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■ ジャンクション 〔2〕


 なんとなく、和やかなムードに包まれていたところ。ミリアリアは思い出したように言った。

「あ、そうだ。あいつ怪我とかしてません?」
 彼女がこんな、ぞんざいな呼び方をする相手は一人しか知らない。
「ユニウスセブンで。ジン部隊の攻撃、ちょっと掠っていたみたいに見えたんですけど」
「……どういう意味だ?」
 警戒心が、さっと頭をもたげた。
 なぜ、そんなことが判る? まさか工作隊の名簿や搭乗機名まで流出しているのか?
「ええっと、例の “ゲリラ放送” に映っていた――グリーンの、ビーム砲を装備してる機体の動きが、バスターに似ていた気がして」
 あっさりと続けられた言葉に、イザークは息を呑んだ。
「出撃してなかったんなら、いいんです。変なこと訊いてごめんなさい」
「いや……」
 たいした観察眼だ。
 確かにモビルスーツの動きには、多少なりともパイロットの癖が表れるが、素人目に判別可能なほどではない――彼女がCIC管制官として、ディアッカの戦いを見ていた期間はせいぜい三ヶ月そこらだろうに。
「君が言うとおり、あれは奴の機体だ」
 本人が考えているよりは気に掛けてもらえているんじゃないか?
 それなら話は早いかもしれない、と思ったのだが、
「戦闘で負傷はしなかったが……ただ、君が無事でいるかと心配していた。良ければ少し、顔を見せてやってほしいんだが」
「それは、ちょっと。仕事中ですから」
 反応は芳しくなかった。それどころか錯覚だろうか、体感温度が5℃ほど下がった気がする。
「そ、そうか」

 怒らせてはマズイ。通信を切られては、もっと困る。イザークの直感はギリギリで地雷を避けた。

「ところで、君の用件は、破砕活動の責任者への取材だったな?」
「はい。艦長さんか、隊長さんの話を聞きたいんですけど。まだ繋がるには時間かかりますよね? 休憩時間なんかは避けた方がいいでしょうし――」
 もうすぐお昼だし、いったん切った方がいいかなと、腕時計を見つめ自己完結しかけている。
「いや、隊長は俺なんだが」
「え?」
「だから艦長ではなく、隊長へのインタビューで良ければ……俺が話を聞くが」
 きょとんと顔を上げた彼女は、一拍置いて、
「えええぇえっ!?」
 元よりつぶらな瞳を、まん丸に見開いた。
「た、た、隊長? この、ジュール隊って――ああっ、イザークさんの苗字!」
 手元の資料をとっかえひっかえ、あたふたしている。それはまあ自分でも、これが天職だなどとは考えていないが、
「……そんなに意外か?」
「そ、そうじゃないんです! すみませんっ」
 ミリアリアは、真っ赤になって頭を振った。
「ただ、あの、責任者って――私たちには、どうしても、おじさんかおじいさんってイメージが強くて」
 ナチュラルの組織は、年功序列。コーディネイター社会は実力主義。
 属する世界が形成した価値観の差異。
 ふとした瞬間に露呈する “それ” は、前大戦の根源でもあり、
「人望あるんですね、イザークさん」
 時と相手によっては、狭く閉ざされた空間から、光差す場所へ誘われたような驚きをもたらす。
「人望?」
 屈託なく向けられた賛辞に、イザークは戸惑った。
 能力や実績を褒め称える言葉なら、これまで飽きるほど聞かされてきた……が、短気でプライドも高い、彼自身の人間性を認めてくれる者は少ない。
 そのことを知ってか知らずか微笑したミリアリアは、ごく当たり前のように断言する。
「だって。信頼されていないと、人は付いて来ないでしょう」
「そうか?」
 部下たちが、指示に従ってよく働いてくれるのは確かだ。
 しかし、それがイザーク本人を慕ってのことかと問われると、そこまで自信はない。他人の感情は、唯一、己の意志でどうこう出来る事柄ではないからだ――それでも、
「そう在りたいものだがな……まだまだだ、俺も」
 知らず、口元が緩んだ。
 自分でも滑稽に思うほど、面映い気分だった。


 取材は、つつがなく終わった。


「どうも、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ参考になった。まだ通信環境はガタガタで、地上の様子が判らない部分も多かったからな」
 彼女の師が評価しているという、公平な観点で記事を書いてくれそうな新聞社やTV局をいくつか教えてもらい、膨大なリストから選ぶ手間も省けた。
 大西洋連邦の動向については、ミリアリアも警戒しているようで、
「連合は、ますます軍需産業に資金を注ぎ込んでいるらしくて、この先どういった暴挙に出るか分かりません――少しでも、被災者のプラントに対する誤解が解ければいいんですけど」
「ああ。こちらも最善を尽くすつもりだ」
 一応は同胞である者たちの行動を、是としない彼女を前に、二年前に掴み得た概念がいっそう明確さを増した。
 俺たちが戦うべき相手は “ナチュラル” ではない。
 
