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■ 父の呪縛


「イザーク?」
 政府御用達ホテルの、一室で。
「キッ……サマぁ……! いったい、これはどーいうことだ!?」
 点目になっている “オーブ特使” の姿を確認するなり、イザークは、そいつの胸倉に掴みかかった。
「ち、ちょっと待て。おい!」
 問答無用の勢いにタジタジとなっていた “アレックス・ディノ” は、ややあって、どうにか自分のペースを取り戻したようだ。
「なんだって言うんだ、いきなり!?」
 押し返されたイザークが、憤然としている相手の鼻先に、びしっと指を突きつける。
「それはこっちの台詞だ、アスラン!」
 偽名、まったく活用されず。
 まあ、誰だそりゃって感じの名前なんぞ、こっちも端から呼ぶ気は無かったが。
「俺たちは今むちゃくちゃ忙しいってのに、評議会に呼び出されて、なにかと思って来てみれば貴様の護衛監視だとぉ!?」
「え?」
「なんっで、この俺が! そんな仕事のために前線から呼び戻されなきゃならん!?」
「護衛、監視?」
 なおも怒鳴り散らすイザークに、ぽかんと訊き返すアスラン。こいつらに任せていたら、五分で済む話にも一時間かかってしまう。
 とばっちりを食うのが面倒で、入り口で足を止めていたディアッカは――やれやれと思いつつ部屋に入った。
「外出を希望してんだろ? おまえ」
「ディアッカ……」
 一方的な口論を遮ってやると、元同僚は、頼むから説明してくれと言わんばかりに困惑しきった眼差しを向けてきた。
「おひさし」
 ユニウスセブンで出くわしたものの、直に会うのは約二年ぶり。
 だが、男にくれてやる愛想は持ち合わせていない。ディアッカは、テキトーな挨拶をして、手短に用件だけ述べる。
「けどまあ、こんな時期だから? いくら友好国の人間でも、勝手にプラント内をうろうろは出来ないだろ」
「あっ、ああ。それは聞いている――誰か同行者がつく、とは」
 ますます、ぽっかーんと間の抜けた顔で。
「でも、それが……おまえ?」
「そうだッ!」
 噛み付きそうな語調で肯定する、イザークをまじまじと眺め、アスランは笑みを堪える素振りをみせた。
 おおかた、変わってないな〜こいつ、とでも思っているんだろう。

「ま、事情を知ってる “誰か” が仕組んだってことだよなァ――」
 並んでエレベーターを降りたところで、ディアッカは肩をすくめた。イザークは仏頂面でだんまりを決め込み、アスランは、感慨深げに苦笑している。
 再会は、デュランダルの差し金だろう。
 そうでなければ、わざわざこんな情勢下で、ひとつの隊を率いる責任者を呼びつけたりするまい。
 “アレックス・ディノ” と自分たちの間柄を把握している人間は、評議会の中でも少数……だが、気を利かせたつもりか?
 あの議長――どうでもいい他人の心情に、いちいち配慮するタイプとは考えにくいんだが。

「それで? どこに行きたいんだよ」

 車に乗り込みながら問えば、まだ不貞腐れていたイザークが、ぎゃんぎゃん喚いた。
「これで買い物とか言ったら、俺は許さんからな!」
「そんなんじゃないよ」
 ぎろっと一瞥されたアスランは、静かに首を横へ振った。
「ただ、ちょっと……ニコルたちの墓に……」
 予想外の “行き先” に、イザークも、複雑な面持ちで押し黙る。

「あまり来られないからな、プラントには。だから――行っておきたいと思っただけなんだ」


 見渡すかぎり、墓石の群れ。
 そこへ刻まれた無数の名。
 緑なす芝生に覆われた、ザフトの共同墓地は広大で。それだけ兵士が死んだということだ……プラントの歴史が始まってから、先の大戦が終わるまでに。

