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◆ デジャヴ


 エクレシア領にまで戦火が広がった影響は、かなり大きくて……エルランゲス、エルメド、アガディール地方、リナレスまで、あちこちの混乱度が急上昇!
 さらに今日、7月24日、ラグニッツ地方の異変も感知されて。
 敵の探索に出た私は、トルンという人里を襲っているアンデッドモンスター・カーミラと、髪の毛ぜんぶ生きた蛇になってる不気味な魔族・ゴーゴンを発見した。
 慌てて、勇者様に退治を依頼して。

 カーミラだけだったら、爪とブレスの物理攻撃しかしないから、プロハンターのクライヴ様にお任せでもそんなに心配無かったろうけど――ゴーゴン相手には、そうもいかない。チャームと石化の術を使って来るから、もしマトモに浴びたら、回復魔法で治さないと一方的にやられちゃうから。探索任務を切り上げ、同行して。
 モンスターは、さっき無事に退治されたんだけど。

「はあ……」

 ルシード様は聖気切れ寸前の状態で、動けない。
 レイラ様も、帝国兵を食い止めるのに無理し過ぎてダウン。
 妖精仲間は混乱の元を探し当てようと駆けずり回ってて、特にロクス様の 『サボリか?』 発言に痛恨の一撃を食らったローザは、ピリピリ苛々してて怖いくらいだった。
 事実だから反論も出来なくて、たぶんロクス様的にはそんな呆れたり怒ったりしての発言でもなくって、そもそもローザに対しての言葉じゃないし――だけど、普段の素行の悪さを思えば、あの人にだけは言われたくない台詞でもあって。
 なによりティセナ様が一瞬、お人形さんみたいな無表情になったの、見ちゃった。
 ずっと一緒にいて分かってきたけど、あれって、傷ついたときの顔なんだ。
 あの日から、ずーっと黙々と魔族狩りするばっかりで、任務以外のおしゃべりなんかしてくださらない。そもそも雑談できる雰囲気じゃないし。
 ローザもだけど、やっぱりインフォスに行くの止めとけば良かったって思ってるに違いないんだ。二人とも大人だから、私を責めたりはしないけど……でも、私がしつこく行こうって誘わなければ、まず間違いなく任務を優先して、アルカヤを離れたりはしなかったのに。
 もちろん、だからって帝国軍の侵略が止まるわけじゃないけど、ティセナ様がいればもっと対処は早かったはずだし、ベストは尽くしたって言えたのに。
(なぁんで、よりにもよって、こんなタイミングで進軍するのよー!?)
 せめて私たちが戻ってからにしてくれれば良かったのに! 帝国軍のバカ! ヒトデナシ!!
 ……って、向こうにとっては知ったことじゃないだろうし、敵がそんな気を遣ってくれる訳もないんだけど。
 むしろ、守護天使様が不在の方が好都合だったんだろうけど。

 クレア様とシーヴァス様にお会いして、ちょっぴり赤ちゃんと遊んで、たったそれだけでトンボ返り。
 他の勇者様や協力者さんたちにも挨拶したかったのに、顔さえ見に行けなかった。あーあ。皆さん、お元気かなぁ? たぶん、もう会えないだろうな――

