◆ 祝福
「ごめんごめん。嬉しかったから、つい勢いで……」
にこにこ笑いながら謝ってる姿って、どうしても真剣味に欠けて映るみたいで。
「だからといって五階から飛び降りるな! しかも、産後さほど経っていない身体で――」
ホントに寿命が縮まる思いをしたんだろう、まだ微妙に顔が引き攣ったまんまのシーヴァス様と、
「まったくですよ。アストラル生命体がどういった存在か、お忘れになったんですか!?」
常識外れな行動は、相手が誰であれ見過ごせないタチなローザ。
「通常、地上の物質とは別次元にあるんだから、私の実体化が間に合わなかったら、あのまま地面に激突して即死ですよ……」
呆れて物も言えない、って感じで溜息ついてるティセナ様。
「まーまーまー、ご無事だったんだし滅多にあることじゃないんだから良いじゃないですか。ねっ?」
延々と終わりそうにないお小言すら、クレア様は嬉しそうに聞いてるんだけど、やっぱりせっかく来たからには早く楽しい話題に移りたくって、ごまかし笑いを浮かべて、ソファに座った皆さんの間を飛び回る私。
「とにかく、ええと――ご出産おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
三方からのお説教が終了して、お待ちかねなティータイムに突入すると。
「……しかしティセナは、もうすっかり大人という感じだな。ローザやシェリーは、あの頃とまるで変わらないように思えるが」
シーヴァス様が、不思議そうに私たちを見比べて。
「我々妖精は、人間で言うところの幼児期と老年期が極端に短いんです。そのぶん、成長しきってしまえば長い間その姿で――もちろん個人差はあって、子供の姿や老いた外見で一生の大半を過ごす者もいますけれど」
ローザの説明を興味深げに聞きながら 「なるほど」 と頷いて返す。
「シーヴァス様こそ、随分ばっさりイメージチェンジしましたね? ずっと長髪だったのに……」
髪の長さがどうだって色男サンに変わりないけど、いかにもプレイボーイ!って印象がちょっと薄れて、紳士的というか落ち着いた感じに見える。
相変わらずキレイな金髪を見上げる私に向かって、肩をすくめた元勇者様は、
「クレアは、男の長髪は好みじゃないらしくてな」
「へっ?」
唐突に、意外な発言をした。
シーヴァス様に恋するまで、恋愛の 『れ』 の字も理解してなかった天使様に、異性の容姿の好みなんてあったんだろうか? インフォスに降りてから出来たとか? そもそも他人のルックスに難癖つけるクレア様って想像しにくいんだけど。
「あ、あれは別に、そういう意味で言ったのではなくて……!」
「だとしても、実際――君より私の方が長いというのは少々、な」
意味ありげに笑うシーヴァス様の隣で、バツが悪そうな困った表情をしているクレア様のふわふわした銀髪は、そういえば天使だった頃よりだいぶ短くなってる。昔は結い上げた状態でも腰より長かったけど、今は、そう……翼の付け根があった位置くらい?
まあ、アストラル体と違って人間は、気温に左右されて汗をかくし、お風呂に入って洗ったり乾かすのも大変だろうし。こんな小っちゃな赤ちゃんがいたら、なおさらだ。
「髪か……この子は、シーヴァス様に似たみたいですね」
インフォスでの任務中にしょっちゅう目にした 『また何かやらかしたのか、この人は?』 みたいな視線を元勇者様に向けつつも、散髪問題には言及せず、ティセナ様は無難な感想を口にした。
爪切りは終わったみたいで、ゆりかごでスヤスヤ眠っている赤ちゃんは、確かにサラッとした金髪だ。女の子なんだって。
顔立ちは、まだよく分からないけど、どっちに似ても将来は美人さん間違いなしだよね。
ここはベビールームみたいで、ゆりかごの他にも小さなお洋服や柵付きのベッド、お世話に使うんだろうタオルなんかの細々したものが棚に並んでいた。
「ああ。瞳の色はクレア譲りだがな」
「へえー。寝ちゃってて見えないなあ、残念――あ、起きた」
私がゆりかごを覗き込んでいると、赤ちゃんがふっと目を開けた。
しばらく眠たそうにシパシパしていた瞳の色は、確かにクレア様と同じサファイアブルーで。
ぼんやり周りを見渡していたけど、こっちを向いて、ピタリと止まる。あれ? もしかして目が合った?