 ニコル・アマルフィ
 ミゲル・アイマン
 ラスティ・マッケンジー

 クルーゼ隊に所属していた、仲間の墓碑に花を供えた。
 だが三人とも、ここに眠ってはいない。遠く離れた地球で戦死した、彼らの遺体は回収することが出来なかったからだ。
 それでもヒトが、こうして形に残そうとする理由は――感傷か、罪悪感か。

「積極的自衛権の行使……やはり、ザフトも動くのか」
 鬱屈とした表情のアスランに、
「仕方なかろう。核ミサイルまで撃たれて、それで何もしないというわけにはいかん」
 やや硬い口調で、イザークが答える。
「第一波攻撃のときも迎撃に出たけどな、俺たちは。ヤツら、間違いなく――あれでプラントを壊滅させる気だったと思うぜ」
 ディアッカも、端的に事実を言い添えた。
  “ニュートロンスタンピーダー” が無ければ、プラントは一基残らず、核ミサイルに潰されていただろう。
 アスランの眼が、また暗く翳る。
「……で? 貴様は」
 落ちた沈黙を破り、イザークは訊いた。
「え?」
「なにをやっているんだ、こんなところで!」
 確かに、墓参りが悪いとはいわないが、今はそういう私情に時間を費やしている場合ではないだろう。特使として訪れ、議長との会談も終わったなら――外出なんぞ希望してないで、とっととカガリ・ユラの元へ戻るべきだ。
 ミリアリアの祖国であるオーブもまた、大西洋連邦の圧力を受け、難しい立場に追いやられていると聞く。
「…………」
 なぜか気まずげに視線を逸らすアスランに、イザークは畳み掛けた。
「オーブは、どう動く!?」
「まだ、わからない……」
 おまえ、本当に地球でなにやってたんだ?
 ディアッカは少々呆れた。イザークの癇癪は多少治まりつつあるが、アスランの口下手は変わらないようだ。
 こいつの性格からして、南の島で遊び呆けていたとは思えない。
 父親の後を継いだカガリを手伝って、働き詰めの毎日だったろうに――こんなふうに口ごもり顔を背けていては、誰にも伝わるまい。曖昧な返答が苦渋ゆえだと察せるのは、あくまで自分たちが旧知の仲だからだ。

「……戻って来い、アスラン!」

 うつむいて目を合わそうとしない、かつて “ライバル” と呼んだ男を、
「事情はいろいろあるだろうが、俺がなんとかしてやる――だから、プラントへ戻って来い。おまえは」
 苛立たしげに睨み据え、イザークは言った。
「いや、しかし……」
 アスランは、ようやく相手の視線を正面から受け止めたが、なおも言葉を濁す。
「俺だって、こいつだって。本当ならとっくに死んだはずの身だ」
 イザークは、ちらとディアッカを見やり。終始ケンカ腰だった声のトーンを落とした。


 ヘリオポリスに始まり、“足つき” を追撃していた三ヶ月。
 JOSH-A、オノゴロ、そしてヤキン・ドゥーエ――あの過程で、いつ誰が死んだとしても、なんら不思議はなかった。

 そうして迎えた、終戦後の軍事裁判で。
 イザークは、捕虜フレイ・アルスターに糾弾されたという、避難民のシャトル撃墜を自己申告した。
 ディアッカ自身ついては言わずもがな。数年間の投獄は免れないと思っていた。

「だが……デュランダル議長は、こう言った」

 大人たちの都合で始めた戦争に若者を送って死なせ、そこで誤ったのを罪と言って、今また彼らを処分してしまっては、いったい誰が “プラント” の明日を担うというのです? 辛い経験をした彼らにこそ、私は、平和な未来を築いてもらいたい――

「だから俺は、今も軍服を着ている」

 イザークは議長を信頼している。穏健派のみならず、好戦派をも上手くまとめあげる手腕に加え、
“ディアッカの罪状を咎めず、復隊に尽力してくれた”
 という事実が最たる理由だ。
 まさか庇われた本人が、デュランダルを毛嫌いしているなどとは夢にも思っていないだろう。真面目かつ素直で不器用な、この友人は、他者の善意を疑うほどひねくれていないのだ。
 わざわざ話して怒らせるのは得策でないため、ディアッカも、そんな評価を表に出しはしないが。

