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◆ たゆたう、俤(2)


 ロクスに先導されながら、石畳の上を歩く。
 建築物や装飾に興味は無いけれど、この街はキレイだと素直に思う。
 アルカヤ守護天使として降り立ったのがクレア様だったら、さぞかし絵になったろう。
 ある意味、盗賊だったグリフィンよりも素行の悪いこの勇者を、彼女がスカウトしていたら……借金やギャンブルを止めさせようと訪問するたび大騒ぎで、任務どころじゃなかったかもしれないけど、などと考えていると、

「おわっ?」

 ロクスの頭の上に、鳩が舞い降りた――と思う間もなく、こっちの肩に飛び移ってきた。どうやら目測を誤ったらしい。
「こんにちは、どうかした?」
 クゥクゥと喉を鳴らしながら見上げてくる、その子の、クチバシの付け根辺りを掻いてやると、気持ち良さそうに目を細めている。
「そういえば、最初に君を見かけたのも、この辺りだったな。そうやって鳩にじゃれ付かれていた」
「……そうだっけ? じゃ、前に会った子かな」
 鳩に乱された前髪を直しながら、感心したようにロクスが問う。
「そいつらには分かるんだな、君が何者か――多少、人間の存在に慣れてたって、普通、餌も撒いてないのに寄って来ないぞ。他の動物にも、やっぱり懐かれるのか?」
「さあ? 飛んでると鳥には会うけど、地上を歩くことってそんなに無いから分からない。野生動物は、人間よりはアストラル体の存在に敏感だけど、なにからなにまで視えるって訳でもないしね」
 痒いところに手が届いて満足したのか、鳩は、再び青空へと羽ばたいた。仲間らしい群れに混ざり、やがて見えなくなる。
「それに懐いてくれるって言うのとは、ちょっと違うかな。たぶん樹とか泉とか、そこら辺と一緒にされてるだけだと思うよ。止まり木代わり?」
「ふぅん……?」
 ロクスは首をひねりつつ、また歩き出した。

 この先が教皇庁の中心だという階段の前で、少々たじろぎ、立ち止まる。
「すごい長さね――」
 いったい何十段あるんだろう? 体力の無い人間だったら、上階に辿り着く前にバテてしまうんじゃないだろうか?
「無駄に立派な建物ばかりだからな」
 ロクスにとっては見慣れた物なんだろう、顔色ひとつ変えず、スタスタと上がり始めた。
 教会の僧侶たちが碌な運動をしていないらしいことは直に見て分かったけれど、彼が、妙に強い理由の一端も見えた気がする。飛んでしまえば楽だけれど、たまには人間の苦労を味わってみるのも良いだろう、と踊り場から階段の方へ足を踏み出した、途端、

(……なに!?)

 転移魔法を使うときに似た、違和感が押し寄せた。
 セピア色に切り替わる景色、同じ場所だ、けれど細部に違いがあって――眼前にいたはずの勇者の姿は、どこにも見当たらず。

(! 共鳴現象――)

 一拍遅れて、悟る。

 そうして視界に現れる、人影。さっきのロクスと同じように、軽やかに階段を上っていく……勇者?
 ……じゃない。
 今の彼は、法衣姿じゃなかったはず――誰? 

 長い階段。
 風に翻る紫の法衣。
 その背を追いかけていって、裾をつかんで引き止める……子供?
 振り払われる手。
 一生懸命なにか言っている、その子に。
 返される冷ややかな目線。汚いものでも見るように顰められた顔。そのまま立ち去る青年。

 階段の中ほどで、子供は立ち尽くしている。

 やがて歯を食いしばり、駆け戻ってきて――踊り場にへたり込んだ――違う、なにか、描きだした――?
 これは白昼夢だと漠然と理解しているのに、反射的に後ずさってしまう。
 なにも無かった踊り場に、金色の幾何学模様が浮かび上がる。純白の光が迸り、ほどなく消える。
 子供は、へたり込んだまま泣き出した。
 通りすがりの人々が遠巻きに、心配そうに眺めている。人垣を縫って、飛び出してくる長身の男性。その姿に驚く。
 
(……クライヴ?)

 闇に融けそうな黒髪。青紫の双眸。
 けれど、体格や雰囲気に違和感があった――知っている彼より背が高く、もう少し歳を重ねたように見える――過去を見ているなら、それはおかしい――別人?
 子供は、その人に飛びつき泣きじゃくっている。
 困り果てた表情の、クライヴに酷似した男性と、泣いている子供に歩み寄る――長い金髪を無造作に束ねた、誰かの後姿?


