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■ 桜貝
故郷へ電話して、気分転換出来たのも束の間――その週はずっと、ろくでもないニュースで持ち切りになった。
ユウナ・ロマ・セイランと、カガリ・ユラ・アスハの結婚が確定したという。
勤め先がTV局では聞きたくなくても耳に飛び込んでくるから、溜息の数も増える一方で。
現在、カガリは侍女のマーナさんとまで隔離され、独りきりなんだとサイに聞いた。
国の安全を盾に結婚を了承させられて、セイラン家に押し込められたこと。アスランからは、未だなんの連絡も無いこと。なにより先日、アスハの別邸が、何者かによって一夜のうちに爆破炎上させられて――しかも、それはキラたちが住んでいた家だったこと。
幸い、彼らは無事だったけれど。式の延期など言い出されては困るという、首長たちの勝手な都合で、カガリは、そんな騒ぎがあったことすら教えられていないという。
政府は、別邸への襲撃を、戦艦ミネルバの一件を逆恨みしたプラント側の宣戦布告ではないかと疑い。
逆に、セイラン家の横暴に不満を感じている一派は、ザフトに罪をかぶせて代表の味方を抹殺する策謀ではないかと考えたそうだ。
実際、焼け出された皆がどこかに (自分たちには、だいたい予想がつくものの) 身を隠してしまったことから、サイも、どちらかといえば後者を予想していたらしい。
ところが……モルゲンレーテが、別邸跡地から見つかった金属片を分析したところ、複数のザフト製モビルスーツである可能性が高いと結論付けられたというのだ。
宰相ウナト・エマの取り巻きあたりが研究者を懐柔したんじゃないかと勘繰り、エリカ・シモンズ主任や、カレッジ卒業後、技術者コースで入社したカズイにも確認したけれど――やはり、金属分子の結合状態からすると、プラントで造られた物としか考えられないという。
どちらにせよ、大西洋連邦と手を組んだオーブ政府にとって、コーディネイターであり、アスハ代表と縁があるキラたちは厄介な存在なんだろう。カガリと彼らを遠ざけようとするのは、政略としては当然だけれど。
そうしてカガリは、セイラン親子に捕らえられ。これからずっと、かつての誇りも何もかも失った国で、好きでもない男の妻として生きていくのか?
彼女の想いと未来を犠牲にしても、オーブの安寧など保証されるはずないのに。
ジャーナリストなら現実を受け止めろと、師匠は言うけれど。
(あーあ、憂鬱……)
幸か不幸か、友達絡みの話まで割り切れるほど、大人になれていないのだ。
海でも眺めれば気が晴れるかと思い、午後から休暇をとって遠出してきたものの、たまにすれ違う人影といえば親子連れやカップルばかり。
昼間っから一人でうろついてる女なんて、たぶん誰も気に留めてやしないんだろうけど――風景から浮きまくってる感じは消えなくて、かなり侘しい。
市街地でショッピングとか、図書館で本を読むとか、もっと違う場所に来れば良かった。
(奥まで行けば、ひとりで過ごせるかなぁ……)
肌寒い潮風に吹かれ、とぼとぼ歩いていたミリアリアは。
20メートルほど先の波打ち際に、ちょっと風変わりな二人組を見つけた。
「これじゃねえの、なんか赤っぽいし?」
10代半ばだろうか。可愛らしい顔立ちで、青みがかった銀髪の少年と。
「ピンクじゃねえだろ、そりゃ茶色って言うんだ」
白いジャケット姿に短髪の少年がしゃがみ込んで、ざくざくと砂を掘り返している。
今は潮干狩りの時期ではないし、男の子が海で遊ぶといえば、普通、サーフィンや釣り、せめてビーチバレーとか――だけどやっぱり、わいわい騒ぎながら砂を弄っている。落とし物でもしたんだろうか?
ミリアリアは興味を引かれ、写真を撮っているフリをしながら、カメラの望遠レンズで彼らを観察してみた。
「まだコレの色が近いぜ、連合の女の制服には」
(連合の、制服?)
かつて着ていた、濃いピンクの軍服を思い出す。妙な例え方をする少年の手元には、やや大きめの二枚貝があった。
……ちょっと待って、それピンクじゃなくて紫だから。
「んじゃー、これかぁ?」
いやいや、それもピンクっていうよりオレンジだから。
「そんなデカくてゴツいの欲しがらねーだろ、ステラは」
ステラ?
「アクセサリーだったんだろ? 街ですれ違った女が着けてたヤツが、軍の制服の色に似てたって」
「だってさー、あいつの説明じゃ、さっぱり分かんねーよ。ピンクで小さくてキレイで、つやつやな貝殻?」
うんうん。君たちが持ってるのとは、あきらかに違うわよね。
(――っていうか、女の子にあげるの!?)