お屋敷の人たちに見つかったら、どこの何者でいつから上がり込んでいるのか説明が面倒だからと、実体化能力が無い私たちはもちろんティセナ様も天使の姿――つまりアストラル体のまま部屋にいる。
だから資質者なシーヴァス様と、元天使のクレア様以外には見えないはずなんだけど。
「なんか、見えちゃってるっぽいですね?」
「お二人の御子さんですから、視認できる可能性が高いと思ってはいましたが……」
私とローザが頭上をパタパタ飛んでいると、興味を引いたみたいで、ちっちゃな手を伸ばしてきた。
0歳児でも人間だから、そりゃあ私たちよりずっと大きい。うっかり羽を鷲掴みにでもされたら全治一ヶ月どころじゃ済まないから、慌てて距離を取ると、やっぱり、つぶらな両目はこっちを追いかけてる。
「まあ、大人になるにつれて視認力は薄れていくかもしれないけど――」
と、ティセナ様が呟いたら、今度はそっちを向いてにっこり笑った!
「…………泣くばかりじゃないん、ですね。こんなに小さいのに」
アイスグリーンの瞳をぱちくりさせて、面食らったように固まってる彼女に、ますます嬉しそうなクレア様が言う。
「つい最近ね、機嫌が良いと笑ったり、泣くのとは別に声を出すようになったの。言葉の始まりみたいね」
「今は、お生まれになってどれくらいなんですか?」
「もうすぐ二ヶ月よ。先月じゃ、この子まだ眠ってばかりいたし、私もまともに動き回れなかったから――皆が来てくれたのが今日で良かったわ」
ローザの質問に答えつつ、任務でご一緒してた頃はあまり見なかった、悪戯っぽい表情で提案する。
「ね、ティセ。抱っこしてみる?」
「は!? ……いえ、遠慮しときます。人間の赤ちゃんの扱い方なんて分かりませんし」
ティセナ様は、とんでもないと言いたげに後ずさった。
そこへシーヴァス様が、苦笑混じりに追い討ちをかける。
「そんなもの、親の私たちとて手探りさ――心配するな。生まれたての頃に比べれば、だいぶ首も据わってきている」
「そうよ。もっと小さくて、ふにゃふにゃだったんだもの」
クレア様が、ぽんと笑顔で手渡した赤ちゃんを、避けるに避けれず受け取ったティセナ様ってば、かちんこちんだ。
抱っこしてるっていうより、持ってるって感じ? ちょっと突付かれたら落としちゃうんじゃないかってくらい、ものっすごくぎこちないけど、
「あうー、えうー」
抱かれてる赤ちゃんはご機嫌みたいで、にこにこ顔でティセナ様を見上げて。ほっぺたや首飾りに触りたいのかな? あうーあうー言いながら小っちゃな手を伸ばしている。うん、間違いなく見えてるね、これ。
「可愛らしいですね。眺めていて飽きません」
「私も抱っこしてみたかったなー。大きさ的に無理だけど。いいなぁ、ティセナ様」
「…………」
ローザと私に左右を挟まれた天使様は、困ったような、複雑そうな、だけどちょっぴり嬉しそうな顔して腕の中の赤ちゃんを見つめていた。
2014年 10月23日 (木) 現在、我が家に生後一ヶ月の赤ん坊がおりまして。けっこうな頻度で、なにもない天井や壁を凝視してます。なにか、大人には見えないものを見ているのかもしれないな〜、なんて思ったり。