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◆ アールスト侵攻


 7月11日、セルバ地方・アールスト。
 うだるような暑い午後。
 空飛ぶペンギンもといフロリンダに急かされ、駆け抜けた道の先には、見知った男天使の姿と――

「エクレシアにまで侵攻するなんて、いったいどういうつもりなの!?」

 帝国軍の前に立ち塞がり、悲鳴に近い声を上げる金髪の女性が一人。あれが元・帝国騎士、今は天使の勇者になったっていうレイラ・ヴィグリードか?
「うるさい!」
 面詰された兵士たちは、問答無用の勢いで斬りかかって来る。
「黙って皇帝のご意志に従うか、死ね!」
 横暴にも程がある言い草だ。
(……嫌なこった)
 内心毒づきつつ、レイラを取り囲もうとする帝国兵を、走ってきた勢いのままメイスで殴り倒すと。
「!?」
 驚きに瞠られたセイラーブルーの瞳と、一瞬、視線が絡まる。
 片や大勢を相手に斬り結んでいる真っ最中。そこへ割り込んだこっちも、余所見していられる状況じゃないから、せいぜい2,3秒のことだったが――キレイどころを見慣れている自分でも思わず見惚れてしまう程の、気品漂う美人だった。
 軍服を纏い、レイピアなど手にしていなければ、良家の令嬢だとしか思えなかっただろう。
「だいじょおぶですか、レイラ様ぁ!?」
 手のひらサイズの割りにデカイ声で頭上を舞う、妖精の姿を見とめたことで、ロクスの素性を悟ったらしいレイラは戦いながらも小さく頷いて返す。
「フロリン、助っ人を連れて来ましたぁ! 町の皆さんの為にも頑張ってくださぁい!! えーいっ!」
 間延びした気合と共に、勇者二人の体を、常人には視得ない光が包む。途端に、腕に漲る力―― “パワー” という、物理攻撃力を倍増させる魔法らしい。初めて受けた時には、さすが格好は妙でも神の眷属だと感心したものだ。
 しかし天界の加護があっても、多勢に無勢なこの戦況をひっくり返せるものではない。
「教皇庁の僧侶がいるぞ! 道案内させるのにちょうど良い……引っ捕らえろ!」
 黒尽くめの軍団に囲まれた中で、光沢ある紫の法衣は一際目立つ。囮になろうなどと考えなくても、何割かは当然こっちへ向かって来た。
 まだ住民が逃げ惑っている大通りを守るべく、普段は聖職者にとって飾りでしかない武器を振るいつつ怒鳴る。
「おい、ルシード! ティセナはどうした!?」
 端から見れば自分は一人。しかしこの混乱した戦況下では、いちいち見咎め不審がるヤツなどいないだろう。
「不在です! 今、呼び戻しにリリィを行かせてるんで踏ん張ってください!」
 応えが響くと同時に、回復魔法の気配――ここまで息吐く間もなく走らされて来た疲労が、一気に癒える。しかしこれは、いつまで戦い続ければ良いんだ?
 大国が放った軍勢に対し、こっちは自分とレイラの二人きり。住民が避難する為の時間稼ぎにしかならないだろう。
 それでもティセナがいればだいぶマシだろうにと、いつだったかチンピラに絡まれた夜の、彼女の戦いぶりを思い返しつつ舌打ちする。

 エクレシア領にまで帝国軍が攻めて来たと、大騒ぎしながら宿に飛び込んできたフロリンダに報され駆けつけてみれば、アールストの街は大混乱に陥っていた。
 そりゃあそうだろう。
 六王国が侵略されていると噂は耳にしていても。グローサインの大義名分が “千年前の領地を取り戻す” だと聞いていても……まさか事前勧告も一切無しに、いきなり市街地に踏み入って破壊略奪を始めるとは想定の範囲外だ。騎士道精神もへったくれもありゃしない。
 しかも、首都アララスから遠く離れた国境の町だ。こうして敵兵がなだれ込んで来ているということはつまり、本来アールストを守るべき警備兵はやられてしまっている訳で、たとえ誰かが緊急事態を報せるべく伝書鳩を飛ばしていても教皇庁の対応が間に合う筈も無い。
 この町は占領される――いくら自分たちが抵抗しようが、無駄だ。

