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■ 驕れる牙 〔2〕


 厳戒態勢は、しばらく前から敷かれていた。
 対話に応じぬ大西洋連邦。付随する月基地の動向が、プラントにまで伝わってきていたからだ。

 防衛ラインを築くため、ジュール隊を含むモビルスーツ群は、空母 “ゴンドワナ” に召集された。
 この配備が、連中への牽制になり。睨み合いが続いている間に、評議会がなんとか連合側を説き伏せてくれれば、という望みも空しく――情勢は膠着するどころか、一気に動いた。

【 先の警告どおり 地球連合各国は 本日午前零時を以って プラントを 武力行使により排除する 】

 まるでナチュラルの総意であるかのように、突きつけられた宣戦布告。
 大多数の人々は、コーディネイターに対する感情に差異こそあれ、戦争など望んではいないはずだ。
 被災地で求められているのは、なによりもまず救援物資だと、ミリアリアも取材中に話していたという――まともな感性を持つ者なら誰だってそうだろう。
 我が子を徴兵され、住み慣れた街を焼かれるのは。
 命令だけしておいて高みの見物を決め込む官僚どもではなく、ささやかな日常を送っている一般市民だ。
『また開戦なんて、まっぴらだわ』
 ほとんどのナチュラルは、彼女と同じことを思っているだろうに。

 ディスプレイに映し出された、問答無用で押し寄せてくる連合艦隊。パイロットに出撃命令を告げるアナウンス。
「結局は、こうなるのかよ……やっぱり!」
 “スラッシュ” に乗り込みながら、イザークが悔しげに毒づいた。
「こちら、シエラ・アンタレスワン。ジュール隊、イザーク・ジュール、出るぞ!」
 カタパルトから次々と射出される僚機。
 張り詰めた緊迫感は、過去の大戦――ヤキン・ドゥーエの攻防を彷彿とさせた。


『 “ジェネシス” と核と、戦いながらどっちも防げったってさぁ!』
 あのとき。
 課せられた目的の途方も無さに。恐怖心を紛らわすため、ぐだぐだと出撃前にぼやいていた自分に、
『……じゃ、やめれば?』
 怒ったように、ぶつりと通信を切ってしまったミリアリアは、
『あ、おいっ!』
『ウソよ。ごめん――』
 それでも再びモニターに姿を現し、言ってくれた。
『…………気をつけて』
 しょせん気休めに過ぎない言葉を、ああまではっきり “嬉しい” と感じたことは無かったように思う。


 当時とは、属する組織も立場も異なり。
 かつて心のオアシスだった管制オペレーターが、なんの因果か、華も潤いもない年嵩の男であろうと。
 こうしてコックピットにおさまり、思い返される言葉はいつだって――祈るように囁かれた、彼女の。

 ラクス・クラインや、バルトフェルドのように。
 オーブに亡命してしまえば、傍にいられると……一度も考えなかったといえば嘘になるけれど。
『あんたは、そっちで自分の仕事をしてなさい!』
 ミリアリアは他者に寄りかからず、己の足で立とうとしていた。出会った頃から、ずっと。
 ならば、そうさせてやりたいと思った。
 いつか彼女に必要としてもらえる日が来るまでは、故郷に留まりすべきことを成す。そして今――俺の仕事は、連合の攻撃からプラントを守り抜くことだ。
 あいつも今頃、開戦を知って蒼白になっているだろう。数日前に話をしたばかりだが、これを切り抜けたらメールでも送ろうか。

「ジュール隊、ディアッカ・エルスマン。ザク、発進する!」

 そうするにも、生きて戻らなきゃな。
 ひそやかな決意を胸に、ディアッカは、敵艦隊を迎撃すべく “ガナー” の起動シークエンスを完了させた。


×××××


 本社に、文字どおり飛んで戻ったミリアリアたちは。
 連合の核ミサイルが、迎撃に出たザフト軍の “ニュートロンスタンピーダー”なる兵器により、誘爆させられたこと。
 プラントへ攻め込んだ艦隊は、自ら抱えていた “核” に呑まれて全滅したことを、知った。

 どうにも寝つけず、明け方まで仕事をしていたら、コダックに見つかって寮に追い戻された。
 ベッドに入る前、ふと思いついてPCを開くとメールが届いていた。

【 とりあえず、俺もイザークも無事だよ。開戦、止められなくてごめんな 】

 ちょっと泣きたくなった。
 責任が無いことまで、いちいち謝るなんて……やっぱりバカだ、あいつは。


 あれから数日が経ち。返り討ちにされた大西洋連邦は、中立を守ろうとする国々に同盟条約の締結を迫っている。
 対象には、ミリアリアの祖国オーブも含まれていた。
 この情勢下で反戦を貫くことは至難だろうが、代表首長を務めるカガリの心は、折れないと思う――アスラン・ザラが、傍で支えている限り。
(……それにしたって)
 自分たちが独断で吹っ掛けた戦いで、惨敗したからと他国に参戦を強要するとは。
 おそらくまた裏で糸を引いているんだろう、ブルーコスモスの新盟主ロード・ジブリールは、先代よりずっとタチが悪そうだ。あのディスクに、フレイたちと映っていた――アズラエルの言動には、まだ幾ばくか信念らしきものが感じられた。
 プラントの情報はなかなか伝わってこないが、連合の暴挙に激怒しているであろうことは想像に難くない。
 確認するまでもなく、先行きは真っ暗だった。

