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■ ジャンクション 〔1〕


「おおい、ここの補助ケーブルはー!?」
「スパナ持ってきてくれ、スパナぁー!」

 ユニウスセブン落下から十日ほど過ぎた都市部では、復興作業が急ピッチで進められていた。
 ライフラインが即日回復し、人々も日常生活に戻りつつあるあたり、スカンジナビア王国が受けた被害は軽微だったと言えるだろう。
 ほどなくプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルが、地球への支援の手を惜しまないと公式声明を発表。各地へ続々と支援物資が届けられている。
 このまま “前代未聞の大災害” として、それでも解決に向かうと思われた事態は――大西洋連邦の名で発表された映像によって、再び混乱に突き落とされた。

 凍てつく墓標に、フレアモーターを仕掛けた犯人は。
 ユニウスセブンを止めようとする工作隊や、地球軍を妨害したモビルスーツは。
 量産型ザフト機 “ジン” 部隊であった動かぬ証拠が、ゲリラ放送で全世界へ流されたのだ。

 ブルーコスモスは、すべての元凶をコーディネイターと断じ。縋るべきよすがを求めていた人々の感情を、ここぞとばかりにプラント糾弾へ向け煽りたてた。
 いくら、惨劇を防ごうとした者たちもコーディネイターであると意見しようが……被災した人々の耳には届かない。
『人間は、すぐ解りやすいモンに流される』
 テレビに映る反コーディネイターのデモ活動を、渋い顔で睨みながら、コダックは舌打ちした。
 同じだと、ミリアリアは思った。
 私があのとき、ディアッカを殺そうとしたように。
 オノゴロ島に現れたアスラン・ザラを前にして、どうしても憎悪を感じずにはいられなかったように――悲しみを憎しみに置き換えることは、なんて容易いんだろう。

 それにしても……こんな、争いの火種にしかならない代物。
 たまたま付近を航行していた地球軍艦が、ユニウスセブンの異常に気づいて記録したと大西洋連邦はいうが、
(あんまりな展開だし、出来すぎてるわ)
 ブルーコスモスの陰謀じゃないかというミリアリアの疑惑は、きっぱり師によって否定された。
『あそこでザフトが破砕活動をしとらんかったら、ワシらは今頃、地球ごと吹っ飛んでお星様じゃ。ナチュラル至上主義の連中は、自分らにまで火の粉がかかるような、無差別な真似はせんよ』
 それもそうねと納得出来てしまうあたり、つくづくロクでもない組織である。
『あれがプラントを狙って飛んで行ったんなら、話は別だがな。デュランダル議長も、テロに使われたモビルスーツはザフト製の機体と認めとる』
 ならば、首謀者がコーディネイターである事実は疑いようがなく。
『テロ組織はユニウスセブンごと全滅、動機の追及は不可能という発表じゃったが』
 深いシワが刻まれた顔を、ますますシワだらけにして、
『わざわざ、あれを武器に選んだあたり――遺族だったのかもしれんな。 “血のバレンタイン” の』
 初老のカメラマンは独りごちた。
 そうかもしれない……だとしたら、犯人をテロリストなどと呼べるだろうか?
 彼らは、きっと制裁を加えようとしたのだ。ナチュラルに――かつて自分たちが受けた苦痛を、愛する者たちの遺体に寄り添って。


 台風通過後のごとく、ぐしゃぐしゃに散らかったオフィスで。

「あー、ハウさん。今なんの仕事中?」
 とりあえず必要な道具を発掘してデスクに向かっていたところ、チーフが話しかけてきた。
「被災地と、その規模の統計作業です」
「じゃあさ。プラントとの衛星通信、復旧したから。破砕活動の責任者にインタビューとってくれない? 戦艦ボルテールの艦長か、部隊長――どっちにでもいいから」
「いいんですか、私で?」
「ああ、質問事項は書き出してあるからね。経験浅くても、しっかりした明るい子なら問題なし!」
 チーフは、持っていた紙をぺらりと手渡す。
「それにこういう取材は、まあ社名は知られている必要があるけど……記者の名前云々いうより粘り勝ちなんだよね」
 ノートPCを小脇に抱え、ミリアリアは通信室へ向かった。
 大抵の地域へは電話で済むが、遠く宇宙を隔てたプラントと連絡を取るには衛星通信が必須だ。
「たぶん各地から取材依頼が殺到してて、軽〜く2、3時間は繋がらないと思うから。そっちの仕事を進めながら、コール音にだけ気をつけて。オペレーターが出たら、社名と用件を伝えてくれればいい」
「わかりました」
 説明を終えたチーフは 「よろしくね」 と言い置き、慌しく出て行った。
 ここの社員はみな無事で済んだが、情報は錯綜、各国は大混乱。うんざりするほどの仕事攻め――業務の掛け持ちなんて当たり前だ。
 どうも自分は、そういう職場に縁があるな……と思う。暇を持て余すよりは良いけれど。
 それでも事件の翌日に、両親や友人の安否を確かめられたことは業界人の特権だろう。不謹慎だと思いつつも、受話器から聞こえた、母親のピンピンした声を喜ばずにはいられなかった。
 