(ま、あんな美女とお近づきになれるなら、とりあえず頑張ってみるのも悪くはないか……)

 戦闘後の楽しみくらい思い描かなきゃやってられないと、ローザあたりが聞いたら激怒しそうなことを考えつつ、ルシードの魔力が尽きかけ回復手段が無くなるまで戦い続けたロクスだったが――
「私は退けないの! あなたたちは早く逃げてちょうだい!!」
「死ぬ気か、バカ!!」
 “不退転の決意” を体現したような頑固さに辟易しつつも、女性一人を敵地に残して背を向けるわけにはいかず、ジタバタ抵抗する黒軍服の首根っこを掴み、力づくで退却する羽目に陥った。
 正直、帝国兵と戦うよりレイラに手を焼かされた疲労感の方が激しく……彼女とは気が合わないな、と改めて会話するまでもなく悟った。

 そうして、翌日。

「ルシード様ーっ!」
「レイラ様! ご無事ですかっ!?」
 結局、血相を変えたティセナとお供の妖精たちが駆けつけて来たのは、避難民の波に紛れてアールストから逃れ、街道の木陰で小休止していた昼下がりだった。
 緑と赤の飛来物は、ぐったりしている女騎士と男天使の元へ一直線。大慌てで回復魔法を使い始める。
 その光景を横目に、ぼんやりと自分の右手へ視線を落とす。
 べつに治してやっても良かったんだが、せっかく教皇庁から離れて生活しているのに、下手に “力” を使って目立つのも、こいつらから回復要員としてアテにされるようになるのも御免だった。
 地上界に直接手出しできないから勇者が必要だ、と言うのだから、そこまで協力してやる義理も無い。
 べつに今にも死にそうな状態って訳でもなかったし。こっちだって “力” を使えば、それなりに気力を削られるんだし。
「…………」
 着の身着のまま逃げて来て、帝国軍の非道に憤りながら、途方に暮れているアールストの住人たち。疲労困憊、未だ肩で息をしているルシード。軍服をコートで覆い隠し、唇を噛み締め俯いているレイラを見つめ、険しい顔をしているティセナに。
「久しぶりだな、サボリか?」
 軽く声をかけると、妙な無表情でこっちを向いた。
「……ごめん、間に合わなくて」
 強張った、澄まし顔、きょとんとしている――どの形容詞もしっくり来ない、無表情としか言いようがない顔つきだった。
(…………?)
 訝っている間に近づいてきた天使の手が肩に触れ、淡緑色の光が零れ落ちる。
 残っていた傷はすぐに癒え、なんとなくその手元に移していた視線を上げたときにはもう、彼女は、さっきまでの苦り切った表情に戻っていた。
「すいません、ティセナさん。二人とも頑張ってくれたんですけど、回復手段が尽きちまって――フロリンダも限界だったし、俺じゃ、防ぎ切れませんでした」
「私の方こそ。負担かけちゃったね」
 うなだれるルシードに応じて、首を振ったティセナは。
「ひとまず帝国軍は、アールストの町に留まってるみたいだから。みんな “ヤドリギ” に引き返して休んでて。近域の混乱度が急激に上がってるから、ちょっと凶暴化したヤツら片付けてくる」
 手短に指示を出すと、シェリーとローザも残し、その場から掻き消えた。



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レイラとロクス。接触イベントで食事に誘ってるところからして、レイラのルックスは女性キャラの中では断トツ好みなんだろうけど、真面目な性格といい国に忠誠を誓うような気質といい、まったく合わないだろうなー。長時間行動を共にしていればともかく、知り合い程度の間柄じゃあ、仲良くなることはなさそうです。