 自分たちの仕事は堤防を築くようなものだと、コダックは言う。
 氾濫した川の水に、押し流されていく方向を変えようと足掻いても……大抵の濁流は堤防をあっさり越え、すべてを飲み込んでしまう。
 その繰り返しに耐えられず職務を放棄するなら、ジャーナリストを名乗る資格はないと。

 それでも、どうしようもなく気が滅入るとき。
 考えてもどうにもならないことで、悩んでしまうとき。
 ミリアリアは、手頃なヒモ付きの袋に枕を入れただけの、即席サンドバッグと格闘することにしている。

 思い切り身体を動かし、くたくたに疲れて眠ってしまえば。
 ぐっすり寝て起きれば少しは気が軽くなっているものだと、アークエンジェルにいた頃に学んだからだ――



 二年前。
 L4メンデルでの攻防から、一ヶ月ほど過ぎた頃。

 脱走艦アークエンジェルの粛清に現れた “ドミニオン” 艦長は、かつての同僚、ナタル・バジルールで。
 ディアッカは裏切り者と詰られ、イザークに拳銃を突きつけられた。
 ラウ・ル・クルーゼの狂気と、実父の罪を知り、脇腹を負傷したフラガ。
 己の出自を知らされ動揺するキラの手は、脱出用ポッドに閉じ込められたフレイには届かず。
 ディアッカとアスランの、かつての母艦 “ヴェサリウス” を……三隻同盟は、沈めた。
 
 頼りのパイロットたちは、憔悴していて。
 宙域を離脱したまではいいが、目的地も定まらぬまま、クライン派のルートで補給を受けつつ虚空を漂い続けるだけの日々。
 先が見えない閉塞感によるストレス、長らく戦闘が起こらなかったため、緊張が緩んでいた側面もあるだろう。

 ある日、消灯時刻を過ぎて。
 のどが渇いたなと食堂へ向かう途中、ふっと背後に人の気配がゆらめき――違和感に振り返る間もなく、乱暴に腕を捻られた、ミリアリアは廊下に引き倒されていた。
「痛ッ……!」
「騒ぐな、大声を出したら殺す」
 暗がりにギラついた両眼と、黒光りする刃物を視認したときにはもう、反射的に悲鳴を上げていた。
 暴れたらナイフが掠ってどうこう、などと考える判断力も吹っ飛んでいた。
「キャアアァアッ!?」
 錯乱した頭でも、相手の害意は嫌というほど理解できたからだ。

 襲撃者から逃れようと無我夢中でもがいて――不意に、圧し掛かっていた重さが消えたことに気づく。

 廊下にこだまする、罵声と怒号。
「……?」
 のろのろと身を起こすと、どこからどうして現れたのかディアッカがいて。突き出されたナイフを軽々かわし、よろけた相手の背に、強烈な肘鉄を食らわせたところだった。
 鈍い音が響き、ひっくり返って動かなくなった男は、技術兵の制服を着ていた。あまり接点が無かったため、ミリアリアには覚えのない――ひどく痩せこけた顔。
 苦々しげに舌打ちして、倒した男を見下ろすと、ディアッカはこちらに駆け寄ってきた。
「おい、無事か? 怪我は!?」
 声を掛けられて初めて、助かったと。助けられたんだという認識が、回転の鈍った頭に浸透して。
「…………う」
 恐怖の残滓と、安堵がごちゃ混ぜになった涙が、ぽろぽろ溢れて止まらない。
「ひ、っく――ふぇ――」
 堰を切ったように泣きだしたミリアリアを前にして、ディアッカはしばらく固まっていた。
「も、もう大丈夫だから、な? おい、泣くなって……!」
 おたおたと助けを求めて周りを見渡すが、いるのは白目を剥いて気絶した技術兵だけである。

「…………よしよし。怖かったな」

 結局、ぎこちない手つきで、ミリアリアの髪を撫でた。
 手の感触が、あたたかくて。少し余裕を取り戻した心が、泣いていたらディアッカが困ると、片隅で思うけれど――ここ三ヶ月、泣かないように気を張り詰めていた反動か、押さえが利かなかった。

 ミリアリアが落ち着くのを待ち、ディアッカは、まずフラガを叩き起こしに行った。
 マリュー、サイ、ノイマンたちも、なんだ何事だと目を覚ましてきて、例の技術兵は、心神耗弱による発狂という名目で独房に放り込まれた。