「……怪我でも、したか?」
「へっ?」

 考え事をしているうちに、羽が止まっちゃったみたいで、
「あっ、いいえ! すみません、溜息なんか吐いちゃって――」
「べつに、それは構わないが……」
 顔を上げたら、クライヴ様が怪訝そうに、数メートル先で立ち止まっていた。
「さっきの戦闘中に、なにかあったか?」
「そ、そういう訳じゃないんですけど」
 急いで追いついて弁解すると、勇者様は、またスタスタと歩き出して。
「今日のおまえは――来たときから様子がおかしかったが。あの蛇どもを片付けた後から、さらに気が乱れている」
 静まり返った夜の街道に、すうっと消えちゃいそうな淡々とした声。
「疲れているなら、帰って休んだ方が良い。この辺りに出没する雑魚程度なら、俺一人でも問題は無い」
 確かに遠くに、勇者様が宿を取ってる町の灯りが見えて来てるけど。
「や、休んでる場合じゃないんです! だって」
 反射的に首をブンブン振ってしまうと、クライヴ様は怪訝そうに片眉を跳ね上げた。
 そのまま、相槌に困られているのか私が喋るのを待っていらっしゃるのか分かんないけど、また沈黙。
 ううっ、いたたまれない感じ……。
「だって、あの――ごめんなさい。私のせいなんです。ラグニッツ界隈の怪物が凶暴化したの」
 ここだけじゃなくて、アルカヤ全域だけど。
「? 知らずに、慰霊碑の類に悪戯書きでもしたか?」
 ま、真顔でそんなこと言われちゃう、私のイメージって……?
 おっちょこちょいを目撃されるほど同行してなかったはず、ってことは誰かが、シェリーちゃんの失敗談でもしてたのかなぁ?
(そういうウッカリの結果なら、まだマシだったんだけど――)
 と思うと、さらに落ち込んだけど、訊かれたら答えないのも悪い気がして。
 話しても隠しても私が情けないことに変わりは無いしと、インフォスっていう別の地上界に会いたい人たちがいて、ティセナ様にお願いして遊びに連れて行ってもらったこと、その所為でアールストへ侵攻してきた帝国軍への対応が遅れちゃったことを白状すると。
「…………」
 クライヴ様は、しばらく不思議そうに私を眺めていたけど、
「侵略戦争を仕掛けているのはグローサインの軍隊で、それを防ぎ切れなかった当事者もエクレシアの人間だ」
 南の夜空を振り仰ぐと、ゆっくり首を横に振った。
「アルカヤの生物には手出しが許されないから “勇者” の協力が必要だ、と聞いている。おまえたちが即座に駆けつけていたところで、結果に、それほど差が出たとは思えない」
 味も素っ気も、身も蓋も無い口調で、言葉だけ聞いたら突き放された感じさえするけど――
「どこで休暇を過ごそうと、おまえたちの自由だ。責任を感じる必要は無いだろう」
 青に近い紫色の目元は、びっくりするくらい優しくて。
「終わったことは変えられない。割り切れ」
 それだけ言うと、また私を置いて歩いて行っちゃう――ひょっとして、今のって、慰めてくださってる!?

「わ、私、これから頑張りますねっ! 出ちゃった被害、取り返せるくらい!」

 追いかけて並んで飛びながら、決意表明すると、今度は目元だけじゃなくて。ちょっぴりだけど、口許も緩んで。
「……ああ」
 あ、笑った。
 クライヴ様が笑ったとこ、初めて見たかも。
 苦手だったから同行した回数も少なくて、初めてなのは間違いないんだけど――前にも見たことあるような気がして。どうしてだろうと思ったら、
(そっか、ティセナ様に似てるんだ……)
 明るくはないけどホッとする、静かな優しい笑い方。
 そう気が付いたら、妙に納得してしまう。前に、リリィが呟いていたこと。

『ティセナ様とクライヴ様って、近い感じよね』

 ずっと無口で怖いし、近寄り難いと思ってたけど。
 似てるなって思って見たら、佇まいっていうのかな? 纏う空気が、そっくりで。
 しかも、いつも険しい表情ばかりだから見落としちゃってたけど――実はクライヴ様って、意外と女顔? 美人さんなんだ。

(まさか、クライヴ様に励ましてもらえるなんて)

 びっくりしちゃった、けど元気出た!
 ちょっと仲良くなれた気までしちゃって、我ながら単純?
 だけどホント、私の取り得なんて元気なことくらいなのに、こうして頑張ってくれてる勇者様たちに、暗い顔なんか見せてちゃ失礼だ。また、明日から頑張ろう。うん!



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思いつきでクライヴ&シェリー。最初は、ロクスの 『サボリ』 呼ばわりに凹むティセナをクライヴが慰めるような流れを考えてたんですが、ポーカーフェイスが得意な天使様は、気取られるほど顔に出さないだろうし。