 深刻な話もしたが、それでもすっかり穏やかな気分で通話を終えようとした、イザークは、はてと首をかしげた。
 なにか忘れているような?
(あー……)
 そうだ、ディアッカを待っているのだった。
 対面は断られたし、無事で元気そうだったと伝えてやればいいんだろうが、直に顔を見られるに越したことはない。
 それにしてもシホに呼びに行かせてから、かれこれ三十分は過ぎている――こんなときに、どこで何をしているんだ? あの馬鹿は。
「ミリアリア。君は、これから先もずっと、今のTV局で働くのか?」
 それなら後日でも連絡は取れるだろうと、イザークが問えば、
「え? う〜ん、予定は未定……というか」
 彼女は、通信を切ろうとする手は止めてくれたものの、
「私は、あくまで助手ですから。フリーカメラマンの師匠が活動拠点を移すと決めれば、それについていくだけなんですよね」
 今日の夕方には、ヘリで被災地の取材に向かい。その後に関しては決まっていないという。
「そうか――」
 これ以上は、引き止めようがないと諦めかけたときだった。

「…………ミリ……アリア……?」

 気の抜けた声が、聞こえた。
 ディアッカだ。狐につままれたような顔をして、入り口に突っ立っている――なんとか間に合ったらしい。
 とばっちりで走り回らされたシホは、その背後でゼイゼイと息を切らしていた。
(やれやれ、無駄足は踏ませずに済んだか)
 これで通信を切られようが、また振られようが、後のことなど知らん。イザークは、サッと壁際に退避して双方の出方を窺う。
 ふらりと一歩、モニターに向かって踏み出した男を、
 
「……ちょっと、ディアッカ! なによ、その顔は!?」
 彼女は、みるみるうちに顔つきを険しくして叱りつけた。
「顔色悪いし、やつれてるし――目の下、隈まで出来てるじゃない! ろくに寝てないでしょ!?」
 後はもう、がみがみがみがみ。
 自己管理が云々かんぬんいう説教が、五分ばかり続いた。
 おとなしく怒鳴られるままになっている同僚に、なんとか呼吸を整えたシホが、あからさまな奇異の目を向けている。
 ディアッカは、ただ呆然とミリアリアを見つめていたが、
「は……ははっ、あはははは!」
 唐突に、腹を抱えて笑いだした。
「なにがおかしいのよ!」
「いや、ごめんごめん。ただ、なんか――生きてんだな――って感じが」
 笑い過ぎか、それとも別の理由か。その場にへたり込み、ぼそぼそと震える声で弁明する。
「はぁ?」
「……無事で良かった」
 第三者から見れば、こっ恥ずかしいとしか言いようのない空気が、いつの間にか室内に充満していた。
「なぁ。もう、戦場行くのもカメラマンやるのも反対しないからさ」
 ここ数日、撒き散らしていた刺々しさなど欠片もない口調で、ディアッカは言う。
「その代わり、危なくなったら俺を呼べよな。モビルスーツでも戦艦でもぶん取って、そっちに駆けつけるから」
「あ、あんたに助けてもらうことなんか、ないわよっ! ところ構わずそういうこと言うの、やめなさいよね!」
 完全に惚けている男に対し、ミリアリアは常識人だった。
「あー、だけど……」
 ぴしゃりとはねつけた後で、思い出したように、そっぽを向いて付け加える。
「前に、あんたが教えてくれた応急手当とか、護身術とかは――現場で助かってるわ。アリガト」
 ディアッカは、まじまじと彼女を見つめ、
「……そっか」
 次いで、くしゃくしゃに顔を綻ばせた。
 その様は、親に褒められた幼児というか、飼い主に撫でてもらえた犬というか――とにかくもう色々と末期だった。
「だからっ、あんたは、そっちで自分の仕事をしてなさい!」
 朱に染まった頬を隠すように、顔をしかめ。
「また開戦なんて、まっぴらだわ」
「そうだな……」
 同意する男にちらっと視線を向けた、ミリアリアは、なにを見たやら首筋まで赤くなった。
「も、もう切るから! あんた、イザークさんの部下なんでしょ? 不健康な生活して、迷惑かけたら承知しないからね!」
「は〜い」
 ふざけた調子で応じるディアッカを無視して、
「それじゃ、イザークさん。ありがとうございました」
 シホに対してまで、お騒がせしましたと律儀に頭を下げた、彼女の姿はモニターの向こうに消えた。