 どうしてあんな時間に、あの場に現れたのか問うと、ディアッカは苦笑しつつ答えた。
「整備、終わらせて帰ろうとしたら――おまえが使ってる士官室のドア開きっぱなしになってたからさ」
 ちょっとドリンクを取って戻るだけだからと、そのままにして出てきたのだ。
「いくらなんでも無用心だろ? 中はもぬけの殻だし、シャワー室は備え付けがあるんだから食堂だろうなって」
 そういや俺も、のど渇いたし〜と思ってさ。
 よどみない説明に、そのときは疑いもせず納得した。

「護身術、教えてやろうか?」

 翌日、ディアッカは提案してきた。
「おまえら、まともな軍事訓練受けてないんだろ? こう言っちゃなんだけど、娯楽の少ない組織内部で、ストレス発散に弱いモノいたぶるって珍しいことじゃないぜ」
 ……要するに、ミリアリアが非力な小娘だから標的にされたというわけだ。ラミアス艦長も女性だが、軍人としてのキャリアが違う。指摘されれば認めざるを得ず、なぜかサイが、
「そうだな、頼むよ」
 まずは休憩時間に20分くらい、とかなんとかノリ気でいるから、一緒に手ほどきを受けることにした。
 ほぼ毎日、汗だくになるまで身体を動かして。
 鍛錬というより、体育の授業を思い出して――ちょっと懐かしくなった。
 カレッジの体育祭で、サイはかなり活躍していたし、ミリアリアもそこそこ運動神経は良い方だったというのに。二人まとめて相手しながら、ディアッカは涼しい顔をしている。
 ナチュラルとコーディネイターの違いを見せつけられたようで、悔しくはあったが、今更それでどうこういう事柄でもない。むしろ、スポーツドリンクを飲んで休憩している間に、士官学校時代の訓練内容を聞いて、あまりの過酷さに絶句させられた。
 地道な努力をしてきたんだ、こいつも……そんな素振り、ちっとも見せないくせに。

 護身術を習うようになって、五日目。

 一時期の不眠症が嘘のように、熟睡できるようになったと気づいて、礼を言うと、
「頭ばっか使うのは良くないからな、医学的にも」
 ディアッカは、見越していたようにニヤリと笑った。ザフト軍人は医療まで学ぶのかと問えば、
「だって俺、医者の息子だし?」
 意外すぎる応えに、間髪入れず訊き返してしまった。
「……冗談でしょ?」
 なにしろ医者に対する固定観念といえば、まず白衣。それからインテリ。銀縁眼鏡。博識etc――父親の職業がそれだというディアッカの外見は、どっからどー見ても金髪地黒のお軽いサーファー。イメージが結びつかないこと甚だしい。
 疑惑の眼を向けるミリアリアに、
「あ、信用してないだろ? 言っとくけど、応急手当なんかベテランの域だぞ。定番の病気なら診察もできるしな。医師免許は無いけど」
「応急手当?」
「ああ。そこいらの新米ドクターより、よっぽど手際いいと思うぜ」
 護身術と、応急医療。
 どちらも使わずに済めば、それに越したことはないけれど。
 覚えておけば、誰かが戦闘で怪我して戻ってきたときに――ほんの少しでも、役に立てるかもしれない。
「興味あるんなら、教えてやろうか?」
「……習う」
 ミリアリアの思考を、読み取ったわけでもあるまいが。
「OK」
 やけに嬉しそうに目元を細めた、ディアッカは、以降も極力こちらのシフトに合わせ休憩時間を割いてくれた。


 当時、把握していなかった事実は、戦後になって知った。

 あの技術兵は、嬲り殺すためではなく――まあ要するに、思春期以降の男ならば誰もが抱える、どーしょーもない生理的な欲望の捌け口として、自分を狙ったのだと。
 尋常でない目つきと、距離を保ちつつミリアリアを付け回している男の不審さに、真っ先に気づいたディアッカが、ラミアス艦長に直談判して。
 セキュリティなど皆無に等しい大部屋から、元はナタルが使っていた鍵付きの士官室へ移動させ。サイやフラガにも相談して、ひとりで行動させないよう交代でガードすることにした。
 それで相手が断念してくれれば、と考えていたが……ミリアリア本人の無用心さが仇となり、技術兵は凶行に及んだ。
 あの場に駆けつけた、本当の理由も。
 仕事かなにかを口実に誘い出されたのではと懸念したからで、艦内を探し回っていたら悲鳴が聞こえた、という経緯だったらしい。
 ――そうして、艦長たちと男の処分について協議。
 『犯されかけた』 より 『殺されかけた』 ことにした方が、まだ精神的なダメージは少ないだろうという結論に至り。
 アスハの別邸で、マードックとチャンドラの会話を立ち聞きしてしまうまで、ミリアリアは真相を知らずにいたわけだ。

 柱の陰に隠れて、出るに出られず、ちょっとマードックたちを逆恨みしたくなった。
 こんな話……あいつがイイ奴で、あの告白も本気なんだと立証するようなものではないか。



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アークエンジェルに、女性はマリューさんとミリアリアのみ。軍人として訓練してる艦長に比べれば、こういった輩の標的になりやすいのはミリィでしょうね……嫌だあ。