NEXT  TOP

◆ 報告(2)


 “ヤドリギ” を出立したルディエールは、首都ファンランへ戻ったその足で、兄王に帝国の内情を報告していた。
『現皇帝は宰相・クロイツフェルドの傀儡だ』 と……。
 ルシードにとっては、すでに宿で一度、聞いた話が繰り返されている状態なので、ついつい初めて入った玉座の間の内装等に気を取られてしまう。ユーグの衣服、王座の後ろに描かれた国旗らしき模様、カーテン、建物の屋根――極彩色とでも言うのだろうか? とにかく、どこもかしこも赤い。
 ただでさえ暑い南国、こんな炎を連想させる色を多用して、天使よりずっと寒暖に敏感なはずの人間たちは、暑苦しいと思わないんだろうか? よっぽど赤が好きなのか? そういえば勇者の髪も赤銅色だし。
 真逆な水色をした、王様の長髪だけがサラサラと涼しげだ。

「やはり、そうか……」
 報告を一通り聞き終えた、レグランス王は眉間に皺を寄せ。
「掲げた大義が本音とは限らない。帝国の侵略を想定して、国境の警備兵を増やし、食料も出来る限り備蓄しておくべきだと――先日の議会でも、話をしたんだが」
 ルディエールは何故か、そんな彼から目を逸らし俯いている。
 誰に対しても真正面から向き合って話す、というイメージを抱いていただけに、不自然な気がした。
 家臣なら王様相手に畏まるのも分かる、けど二人は兄弟だろうに。
「しょせんは遠い北国の話―― “千年前の領地” に該当しないレグランスには関係無いと、貴族たちの誰一人として聞く耳を持たない。そんなことよりも、東の反乱分子に対する取締りを強化する方が先決だ、と言って」
 そんな弟を咎めるでもなく苦笑を浮かべ、
「私腹を肥やすことばかり考えている連中の、危機感の薄さは歯痒いが……俺の意見に従わないからと処罰するような、横暴な手に訴えては、国内に新たな亀裂を生むだけだろう。地道にやっていくしかないな」
 ユーグは、軽く溜息をついた。
 伝え聞いていた “兄さん” の人となりを考えると、こんなふうに愚痴や弱音をこぼせる相手も血を分けた弟くらいのものなんだろう。
(想像以上に苦労してんだなぁ、王様)
 ルディエールを特使に任命した件から漠然と思っていたが、やはり片腕と呼べる側近はいないようだ。誰か一人でも頼りになる相手が傍に居れば、分からず屋に囲まれて論争する毎日でも、だいぶ楽になるだろうに――
「父さんが生きていてくれれば、きっと、あいつらを叱り飛ばしてくれたのにな」
 ボソッと呟く弟に、複雑そうな眼差しを向けたのは一瞬。
「……いずれ、俺は今のような貴族たちの思惑に絡められた王としてでなく、自分の王道を貫けるようにする」
 不敵な笑みを浮かべたユーグは、からかい口調の中にも真剣な響きを含ませて言う。
「それには、おまえの力が必要だ。頼りにしてるぞ」
「ん――とりあえず今後は、なるべく国境付近を旅して帝国軍を警戒しとくよ」
 ルディエールは曖昧に頷いて、そんなことを言った。

 長旅で疲れただろう、ゆっくり休んでいけと労われた勇者は、しばし城内の私室で昼寝。
 その晩は兄王や、育ての母だというシェムリア前王妃と夕食を共にして、グローサインがどうこうといった堅苦しい話は抜きに、旅先で見聞きしたおもしろい話を披露していた。
 ユーグもだが、それ以上に母親が楽しそうにコロコロと笑うから、滞空して眺めているルシードも気分が和んだ。
 以前、兄と母について 『大好きだ。二人とも俺の誇りだよ』 と嬉しそうに語っていた青年の笑顔を思い出す。その想いは一方通行じゃなく、シェムリア妃は息子たちを愛していて、ユーグもまた母と弟が大切なんだろう。
 これが地上界の、血縁から成る “家族” と称される集まり。
(ああ、そうか……アイリーンは、これをぶち壊されたんだ)
 ファトゥスの呪法によって。失ったものを思い出して辛いから、あの、ウェスタ探しの際に知り合った大家族に親切にされたとき、沈んだ表情で――結局一泊もせずに、逃げ出したのか。
(こんな幸せそうな時間を理不尽に奪われたら、そりゃあ頑なにもなるよなぁ)
 ウェスタがいるったって梟じゃ、同じ飯は食えない。
 普通の飲食店じゃ連れて入ることすら断られがちだから、今夜も一人で食事をしているか、それとも持ち帰り宛がわれた部屋で食べているだろうか?
(家族じゃないけど、なるべく同行中は一緒にメシ食おう。うん)
 前にパフェを食べに行ったときは、けっこう楽しそうにしてたし……誰かと居ること自体が嫌いなわけじゃないんだろうから。

