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◆ レイフォリア


 ラジェスの海竜退治が終わって間も無い、8月15日――今度は、未開地北部の森で、火の手が上がった。
 山火事の類かと思って見に行ったら、ケナー地方の集落を、帝国軍が襲っていて。

「千年前の領地を取り戻す為だなんて、嘘ばっかり! も〜!!」

 未開地は旧帝国領に含まれないって聞いて油断してたら、これだもん。
 レイラ様やロクス様は任務続きでヘトヘトだったから、比較的近くに滞在してたアイリーン様にお願いして、食い止めに向かった森の中。
 急に横からヒヤッと殺気がして、そっちを見ると、風変わりな格好の子が弓を構えて私たちを睨んでた。

「えっ!? 人……?」

 アイリーン様と目が合いビックリ顔になって、
「帝国兵……じゃ、ない……ですよね。ごめんなさい、弓を向けてしまうなんて……」
 ぺこんと頭を下げた彼女の髪は、人間界じゃ珍しい気がするピンク色だった。緑一色な森の中だと、アイリーン様の金髪以上にすっごく目立つ。
「なにか光るものが飛んでいた気がして、反射的に――その梟だったんですね」
 お肌に青いクルクルした模様があって、人間なのに寒くないのかな? って首を捻りたくなるくらい薄着で、とにかく全身ピンクとブルーで彩られていた。あとは装飾品なんかが、ちょっぴり白と金色。腰には短剣。
 森の中にも人が住んでたのかぁ。他の地域でアッサリどんどん勇者候補が見つかったから、この辺って誰も探しに行ってなかったんだよなぁ……って、あれ?
「――え? な、ね、こに、羽――新種の、虫? 違う、ば、ばば、化け猫――?」
 私の姿を見つけて唖然としながら、あわあわ呻いてる。この子、資質者だ。
「は? 化け猫?」
「なに言ってるの、セシア? 疲れているのは分かるけど、寝ぼけてる場合じゃないよ。ラグワート村に急ごう!」
「早く侵略者を追い払って、鎮火しなきゃ!」
「ところで、その子は誰? どう見ても集落の人間じゃないし、帝国軍でもなさそうだけど……」
 ガサガサ茂みを掻き分けて現れた女の子たちに、セシアって呼ばれた彼女は、青い瞳をまん丸にして。
「え? アーニャ、ウェベイアも――見え、ないの? そこの、小さな、キラキラ光ってる」
 問い返された二人は、首をひねりながら 「光ってる? なにが?」 と顔を見合わせる。
「えーっと、葡萄の妖精シェリーです。アストラル体だから、見える人と見えない人がいるんですよ〜。見えない人には、基本的に、声も聞こえなくって」
 化け猫呼ばわりはひどいなあ、と複雑な気分で説明する。でも妖精を知らない人間なんだから、しょうがないよね。
「あ、あすと……妖精……?」
 ぽかーんと呆気に取られてるセシアさんの背後で、やっぱりぽかーんと首をひねってる女の子たちも、彼女と似たり寄ったり風変わりな色違いの服装をしていた。
「あ、あの。私たちのことは気にしないで。帝国兵の進軍を止めに来ただけだから」
 おずおずとアイリーン様が説明して、
「帝国軍を? あ、ありがとう――だけど、あなた、そんな小さいのに――」
 まだまだ子供なアイリーン様を心配そうに見下ろした、セシアさんは危険だと咎めるけど、
「なにしてるの、セシア! 急ぐよっ」
「私たちが、あいつらの暴力を止めさせれば、その子が危険な目に遭うこともないんだから!」
「そ、そうだね。あなたたち、こっちに来ちゃダメだよ?」
 お友達に急かされて、走りにくい森の中もなんのその、あっという間に見えなくなってしまった。

