NEXT  TOP

◆ 史跡


 ヤドリギを出立して数日後の早朝、ルディエールは無事にレイゼフートへ到着。
 皇帝との会談が終わるまで、どれくらい時間がかかるかは分からないが、帝都内の様子も見て回りたいし少なくとも2〜3泊はするつもりだ、という勇者の言を受け、ルシードはグローサイン領を後にした。

 その足でアイリーンの様子を見に行くと、なぜか彼女はバーゼル市街地から離れ、ひたいに滲む汗を拭いながら山岳地帯のリネア・デルフィニア山の小道を登っていた。
「おはようさん。なにやってんだ、こんな朝っぱらから?」
 登山が趣味だなんて聞いたことはないが。この地で事件が発生したという報告は受けておらず、そんな物騒な気配も無いし。
「ルシード? おはよう……なんか用?」
 飼い主と一緒に、フクロウのウェスタも振り返り、どんぐり眼を向けてくる。長らく共に暮らしているからか、時々こいつら動きがシンクロしてるよな。おもしれえ。
「いや、べつに用事は無い。同行しに来ただけだ」
「なーんだ、良かった。事件だから引き返せなんて言われたら、頑張ってここまで登ったのがパァになっちゃうもの」
 少女はホッとした様子で、周りの景色を見渡した。
 まばらな草木じゃ午後の陽射しは遮られそうになく、足元もデコボコと石だらけで歩きにくいだろう、お世辞にもハイキングコースとは呼べない傾斜だ。
「この上に、なにかあんのか?」
「んー。一般人には退屈なだけの史跡よ。岩山ばっかりで、眺めて楽しいようなものは何も無いはずだけど――せっかくバーゼルまで来たんだから、ついでに伝説の場所を見ておこうかなって思って」
「史跡……ってぇと、昔そこに、なにかあったか、発見されたのか」
「そう。魔石が」
 頷いて返しながら、腰に携えていた水筒の中身をこくりと一口。
「魔石? レフカスのギルドに保管されてた、あの毒々しい水晶球か――今は、アルクマールにあるんだっけ?」
「よく知ってるわね。私、説明してたっけ?」
「いや。おまえと一緒にフェインさんに会いに行ったとき、魔導士たちが予言がどうこう騒いでて、そのときランドさんが掻い摘んで教えてくれた」
 そういえばレフカスで話して以来、あの青年を見かけていない。帝国に占領された地域のギルド所属者たちは、アルクマール方面に避難して来ているという噂だったが、彼もフェインと共にグランドロッジにいるんだろうか? それとも任務で国外へ出ているのか?
「じゃ、デルフィニア山との関連も?」
「そこまでは……ああ、でもデルフィニアの魔石だ、紅月王の秘宝だって、たくさん呼び名があるようなこと言ってたな」
「その通りよ。千年もの昔に、ここの山頂で、始祖皇帝アイン・グロースが魔石を発見したの。それは月が紅に染まった夜のことだったと歴史書に記されているわ」
「月が?」
 ルシードは反射的に眉を顰めた。
 まるで “狂い月” そのものだ――そんな日に発掘されたマジックストーンなど、ろくな物とは思えない。
 いや、そもそも現存するソレは、魔力の欠片も感じないガラス玉だったから、お伽話や神話の類に過ぎないんだろう。そうでなければ始祖皇帝とやらが、闇の眷属に取り憑かれたか?
「彼は、魔石に秘められた “力” を引き出し、使いこなして、数々の奇跡を起こし、尊敬と畏怖を込めて紅月王と呼ばれるようになった。彼が興した帝国はアルカヤの大地半分を占めるほど領土を拡大、後世の、魔法の発展にも大きな影響を与えて――私たち、現代の魔導士に受け継がれた術のほとんどが、アインが編み出したものだって伝えられてる。私のおじいちゃんは、それらすべてを極めたいと研究を続けて――」
 歴史書の内容を暗記してしまっているのか、すらすらと説明を続けていたアイリーンは、そこで急に口を噤み。
「もう! こんなおしゃべりしてたら、歩くスピードが遅くなるじゃない。けっこう距離あるんだから、気合入れて登らないと日暮れ前に街まで戻れなくなっちゃう」
 膨れっ面で、じろりとルシードを睨んだ。
「ついて来るのは構わないけど、あんまり話しかけないでよね」
「お、おう? 分かった」
 また出た。
 少女の気まぐれ、とも違う、これは何と表現すれば良いのだろう? 向き合っていたら、唐突に肩透かしを食らう感じ。