聞こえてきた特徴、アクセサリーの材料にもなる点からして、おそらく桜貝のことだろうに。
少年たちは、とりあえずそれっぽいの全部持っていこうぜという結論に達し、赤いアワビっぽい物や黄色に近い巻貝など、どう考えても間違っている貝殻をぽいぽいビニール袋に詰め始めた。
他人事ではある。
……が、どうやら、彼女か友達か分からないが、女の子にプレゼントするつもりらしい。
桜貝を欲しがっていたのに、どこにでも転がっているような貝殻ばかり渡されては、話題の “ステラ” もさぞかしガッカリするだろう。
そうなると、少年たちの労力も報われないわけで。
「ねぇ、あなたたち」
結局、ミリアリアは、彼らに声をかけてみた。
「余計なお世話かもしれないけど――桜貝を探してるんなら、それ違うわよ」
「え?」
訝しげに振り向いた、少年たちの目つきは妙に剣呑で。やはりお節介だったかと後悔しかけたものの、
「……ねーちゃん、心当たりあんの? サクラ貝って?」
キツい眼光で睨まれたのは一瞬だけだった。背が低い方の少年が、くだけた口調で問う。
「ピンクなんだよな? 連合の、女兵士の制服と同じ色?」
「そうね、確かにピンクだけど色合いが違うの――桜みたいな薄紅色の、小さな貝殻よ」
一番わかりやすそうな例を挙げてみたところ、
「なんだよ、サクラって?」
きょとんと訊き返されて、ミリアリアは拍子抜けた。
「見たことないの?」
直に目にしたことがなくても、薔薇やチューリップと同じくらい有名な品種だと思うが。
「……ないよな?」
「ああ」
短髪の少年も肯いた。男の子だから、花の名前など知らないんだろうか?
「う〜ん。あ、ちょっと待ってね」
さすがに実物を調達は出来ないが、取材したユニウスセブン落下被災地に、春の地域があった。確か、そこで撮ったはずだ――ほんの一部だけ破壊を免れた、観光名所の桜並木を。
「あった、これこれ」
撮影地区別に、ファイルに整理しておいた甲斐あり、探し物はすぐ見つかった。
「これが桜っていう樹よ。この花の色と似ているから、桜貝って呼ばれるの」
「へ〜っ」
取り出して見せた写真を、彼らはしげしげと眺めた。
「ステラの奴……ちっとも似てないじゃん、あの制服と。こんな色の、注意して見てなかったぜ、俺」
「ああ、どっちかっつーと白に近いよな」
頷き合う少年たちは、不機嫌そうに顔をしかめてみせたけれど、その目の奥は笑っていた。
「しゃーない。探し直そうぜ、スティング。せっかくここまで来たんだし」
大仰に肩を竦め、紺碧の海原を見やる少年に、
「なぁ、アウル」
双眸を細め、写真を見つめていた “スティング” が、ふっと口元を緩めて言う。
「あいつ、こういうのも好きそうだよな」
「ん?」
「この、サクラとかいう花」
「……そーだな」
たぶん “ステラ” を思い出しているんだろう。同意した “アウル” の表情も優しげで――ミリアリアは、久しぶりに、あたたかいものに触れたような気がした。
「良かったら、この写真あげるわ。貝殻探しの参考に」
思いつきを提案してみると、
「裏に、撮った場所の地名も書いてあるの。いつか、連れて行ってあげたら? そのステラって子」
「いつか、か――」
やけに淡々とした相槌を打たれてしまい、
(……興味なかったかな)
いよいよ要らぬ世話だったかと、かなり気まずく思ったが、
「いいんですか?」
顔を上げた少年は、迷惑がっているようでも怒っているふうでもなく、ただ苦笑していた。
「ええ。ネガがあるから、焼き増し出来るもの」
「くれるって言ってるんだし、もらっちまおーぜ。もしサクラ貝が見つかんなくても、それ見せたら喜びそうじゃん?」
「そうだな」
横から促された彼は、ちょっと怖そうな外見によらず、折り目正しく頭を下げた。
「いただいておきます。ありがとう」
「サンキュー」
もう一方の少年は、友達相手のように気安く礼を言う。
これは違う、それも違うと、また砂を掘り起こし始めた彼らに、手を振り返し――ミリアリアは、幾分すっきりした気持ちで帰路についた。
ディアミリ中心ストーリーとは関係ないけれど、戦場から離れたファントムペイン組の話は書きたかった。原作が終わってから特に、愛着が生まれた初期作品です。TV本編は彼ら (特にスティング)(泣) に冷たかったからなぁ……。