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◆ 魔族


 アイリーンをアルクマールに送り届け、いったんヤドリギに戻ると、上司は珍しくベッドで眠っていた。その隣では、ケナー侵攻の折に無茶し過ぎて疲れが出たか、夏風邪を引いてしまったレイラも寝込んでいる。
「ロクス様が悪いんですよ、もう――なんでダメって釘を刺したことするかなぁ、あの人って!?」
 付き添っていたシェリーが、頬を膨らませ訴えた内容を要約すると、うっかり不良勇者に酒を呑まされ酔い潰れてしまったらしい。
 一度は目を覚ましたものの、まだ共鳴現象に遭遇した後遺症と思しき不調も見られる為、大事を取って休ませているそうだ。
 まあ、ただでさえアールスト侵攻の騒ぎからこっち働き詰めだったんだ。自分たちが休息を勧めても、なかなか首を縦に振らない人だから、ちょうど良いといえば言えた。さらに、

「えっ? この近くに?」

 意外なところから得られた有力情報に、ルシードは身を乗り出す。
「そうなのよ。見たことも無い化け物を連れた盗賊団が、近隣の村や町を荒らし回ってるらしくて……怖いわよね。ウチも、しっかり戸締りしておかなきゃ」
 ティセナを妖精に任せ降りていった宿の1F。カウンターの向こうで繕い物をしながら、眉根を寄せる女主人。
(ここ数日、妖精たちが調べて回っている事件だろうな)
 5月に勇者ロクスが退治した、盗賊団の残党――というより、足取りが掴めずにいた中心グループを、ようやくお縄に出来そうだ。しかしモンスターを擁しているようだが、仲間うちに魔導士でもいるのか?
 なんにせよ、体調不良の彼女たちを戦わせることは避けたいと、事件の噂については伏せ。
 ちょうどレグランスの国境付近を旅していたルディエールに依頼して、駆けつけてもらった翌々日の夜半、再び騒ぎは起きた。

「うわ!? なんだ、あいつ……」

 村の出入り口に立ち塞がり、アルカヤでは “バーグラー” と呼ばれているらしい盗っ人連中を、次々に蹴散らしていたルディエールが顔を引き攣らせた。
「なんだぁ? 妙に強いのが居やがるんだな、この集落には」
 コウモリを髣髴とさせる形状の戦斧を携え、毒々しい紫色の鎧を纏う、ぶよぶよした黄緑色の巨漢。
「ようやく少しは楽しめそうだな。いくら、これで境界が崩れるスピードが上がるって言われたって、蟻を踏み潰すだけじゃ退屈でよぉ」
「中位魔族――リザベル!?」
 のっそりした足取りで暗がりから現れた闇の眷属は、身構えるルシードに目を向け、ひゅうと口笛を吹いた。
「おうおう、天界人が居やがるぜ」
 人間にとっては異形の怪物だろうに、盗賊たちはリザベルの背中越しに 「どこ行ってたんだ?」 だの 「早くこいつらを殺っちまってくれよ!」 だのと、急に勢いづき煽り立てる。
「どう見ても混沌じゃねえな。補佐役の下級天使か?」
 よりにもよって魔族と手を結んで悪事を? だが彼らを下等種族と見下している連中が、どうして人間に手を貸す? 忙しなく考えを巡らせるが答えも出ないうちに、
「下っ端野郎じゃ斧の錆にもなりゃしねえ。混沌を出せや、混沌を。スルト皇家の紋章、本来の持ち主に返してもらわねえとな」
「おまえっ……! ゼファーたちに堕天を唆したヤツの仲間か!?」
 敵の言葉にハッとして、問い質す。
「ゼファー? ああ、あの空色だったヤツか。唆したとは人聞きが悪いねぇ――自発的に降りて来たんだよ、連中は。もう天界に捨て駒扱いされ続けるのはウンザリだとさ」
 堕天したならしたで、どこか遠い世界に逃れ、心穏やかに生きていてくれればと思っていたが……まさか?
「 “どうせ戦うんならキース様の為に剣を取って、創世の礎になりたい” だとよ。泣かせるねぇ?」
「どんなカラクリを使った?」
 訝しげなルディエールの視線を感じるが、今は、こいつから少しでも情報を引き出す必要があった。
 素直に事実を話しはしないだろう、とはいえ状況を把握する取っ掛かりにはなるはずだ。
「アストラル生命体にとって、死は消滅だ。消えた魂が甦ったりはしない」
「おまえらが、どう思おうと魔族の皇子は健在さ。大天使どもと互角にやり合える程に回復するまで、俺たちが匿い守り通した」
 肩を竦めたリザベルは、ぐるりと辺りを見渡す。
「んで、混沌はどこだよ? この世界に来てんだろ」
「戯言を、あの人の耳に入れる必要は無い――アルカヤにとっての外敵を排除する!」
 剣を構えたルシードを前に、敵は鼻を鳴らして嗤った。
「排除したけりゃ、こっちに渡せよ。混沌を。そうすりゃ “魔族” は退いてやるさ」
「……なんだと?」
「こんなちっぽけな星にも、おまえら天使にも用は無え。欲しいのは、新たな世界の土台だ」
 後ろに突っ立っている盗賊団は、ぶうぶう野次を飛ばすのを止め、困惑顔を見合わせている。
「おまえらが勝手な “正義” とやらの為にスルト皇家を滅ぼしてくれたおかげで、魔界は、いよいよ荒野になっちまった。下位魔族どもは、餌を求めて地上に這い出てんだよ――侵略だ何だってのは、そっちの穿った見方だろ」
 ルシードは敵を睨み返す。
 魔族の言葉を真に受けてはならない。すべて嘘だと疑ってかかるくらいでないと、惑わされる。
「天使と堕天使の内輪揉めに付き合う気なんざ、端から無いね。だから、さっさと引き渡せよ。おキレイな天使様たちにゃ要らねえんだろう? 異端天使って呼ばれてる連中全員がよ……でなけりゃ、力づくで連れて行くしかねえよな」
 リザベルは、話は終わりとばかりに斧を振りかぶった。