「彼女たち、レイフォリアの部族ね……民族衣装の資料を読んだことならあったけど、実物は初めて見たわ」

 現地の人が帝国軍と入り乱れて戦ってるところに、攻撃魔法を放ったら巻き添えにしちゃう。セシアさんたちは正面から迎え撃つだろうから、側面から回り込みたいというアイリーン様の希望で、違う獣道を通りながら。
「レイフォリアって、なんですか?」
「未開地の森全体を指してるの。影の森とか、聖母の森とか、場所によって細かく呼称が分けられてるらしいんだけどね」
 気になったことを教えてもらう。
 まだ子供だから心配だって、普段はルシード様が優先的にサポートに付いてるから、私たちはあんまり同行すること無いんだけど――魔導士さんだけあって、とっても物知りなんだよね。
 休憩中にウェスタと遊ぶのも楽しいし、いつもはちょっぴりツンツンした感じもあるけど、笑うと、とっても可愛いくて好き。
「へぇ〜、じゃあ、民族衣装って言うのは?」
「あの子たちの服、ちょっと珍しいなって感じなかった?」
「あ、はい。人間にしては、ずいぶん薄着だし、お肌に模様があるし。あれって生まれつきなんですかね? 変わってますよね〜」
 少なくともインフォスには、あんな人間いなかった。
 あの後もティセナ様は、いくつかの地上界を守護してたらしいんだけど (私は星との相性が良くないって理由で、補佐には呼んでもらえなくて寂しかったりした)、そこになら、似たような衣装の人もいたのかな?
「あはは、違うわよ。あれはタトゥー」
「たとう??」
 聞き慣れない単語ばかり続いて、私が首をひねると、アイリーン様はちょっと考えて続けた。
「あー、なんて言うのかな。腕や足に絵を描いてるの」
「えー? お風呂に入ったり雨が降ったりしたら、滲んで取れちゃうじゃないですか。毎日いちいち描き直すんですか? お化粧ってヤツの一種?」
「んー、メイクとはちょっと違って。特殊な方法で、肌そのものを染めてるのよ」
「えーっと、お花とか、木の皮の色で、布を染めるみたいに?」
「そうそう」
「へぇえ、そんなこと出来るんですね〜。だけど、なんの為に?」
「んー、魔除けのおまじないってところかな」
「そんな効果あるんですか? 珍しい魔法ですねー」
 マジックストーン付きのアクセサリを装備しているようなものか〜。着替える必要が無いから、楽チンで良いよね。金属じゃないから錆びたりもしないんだし。
「ああ、実際に効果があるのかどうかは――半分は迷信だと思う。ただ、レイフォリアには聖母って呼ばれる巫女がいるんだけど、その初代ディアナは、創世神話で天使に導かれて戦った勇者って言い伝えられてるのよね。その人が特殊なチカラを持ってるんだとしたら、魔導士と似た、術を込める技もあるのかも」
「あー、ラファエル様の勇者だった人ですね」
 私が打った相槌に、マリンブルーの瞳を大きくする勇者様。
「え? もしかして、あの伝説って事実なの?」
「はい、アルカヤの任務に就いてから、前任者の資料ぜんぶ読みましたもん」
「天使の勇者にも、なってみるものね……千年前の歴史に証言者がいたわ」
 アイリーン様は、嬉しそうに溜息ひとつこぼして。
 ぶんぶんっと頭を振って、炎が見えてきた前方の森をキッと見据えると、氷の魔法を詠唱し始めた。おしゃべりタイムは、ここまでだ。

「どうして森を襲うんですか!? 我々が、あなた方に、なにをしたと言うんです!」
「確かに、森は無害だな」
 言い争う声が、遠くから聞こえる。
「だが、森に住む者は別だ――いつ、我が帝国に牙を剥くか分かったもんじゃない」
「黙って我々に従え! 逆らうというのなら、殺す!」
 弓矢が空を切る音。血の匂い。剣と剣がぶつかる音。
「そんな、勝手な……!」
 さっき出会ったセシアさんの、怒りと悲鳴がない交ぜになった声も。

