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◆ 白き凍てつく荒れ野が原(2)


 ヤドリギの庭先で。
 今後の予定について、ローザと話し合っていたところに、

「ティセナ様、事件です!」

 空飛ぶ絨毯、もとい、絨毯に乗って空を飛ぶ妖精シータスが飛び込んできた。
 辺境侵攻の足掛かりとして、帝国軍が、クレージュ公国のスラティナに野営地を作ったのだと言う。

 六王国における魔導士のように、まともに刃向かえる者はいないから、流血沙汰にはなっていないのが不幸中の幸い――代わりに、逃げ損ねた人々が、村に閉じ込められてしまっているらしい。
 日照時間も限られる痩せた土地を、素人が耕しても作物を枯らしてしまうだけ。なにもかも奪い尽くして、後々の補給ルートに頭を悩ませるより、住民を捕らえて働かせた方がよほど効率が良いと……つまるところ奴隷扱いだ。

 報告を終えたシータスは、勇者の気配を辿るように宿を仰ぎ。
「レイラ様も、こちらに?」
「ええ。だけど今は――」
「あの状態で出てくなんて、自殺行為だからね」
 浮かぬ顔で言い淀む同僚と、上司を交互に、訝しげに振り返る。
「……なにがあったので?」
「ローザに聞いて。私は、クライヴのとこ依頼に行って来るから」
 帝都の結界を破る術が無い、現時点で出来るのは、戦禍を最小限に食い止めることだけだ。
「他の皆にも会ったら伝えといて。あと、よろしくね」

×××××


 分かりました、と頷く妖精たちの声を背に。
 転移魔法で向かった、勇者の元。

「……スラティナだと?」

 これまでは、どこでどんな事件が起きたと聞いても反応らしい反応を示さなかったクライヴだが――活動拠点にまで及んだ戦火を警戒してか、それ以上に縁ある土地なのか――わずかに顔色を変えた。
 そうして、急ぎ駆けつけた先。


(……やっぱり強いな)


 普段から、アンデッドモンスターの群れを相手に一人で戦っているだけあって、数の不利など物ともせず。集落へ踏み込むや否や、あっという間に帝国軍を叩きのめしてしまった。
 倒れ呻いている兵士たちは、足なり腕なり折れているようだが血は流れていない。
 クライヴが、ことごとく峰打ちで退けたからだ。
 このハンター稼業の青年は、どうも人間を含めた “生き物” は斬らないと決めているらしい。
 今まで目的地へ向かう途中、何度か、盗賊や猛獣に襲われる場面に遭遇したが――やはり、同じように対処していた。
 ヴァンパイアが、血の匂いを嗅ぎつけて来ることを防ぐためか、死霊以外は斬りたくないと考えているのか……たぶん両方、理由にあるんだろう。
 いくら峰打ちとはいえ強度は刃そのもの。打撲骨折は避けられず、激痛によるショックで死んでしまう場合も考えられるが、そこは本人も割り切った上でそうしている印象を受けた。
 どんなに前線の兵士を殺しても焼け石に水で、減った端から徴兵されてしまっては同じこと。だから自分の身と、住民を安全に逃がすことを最優先に――とは、レイラにも言ったものの。

(この先、どーしたもんかな……)

 彼女に味方してくれそうな帝国兵がいれば、繋がりを作っておこうとは決めたが、そう簡単に見つかりはしないだろう。
 レイゼフートに敵の親玉が潜んでいることは疑う余地も無いのに、踏み込めないなんて――
(人間なら、結界に弾かれはしないんだろうけど)
 高位魔族級もしくは堕天使が待ち構えているとすると、今の勇者たちを帝都へ送り込むのは、死んで来いと言うも同然だ。
(……思ったより、時間かかるかもしれないね)
 まだるっこしさにゲンナリしつつ、とりあえず、家屋に閉じこもってしまった住民たちに避難を促すかと周囲を見渡せば、

