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◆ 報告(1)


 昼食後、ヤドリギ1Fのカフェコーナーで、アルカヤの歴史書を読み耽っていると。
「あれ、ルディ? 久しぶり」
「よ、久しぶり」
 ちり、りりんと鈴が鳴り、見覚えある青年が来店した。
「お兄さんに頼まれて、帝国に行ったんじゃなかったっけ?」
「ああ、ルシードから聞いたのか。行ってきたよ。今はレグランスに戻る途中」
「行ってきた……」
 ティセナは、部下から受けていた報告の数々を思い返す。
「なんか随分、早くない?」
「あー、ほとんどトンボ帰りだからな。一泊はしたけど」
 嘆息したルディエールは、珍しく顔を顰めて吐き捨てる。
「宰相の態度はムカつくし、客室に出入りしてた世話係の連中も揃って感じ悪いし、北国の飯って塩辛くて口に合わなかったし――グローサイン領内を見て回ろうにも、軍関連の建物は部外者立ち入り禁止だ、この先は工事中で危険だって、見られちゃマズイんだろう場所には何だかんだ理由つけて近寄らせないようにしててさ。一人で自由に出歩かせてもらえないんじゃ、視察だって表面だけで終わっちまうよ」
「ルディが他人をそこまで悪く言うって、相当だねー」
「そ、そうか? まあ、考えてみれば、たいした付き合いも無い遠国から来た特使への対応なんて、そんなモンなのかもしれないけどさ。案内された先は、教育施設だとか、レイゼフート最大規模の商店街とか……俺に、土産でも買って帰れって言うのか? あんなとこ長居したって、すること無いしストレスが溜まるだけだ」
 王族とはいえ気難しさとは無縁な、おおらかな気性の勇者が、ここまで鬱憤を溜めて戻ってくるとは。
「こっちの歴史が浅いからって、馬鹿にして――国力の差は、認めざるを得ないけどな。街中の活気や賑やかさ、城から見た夜景も――明りの数がすごくてさ。完全に負けてる、と思った」
「そんなことないって。そりゃ千年単位で続いてりゃ、設備だ軍備だは整ってるだろうけど、トチ狂った指導者が争いの火種になっちゃえばお終いだよ。レグランスは、まともな王族が統治してて、気候は温暖、実りも豊か。ムダに火を灯さなくたって住民が凍える心配も無いんだからさ……これから、どんどん伸びるでしょ。胸張ってなよ、王子様」
「そりゃ、俺の国にだって良いところはたくさんあって、けど――でも、そうだな。なんたって兄さんが、希代の賢王が治めているんだ! これからだよな。卑屈になってる場合じゃない――レグランスに戦火が及ばないように、俺も、しっかり働かなきゃ」
 赤銅色の髪を掻きつつ、話を逸らすように辺りを見渡して、
「ところで、ルイーゼさんは?」
 カウンターに誰もいない様を一瞥した、勇者は首をひねり問いかける。
「お客が来たら教えてね、って言い残して、裏の畑に行っちゃった」
「……無用心だなぁ……まあ、それだけこの辺が平和ってことなんだろうけど」
 苦笑混じりに呟きながら、欠伸を噛み殺す。
「とにかく帝都じゃそんな感じで、あんまり眠れなかったんだ――報告したいこともあるけど、とりあえず少し寝かせてくれよ」
「どうぞ。その間に、ルシード呼んどくから。そんなに早く特使の仕事が終わるとは思ってなかったみたいで、今ちょっとアイリーンに同行しに行ってるのよ」
「ん、分かった」
 ルディエールは、ひらりと片手を振って、宿の二階へと上がっていった。

 間もなく採れたて野菜を抱えて戻ってきたルイーゼに、ルディエールの来店を告げ、夕食の仕込み量を増やしてもらい、今夜は部屋食にさせてくれと頼んで。
 二階に上がると、すでに男部屋からは元気なイビキが聴こえ始めていた。

 現政権の横暴さを知るぶん安否が心配だったんだろう、レグランス特使の帰還を聞いたレイラは、ほっとした表情にわずかな期待を滲ませ。
 そうこうしているうちに、妖精の報せを受けたルシードが到着。
「アイリーンですか? デルフィニアって山に登って、しばらく瓦礫とか眺めてたけど、またグランドロッジに引き返して――今は、そこの図書室にこもってます」
「そう。まあ、フロリンダが付いてれば、多少郊外を出歩いても大丈夫かな」
 ちょうど日が暮れ始める頃に昼寝から起き出してきたルディエールの話を聞きつつ、夕食会となった。

