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◆ イーヴン(3)


「……はぁ。ロクスにぞっこんな女の人たちを、振り向かせるため? 酔狂なヒトねー、あなた」
「ギャンブルなんざ、それ自体、道楽みたいなもんだろ」
「そうだけどさ」
 ヴァイパーの用件を聞くなり呆れ顔になった天使の斜め後ろでは、これまた、なにが笑いのツボに嵌ったんだか、
「クレア様って、クラレンスでクレア様って! 似てなーッ!!」
 尻尾まで振り回してけたたましさも最高潮、シェリーが腹を抱え、ごろんごろんと笑い転げている。

 よほど両者の間にギャップがあるらしいが、噂の “クレア様” を知らないロクスには、おもしろくもなんともない。むしろ、おもしろくない。
(こんな馬鹿笑いをする輩に、敬意を払えって方が無茶な要求じゃないか?)
 どうも話し振りからして “クレア様” とは、彼女たちの上司だった人物らしいが――

「みんな趣味悪いね。そりゃあクラレンス、ちょっと見た目怖いけど」
 男二人を見比べ、真顔で評するティセナ。
「ロクスより、よっぽど甲斐性ありそうだし。酔っ払ってテーブル散らかしたりもしないだろうにね」
「だろ? 優男ってのは、得だよなぁ」
「うんうん」
 おまけに、前にも一度この付近で顔を合わせたとかで、妙にヴァイパーと意気投合しているときた。
「色男に女が群がって至れり尽くせり、ちやほやされてんのに。俺の周りにゃ遊び仲間の野郎ばかりって落差を、ふと思い返すとな。酒は味気ないし、世を儚みたくもなるわけだ」
「手酌じゃダメなの?」
「ま、お子様には分からないかもな」
「分からなくはないよー? リンゴそのまま食べるより、皮むいて切ってもらった方が、なんとなく美味しいとか」
 ……いや、そういった話とは微妙に違う気がするぞ?
「じゃ。はいどーぞー」
 ティセナは手近にあった酒瓶を手に取り、ひょいっと掲げてみせた。
「お? サンキュー」
 応じたヴァイパーが、テーブルに並んでいた未使用のグラスを持ち上げる。なみなみと注がれるウイスキーは琥珀色。
「なんだ、慣れてんな?」
「昔、仕事で付き合いあった人たち、お酒好きが多くてねー」
「おまえもいけるクチか?」
 しみじみと答える天使に、酒を煽りながら問う男――っていうか、それ僕のだぞ。勝手に勧めるな、飲むな。
「ううん、ダメっぽい。クレア様がね、子供が飲むモノじゃありませんって」
「そんな感じだな、確かに……やめとけやめとけ」
「それで?」
 苛つきながら、二人の会話に割って入ったロクスが、
「いったい君は、何しに来たんだ毒蛇くん? 僕と一緒にいる女を手当たり次第ナンパするって言うなら止めはしないが、そいつと呑みたきゃ別の店に行ってくれ」
 殊更、迷惑そうな顔をしてみせると。
「バァカ。もう忘れたのか? この間も言ったろ、勝負しに来たんだよ。こいつでな」
 ヴァイパーの懐から取り出された、そこいらの賭博場に置いてありそうな地味なカードケースに、
「カード……?」
 小首をかしげたティセナが、突然 「あっ」 と声を上げた。
「ヴァイパーって――眼帯にメッシュ」
「ああ! どっかで聞いた名前のような気はしてたが……あの酒場の連中が噂してたヤツか、おまえ」
「ん?」
 コバルトブルーの隻眼が、訝るように細まり。
「やめといたらー、ロクス? かなりの勝負師って噂だったんだし、こてんぱんにやられるよ」
 ヴァイパーが勝つだろうと頭っから決めつけた、天使がまた、しつこくさっきの話題を蒸し返す。
「……ああ、剥がされて困るようなもの持ってな」
「それはもういいッ!!」
 いい加減腹が立ってきて遮り、バンッと両手をテーブルに叩きつければ。
「おもしろいな、おまえら」
 今度はヴァイパーが、けっけっと肩を揺らして笑い。
 ティセナはティセナで肩をすくめて天井を仰ぎ、溜息吐きつつ、お手上げのポーズなどしている。
「おもしろくない!!」
 ロクスは、腹の底から怒鳴り返した。けれど二人にはまるで堪えた様子がなく。
「あー、おっかしーもぉダメ、息が出来ないぃ〜!」
 笑い病に罹ったままの猫耳妖精も、ぜーぜーと、痙攣に加え酸欠で笑い死にそうになっていた。
「おまえらなぁ――」

 こいつら放って支払いも押しつけて、宿に帰ってしまおうか? と、半ば本気で考えてしまう夕食時。

「ねーねー、クラレンス。今度、暇なときでいいから、私とも勝負してね」
「ギャンブルなんか、やるのか? おまえ」
「んー、そこそこ?」
 へぇ……と意外そうに呟いた、ヴァイパーが軽く頷いて。
「気が向いたらな」
「うん」
 嬉しそうなティセナとは逆に、ロクスの不機嫌度は増す一方だった。