×××××


「――それで? 情報源になりそうな魔族を取り逃がした、と」

 こちらを半眼で見下ろす上司は、寝起きに加え抜け切らないアルコールの不快さも手伝ってか、滅多に見ないくらいあからさまな不機嫌顔だった。
「す、すいません……盗賊団は、きっちり捕縛したんですけどね」
「それはルディの功績でしょ?」
「ま、まあ、そう怒らないでやれよ。ティセナ」
 冷や汗を浮かべつつ弁解するも一刀両断されて項垂れるルシードを、庇ってくれたのは――捕らえた盗賊たちを、警備隊詰所なるエクレシアの公的組織に突き出して、帰って来たばかりのルディエール。
「あんな急に消えられちまっちゃ、どうにも出来ないだろ」
 ルシードと斬り結んでいる間に、盗賊団は勇者によって叩きのめされ。そうと気づくとリザベルは唐突に 「これじゃ意味ねぇな。次に行くか」 と零して消えてしまったのだ。
「位が上の魔族になればなるほど、転移魔法も使うし狭間にだって逃げ込めるんだから、寝てようが何だろうが叩き起こして呼んでもらわなきゃ困ります」
 嘆息したティセナは、気を取り直したように肩を竦め、
「ま、そこも嘘でなけりゃ私に用があるみたいだから、遠からず向こうから接触してくるだろうけど」
「なあ、ティセナ。魔族と堕天使って、どう違うんだ?」
「ん?」
「あのリザベルってヤツがさ。魔族は、天使と堕天使の内輪揉めに興味は無い……みたいなこと言ってたんだけど」
「ああ。人間界では、どっちも “悪魔” って呼ばれることが多いみたいだけど、あいつら別物だからね」
 勇者の疑念に、淡々と答える。
「善の性質を持つことが大前提の、天使の対極にある種族。怠惰、憤怒、嫉妬、強欲、虚飾、色欲、傲慢、暴食――天界では罪とされる性分を肯定し、それに忠実に生きてる。純度に差はあるけどね」
「純度?」
「たぶんルシードと喋ってて、価値観の差を感じることって、そんなに無いでしょ?」
「ああ。家族とかの概念には疎いみたいだけど、それ以外は……」
「下級天使の魂は比較的、人間に近いから。喜怒哀楽とか、迷いとか、そういう想いに共感も出来る。だけど上級天使は、そもそも揺らがない――生き物だって思うより、自然物に人型が与えられた存在って考えた方が分かりやすいかもね。山火事に “助けてくれ” って話しかけたって、火が消える筈ないじゃない?」
「あー、うん。そりゃそうだな」
「魔族も、その傾向は一緒。だから高位魔族とは、どう頑張っても相容れないけど、少しは情の通じるヤツもいる。昔、守護してたインフォスって世界じゃ、スライムがペット扱いされてたりもしたし」
「はあ!?」
 それまで真剣な顔つきで話を聞いていたルディエールが、ぎょっと目を剥いた。
「す、スライムって、あのベタベタしたギョロ目の、気持ち悪い……!?」
「え? ああ、うんうん。インフォスのスライムはね、かなり可愛い外見に進化してたのよ。なんていうかねえ――カラフルな、おまんじゅうみたいに」
「ま、まんじゅう……」
「そういや勇者の一人が、スライム売りのバイトしてたっけ」
 唖然としている勇者を他所に、ティセナは懐かしげに目を細めた。
「ちなみに家出王女様だったんだけど、今は王位継承して、女帝として頑張ってるよ」
 ルディエールは無言だ。開いた口が塞がらないようだ。
「まあ、とにかくそんな訳で、隙あらば一切合財なんでも我が物にしようとする危険種族だから――15年前だったかな? 天界軍が、魔族と派手な戦争して滅ぼしたのね。連中を率いて勢力拡大してた皇家を」
 横で聞きながら、ルシードは背筋を伸ばした。
「本能的に、強者に従う生き物だから。支配者を失って統率が取れなくなって……人間界や天界に攻め入れるような実力者も、軒並み討伐されたって話だし。実際、私が軍に入ってから起きた厄介な事件の黒幕は全部、堕天使だったよ」
 親友のゼファーが瘴気耐性持ちと判明して、遊撃部隊に入るまで――どこか他人事のようにさえ捉えていた、聖と魔の確執。知識としてしか知らなかった歴史。
「ちなみに堕天使っていうのは、天使として生を受けたのに “欲” に目覚めて、理性を失っちゃった輩のこと。人間社会に置き換えるなら、法を破った重罪犯ね。だからもう魔族の同類なんだけど、追放された恨みから天界を掌握したがってる堕天使と違って、魔族は、好き勝手したいだけだから、やってることは似たり寄ったりでも目的は別なの。お互いジャマにはならないから利用しあってる感じかな?」
「なるほどなあ――」
 だいぶ得心がいったようで、ルディエールが相槌を打つ。
「だから内輪揉めって言われたら、その通りよね。天界としては、元同胞の悪逆を阻止しなきゃならないってこと。ただ、アルカヤを狙ってるのも堕天使だと思ってたんだけど、今回は……ひょっとすると久々に、魔族側の逆襲かもしれないね」

