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◆ 取り替え子(2)


「あー、ようやく “患者” が途切れたか」
 待合室にしていた部屋に誰もいないのを確かめ、ソファに突っ伏す。
「お疲れ様。ルシード、ティセナも……お茶飲む?」
 ポットとティーカップを運んできたアイリーンが、小首を傾げて。
「くれー。喉渇いたー」
「いるー。ありがとー」
 切実さのこもった返事は見事に、テーブルに突っ伏している上司とはもった。

「はー、あんな赤ちゃん相手だと気疲れするわ」
 ティースプーンで紅茶をぐるぐる掻き混ぜながら、ティセナさんがボヤくのに、済まなさそうに首を竦めるアイリーン。
「ごめんね、手伝えなくって」
 赤ん坊の腹に入ってしまって消化もされず、微弱な瘴気を発し続けるレッサーデーモンの卵。
 単純に、取り除けば済む問題だから、なにも施術者が天使である必要は無いのだ――うっかり卵を割らないよう細心の注意を払いつつ魔力で動かし、患者の内臓を傷つけぬように引っ張り出せれば。
「いいよ、気にしなくて。やったことないのにイキナリじゃ怖いよね」
 さっき一匙入れたのに、まだ砂糖を追加している我が上司。相変わらず甘党だなあ。確かに疲れると、甘いものが欲しくなるけど。
「まあ私も、あんまり小さく的絞るのは得意じゃないから。アイリーン、魔力そのものは扱い慣れてるんだし、練習を重ねれば余裕じゃないかな?」
「寝る前に2〜3分とかでもさ。魔力で糸を動かして針に通す練習とかしてれば、いざって時に役に立つと思うぜ。まあ、こんな事件は二度と起きない方が良いんだけど」
「そんなの手を使っても、なかなか通せないのに……」
 恨めしげにこっちを一瞥したかと思えば、ふうっと意味ありげな溜息を吐き、
「けど今回、ルシードが鍛冶屋だって話が本当なんだって分かったわ。見かけによらず器用なのね」
「どういう意味だよ?」
「そのまんまの意味よ」
 俺たちの会話を聞きながら、くすくす笑っているティセナさんに向き直り切り出す、こまっしゃくれた魔導士の少女。
「それにしても、ねえ――疲れているところ悪いんだけど、質問いい?」
「ん?」
「飛び抜けて具合が悪そうな子たちのこと、“浄化が必要” って話してたわよね? 異物の除去はルシードの方が得意って話なのに、その子たちは全員、ティセナが対応してて、しかもルシードのとは違う色合いの青い石を使ってたでしょ? あれ、なんなの?」
 こんな突っ込んだ問いを受けるとは思っていなかったようで、ティセナさんは、アイスグリーンの瞳をぱちくりさせた。
「さすが子供でも魔導士って感じでしょう? 同行中こんなふうに質問攻めなんすよ。俺、説明すんの得意じゃないから参りますよー」
 俺の泣き言を、あははと笑って流した上司は、中身が半分ほどに減ったティーカップを傍らに置くと、話し始めた。