 今回、頼まれた仕事も渡りに船だった。
 インタビューの経験を積める点はもちろん、ユニウスセブンの戦闘映像を見て、気に掛かった点があったのだ。
 責任者ともなれば、相手は軍属何十年という堅物だろうが――機密に関わるほどの話じゃなし、もしかしたら教えてもらえるかもしれない。
(たぶん……心配してるわよね、あいつも)
 とはいえさすがに、軍のお偉いさんに一兵士への伝言など頼めまい。
 衛星放送システムも近いうち回復するはず。キャスターとして番組に出れば、こっちの無事は伝わるだろう――そもそもケンカしてたんだし。
 ミリアリアは、インカムから流れ続ける電子音をBGMに、データ入力作業を続けた。

×××××


 イザークの鬱憤は、最高潮に達していた。

 テロリストに阻害された破砕任務。
 結果、齎された甚大な被害に。
 おそらく例の地球軍艦がバラ撒いたんだろうが――火に油をそそぐような、ユニウスセブンの攻防を記録した映像。
 プラント側の誠意を無視するがごとく、被災民を扇動するブルーコスモスと、大西洋連邦を中心とした国々の不穏な動き……なにからなにまで、とにかく腹立たしい。
 普段なら、自分の気性を熟知している同僚が、なんやかんや宥めてくれるのだが――今は、その相棒がイラつきの一因になっている始末で、もはやストレスの晴らしようがない。

 ジュール隊の副官、ディアッカ・エルスマンは絶不調だった。
 注意力散漫、挙動不審と……傍目にも明らかであれば、隊長権限で強制的に休みを取らせるのだが。
 そんな状態でも仕事だけはキッチリこなしやがるうえ、皮肉っぽいポーカーフェイスと浅黒い肌が目くらましになり、その憔悴ぶりに気づく者は少ない。
 色恋沙汰に疎いイザークとて、不調の原因は察しがついていた。
 “想い人” の安否が気になって仕方ないんだろう――地球全土へ降りそそいだ隕石の弊害で、彼女がキャスターを務めていたニュース番組は未だ映らない。だが、いくら面詰しても、
『俺の調子が悪い? どこが〜?』
 へらへら笑って痩せ我慢などする態度が、何事にも白黒はっきりつけたい気質であるイザークには我慢ならないのだった。
 それはまあ相談されたところで、衛星放送を映すことも電波状態を改善してやることも出来ない。ましてや、この事後処理で多忙を極めているときに、有能な副官を地球へ送り出すわけにもいかないのだが、
(……キツイなら、せめて疲れたという顔をすればいいものを)
 部下を引っ張っていくだけならともかく、他人に気を遣ったりまとめたりという行為は、正直苦手だ。そのあたりをフォローしてくれていたディアッカが、あのザマでは、隊長としても友人としても気が気ではない。

「隊長。地球各国から、再三、取材申込が来ていますが――」

 デスクに突っ伏していると、遠慮がちなシホの声が降ってきた。
 ディアッカほどではないにせよ長い付き合いである、彼女の前では、さほど肩肘張らずにいられる。
「プラントとしての声明は、議長が発表されただろう」
 イザークは、だれた姿勢のまま応じた。
「ぺらぺら喋るのは不得手だ。それに俺個人の発言が、妙なふうに使われてはたまらん」
「それは、そうですが……大西洋連邦寄りの地区はともかく、中立国のいくつかだけでも応じられては? 沈黙を続ければ、またあることないこと書き立てられかねません」
 気乗りしないが、シホの懸念も尤もだ。
 破砕任務の責任者としては、他に “ボルテール” と “ルソー” の艦長がいるが――現場に出ていない彼らは、インタビューなど申し込まれても答えようがあるまい。
「…………」
 うんざりした気分で受け取ったリストを見るともなしに眺めていた、イザークはある一点で目を留めた。
 スカンジナビアのTV局名――そこに併記された、申込者のサインは、

【 Miriallia Haww 】

(そうだ。TV局でどうのこうのと、ディアッカが……)
 なんでも彼女がカメラを携え、テロ現場を取材していたとかで――あのバカは、軍の機材を私用で使った挙句、その場で壮絶な口喧嘩をやらかして見世物状態になり、
『…………また振られた』
 貴様は誰だ、しかも “また” とはなんだと突っ込みたくなるほど、へたれた情けない顔でへこんでいたのは二週間ほど前だったか。
 あの “大災害” 以降、PCメールの送受信はおろか衛星通信も不能になっていたはずだが――復旧したのか?
「シホ!」
 イザークは、椅子を蹴たて立ち上がった。
「はっ?」
「オペレーター室に、今すぐここに繋げと――いや、それよりディアッカを呼んできてくれ! どこで何をしていようが構わん、隊長命令だと言って引きずって来いッ」
「は、はい!」
 こちらの剣幕に押されたらしく、シホは理由も聞かずに飛び出していった。