 一風呂浴びて爆睡してしまったルディエールの部屋のソファで、借りた本を読みつつ寝転がっているうち、ルシード自身も転寝してしまい――そうして、翌日の朝。

「天使の姿じゃ、楽しさ半減だからな」
「……?」
 宮殿裏手の森で実体化して来いよと促す勇者に従えば、正門とは別の、人間が一人ギリギリ通れるような目立たない扉から招き入れられ、そこにはルディエールの他に、門番らしき壮年の男もおり苦笑混じりにこっちを見ていた。
 どうも、少々無理を押して入れてもらったようだ。
「えーと、初めまして。ルシード・ストラトスという者です。こちらの王子様とは――旅仲間とでも言いますか」
 どう名乗って説明すれば良いものか、とっさに思い浮かばず頭を掻き掻き自己紹介すると、
「お噂は、かねがね。この先は一応、城内ですので、ルディエール様から離れて歩き回ることはお控えください。また、お帰りの際もここからお願いしますよ」
 男は、日焼けした顔をくしゃりと崩して笑った。
「サンキューな。じゃ、行こうぜルシード」
 こっちだこっちと先導して歩きだした勇者を追いながら、振り返ると、門番は何事も無かったかのように扉の前で仁王立ちしていた。

 少し進んだ先は広場になっていて、中央に噴水、その周りには大小様々な小屋が立ち並んでいた。
 どこかの田舎町といった景色だが、漂う匂いは、やたら動物臭い。人間の姿もちらほら見えるが、それ以上に獣臭い。
 ルディエールは、とある小屋の前で枯れ草を積み上げている爺さんに話しかけた。眼を細め頷いた爺さんは、扉を開け……ややあって巨大な動物を連れて出てきた。
 扇のごとき耳に小さな目、がっしりしたグレーの体躯、太い四本足でどしんどしんと大地を踏みしめ、こちらへ近づいて来ながら 「パオー!!」 と長い鼻を振り上げて鳴く、不可思議な生き物――なんだこりゃあ?
「でけー……」
 呆気に取られるルシードを横目に、すり寄ってきたそいつの鼻面を撫でてやりつつ笑う勇者。
「そう思うか? けど、こいつまだ子供なんだぜ」
「子供!? この大きさで? ――ってことは、まだデカくなるのか」
「ああ。地上最強の動物って言われてるな。ライオンや虎でも、怒ったゾウには敵わないんだ」
 確かに、アルカヤ在来種に限定せずとも、この重量感なら弱っちい魔物など踏み潰してしまえるだろう。
「セネカ。前にも話したよな? こいつは俺の友達、ルシードって言うんだ。天使様なんだぜ」
「よう」
 ルディエールに指差され、ゾウなる動物もこっちを向いたので、とりあえず片手を挙げてみると。
「…………」
 鼻を伸ばして胸元を突付いた、と思ったらそのまま手首に巻きつけてきた。
「うお? な、なんだ?」
「甘えてんだよ、心配するな。ちゃんと力加減は出来るヤツだから」
 たじろぐルシードの驚きを軽く流した、勇者はゾウの腹部をぽんぽんとはたく。
「そうかー、こいつのこと気に入ったか! 今日は目一杯、遊ぼうな?」

 それから誘われるまま、ひとしきりボール遊びに興じた。
 ルディエールの運動神経は言わずもがな、セネカも鼻や前足を器用に使って投げ返してくるから、陽が昇った南国ではあっという間に汗だくだ。
 ちょっと休憩ということで、並んで座って果物を齧りながら、噴水に鼻を突っ込んで水分補給しているセネカを眺める。
「見た感じゴツイけど、目元とか見てると円らで可愛いもんだな」
 ルシードの感想を聞いた勇者は嬉しそうに笑い、ゾウの後ろ姿に声をかけた。
「良かったな、セネカ。可愛いって褒められたぞ」
 すると 「パオー!」 と鳴きながら振り向いたセネカは、長い鼻を振り上げ。
「ぶっ!?」
 同時に局地的に降り注いだゲリラ豪雨によって、天使と勇者はずぶ濡れになった。セネカが、吸い込んだ水を勢い良く撒き散らしたのだ。
 水浸しで固まっているルシードの傍らで、ルディエールは顔色ひとつ変えず、ひたいに張り付いた前髪をかき上げ笑う。
「おー、涼しくなった涼しくなった。サンキューな――褒めてくれたお礼だってさ、ルシード」
「…………かけ過ぎだ、コラー!!」
 我に返った天使は、小屋の前にあったバケツで以って噴水の水をぶちまけた。
 まともに反撃を浴びたセネカだが、避けるどころか、あきらかに喜びはしゃいでいる。
 その無邪気さに、ささやかな怒気は吹き飛ばされ、いったん濡れてしまえば後はどうでも良くなり――おもしろがったルディエールも参戦して、休憩後の第二ラウンドは、水浴びを通り越した水の掛け合いとなった。



NEXT  TOP

アストラル体の天使に水をかけても影響無いだろう、と思ったので、こんな話に。セネカってルディの幼なじみらしいけど、生まれて何年なのかしら……アフリカゾウの平均寿命は70歳らしいが、仮にルディと同じ18歳として、それはゾウ的に子供なのか??