「……イザーク」

 もう、なにも映していない画面を、しばらく眺めていたディアッカは、
「俺、仕事行ってくっから」
 ひょいと立ち上がり、出口に向かって歩きだす。
「ああ、せいぜい身を粉にして働け」
 なにやら余韻に浸っているようなので、締りのない顔については言及しないことにした。
「それから……彼女は、気づいていたぞ」
 喜ばせてやる義理はないが、教えておけば、当分こいつの辛気臭い姿は見ずにすむだろう。
「“ガナー” を駆っていたパイロットが、おまえだと――映像記録を見ただけで、バスターの動き方にそっくりだと、ピンと来たらしい」
 ミリアリアが聞いていたなら、余計なことは言わないでと咎められそうだが。
「怪我は無かったかと、心配していた」
「……へっ?」
 バッと振り向いた副官は、信じられないというようにイザークを凝視し――やがて、ゆっくりと破顔した。
 憑き物が落ちたとしか言いようがない、満ち足りた表情だった。

×××××


「隊長……」

 浮かれきった同僚の遠ざかっていく背中を、シホは、珍獣でも見るような目で眺めていた。
「なんですか、今のは」
 ディアッカが視界から消えたところで、なんとも言えない気分のまま、壁際に佇むイザークへ問いかける。
「ああ。彼女が、奴の私生活が “更生” された理由だ」
 敬愛する上司は、肩の荷がひとつ下りたというような涼しげな表情で答えた。

 ディアッカ・エルスマンが、まだ “赤” を纏っていた頃――群がる女をとっかえひっかえ、斜に構えた皮肉屋を気取り、訓練にも全力を尽くすことなく、とにかく扱いにくい男だったとは聞き及んでいる。
 同じ隊で働くようになったのが戦後からであるシホには、多少おちゃらけた嫌いが有るものの、冷静沈着で有能な人物と映っていたが。

「隊長も、その……ああいう女性が好きなのですか?」
 モニターに映っていた少女が、ディアッカにとって、どういう存在かは説明されずとも見当がついた。
 デカイ図体の、来年には20歳になろうという男が叱られて嬉しそうにしている様は、微笑ましいというより珍妙だったけれど。
 それよりなにより意外だったのは、イザークが、彼女の言動を認めているように感じたことだ。
「? まあ、そうだな。じめじめ鬱陶しいよりは、他人に依存せず、強気なほうがいいだろう」
 同年代の少女を、あんな優しげに見つめる姿。
 この場に、ファンクラブを自称する集団が居合わせたなら、悲鳴とブーイングの嵐が起きていただろう。
「それに彼女は、俺には出来ないことを、いとも簡単にやってのける時点で――敬意に値する」
 ミーハーに騒ぐ女兵士たちを、反面教師と定めているシホだが、
「…………」
 イザークの言いように、なんとなく疎外感を覚えてしまい、黙り込む。
 あの、ミリアリアという少女――ザフトの人間でないことは確かだ。見覚えがない。どこで彼らと知り合ったんだろうと、うつむき考え込んでいると、

「……シホ。おまえ、もしかして」

 イザークが、つかつかと近づいてきた。
「えっ」
 至近距離で顔をのぞき込まれ、そのうえ頬に手を添えられて、シホは固まった。
「た、た、隊長?」
 なんなのだ、この状況は!?
 そ、そういえばさっき、なにか誤解を招きかねない質問をしたような――いや。それは勿論、隊長に嫌われるよりは好かれていたいが、あくまで彼は私の上司であって!
 でも、中性的な美貌の持ち主だと思っていたけれど……手は大きいし骨ばっているし、やはり男の人なんだな。
 ぐるぐる錯乱していると、今度はその手がひたいに触れた。
「少し、熱いな――具合が悪いのか?」
 気遣わしげな問い掛けとともに、感じていた温度が離れ、ようやくシホは金縛り状態から解放された。
「…………は?」
「顔も赤いし、風邪かもしれん。ここ数日、ディアッカが不調だったぶん、おまえに皺寄せがいっていただろうからな」
 イザークは眉を寄せ、大真面目に言う。
「確かに根性無しは嫌いだが。俺は別に、少し弱音を吐かれたくらいで幻滅などせんぞ」
 おまえは、いつも充分すぎるほど良くやってくれているからな。
 なんなら早退するか?
 必要であれば、明日も休暇を――また息が詰まりそうな距離で、あれこれ提案してくる上司を前に、
「あ、あの」
 心配されて嬉しいのか情けないのかあやふやなままに、シホの思考はオーバーヒートした。

「か、かかか、顔! 洗ってきますッ」

 舌を噛みそうな勢いで叫び、脱兎のごとく逃げ出した部下を、ぽかんと見送りながら、
「……なんなんだ?」
 まだまだ他者の情緒に疎い朴念仁、イザーク・ジュールは首をひねった。

 今は十月。季節は秋。
 どこもかしこも、春の訪れは、まだ当分先になりそうである――



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イザシホ。絵的に好きな組み合わせです。熱血でマジメな隊長に、冷静でマジメな部下シホさんが無意識に好意を寄せていて――イザークは、その手のことには疎く、異性として意識したことすら無いと良い。