 話に一区切りつき、ふうと吐息を漏らしたティセナは小首をかしげた。
「ざっと説明するなら、こんなところだけど……他に気になることある?」
「いや、だいたい分かったよ。ありがとう」
 首を横に振ったルディエールは、テーブルに置いてあった水差しに手を伸ばしながら、
「それにしても、まんじゅうって――」
 引き攣った笑みを浮かべると、ぐびぐび水分補給を始めた。アルカヤの住人には、よほどスライムペット化の話が衝撃的だったらしい。
 そんな勇者を横目に眺めながら、ルシードは、自分の膝に突っ伏す。

 天界軍が滅ぼしたスルト皇家の城で、保護された少年がキース・アスラウドだったという。
 物心ついた頃から、塔の一室に幽閉されて生きてきたらしい。
 魔王の子でありながら、天使そのものの白い翼と大天使級の聖気を宿す、アストラル生命体……堕天使の血が混じったが故の隔世遺伝だろう、魔族も処遇に困っていた、もしくはいずれ間諜として使うつもりだったんだろうと推測されたが、敵一派を滅ぼしてしまった後では確かめようもなく。
 邪気も皆無な幼子を殺すのは忍びない、とはいえ同胞として迎えるには出自が危険過ぎ、上級天使たちの猛反対を浴びて――結局、異端天使の同類として天界軍に置かれ、大天使ミカエルが保護監視に当たった。

 ……けれど彼は、魔族との戦いで死んだはずだ。
 ティセナやゼファー、なにより大天使たるミカエルも居合わせた場で。あの人たちが嘘をつく理由は無い。
 だからキース・アスラウドが生き延びていた、なんてことは有り得ない。
 だったら、どうしてゼファーたちは “堕ち” た?
 いくら言葉で騙そうとしても、いざティセナの眼前にそいつを出せば偽りは暴かれるだろう――欺ける自信があるというのか、それとも、そんな小細工は必要ないと?
 分からない。考えたところで答えの出ない疑念より、問題は別にある。もしも、あいつらが出奔しただけじゃなく、この先 “敵” として現れるなら、そうなったら、

(俺は、ゼファーと……戦えるのか?)

 異端天使たちが失踪したと知り、アルカヤの異変を報され、守護天使補佐に任命されたとき――わずかな懸念が過ぎりはした。
 けれど天界を見限ったとしても、命あるものに危害を加える側に回るはずはないと断言出来たから、深くは考えて来なかった。それは甘かったんだろうか?



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ちょっぴりオリジナル要素投入ー。インフォスでもアルカヤでも黒幕は堕天使だった訳ですが、彼らは元々は天使だったんだから魔族とは別物のはずで、じゃあ魔族と堕天使ってお互いをどう思ってるのかなーとか。