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■ 穏やかな日に 〔2〕



「あいつが “FAITH” だぁ!?」

【 アスラン・ザラ復隊 & ザフトレッドに返り咲き & 最新鋭モビルスーツ “セイバー”受領 】
 三連の爆弾ニュースは、朝イチに届いた。

「ああ。既にミネルバに合流するため、基地を発ったそうだ」
「そりゃまた随分と……」
 至れり尽くせり、気前のいい話である。
 任命者は案の定、ギルバート・デュランダル。議長権限の特例――いや、もう乱用の域か? アスランとなにを話したかは知らないが、
「まあ、腕は確かだし? 特務隊に配属されてた時期もある奴だからな」
 Xナンバーの流れを継ぐ機体は、パイロットを選ぶ。
 あれから二年が過ぎ、良くも悪くもほとぼりが冷めた頃合いだ。裏切り者が復隊した “前例” なら、とっくの昔にここに居るわけで、先日は “歌姫” も復帰した。本人が望めば、それくらい簡単にやってのけるだろう……とはいえ、
「上層部は反対しなかったわけ?」
「やっかみと困惑が八割方といったところだ」
 残り二割が “嬉しい” 一色なのは、おまえだけだろうなと、ディアッカは思った。

「しかし。確かに俺は、戻って来いと言ったが――」

 椅子にふんぞり返ったイザークは、腕組みして考え込む。
「あいつは特使として来ていたはずだろう。オーブへ戻らず復隊するなど、アスハ代表は了承したのか……?」
 俺に訊いたって判るわけないだろ。
 とか、そういうツッコミは、ジュール隊の平和のためには厳禁である。
「そこまで無責任な性格じゃないだろ、アスランは。さすがに連絡ぐらい入れてると思うぜ」
 衛星通信は復旧しているし、それこそ議長に頼めばどうとでもなるだろう。二年間世話になっていたアスハ家に、挨拶も無く、そんな決断をするほうがおかしい。
「あの国、こないだ大西洋連邦と条約締結して、滞在中の “ミネルバ” を切り捨てたろ? おおかた宰相あたりに押し切られたんだろーが――いまオーブへ戻るとアスランの立場も危ないからって、プラントに残るよう勧めたんじゃねえ? お姫サンが」
 常識的に考えれば、それが一番ありそうな線だ。
「そうか、そうだな」
 イザークは納得したようで、会議から持ち帰った書類と睨み合い始めた。

(悩み抜いた結論が、エリートコースに復帰とはなぁ)
 いずれは知られてしまうだろうが。
 “彼女” の反応を想像すると、その場には居合わせたくないなと、ソファに寝転がりつつ天井を仰ぐ。

 カガリ・ユラから離れ、“トールを殺したザフト兵” だった頃と、同じ立場に戻った男を見たら――はたしてミリアリアは、なんと言うだろう?

×××××


 前大戦時、なんの因果か “足つき” の一員になり、宇宙へ上がって増えた懸念事項。
 それは己の今後や戦局の行く末ではなく――ミリアリアが、恋人の仇と鉢合わせる可能性だった。

 彼女は職務柄、まずアークエンジェルから動かないが。
 アスランは、会議や整備のために “クサナギ” を含む三隻を行き来するから、普段は “エターナル” にいるといえど油断禁物である。
 オノゴロでは “トール” を殺した本人を前に、泣きながらも理性を保ってみせた少女だ。糾弾するだの襲い掛かるだのといった事態は考えにくい。
 だが、代わりに……また隠れて一人で泣くんだろう。あの意地っ張りは。

 煙たがられようが怒鳴られようが、ひとりで放っておいてなんざやるものか。

 持て余すほど衝動的な、想いの本質を自覚もせぬうちから。
 特にアスランが、オーブの姫君とやけに親しげだと気づいてからは――とにかく時間が許す限りミリアリアに纏わりついていたが。さすがに仕事を放り出してまで張りつくわけにもいかず。
 ある日 “バスター” のメンテナンスを終え、彼女を探し歩いていたディアッカは、
(…………はい?)
 休憩室で談笑している、栗毛、黒髪、金髪の三人組を見つけて、目を剥いた。
 ミリアリアとアスラン、さらにはカガリ・ユラ・アスハという、なにより接触を危惧していた顔ぶれが。ドリンクのカップを手に、テーブルを囲んで座っている――いたって和やかな雰囲気で。
 なんだ、こりゃ!?
 お姫サマが、なにも知らずに声を掛け、残りの二人は死ぬほど気まずいティータイムを過ごしている……という様子でもない。アスランは、遠慮がちながら彼女に微笑を向けているし、ミリアリアは困っているふうでもなく普通に楽しそうだ。
 呆然と突っ立っていると、まずアスランがこっちに気づいた。

