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■ 二人のラクス


「どーぞ、好きなだけ暴れろ。壊す予定のモンばかりだからな、ここは」
 倉庫裏の、廃棄物置き場にて。
「ラクス嬢は――」
 人間湯沸かし器ことイザーク・ジュールは、久方ぶりに爆発した。
「彼女は! 政府の応援演説などせんし、あんな破廉恥な格好も、しないぃーっ!!」
 手前に転がっていたばかりに目を付けられた、憐れなベニヤ机は、ものの見事に真っ二つにされた。
 ……合掌。
「なにを考えておられるんだ、議長は!?」
 続いて、べこべこと小型のドラム缶がつぶれていく。プレス機にかける手間が省けてエコロジカルなことだ。
「ラクスの影響力は、半端な政治家より強いからな」
「分かっている! 実際あの演説で、市民は落ち着きを取り戻して――」

 開戦から一夜が明けた、今日。
 戦後、メディアから姿を消していた “歌姫” が、再びスクリーンに現れたのだ。
〔わたくしはラクス・クラインです。皆さん、どうかお気持ちを静めて、わたくしの話を聞いてください〕
 一瞬、本物かと思った。
 緊迫した情勢下、戦火の拡大を防ぐため地球から飛んできたのかと。
〔ユニウスセブンのこと。また、そこから派生した……昨日の地球連合からの宣戦布告、攻撃は、じつに悲しい出来事です。再び突然に核を撃たれ、驚き憤る気持ちは、わたくしも皆さんと同じです〕
 だが、それにしてはタイミングが早すぎた。
 いくら彼女を迎えるためでも、あんな騒ぎの直後にシャトルが入港できるはずがない。
〔ですが、どうか皆さん――今は、お気持ちを静めてください。怒りに駆られ、思いを叫べば、それはまた新たなる戦いを呼ぶものとなります〕
 声や容姿は瓜二つ、訴えている内容もマトモだが。
〔最高評議会は、最悪の事態を避けるべく、今も懸命な努力を続けています。ですから、どうか皆さん……常に平和を愛し、今また、より良き道を模索しようとしている皆さんの代表、最高評議会とデュランダル議長を、どうか信じて〕
 ラクス本人をある程度、踏み込んで知る人間ならば疑問を抱いたろう。
 あの独特な信念を持つ少女は、平和を語るときに “誰かを信じろ” などとは言わない。

「だが、あの衣装は! 本物のイメージを尊重する気があるのか!?」
 加えて、イザークのような筋金入りファンには、また違った憤りがあるらしい。
「お色気アイドル、って感じだよなぁ……隠れ巨乳だ〜って喜んでたヤツ、かなりいるぜぇ? 男って悲しい生き物だよなー」
「ぼ、ぼぼぼ、冒涜だああぁー!!」
 どがらがっしゃーん。
 騒音とともに鉄屑の山が崩れ落ちる。
 それでも人前でキレて暴れだす前に、外へ連れ出せたことは進歩だった。
(なんだかんだで、こいつも落ち着いてきてんだな〜。昔は、とばっちりで部屋の片付けしてたもんな〜。備品の交換申請するのも、なんでか俺だったしな〜)
 友人の微妙な成長具合に、ディアッカは、保護者じみた感慨を抱く。
「だいたいっ! ラクス嬢は、このことを知っているのか? 今は、オーブに隠遁しているはずだろう」
 ぜーぜーと息を切らせながら、イザークは自問するように呟いた。
「さあねぇ? 平和のため、ってコトなら、いちいち目くじら立てないかもしんないけど」
 了承済とも考えられるが――事前チェックが入ったなら、情勢を鑑み演説内容には妥協しても、違和感だらけの衣装に対して難色を示したろう。
 急な開戦だったからと、事後承諾で済ますつもりか? 評議会は。

 だが、あの偽ラクス。
 すべてコンピューターで合成した虚像と仮定した場合――民衆が、歌姫による慰問活動を望んで騒ぎだした場合、面倒な展開になることは想像に難くない。
 今から大急ぎで本物を迎え入れようにも、いつどちら側から再攻撃が始まるかも定かでない宙域を、うろつくなど自殺行為だからだ。
 行きも帰りも運良く地球連合に見つからず、ラクスをオーブから連れ出せる可能性など無きに等しい。
 プラントの艦なりモビルスーツが武装していれば即攻撃対象だろうし、民間のシャトルを用い非武装で動いても立ち入り調査は避けられず、ラクスが乗っているとバレた時点で蜂の巣だろう。なにせ前大戦では三隻同盟の象徴だったんだ。
 ……だったら、まだ替え玉である可能性の方が高いか。
 評議会と議長を信じろと言った当の本人が、地球の中立国在住では説得力も皆無――少なくとも、連合とのゴタゴタが落ち着くまでは、あの “ラクス様” がプロパガンダを担うはず。
 市民感情として、プラントの歌姫は当然プラントに居なくてはならない。この不穏な時期に、ああして姿を見せた以上、かつてのように表舞台で活動を始めなくては不自然なのだ。
 すると容姿は整形か?
 元の顔立ちがそこそこ近かったとしても、短時間で終わる手術ではない。
 それに、さすがに声はごまかしが効かない――となると酷似した声の人間を探して、少なくとも数日前から “ラクス・クライン” を準備しておいた計算になる。
(……なんの為に、だ?)
 連合軍が仕掛けてくると見越して?
 だが、クライン派のアイリーン・カナーバを継いだ、現議長ギルバート・デュランダルが、三隻同盟クルーの亡命先を把握していないとは考えにくい。いつボロが出るか分からない偽者など用意せずとも、市民に非戦を語りかける映像くらい、ラクス本人に連絡して事情を話せば送ってもらえるはず。
 実現するか否かは別として、ちょうど地球にいたと――大西洋連邦に、プラント側の使者として赴き話をするからとでも言ってもらえば、市民もすんなり納得したろうに。