「あ、ちょっと! クライヴ?」

 刀を鞘に納めた勇者は、いつの間にやら踵を返してスタスタと歩き出してしまっていた。
「西へ少し行けば、町がある」
 呼ばれて足を止め、ちらっと振り返るが。
「子供の足でも半日かからない距離だ――俺が、ここに残る必要はないだろう」
 いつになく頑なな調子で、それだけ言うと、ティセナの返事も待たず逃げるように行ってしまう。
(…………?)
 この間、ちょっと強引に “アフターサービス” に付き合わせたのが悪かったんだろうか?
 気後れしているふうではあったけど、嫌がっている感じはしなかったのに――という解釈が、根本的に間違っていたのかもしれないが。
 なんにせよ、長居したくないらしいことだけは解った。
 それにレイラを戦力に数えられない現状下、自分も、村人の護衛に留まる余裕は無い。

「みなさーん! 帝国兵は蹴散らしたのでー、気絶したりで動けない、今のうちに避難してくださいねー?」

 声を張り上げ、呼びかけて。
 あちこちからガサゴソと、窓や戸の隙間から外を窺い見るヒトの気配を確認してから、ティセナは勇者を追って村を出た。



「…………この村……」

 しばらく山道を進んでいくと、また別の集落に辿り着いた。
「どうしたんだろ? さっきの部隊に、やられたのかな」
 まばらに立ち並ぶ家々、柵で囲まれた畑と、ありふれた光景が広がっているのに――まったく人の気配がしない、というより。
(生き物が……少なすぎる?)
 漂う空気の異様さに、ティセナは眉を顰める。
 よくよく見れば戸板や屋根はところどころ朽ちかけて、畑を覆う緑も雑草ばかりだ。動けるものは残らず逃げ出して、足や羽を持たぬ植物は、仕方なく息を潜めてじっとしているような――そんな静寂。
 無人になって二、三年といったところか?
 土地が痩せてしまった。氾濫や土砂崩れが多いからといった理由で、人間が土地を離れていっても……小動物や虫たちは、かまわず暮らしているはずなのに。

「――いや。ここは、奴らに襲われた村のひとつだ」

 応じたクライヴの台詞に、一瞬戸惑う。
(奴ら……?)
 帝国軍を指していると捉えては前後が繋がらないし、なにより――村を睨み据える、眼光には。
「ヴァンパイア?」
 “本職” 絡みの話をしているときにだけ垣間見える、怒りの色がちらついていた。
「ああ。依頼人に案内されて、師と共に……着いたときにはもう、村人は一人残らず殺されていた」
「 “師” って、ハンターの?」
 初聞きになる存在が気になって訊ねると、勇者は、こくりと頷いて返す。
「アーウィン。俺に、アンデッドと戦う為の技を教えてくれた男だ」
「今はどうしてるの? その人」
 クライヴに剣術を教えたとなると、相当な手錬だろう。しかし、それらしき人物と一緒に居る姿は見たことなかった――
「……俺が殺した」
 弟子の独立と同時に引退したんだろうかと考えていたところに、ぼそりと呟かれて。
「え?」
「一度吸血鬼になった者は、もう死んだも同じだ。自分がそうなったときも迷わず斬れ――それが、アーウィンの口癖だった」
 とっさには意味が解らず。
 数秒遅れて、ようやく事情を呑み込んだティセナは、青年の口下手さに少し呆れた。
「そーいうのはね、クライヴ。殺したじゃなくて “助けた” とか “看取った” って言うんだよ」
 駆けつけたときにはもう、全滅状態で。
 ひょっとしたらヴァンパイアだけじゃなく、 “村人だったもの” にまで襲われたのかもしれなくて。
「アンデッドは、死なないんじゃなくて死ねないんだから」
 戦闘中に、頼りだった師まで殺されて……よりにもよって吸血鬼化してしまったと。そんなところか。
「もう死んでるはずなのにさ。自分の身体だけ魔物になって、親しかった人に危害加えるなんて悪夢もいいところでしょ」
 そんなことになるくらいなら。
 誰も傷つけないうちに斬って捨ててほしいと思うだろう。誰だって――後を託される側は、堪ったモノじゃないだろうけど。
「その依頼人さんだけでも、無事に逃がせたの?」
「……ああ。近郊に住んでいる親戚を頼ると言っていた」
「ヴァンパイア、二人で相手するには多すぎた?」
「そうだな……」
 思い出と呼ぶには凄惨過ぎる記憶だろうから、話し渋るかと思いきや、問われるままに答えていた勇者は、
「 “レイブンルフト” を探してるの、師匠さんの遺言だったから?」
 そこで、ふっと遠い目になり、首を横に振りつつ絞り出すように言った。
「すべての吸血鬼は、俺の敵だ。師の仇も必ず取る――」
 アーウィンの遺志とは無関係に、レイブンルフトを追っているらしい。この村を滅ぼした一件とは別に、なにか動機となった出来事があるんだろう。
 どうも詳しくは話したくなさそうな雰囲気だし、無理に聞き出すつもりもないけれど。
「……クライヴさ」
 出会い頭に調子を狂わされ、言いそびれていたけれど。
「そういう目的っていうか、やらなきゃいけないことあるんなら。断っても良いんだよ? 私たちの依頼なんて」
 他の勇者たちは、程度の差はあれ質問のひとつも浴びせてきたのに、この青年にはそういった素振りさえ無く――あっさり了承して、持ち込まれた依頼も淡々と片付けている。
 アルカヤ守護の為には文句なく助かっているけれど、どうにも 『断る』 という選択肢が頭から抜け落ちているように思えて、逆に心配だ。
「…………?」
 不思議そうに、黙考すること十数秒。
「侵攻阻止は、確かに、俺の目的と直接は関係ないが――血が流れれば、奴らが喜ぶだけだ」
 クライヴは言葉を探すように、ぽつりぽつりと答えた。
「完遂可能と判断すれば引き受けるが、重なれば、ハンターの仕事を優先する。だから、おまえが気にすることはない」
「じゃあ。あれが足りないとか、もっとこうして欲しいって要望みたいなの、無い?」
「おまえたちに対して……か?」
「うん」