「おい、ティセナ?」


 急に肩を揺さぶられ。
 幻は、掻き消えた。

 セピア色だった視界に、ゆっくりと現実の色が戻る。

「どうした? ……聞こえてるか?」
 目の前には眉根を寄せて、こちらを覗き込む勇者の顔。
「あ――」
 あれは過去だ。この “場” に強い想いを残した、誰かの。
「うん、ちょっとね」
 星と相性が良ければ、自然と、共鳴現象を起こしやすくもなる。アルカヤでの任務が決まった当初こそ留意していたものの、今まで、これといってなにも無かったから油断していた。

「ねえ、ロクス……ここ、なにかあるの?」
「なにかって?」
「強い、魔法の、名残を感じたから」

 人間相手に共鳴云々と話しても困惑されるだけだろうから、要点だけを伝えると、
「なにかって言われて、も――」
 言葉の途中で、ふと、なにかに気づいたように口篭った勇者は、肩を竦めながら答えた。
「見てのとおり、ただの階段の踊り場だぞ? まあ、教皇庁の敷地内だ。美術品の天使像だの、千年前の勇者たちを描いた壁画だの、壊されたり盗まれちゃ困るものがあちこちにある。昔のお偉いさんが魔導士あたりに頼んで、侵入者対策の魔法でも施したのかもな」


 それから礼拝コースを一巡りしたが、判ったことといえば、すでにグローサインへ使者は送ったものの、
『旧帝国領を無条件で明け渡すなら、武力は振るわない』
 とかいう、到底、受け入れられないような返答だったそうで。
 今は徹底抗戦派と、再び使者を送り、なんとか話し合いに持ち込むべきだという非戦論者たちとの間に挟まれた副教皇が、頭を抱えている状態らしい。


「……ま、結論は副教皇が出すだろ」


 肩を竦めたロクスは、もう戻るといって大聖堂に背を向けた。
「まだ時間があるなら、夕食も付き合えよ」
「え?」
「君がいると、野郎の目はそっちに向くから僕が絡まれることはないし、女連れの男に声かけてくる娘もそうそういないから、これはこれで気楽でいい」
 少し考え、 「デザートあるとこに行くなら」 と了承する。
 まあ、このところ連戦だったロクスのストレス軽減に、祝福がてら同行するのも良いだろう。
 これといった事件も確認されておらず、妖精たちが報告に現れない日なんて、そうそう無いし。

「お、武器屋があるな。ちょっと、これ売って――」

 本日お払い箱になったメイスを眺めながら、ふと思い出したように首を巡らす。
「あー、ついでに近くに、少しツケ残ってる店があるから返してくる。どこか……そうだな、そこのベンチで待っててくれよ」
「? どっちも、たいして時間かかることじゃないでしょ。近くなら一緒に行くよ」
「いや、武器屋はともかく店の方がさ。女の子を連れて行くには難があるというか――僕も、二度と寄らないと思うくらい、ガラが悪いんだ。君は来るな」
「そうなの? 分かった」
 酒場のチンピラ程度に絡まれても、こちらとしてはどうってことないけれど、無駄に騒ぎを起こすのも憚られるし。こうまで歩くことは滅多に無いから、少し疲れた。お言葉に甘えて休憩させてもらおう。
 時刻は、まだ午後4時を回ったところ。さすがに夕食を摂るには早過ぎるし、寄り道するくらいでちょうどいいはずだ。
「ああ、そうしてくれ。遅くても、30分くらいで戻って来るから」
 頷いたロクスは、広場の木陰に軒を構える、赤い屋根の店を指差した。
「ほら、そこクレープ屋あるから。暇なら食べてろよ」
「あ、ホントだ」
 店舗の前には、お客らしい人の姿もちらほら見える。なかなか繁盛しているみたいだ。
「うん、私、ここにいるね」
「甘党だな、君は」
 呆れたように笑うロクスと、いったん別れ、最後に食べたのいつだっけ……と曖昧な記憶を辿りつつ、クレープ屋へ向かい。

「うーん、やっぱり地上界のデザートは美味しい」

 しかし今日はずいぶん、のんびり過ごしたというか気分転換になったけど――ひょっとしてロクス、気を遣ってくれたんだろうか? などと考えつつベンチに腰掛け、最後の一口、苺クリームを頬張っていると、前触れも無く背中にドシンと、もさもさした物体がぶつかって来た。
「うわひゃあ!?」
 食べ終える前だったら、間違いなくクレープを道に放り投げていただろう。
 思わず出てしまった大声に通行人の視線が、何事かと、こちらに集中する。
(な、なに?)
 心拍数が跳ね上がった胸を押さえつつ振り返ると、白い中型犬が、ベンチの背に後ろ足、こちらの背に前足を乗せて、ぱたぱた尻尾を振っていた。



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そろそろ伏線、伏線。ティセナが視たのは、まだ幸せだった頃のヴァスティール一家でございます。子供の手を振り払ったのは、当時の教皇様。さらに踊り場の遥か下には、魔石を封印している部屋。設定資料集を見ると、教皇の座は、癒しの手の持ち主が見つからず空いてる時期もあるみたいだけど、エリアス以降、誰もいなかったって感じでもないから、たぶん四、五人は居たんだろうと。