×××××


 ディアッカは、ギルバート・デュランダルを信用していない。
 これといった理由がある訳ではないが、気に食わない……強いて言えば “同類嫌悪” というヤツだろう。

 初顔合わせは、戦後、プラントへ戻り軍事裁判にかけられたときだった。
 臨時最高評議会は、穏健派が主流を占めていたため、銃殺刑は免れるだろうと事前に言われていたが――それでも相当の処分が科せられると覚悟していた。
 ……ところが壇上に立ち、あのキツネ目の男は語った。

『大人たちの都合で始めた戦争に、若者を送って死なせ。そこで誤ったのを罪と言って、今また彼らを処分してしまっては、いったい誰がプラントの明日を担うというのです? 辛い経験をした彼らにこそ、私は、平和な未来を築いてもらいたい』

 良識的な大人の発言。イザークたちに関しては、それでいいだろう。
 だがディアッカは、彼らと立場が異なる。
 一度は釈放されたものを、己の意志で “アークエンジェル” に留まり――仕方なくとはいえ戦乱の最中、ザフト機を無数に沈めてきた。
 一般兵への降格だけで復隊しては、他の連中に対する示しがつくまい。

 相応の処分をと食い下がるディアッカに、デュランダルは取り合わず、意見する他の議員をもやんわりと撥ねつけてしまった。
『将来有望な若者を、くだらないことで煩わせたくはないのだよ。その能力を生かして、ザフトのために戦うことが償いだと思ってくれたまえ』
 いかにも柔和で、物分り良さそうな口調。
 だが、表情と裏腹に欠片も笑っていない、ヒトを値踏みするような目つきが癇に障った。
(…………こいつは)
 陰でどんな謀略を巡らせていようと、涼しい顔して周囲を煙に巻けるタイプだ。俺と同じように――赤の他人がどうなろうと、なんとも思わない類の人間だろう。

 主観で抱いた反感は、数日後、あきらかな悪印象に変わった。

 脱走兵の復隊をほぼ無条件に許しておきながら、デュランダルは、ただ軍の命令に従っていただけの数十人を除隊させたのだ。なにも処罰したという訳ではないが、
『君には、他に活躍すべき舞台があるだろう。軍に身を置いていては、せっかくの才能が持ち腐れになってしまう』
 とかなんとか弁舌巧みに説得して、本人たちに除隊を申請させたのである。
 対象となった連中は実際に、各方面における優れた才能を持っていたから、的外れな勧めでもない。だが、
『こっちの希望は無視、って感じなんだよな。あいつ……そりゃ、オレは数学者に向いてるだろうよ。親父たちが、そういうふうに遺伝子いじったんだから』
 そうして故郷フェブラリウスへ帰ることになった、ディアッカの幼なじみは、
『けど、なんだってオレの人生まで指図されなきゃなんないんだ? これからも――いいや、戦争が終わったからこそ軍人としてプラントを守りたかったのに――親まで呼んで説得されちゃあな』
 不承不承という顔つきで、ザフトを去っていった。
 第三者からしてみれば、デュランダルの配慮は “余計なお世話” でしかない。
 昨夜の攻防、結末にしても。

〔やつらは、核を持っている! 一基たりともプラントを撃たせるな!〕

 パイロットの質はザフトが上、だが連合軍は圧倒的に数で勝る。しかも、こっちには後がない。
 指令を耳にした瞬間、心臓が凍るかと思った。相手にしていた敵軍が囮だと、悟ったときには手遅れだったのだ……その時点で把握していた戦力では。

 射程距離の核ミサイル、すべて誘爆させて連合軍を一掃した閃光―― “ニュートロンスタンピーダー” という名は、帰投してから知った。
 迎撃に出たモビルスーツ隊、アレを止めろと必死で叫んだオペレーターたちも誰ひとり、あんな奥の手が用意されているとは知らなかったようだ。
 まず驚き、そしてプラントが無事だったことに安堵する……素直な人間の思考は、そこまでだろう。
 だが生憎ディアッカは、自他ともに認めるひねくれ者である。
 それは勿論、極秘裏に開発される兵器もあるだろうが。
(一般兵の俺はともかく――指揮官級のイザークまで報されてなかったのは、どういう訳だ?)
 タイミングを外せば、核ミサイルを止めようと敵艦隊に向かっていた僚機が巻き添えを食らっていただろう。そうなる前に発射したと言い返されれば、それまでだが。

(まあ、いいけどな……)

 ジェネシス紛いの兵器や、ラクスの替え玉も、確かに連合を牽制して戦火の拡大を防ぐ手段になるだろう。
 平和路線を貫いているうちは、どこの誰が議長を務めようと大差ない。ディアッカが、ザフトに戻った最大の目的は、指導者を内部から “監視” することにあるのだから。

 全権を委ねて安穏とすることなく、自分たちコーディネイターの優秀さを過信せず――そうして、いつかまた暴走した権力者が、ナチュラル殲滅などと言い出そうものなら、そのときは。

(……俺が、撃つさ)

 かつてパトリック・ザラの暴挙を阻止した、レイ・ユウキのように。



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ディアイザが、この時点で気づいたかどうかは不明ですが。知人だけでも気づいてくれなきゃ、あまりにラクスが不憫でしょう! しかも、コンサートとか別人化したノリでも、誰も疑わないどころかノリノリだし……(汗)