「うーんとねえ、なんていうかな。瘴気って分かる?」
「だいたいは。天使が放つ気配と真逆のもの、なのよね?」
「うん、そう。それは闇の眷属なら多かれ少なかれ撒き散らしてて、レッサーデーモンの卵からも当然、漏れ出ているの」
 アイリーンは、ふんふんと頷いている。
「人間は瘴気に耐性を持ってるから、ちょっとくらい浴びても問題ないのよね。異物として吸収されずに、息なんかに混ざって体外に出されて、それは自然が浄化する」
 闇の眷属は、とにかく太陽光に弱い。
 スライムと高位魔族を比べれば、勿論かかる時間に差はあれど、撒き散らされた瘴気は無害化されていくものだ。
「赤ちゃんにも耐性はあるけど、当然、大人ほどじゃないし。何日も体内にあんな物が入ったままだったら、さすがに瘴気に負けちゃうの」
 人間界の医学用語で表現するなら、病気の “潜伏期間” を経た “発症” か。
「そうなったら “瘴気中毒” って呼ぶんだけど、これはまだ毒素の元を排除して回復魔法をかければ治るし、そこまでしなくても自己治癒力でどうにかなるレベル。さらに段階が進んだ “二次汚染” も、ある程度まではなんとか出来る……この石があれば、ね」
「私がもらった結晶石と、なにが違うの?」
「蓄積された魔力の本質が “浄化” なんだ」
「ふーん?」
 相槌を打ちながら、アイリーンは首をひねった。
「けど、それならルシードが、その石を使えば早いんじゃないの? ティセナよりも処置は上手なんでしょ?」
「ところが、そうもいかねーんだよ」
 自分の名前を出されたルシードは、片手を振りつつ口を挟み。
「どういうこと?」
「二次汚染ってのは、変質が進行してる状態なんだ」
 アイリーンの疑念を受け、熱湯入りのポットを指し示す。
「たとえばさ、このポットの中にビー玉を落っことしたとして。ビー玉なら取り除けば問題ないだろ?」
「そうね」
「俺が赤ん坊たちにやってる処置のイメージは、それだ。けど、熱湯に混ぜた砂糖は手掴みじゃ、どうにもならねーよな?」
 幼い勇者がこくんと頷くのを見て、さらに問う。
「砂糖水を分離するには、どうしたらいいと思う?」
「うーん、まあ。鍋に火をかけて蒸発されれば、砂糖は残るかな」
「そうだな。火がいるし、加熱し続ける間の燃料も必要だ――しかも火が強すぎたら鍋も砂糖も焦げてダメになるだろ? 同じように、生物を侵した瘴気を相殺するには聖気が必要なんだ。とにかく莫大な」
 混ざった代物を元に戻すには手間がかかる。相手が下位魔族だから下級天使の聖気で足りる、というような単純な話ではないのだ。
「俺は下級天使で、とてもじゃないが、そんな聖気量は持ち合わせていない」
「私は、量的な問題は無いんだけど、ちょっと純度に難ありでね。この結晶石に “混じり気” の部分を消してもらわなきゃ、こういう事態には対処できないの」
 クレア・ユールティーズは下級天使ながら、浄化魔法の使い手だった。
 闇の眷属を滅することにかけては、大天使にも匹敵する稀な才能。
 本人が強硬手段に踏み切らなければ、おそらく翼を捨てて地上へ降りるなんて希望は通らず、人間を愛した記憶も消されていただろう。
「最悪、この結晶石をルシードに託しても浄化は可能だけど、それだと石の消耗が激しすぎるから。これ、貴重品だし」
「じゃ、ティセナが応対した子たちは、変質が進んでたってことなのね」
「そういうこと」
「それってさ……もっと変質が進んだら、どうなっちゃうの?」
「孵化したレッサーデーモンに身体の内側から食い尽くされるか、完全に変質して魔物に姿を変えるか――どっちにせよ、もう人間の赤ちゃんでも何でもないモノになるから、殺すしかなくなる」
 嫌な事実を淡々と告げられ、勇者は息を呑んだ。
「助けられ、ないの?」
「無理だよ」
 おっかなびっくり訊ねる少女に、ティセナは静かに頭を振って返す。
「魂まで汚され切った後じゃ、たとえ四大天使でも手の施しようが無いんだ。残念ながら」
「自分の赤ちゃんなのに、魔物なったから殺すなんて……きっと出来ないよ。どんなご両親だって」
「この騒ぎの狙いは、多分それね」
 ここにはいない “元凶” を睨むように、上司は目を眇めた。
「“赤ちゃんだったモノ” を殺しても、殺せなくても、人里は疑心暗鬼の大パニックに陥るだろうから。手遅れな子が、いなけりゃいいんだけど――」
「……そうだね」