「レイラさんが言ったとおり、あれは傀儡政権だろうな」

 帝都を直に見てきた青年は、苦虫を噛み潰したような顔で断言した。
「エンディミオンは、謁見の場でこそ “戦争で苦しむ民のことは気にかけているが、大義に勝るものは無い” なんて、冷徹な台詞を口にしてたけど――言わされてる感じが拭えてなかったし」
 “隣接した地域への侵攻行為は、帝国古来の領土を領土を取り戻す為のものであり、新興国であるレグランスを脅かす意志は無い”
 口数少ない皇帝とは対照的に饒舌な、宰相ユルストの回答は噂に沿ったものだったが、あきらかにレグランスを軽んじた雰囲気が漂っており、到底信頼できる相手とは思えなかった。
 それどころかエンディミオンに対してさえ、純粋な敬意を払っているようには見えなかったと。
「彼とは夜に、たまたま出たバルコニーで、周りの奴ら抜きに話す機会があってさ……あっちが素なんだと思う。皇帝になりたくてなったんじゃない、侵略戦争だって望んでやってるんじゃない、ただ後見人である宰相には、逆らえないって諦めてる感じだ」
 ならば、やはり敵はクロイツフェルド親子か。
 どこからどう切り崩していくのが最善か――騎士団を率いるアルベリックはまだしも、宰相なんて前線に出てくるとは思えないし、とティセナが考えを巡らせていると、
「あと、ヴィグリード夫人……? レイラさんの母親のことなんだけど」
 思いがけぬ話題に、傍らの女勇者がハッと身を強ばらせる。
「城内を歩いてるときに、ちらっと聞こえた噂で。やっぱり、脱獄を幇助したんじゃないかって取調べは受けたらしいけど、夫たちと違って軍とはまったく無関係の人だったから、そういった疑いは晴れてて――ただ、いつ娘の方から接触してくるか分からないってんで、ヴィグリードの屋敷周りには24時間、監視の兵がうろついてて、実質、軟禁状態らしい」
「そう……」
 自責半分、安堵半分といった面持ちで、うつむいたレイラは、
「ありがとう、教えてくれて」
 勇者仲間に向かって、ぺこりと頭を下げた。
 喜ばしい状態ではないが、濡れ衣で捕まった時点で親族も疑惑の対象にされてしまうことは避けられなかったろうから、母親にまで直接の危害が及んでいないだけマシだろう。
「あ。あとさ、ルディエール。皇帝の周辺に、セレニスって名前の魔女いなかったか?」
「魔女?」
 ルシードの問いに、青年は面食らったように首をひねり、
「ああ、そういや行き掛けに寄ったとき、レイラさんも、宰相のお抱え占い師がどうこう言ってたっけ――確かに、皇帝の隣に、そんな感じの服装の女は立ってたな。宰相と違って全然しゃべらなかったから、そいつの名前がセレニスかどうかは分からないけど」
 謁見時の様子を思い返そうとしてか、眉間に皺を寄せ。
「金髪碧眼で、青いドレスに、真っ赤なマントを羽織ってた。歳は、たぶん20代後半か……そういや、あのときエンディミオンも、宰相やセレニスがって言ってたな……側近らしい女は一人しか見当たらなかったし、じゃあ、やっぱりあれがセレニスって魔女か?」
 半ば独り言のように呟くと、訝しげに訊ね返した。
「あの女がどうかしたのか?」
「ひょっとしたら、面倒な相手かもしれなくってさ」
「そうなのか? ああ、帝都に結界を張った術者ってこと?」
 ルシードに代わり、ティセナが相槌を打つ。
「皇帝の傍に控えてたって言うなら、たぶんね――その女は謁見の場で口を挟まなかった、ってことは表向き、政権を握ってるのは宰相で間違いない感じ?」
「ああ。今、言われるまで居合わせたの忘れてたくらいだし」
 だとすると魔女に骨抜きにされているという訳でもなく、利害関係だけで手を組んでいる可能性が高いか……どうやれば、帝国内部を瓦解させられるだろう?

 さらに、その夜。

 勇者たちが寝静まった頃、苦りきった顔つきのルシードが寄こした追加報告は、ますます事をややこしくする代物だった。
「――ファトゥスの呪法?」
 グランドマスターとの会話に上った、固有名詞。
「はい。アイリーンが話し渋ってるんで、まだ詳細は聞けてないですけど……」
 どうも彼女の姉・セレニスは既に、この世の者ではないらしい。
 フェイン・ルー・ルグスが八年もの間、世界中を探し回っても見つからなかった彼女と同名の魔女が今、帝国にいるという。
 そう聞かされて思い返すのは、レフカス北部の村で知り合った帝国兵、コンラッドの打ち明け話。死臭を嗅ぎつけたとき特有の鳴き方で、魔女に吠え掛かった犬が原因不明の死を遂げた――
「ファトゥスって名前、覚えがある。ヤバいよ、それ」
「マジすか?」
「魔力の強い生物を媒介に捧げて、悪魔召喚を行う黒魔術だったはず。なに、あのウォーロックが事の元凶ってわけ?」
 ルシードは顔を引き攣らせ、自信無さげに否定した。
「いや、まさかそんな極悪な。姉貴を生贄に使われたなんて事情だったら、アイリーンがアイツと普通に接してる訳ないし……アルカヤでは、間違って蘇生術として伝わってたとか、そんなところじゃないですかね」
「なにやったって尽きた命が戻るはずないでしょうに、まったく――」
 この際、理由はどうでもいい。問題は使った術の性質と、結果、異世界から呼び出されたもの。
「それが本当なら、魔女セレニスに憑依している敵はただの魔族じゃない。下手したら、ベルフェゴールやガープも上回る魔王級のはずだよ」



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原作ゲームだと、レイラ母の病気 (?) を彼女に報せたのは 『親しい貴族の密使』 って設定でしたが――それがどーやって天使の手引きで逃亡生活を送ってるレイラの居場所を把握してるんだ? 指名手配されてる彼女に協力するほど親密な相手なら、当然アルベリックの差し金で監視されてるでしょうに……。しかも連絡が唐突だったので、ルディ経由でちらっと近況情報。