「それしか出来ることもないが――それでもなにか出来るだろう。プラントや、死んでいった仲間たちのために」
 頑ななまでに真っ直ぐに、心情を吐露するイザークを、
「…………」
 アスランは、眩しいものでも目にしたような、複雑な面持ちで見つめる。その煮え切らない態度に、ますます我慢ならなくなったらしい。
「だから、おまえも何かしろ! それほどの力、ただ無駄にする気か!?」
 叱咤するイザークの声には、懇願にも似た響きがあった。
 仮にもライバルと認めた相手が、こんな情けないツラで――なにを訊いても歯切れの悪い返事しか寄越さないようでは、追う側としては堪らないだろう。
 なんだかんだ言いながら、相手の活躍を望んでいるわけだ。こいつは。
 ザフトで “赤” を纏っていた頃のように、嫌味なくらい涼しい顔をして、自分の遥か上を行けと。

「イザーク……」

 ダークグリーンの双眸は揺らいだように見えたが、結局それきり、なにも言おうとしなかった。

×××××


 墓参りからホテルへ戻り、イザークとともに、宛がわれた部屋にチェック・インして。
「夕飯くらい、一緒に食べるか?」
 三人連れ立って、近隣のレストランを覗いてみたところ、
「……空しくなるから、止そう」
 どこもかしこもカップルと家族連れだらけだったため、それぞれ勝手にすることにした。

 ここぞとばかりに酒など飲んで、久々の解放感に酔いしれ自動ドアをくぐると――しんと静まり返ったロビーの片隅に、名ばかりの “護衛監視対象” が座っていた。

「よっ、風呂あがり?」
「ディアッカ……」
 そろそろ日付も変わろうかという時刻。
 薄暗い空間、ソファの片隅で、ひとり鬱々と沈み込んでいる姿は、
「だったら、もーちょいサッパリした顔してろよなぁ。傍から見たら、外で雨に降られてきましたって感じだぞ」
 苦笑しつつ、斜向かいに腰を下ろす。ひとつ訊いておきたいことがあったのだ。

「ところで、おまえ――実際オーブでなにしてんの?」
 イザークと同じ質問をすると、性懲りもなく目を背けやがったので、
「昼間の、アレさ。なにしてんだって訊かれて目ぇ逸らしたんじゃ、毎日だらだら遊んでますって言ってるようなモンだぜ」
「遊んでいるわけじゃない!」
 わざと小馬鹿にしてみた途端、いきり立って反駁してきたが、
「ただ、オーブにいても……出来ることが無いんだ」
 その勢いもすぐに萎え、アスランは、冴えない顔をうつむけボソボソと愚痴りだす。
「ああ?」
「俺は、閣議に出ることさえ叶わない。開戦も止められなかった――せいぜい、政務に奔走するカガリの身辺警護をするくらいだ」
「はぁん……」
 なんだか知らんが、贅沢な悩みだ。
「理想を掲げるお姫サマを、身体張って守ってます、じゃダメなわけ?」
 つーか、そのために亡命したんじゃないのかよ。ザラの名前も捨てた“ 一般人” が政治参加できるとでも思ってたのか? アスハ代表の独裁国家じゃあるまいし。
「俺だったら、好きなコが望んでくれりゃ、なに放り出してでも傍にいるけどねぇ」
「……あ……いや」
 アスランは、もごもごと言葉尻を噛んだ。
「それに意味が無いとは、言わないが――俺じゃなくても出来ることだろう。代表首長のボディーガードは」
 おいおいおい。
 カガリ・ユラとしちゃ心外なんじゃねえの、今の台詞? おまえのことが好きで一緒にいたくて、白兵戦の腕前も信頼してるから、警護を任せてるんじゃないのかよ。
(けどまあ、ミリアリアだったら……)

“私の心配はしなくていいの! あんたには、他にやることあるでしょ?”