 依頼をこなしてくれるなら、そのぶん補給やサポート面で報われて然るべきだろうと。
 単純にそう思って訊ねたのだが――何故か、さっきの不思議そうな色に、困惑が入り混じった顔をして、考え込んだまま動かなくなってしまった。

「まあ、気が付いたことあったら、次に会ったときにでも教えて? なるべく希望に沿うようにするから」
 放っておけば延々と悩んでいそうだったので、声を掛けると、
「……ああ」
 ほっと、肩の荷が降りたような表情で頷くあたり。
 普通の人間が不満に感じて文句のひとつも言うところを、不満とすら自覚せずにいるんじゃないだろうか、このヒト?
 やっぱり何だか抜けている。
 本業もハンターで、危険と隣り合わせの生活を送っているとなると、物資の補給は多すぎるくらいで良さそうだと――結論付けながら、ふと見れば。
「クライヴ?」
 また、なにやら難しい顔つきで考え込んでいた、勇者が思い出したように言う。
「要望、というのか……負担にならないなら。あの魔法」
「魔法?」
「何度か、土地を清めていただろう? 青い石を使って」
「ああ、ここもね。分かった」

 掲げ持ったロザリオから、さらさら、きらきら。

「やはり……空気が、変わるな」
 降りそそぐ青い光から、彼は、いつも眩しげに目を逸らしていたのだけれど。
 今日は真夜中じゃなくて眩しさも半減しているからか、師が眠る土地ゆえか――顔を背けることなく眺めていた。
「息苦しさが消える」
「うん」

 干乾びた大地に水を。
 穢れの浄化を。

「帰ろ?」
「……ああ」

 再活性化してしまったという、クライヴの師は、遺体さえ残らなかったんだろう。
 吸血鬼を始めとする、アンデッドモンスター同様に――灰になって消えていった、ここが墓地になるのだろう。

 染みついた死臭が、吹き払われて。
 今度、この辺りを通りかかるときには……花のひとつくらいは咲いてたら良い。



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13歳で養父母をブラスに殺され、その後アーウィンに拾われたらしいので――以降5年くらいハンター修行、18歳の頃に師匠戦死。それから約3年、アンデッドモンスターを狩りつつレイブンルフトの手掛かりを探す一人旅……21歳のとき、天使に出会う。そんなところでしょうか?