 とりあえず言われたように黙り、ぴょこぴょこ揺れる幼い勇者の後頭部を眺めながら、先日の出来事を思い返す。

 ライノールが退室して。
 図書室に用があるからと、アイリーンも逃げるように応接室を出て行った後――建物内をぶらぶらと見学していたところ、
『ルシード・ストラトス……君は、何者だね?』
 立ち去ったはずの老人に、再び話しかけられた。
『君が放つ気配は、今まで一度も感じたことが無いものだ』
 うわー、人外生物だって勘付かれてるっぽい。
『ちょっと色々と制約を受ける身なんで、質問には答えられません。スイマセン』
 ルシードは、頭を掻きつつ応じた。
『ただ、アルカヤを平和にする為に、アイリーンに協力してもらって奮闘してる、魔法も齧った剣士だってことは胸を張って言えます』
『そうか。では、そう思っておくことにしよう』
 思いの外あっさり引き下がってくれた、ライノールは苦笑いして。
『あの子は、ジグが死んでから、ずっと一人だった――何度もギルドの者を遣いに出し、ブレメースを出て、アルクマールで暮らさぬかと誘ったが――頑なに拒否されたよ』
 ああ、確かにアイリーンには、そういう意固地なところがあるなと、妙に得心がいってしまう。
『だから、どんな理由にせよ、今日こうして私を訪ねてきてくれたこと。彼女と共にいる者がおったことが……とても嬉しい』
 しかし爺さんの親友とはいえ赤の他人が、こんなに気にしていたらしいのに、義兄とは八年も手紙のやり取りしかしてなかったって、なんなんだ? やっぱりアイリーンの方から気遣いを突っぱねてたんだろうか?
『君が答えに詰まるような質問はしない、と約束しよう。だから、またいつでも、あの子と一緒に顔を出しておくれ――出来れば、君と共にフェインを助けてくれたという、娘さんもな』
『伝えておきます』
 なんにせよライノールは、魔導士ギルドの中心人物。
 今後の対策を練るためにも、早いうちに、ティセナと引き合わせておきたい相手ではあった。

 そうしてグランドロッジを後にして。

『あのね、ルシード。あの……』
 アイリーンは気まずそうに、視線を逸らして言った。
『いろいろ気になってるかもしれないけど、今は聞かないで? ちょっと、これからどうしようかって――分からなく、なって。上手く説明できる気がしないから』
『いいよ、話したくないことは話さなくて。訳アリなんだなって分かってれば充分だ』
 大方の事情は想像がついたし、聞けばどうにかしてやれる類の問題でもなさそうだった。
『ただ、あんまり考え込むなよ。魔女の話だって、セレニスさんと名前が同じってだけの別人かもしれないし、実際のところは会って確かめるしかねーんだから』
『……うん』
 塞いだ表情で、頷いた少女。

 今は、あのときに比べ、だいぶ顔色も良くなったようだが――わざわざ史跡に足を伸ばして、なにを確かめようと言うのか。特に深い理由は無く、じっとしていると落ち着かないから、とか、好奇心とか?

(ルディエールは……そろそろ、皇帝に謁見してる頃かなぁ?)

 果たして、その場にアイリーンの姉だという、 “魔女セレニス” は居るんだろうか?



NEXT  TOP

ジグ師匠。なにを考えてフェインに禁呪なんか教えてたのか――ただでさえ病弱な孫娘と恋仲の弟子に、そんな死者を甦らせる系の知識を与えちゃったらダメでしょうに (汗)  おじーちゃん的には、あくまで 『すごい術』 の域を出ず、それが若人の倫理感をぶち壊すなんて想定外だったのか……? なんにせよ取り残されたアイリーンが不憫すぎる。