 とか言いそうだ。
 アークエンジェルにいた頃、なにか手を貸そうとするたび、そんなふうに突っぱねられたものだった。ひょっとして、アスハ代表もそのクチか?
「じゃ訊くけど。おまえじゃないと出来ないことって、なに?」
「わからない、けど――」
 数秒ためらい、アスランは重い口を開いた。
「……ユニウスセブンで、連中の一人が……言ったんだ」
 話したのか、あの犯人グループと。
「彼ら、遺族で。撃たれた者たちの嘆きを忘れて、なぜ、撃った者たちと偽りの世界で笑うんだ――貴様らは」
 喉に痞えた歪なものを、まとめて吐き出すような口調だった。
「我らコーディネイターにとって、パトリック・ザラのとった道こそが唯一、正しいものだったんだ、って」
 その話は本部まで伝わっていた。
 ミネルバの専属パイロットが、テロリストとの交戦中、似たようなことを言われたらしい。
「そんで? やっぱり親父さんが正しかった、とでも思ったワケ?」
「違う!! ……けど、俺の所為なんだ! ユニウスセブンが落とされたことが開戦の引き金であのとき俺が父を止められなかったからこんな被害が出てまた」
「あのなぁ」
 ディアッカは、うんざり嘆息する。せっかくの、ほろ酔い気分が台無しだった。
「どーして、そう後ろ向きなわけ? おまえは」
 そーいや元から、こういう気質の男だっけか。こいつ。
「ザラ議長を止めらんなかったのは、俺たちプラント市民みんな同じで、連、帯、責、任! だいたい落下事件の犯人は、親父さんとは、まったくの別人だろーが。ごっちゃにしてんじゃねーよ」
「しかし!」
 放っておけば一晩中でもぼやき続けそうな勢いだ。
「おまえ、二年前―― “足つき” 探してオーブに潜入したときのこと、覚えてる?」
 生憎こっちは、男の愚痴に徹夜で付き合うシュミはない。
「え?」
「戦時中だってのに、あの国はのどかでさぁ。イザークが怒ってたろ? “ここはシャングリラか何かか!” って」
「あ、ああ」
 アスランの当惑に構わず、ディアッカは自分のペースで話を進める。
「そしたら、ニコルの奴が言ったよな? “ここだけでも楽園なら、それは良いことじゃないですか” 」
「…………」
「 “あんなモノを作っておいて、自分たちだけのうのうとしてるなんて!” って、怒鳴り散らしたイザークに――ニコルは、なんて返した?」
 これで答えられなきゃ、蹴りでも入れてやろうかと思ったが、

「幸せそうな人たちに、よその国の苦しみを被れと言うのは……勝手な意見の、押しつけだ」

「ご名答」
 きっちり記憶に残っていたようだ。
「おまえが連中と、どういう会話したかは知らねーけど。あいつらがやったのは、そういうことだろ?」
 直接対決して袂を分かったとはいえ、やはり父親――パトリック・ザラの名を出されると痛いわけか。それで、いちいち責任を感じているあたりが、いかにもコイツらしい。
(結局、最後まで、まともに話は出来なかったらしいしな)
 だからって今になって悩むなよと思ってしまうあたり、やはり俺は薄情者のようだ……が。
「責任取りたいってんなら、なおさら、こんなところでボケッとしてないでオーブに戻って仕事しろよ。議長との会談結果、報告しなきゃなんだろ?」
 ビジネスホテルの片隅で、思案に暮れていても仕方ないだろう。
「お姫サン、待ってんだろ?」
「…………」
 肯くかと思いきや、また沈鬱な表情で黙り込む。まあ、どこでどうしようがコイツの勝手だし、こっちも言いたいことは言わせてもらった。
「どーでもいいけど、さっさと寝ろよ」
 動こうとしない男の肩を叩き、ディアッカは、欠伸を噛みながらエレベーターに乗り込んだ。



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わざわざこの二人を呼び戻して、護衛監視?に行かせたあたり、元同僚に刺激されればアスランがザフトに戻る気になると見越しての人選だったのかなー? それが議長の狙いだったなら、見事に成功した訳ですが。