 それから。
 噂に上るほどの相手となると、冗談抜きに、身包み剥がされる可能性もあるなと。慎重に手を選びつつ勝負に臨むも。

「どうした、ヴァイパー」
 油断禁物と思う反面、ロクスは、拍子抜けた気分を隠せずにいた。
「ずいぶんやっているが僕とイーヴンだぞ。名高い勝負士じゃなかったのか?」
 接戦というような白熱したものではなく、互いに勝ちもしない、負けもしない――中途半端な流れでダラダラと続いていく。
「なぁに……こんな楽しいゲーム、そう簡単に終わらせたくないだけさ」
 本気か虚勢か掴めない台詞を吐くヴァイパーは、かなり酔いが回っているんだろうか? 運ばれてきた酒に口を付けたとたん、ゲホゴホと苦しげに咳き込み始めた。
(キツイなら、氷で割るか何かしろよ)
 ボロ負けするよりマシだとは思うが、しかし、こうも膠着状態が長くなると退屈なだけだ。
 ここで上手いこと一気に大勝ちして、借金を帳消しに出来れば万々歳といったところだが、残念ながらロクスには、そんな大博打に出るほどの腕も無く。

「なぁ。今日は、この辺で切り上げないか? ……正直、僕はもう飽きた」

 渋るでもなく 「そうだな」 と頷いた、ヴァイパーは慣れた手つきでカードを片付け、席を立った。
「……調子悪いの?」
「日が悪かった、出直してくる」
 眉をひそめ声を掛けた、ティセナの頭を、子供相手にやるようにグシャグシャと掻き回して、
「またな」
 ひらっと手を振ると、気だるげに歩み去っていった。


「あーはーはー……あれ? 帰っちゃったんですか、あのヒト」

 涙目でのたうち回っていたシェリーが、ようやく息を整えて、ヴァイパーが消えていったドアの方を見る。
「ああ、たいした腕じゃなかったよ。アテにならないもんだな、噂なんて――」
「えー? それじゃロクス様、勝ちまくりだったんですか?」
「…………」
「ねぇねぇ」
「……勝ってはいないが、負けてもいない」
「あのー。それって、ご自分のこと、たいした腕前じゃないって認めてるよーなモノだと思いますけど」
「そうだよ悪かったな!!」
 妖精の発言に、おとなげなく声を荒げるロクス。
 そこへ、ぼーっと突っ立ったままヴァイパーを見送っていたティセナが、思い出したように口を挟む。
「そういやシェリー、報告に来たんだっけ? レイラ、どうしてる?」
「あ、そーでした吉報です! あのですね――」

 妖精は嬉々として、見聞きしたことを話し始めた。
 レフカス王国のラミア地方へ攻め入った帝国軍は、レイラ・ヴィグリードの元部下によって蹴散らされ。
 カイゼルという将軍に協力を求めるため、五日後に、ラナス王国のイエーナで落ち合うことに決まったと。

「……その、カイゼル将軍ってどんなヒト? シェリー、見てきた?」
「え? いいえ、詳しくは分からないです。レイラ様のお父さんと、ずーっと一緒に戦っていたらしいし――将軍って言うくらいだから、おじさんだと思いますけど」
「軍部の実力者が味方してくれれば、もちろん助かるけど……何十年も国に仕えてた騎士が、頼まれたからって、そう簡単に腰を上げるかな」
 報告を聞き終えたティセナが、懐疑的につぶやき。
「レイラが牢屋に閉じ込められている間も、結局、どうにも出来なかったんでしょう? しなかった、のかもしれないけど」
「あ……」
 シェリーの顔色が、みるみる褪せた。
「脱獄に至った経緯を伝えたときに、どういう反応されるかくらいは確かめないと――って、レイラ連れて行くわけにはいかないし。元部下さんたちの顔分かる? 本隊は今、どこにいるって?」
「ち、近くにいるって話だったから、ラミア近郊のはずです! 顔とかは……すみません、自信ないです……」
「いいよ、とにかく探そう。カイゼル将軍の居場所なら、帝国兵に化けて、そこいらの兵士に訊くって手もあるし」
「はい!」
「ごーめん、ロクス。ちょっと用が出来たから行くわ」
 軽めの口調と裏腹な、緊迫した空気に、なんとなく落ち着かなくなってロクスは訊ねる。
「ああ。僕は? ……なにか、することはあるか?」
「いいよ、ありがと」
 ティセナは、笑って首を横に振った。
「とりあえず、疲れてるだろうから休んどいて。お酒はほどほどにねー」
 そうして妖精と連れだって、酒場を走り出て行った。



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まずは油断させるため、セレニス特別製ではない普通のカードで一勝負してそうだなぁと。魔法のアイテムが使われてたら、天使には見抜けそうなものですし……。