 それから、アイリーン様は頑張ってくれたけど、やっぱり数が多過ぎる帝国軍の勢いは止め切れなくて――ラグワートの住人が避難し終えたのを確かめてから、私たちは、その場から退却した。
 こんな見晴らしの悪い森じゃあ、避難民の手助けをしようにも、こっちが迷子になっちゃいそうだし。セシアさんたちもいることだしね。

 そんでもってアルクマールへ戻るっていうアイリーン様を送って行く途中、レイラ様とローザにばったり会って。
 ただでさえアールストの戦闘で負った怪我も回復しきってなかった勇者様が、またズタボロになっちゃってたから、なにがあったのか聞いたら……帝国軍の噂を小耳に挟んじゃったレイラ様が居ても立ってもいられなくなって、ローザの制止も聞き入れずにケナー侵攻を止めに来てたんだそうだ。
 現場じゃ会わなかったから、たぶんセシアさんたちが向かった方で戦ってたんだろう。
 だけど、やっぱり防ぎ切れるものじゃなくて。
 敵からは裏切り者扱いされるし、現地の住民に帝国兵だと誤解されて詰られちゃったり、とにかく散々だったらしい――踏んだり蹴ったりもいいところだ。レイラ様って基本は冷静なのに、帝国絡みの事件となると別人みたいになっちゃうからなあ。
 いくら私たちが伏せていても、宿のお客の噂話までは止められないもんなー。

 ククタへ引き返していく二人を見送って。アイリーン様に事情を話しながら、道中の宿屋で一晩過ごした翌日。
 どうにか勇者様に同行して “祝福” をかけられるくらいには回復したルシード様に、バトンタッチして。

 私は、いったん天界のラキア宮に、休憩しに戻ったんだけど。
 なにげなく水晶球を見たら、こないだ帝国軍に占領されちゃったケナー地方……より、ちょっと西みたいだけど、とにかく未開地の一帯がまた真っ赤に染まって、混乱度の数値も跳ね上がってて。
「なになに、なんなのー? まさか、もう進軍再開してるわけ!?」
 大急ぎで敵の探索に向かったら、ザルハ地方の薄暗い森の中で、セシアさんたちが魔物と戦っていた。あれって魔族だ、ファントムだ!

「弓が、効かない……!?」
「こんな怪物、見たこと無いわ! まさかライース村の、行方不明になった者たちは、こいつに――」
「きっと森を荒らされて、影の森の精霊が怒ったんだ!」
 セシアさんは、まだ焦りながらも踏み止まっていたけど、一緒にいる女の子たちはもう、すっかり怯えて涙目の逃げ腰だった。
 そりゃそうだよね。
 影法師が伸び上がって人を襲うなんて、気持ち悪いし不気味だし。しかも魔族って、天界の武器じゃないとダメージを与えられないんだもん。それは歴代の勇者様たちだって例外じゃない。
 インフォスのティアさんみたいに、浄化の資質者だったら、その秘めた力そのものが闇の眷属を滅する威力を持ってるんだけど。
「魔族だ魔族、ええっと、ティセナ様〜!!」
 このままじゃセシアさんたちが食べられちゃう! 急いで、結晶石に念じたら、

「今度はファントム? あ〜、まったく次から次に……」

 すぐに転移魔法の気配がして、ファントムの群れは、光の渦に呑まれて消え失せた――早っ!
「て、天使……様……?」
 私の姿が見えちゃうセシアさんは、当然ティセナ様にも気づいちゃう訳で。
「ん?」
 小さな呟きを聞き咎めたらしい、ティセナ様が、地面にへたり込んでる女の子たちの方を向いて。
「あ、この間の、化け――違う、妖精さんも――」
 セシアさんは呆然と、私たち二人を見比べている……今、化け猫って言おうとしたでしょー? 失礼な人だなあ、もう。



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天使抜きで最初に妖精を見たら、どういう反応されるんでしょ? しかしピンク髪……アニメの世界じゃ珍しくもないけど、そこ考えるとインフォスの勇者たちって、比較的現実的な髪の色してたなー。ディアンの銀髪以外、茶系、金髪、黒髪のどれかだし。