「ディアッカ? どうしたんだ」
「なに、あんたも休憩?」
 続けて、やはりなんでもない態度で振り返る彼女に、ディアッカはますます混乱した。
「あ? あ、ば、バスターのメンテ、終わったから――」
「そうなのか。お疲れっ」
 どこまで解っているのか、いないのか。にかっと笑い、ばんばんテーブルを叩いて、
「じゃ、おまえもこっち来て座れ!」
 手招くカガリの表情は、仮にも姫だろ、それでいーのかとツッコミたくなるほど無邪気であけっぴろげだった。
「……おう」
 断る理由も無いので、ディアッカは、ちゃっかりミリアリアの横をキープした。
 どういう経緯でこの状況が発生したかを問うタイミングは訪れず。元からの話題だったらしい “ハロ” と “トリィ” にまつわるエピソード、さらにはアスランの機械オタクっぷりをネタに盛り上がり――30分ほど、そうしていただろうか。

 シフトの交代時刻を告げる音楽が、スピーカーから流れだし、座談会はお開きになった。

 じゃあな〜とモビルスーツデッキへ引き返していく、カガリと連れだって、アスランが視界から消えたところで。
「……なぁ。おまえ、平気なわけ? あれ」
「は?」
 我慢ならなくなって訊ねると、ブリッジに戻ろうとしていた彼女は、立ち止まって小首をかしげた。
「いやその。あいつら、なんつーか――」
 あまり追及すべき話題ではなかったと、言い出した後になって気づき、ディアッカは語尾をぼそぼそ濁す。

 父親と話をつけるべく、いったんプラントへ戻っていたアスランが “エターナル” に拾われ帰還してから――なぜかラクス嬢はキラと、アスランはオーブの姫君と “そういう雰囲気” になりつつある。ほどほどに勘の鋭い人間なら、嫌でも分かるといった感じだ。

「あんたって……ほんっとーに、余計なこと気にするのね」
 質問の意図を察したらしく、ミリアリアは、呆れたように眉をひそめる。
「余計って、ムカつくだろ普通!?」
 カレシを殺した男が、近くで女とベタベタしていれば。ナチュラルとコーディネイターといえど、そのあたりの感覚まで違わないはずだろう?
「悪かったわね、おかしくて」
 彼女は、ますます不快そうに顔をしかめた。なんとか険悪ムードを脱すべく、ディアッカは懸命に言葉を探す。
「いや、だから、そーじゃなくてさ……」
 こっちとしては、ただ心配しているんだが。それが相手に伝わらなければ意味もない。

 どうやら俺の言動は、ヒトの神経を逆撫でしやすいらしい――ここへ来て初めて自覚したことだった。
 しかし捻じくれた性格は、矯正しようにもまったく思いどおりにならない。
 要らぬことを口走り、望まぬ彼女の怒りを買って。
 謝るか弁解していると、向こうが嘆息して 『もういいわよ』 と流すか、たまに通りすがりのサイがとりなしてくれる――オーブを脱出してからというもの、その繰り返しだ。
 プラントでは “社交家” と評されていたが、ひとたび小細工が通用しない連中を前にしたら、このザマだ。自分がボキャブラリーの足りない人間だなどと、これまで考えたことすらなかったんだが。
 口の悪い元敵兵を、面倒がりながらも無視せずいてくれるあたり、彼女も大概お人好しである。

「……平気、って訳じゃないわよ」

 今日もまた、はあっと息を吐いて、ミリアリアは律儀に答えた。
「あのヒト憎んでもしょうがないって――頭で解ってたって、キレイに割り切れるほど出来た人間じゃないもの。私は」
 浅葱の瞳に影が差し、ディアッカは、ぎくりと緊張する。
「他に誰か一緒ならともかく、彼と二人ではいたくないし話すこともないわ。キラたちには悪いけど……たぶん、これからもずっと、あの人に対してのわだかまりは消せないから」
 当然のことだ、訊くまでもないじゃないか。
 それでも彼女が、艦内に波風立てないよう努めているなら、他になにを強いる必要がある? わざわざ傷口を突いてどうするんだ。
 自己嫌悪の渦に巻かれたディアッカだが、
「でもね。カガリと一緒にいるときのアスランは、なんとなく――見ててホッとするのよ」
 つぶやくミリアリアの横顔をうかがった途端、やるせない想いは、完全に逆方向へひん曲がった。
「……優しそう」
 じゃれあう仔犬でも眺めているような、ふわりとした表情。
 俺の前じゃ、つんけん怒ってばっかりいるくせして (この際、元凶が誰なのかは置いといて)、なんだって、よりにもよってアスランのことで、そんな嬉しそうにするんだ?