 イザークは、オペレーター室の内線番号を押し、半ば祈るような気持ちで。
「No.28の会社からの通信を、直でこっちに回してくれ!」
 あのバカをどうにかしてくれるかもしれない相手との、唯一の連絡線が繋がる時を、待った。

 そうして接続表示を確認するなり、叫んだ。
「ミリアリア!?」
「ひゃあ?」
 うわずった悲鳴から数秒遅れ、モニターに映し出された人物は、ぽかんとした表情でつぶやく。
「………イザーク……さん?」
「あっ、ああ。すまん、驚かせて」
 なぜ俺はこう、いつもいつも開口一番ぶしつけに、相手かまわず大声を出してしまうんだろうか。
「いえ、お久しぶりです」
 しどろもどろな謝罪に、柔らかい挨拶で返されて、ようやくイザークは肩の力を抜くことが出来た。
「そうだな。一年半ぶり――か?」
「ええ。去年の三月、パーティー会場でお会いして以来ですよね」
 よくよく考えてみれば、こんなふうにミリアリアと一対一で話をするのは初めてだった。

 前大戦の終局に、大破した “バスター” をアークエンジェルに曳航した際、着艦指示をくれたオペレーターが、彼女で。
 停戦後、約二ヶ月間。
 身の振り方が決定するまでL4 “メンデル” に停泊していた三隻同盟と、プラントの連絡役として行き来していたときに、何度か顔を合わせたものの――ミリアリアの傍には、必ずと言っていいほどディアッカが纏わりついていた。
 動物に例えるなら “豹” だと評されていた、元クルーゼ隊のエリートパイロットを見て、イザークの脳裏には “忠犬” という単語しか浮かばなかった。
 愛玩動物の類ではなく、警察犬を連想したあたり……まだ救いがあるような、ないような。
 ともあれユニウス条約締結直後のプラントで、非公式に催されたパーティーに出席していた彼女と、他愛ない会話をしたのが最後。
 以降は、PCメールなどに一喜一憂しているディアッカの言葉の端から、近況を知っていたに過ぎない。

「……傷、治ったんですね」
「ん?」
 ああ、あの裂傷か? そういえば当時は、まだ残していたんだったな――
「必要ないからな、もう」
 医者に頼めばいつでも消せた傷痕、たぎる屈辱を、必ず “ストライク” と “足つき” を墜とすという誓いに変え……だが、その決意はほどなく揺らいだ。
 仇と見なした相手は敵と言えぬ存在になり、仲間だった奴らを裏切り者と呼ばなければならなくなった。撃った人間と、己が気づかず撃ったものを知り――終戦を迎え。
 複雑だった感情にケリをつけるため、顔の傷は消すことにした。

 そのあたりの経緯を、まあ情報源は明らかだが――だいたい把握しているんだろう。ミリアリアは、ふわっと嬉しそうに微笑む。

「良かったです。あれ……見てたら、痛そうだったから」
 やはり、普通に笑うじゃないか。
 イザークは、彼女に会うたび首をひねりたくなる。
 ちっとも笑わない、すぐに怒ると、ぶつくさ年がら年じゅうディアッカは嘆いているが。こうして自分と接している限り――ミリアリアは朗らかで礼儀正しく、それでいて物怖じしない性格の女性だ。どこをひっくり返しても、無愛想などという評価が出てくるはずもない。
 それなのに、俺より遥かに社交的で弁舌達者なディアッカが、毎回なにをどうして想い人の機嫌を損ねているんだ?
 まあ、振られど振られどしつこくアプローチしてくる男を相手にしては、彼女も素っ気なくならざるを得ないのかもしれないが。

「あれっ? でも、イザークさんって……オペレーター室に勤務されているんですか?」
 メモを片手に、ミリアリアは 「かけ間違い?」 と小首をかしげた。
「いっ、いや、俺は現場だ。軍への取材申込社リストに、君の名前を見つけてな――少し話せればと思ったんだが」
 元気そうに見えても無傷だったとは限らない。イザークは、あらためて訊ねた。
「それで、その……無事なんだな? 君は」
「だいじょうぶです。ありがとうございます、心配してくださって」
 彼女は、こくりと肯いた。
「他の、イザークさんが知っている人たちも、みんな無事ですから」
「――そうか」
 だからといって、地球の何千万という人々が被災した現実は変わらないが。
 彼女の笑顔にホッとさせられたのも、事実だった。



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同姓同名って、まずいないでしょうね。ミリィは。
ディアッカの名前も、かなり珍しいですけど。国籍不明な感じで……。