あんな薄着で出歩いちゃ危ないからな!」
「ふーん? まあ、地上界守護経験者だから、トラブル招くようなミスはしないと思うけど……」
 勇者は、風通しが良さそうな普段着のまま。
 お付きの家臣が一足先に荷物を運んでいるのかと思ったが、そういう訳でもないようだ。

「もしかして、王様――けっこう、四面楚歌で苦労してるのか?」

 いつの間にか脱線しかけていた話を、本題に戻すと、ルディエールは鳩が豆鉄砲食ったような顔で固まった。
「どういう意味だよ?」
「世慣れしたオッサンならまだしも、まだ18歳の王子様がさ。お供も連れずに一人で物騒な軍事国家に出向いてくなんて、珍しいと思うぞ」
 いくら本人の腕が立つとはいえ、屈強な護衛がゾロゾロくっついてきて当然だろうに。
「信頼してないヤツに任せられる仕事じゃないから、わざわざ弟を呼んだんだろうけど。それって、頼める人間がおまえくらいしかいないんじゃないか?」
 ガウハーティの事件帰りに出くわした連中を思い返してみても、現王は、若さゆえか甘く見られている印象があった。
「民には慕われてるよ。希代の賢王って評判なんだぜ! おまえが言う、世界を救う勇者にだって――俺なんかより、よっぽど向いてる」
 語気を強めたルディエールは途中で口ごもり、ややあって溜息をついた。
「貴族たちが、東西の軋轢を収めるどころか悪化させてるのは、おまえも知ってのとおりだし。軍部も、将校級になると貴族連中と似たり寄ったりだからな……俺も、一人旅の方が気楽で良い」
「そっか――」

 曖昧に頷きながら、ルシードは考え込んだ。
 特使役を任せられる腹心が他にいないとなると、帝国行きを中止しろと忠告しても、ルディエールは絶対に聞き入れないだろう。レグランス王の決定に従っているんだし、そもそも、グローサインの現状は兄弟そろって承知のはず。
 部外者が口を挟めるような問題じゃない。
『昔の領地を取り戻す』
 それを名目とした侵攻だから、対象地域外のエクレシアやレグランスは、今のところ静観しているが……特使として赴いた第二王子が危害を加えられたとなれば、さすがに黙っちゃいないだろう。
 グローサインが、他国すべてを敵に回すとも考えにくいが、しかし――

「なあ、ルディエール。ここから帝国に向かうんなら、アレス地方も経由するよな?」
「ああ。明後日は、あの辺で宿を取るつもりだけど?」
「だったらさ。ククタに、俺たちが活動拠点にしてる “ヤドリギ” って店があるんだ。回復アイテムなんかの荷物置いたり、他の勇者も、事件が無いときは寝泊りしてる」
 結界云々の詳細は、ティセナに説明してもらった方が良いだろう。
 なにより、この機会に、帝国出身者であるレイラと引き合わせておきたかった。
 信念ゆえ未だ軍服を捨てずにいる彼女と、ルディエールが、お互いを知らず事件現場ではちあわせては要らぬ誤解を生みかねない。
 どのみち行かなきゃならないなら、きっちり次善の策を打っておくべきだろうし、レイラも、なにか訊いたり確かめて来てもらいたいことがあるかもしれない。
「へー? じゃ、アレス地方に入ったら案内頼むぜ、ルシード」
「おう」

 話は、あっさりまとまって。

「そういえばさ……今は、先を急ぐから無理だけど」
「ん?」
「レグランスに戻ったら、ちょっとウチに顔出さないか?」
「ウチ?」
 唐突な提案に、ルシードの脳内をクエスチョンマークが飛び交う。
「ウチって、おまえ。そんな “おじゃましまーす” って上がりこめる家じゃないだろ? 警備兵にしょっぴかれたらどーすんだ」
「さすがに友達だからって、それだけじゃ王宮には通せないけど。ゾウ小屋辺りなら、誰も気に留めるヤツいないからな――久しぶりに、セネカとも遊びたいし」
「ゾウゴヤ? セネカ?」
「幼なじみだよ。それに兄さんも、おまえの話したら会ってみたいってさ」
「俺の? おまえ、なに言ったんだ?」
 まさか、天使云々の!?
 不特定多数に正体を知られようものなら、謹慎で済めば罰としては軽い方。下手すりゃ即座に解任だって……そういえば、天界に関しての口止めを忘れていたような?
「一緒に旅してる友達に振り回されて、気がついたらレグランス一周する勢いだって」
 内心慌てたこちらを他所に、ルディエールは笑って答えた。
「けっこうあちこち足を伸ばしたもんなー。手紙を届けてくれた配達人ってさ、その道何十年ってベテランだったのに、俺の居場所を突き止めるの苦労したらしいぜ」
「ひょっとして、怒られたか? あんまり遠くに行くなって」
「いや、笑ってたよ。もう少し国政が安定していれば、自分も旅に出たいところだけどって――」
 いったん言葉を切ると、握りこぶしで気合を入れている。
「兄さんが出歩くわけにいかないぶん、俺が、しっかり役目を果たして来なきゃな」



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ふと思いついたので、ルディとレイラの接触イベントフライングを試みます。どっちか一人だけでもキツイのに、セシアとルディ両方から詰られるのはレイラが気の毒だ……。