 会話が途切れ、どこか気まずい沈黙に包まれていたところへ、

「じゃ、アイリーン。今日のところは、私たちも部屋に戻るわね」
 最後の患者を見送りに出ていた、リダたちが戻って来た。ホッとしたように椅子から立ち上がった少女は、ぴょこんと頭を下げる。
「うん、手伝ってくれてありがとう。二人とも」
「とんでもない! 息子を助けていただいて、しかも無償でかまわないだなんて――これくらいしなくては罰が当たりますよ」
 リダと、その旦那は、赤ん坊を抱え駆け込んでくる被害者たちの世話をしてくれていた。
 具体的に言えば、順番に並ぶよう案内して、混んでるときは茶なり何なり出してもらい、どんな感じの “治療” になるか経験済のリダが事前に話しておく、といった流れだ。
 アイリーンも共にいるとはいえ、なんせ子供。
 いくら祖父が有名な魔導士でも、本人は、8年近く塔にこもって暮らしてて実績も無けりゃ顔も知られていない……噂を聞きつけ訪ねてくる患者の数も数だし、自分たちだけでは効率よく捌き切れなかっただろう。
「しかも街道を歩いてる間は、魔物から護ってもらってるんだもの。お礼が足りてる気がしないわ」
 リダの子を助けた後、食べ物を調達しに行っていた彼女の旦那が戻って来て、驚いたり喜んだりした結果、ティルナーグの塔まで行動を共にすることになったのだった。
「じゃ、僕は先に、この子を寝かしつけておくから。下で夕飯すませて来なよ、リダ」
「いいの? あなたも疲れているでしょうに、悪いわね」
「君ほどじゃないさ。それにアイリーンさんとは、子供の頃からの知り合いだって言うじゃないか? ずっと子育てで忙しかったうえに、ここ数日は食事もマトモに取れなかったんだ――おしゃべりでもしながら、ゆっくり食べて来なよ」
「え、ええ」
 なぜか目をパチパチと瞬いたリダは、不思議そうにアイリーンを振り返り、訝しげな表情になった。そうして、しきりに首をひねっている。どうしたんだろう?
「じゃ。ちょっと私も、ごはん食べて来るね。さすがに、おなか空いたし」
 こちらへ話しかけているアイリーンは、これといって普段と変わりないように思えるが……。
「ああ」
「行ってらっしゃい」
 三人が部屋を出て行って。
 自分たちも今のうちに食事に出るか? まだ、さほど空腹ではないが、再び混雑しだしたら夕食どころではなくなる。けど、二人そろって部屋を留守にするのは避けた方が良いな。交代で行くべきか――などと考えていると、おもむろにティセナが妖精を呼び出し始めて。

「はーいっ! ご用ですか? ティセナ様」
「うん。ちょっとお願いがあるんだ」
 応じて現れたシェリーを伴い、宿の裏手へ回る。
「ブレメース島で起きてる騒ぎについては、聞いた?」
「はい。フロリンダから」
「そっか。それでね、この宿も “被害者” の家なんだけど……ここ」
 指し示された勝手口には小指の爪ほど、注意して見なければ木目の一部にしか思えないような落書きらしき模様があった。
「人間か魔族か分からないけど、とにかく呪術の使い手が描いた印なのよね。密室状態の家から赤ちゃん連れ去って、住人に見咎められることなく帰せた理由も、これだと思う」
 話しながらティセナさんは、片耳のイヤリングから結晶石を取り外した。
「この町含めて、たぶん騒ぎが起きてる集落のあちこちに、同じ印があるだろうから」
 それを印に押し付けると、じゅっと焦げたような音がして、黒っぽかった模様は薄っすらアイスグリーンに発光し始めた。
「こんな感じに変色させてきて。あちらさんには気づかれないように術かけてあるし、全部を発見できなくてもかまわないから」
「もう使えないように無効化してやるんですね? 了解でーすっ!」
 結晶石を受け取ったシェリーは、勇んで飛び去った。
「無効化するだけ、ですよね?」
「そんな控えめな処置で済ませてやる訳ないじゃないの」
 ルシードの懸念に、上司は物騒な笑みで返す。
「人間だか魔族だか知らないけど、こんなえげつない手を使う輩は、しっぺ返し食らうべきでしょ――いい加減、腹立ってきたし」
 そりゃあそうだが、いつになく目が据わっていて怖い。さすがに妖精たちを泣かすような無茶はしないと思うが、それにしても……。
「なにする気です?」
「説明めんどくさいし、おなかも空いたから準備が整ったときにでも話すよ。その日は私、寝て起きるまで使い物にならなくなるだろうから、通常任務の遂行頼むね」



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インフォス編を書いていた頃は、ぼんやりしたイメージで書いてた瘴気の有害性をまとめてみる。アイリーンて、12歳にしては巨乳さんだし、そのくらいの歳なら身長は伸びきってるから、8年ぶりに再会しても細かいこと気にしないタイプの人間だと、すぐには外見変わってないことに気づかない気もする。