「へーえ、寛大なこって。俺だったら顔も見たくないけどね、惚れた相手を殺したヤツなんざ」

 おもしろくなかった。
 腹立たしさを押さえきれず、軽い口はこういうときにばかりペラペラと滑る。どうせ後悔すると解ってるんだから言わなきゃいいのに、阿呆か、俺は?
「わざわざ顔を見たいとは、思わないわよ」
 またぞろ、どっぷり沈み込んでいると、苦笑混じりの答えが返ってきた。
「ただね、トールとカガリ――ちょっと似てるから」
「え?」
 激怒されたかと思いきや、彼女は、ただ肩を竦めているだけだった。
「無鉄砲なところとか、裏表なくて嘘つけないとことか……トールは、あんなふうに熱血じゃなくて……風みたいだったけど」
 淡々と、少し切なげな口調で言う。
「だからトールが生きてたら、あの人とも仲良くなったんだろうな、って」
 さっきとは別種の焦燥が、ディアッカの心臓をじりじり焼いた。死者に対して抱いたところで、どうしようもない類の感情だろうに。
「カガリと一緒にいて。ザフトの軍人じゃない、アスラン・ザラ個人となら――ちゃんと向き合えるかもしれないと思って。話しかけてみたら、けっこう面白かったわ」
 いたずらっぽい調子で、感想など報告してみせる彼女には、毒気の欠片もない。
「神経、図太いよなぁ……おまえ。心配して損したぜ」

 どっと疲れた。

 こっちは散々、アスランとの接触を防いでやろうと駆けずり回っていたのに。当の本人が、あっさり気持ちに折り合いつけて交流を図っていたんなら、取り越し苦労じゃないか。バカバカしい。
(てゆーか――もう少しマシな言い方が出来ないのかよ、俺は)
 なんで心配したってことを伝えるのに、こんないちいち嫌味ったらしい口振りになるんだ?

 がくっと肩を落とすディアッカを見やり、彼女はまた、くすくす微笑んだ。
「先に、あんたがいてくれたからね」
「…………え」
 墓穴に嵌り込んでいた耳に、ミリアリアの言葉が浸透するには、たっぷり十数秒かかった。
「えっ?」
 どうとでも取れる台詞だ。
 以前、医務室で暴れたから、いざ本物と接しても自制が効いたということか?
 それとも、こっちに都合よく考えさせてもらうなら、つまりその。感謝、だとか――どちらにしろ、まさか、そんなことを言われるとは夢にも考えていなかった。
 思いがけず向けられた柔らかい笑顔に、動揺したディアッカが、あわあわと百面相している間に、ミリアリアは 「さー、仕事しなきゃ」 と踵を返して行ってしまったが。


 ……果たして、アスランは覚悟を決めているのか。
 ザフトへ戻るとは、プラントを脅かすものを排除する責務を負うこと。情勢によっては、軍の命令に従って人間を―― “トール” のような者たちを、殺すということだ。

 前大戦のように、銃を向けたくない者と戦わざるを得ない状況に陥ったとき、なにを選び取るかまで考えているんだろうか?

 かつて、ザフトから離反した理由を忘れてしまうほど、頭の悪い男だとは思わないが……このタイミングで復隊を決めたとなると、再会してからずっと見え隠れしていた、思い詰めた表情が気にかかる。
 とはいえ、戦艦ミネルバへの配属が決まり、モビルスーツで地球に降りてしまった相手に、いまさら真意を確かめようもないが――



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トールの件で、ミリアリアがアスランに対してどう思ってるかは想像がつくんですが、逆は正直、見当がつきません。キラの友達 (しかもカレッジの面々の中では一番仲が良かったと思われる) でもあるのになー。職務として撃ち落してきた大勢の地球軍兵士のうちの一人に過ぎないんだとしたら……悲しい。