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■ 明日への出航 〔1〕



 澄みわたる晴天。
 ゆっくり車道を走る、パレード・カー。
 左右の街路に群がり紙吹雪や、フラワーシャワーを散らして祝福する国民たち。

 タキシード姿で、余裕の笑みを浮かべ。
 どよめくような歓声に応えている花婿の名は、ユウナ・ロマ・セイラン―― “親の七光り” という皮肉に相応しい、オーブ現宰相の一人息子だ。

 そんな男に嫁ぐ少女は、カガリ・ユラ・アスハ。
 れっきとした意中の男性が他におり、こんな結婚など望むわけがない、ミリアリアの友人である。

「おおーい、そこの女性陣。見たくないなら外に出てればぁ?」
「さっきから、おどろおどろしいんだよね〜……背後」
 TV局内の一室で。
 結婚式の生中継映像を、ぶつくさ言いながら睨みつけている集団に、室長とチーフが呆れ顔を向けた。
「しょーがないでしょ! 気に入らなくたって、記事は書かなきゃなんだからッ」
「だいたい、なんなの? あの紫モミアゲは!」
「最っ悪にイヤラシイですよね、目つきが!」
 同僚のフリーライター、アナウンサー、アシスタントディレクターが、唇を尖らせて突っかかり、
「そうそうナルシーっぽいっていうか、確実に女を馬鹿にしてる感じ?」
「あれで体質が父親似だったら、お終いよね。アスハ代表の旦那が、将来は小太りのハゲ親父って、どうなのよ!?」
「嫌ですーっ、そんなの!!」
 花婿を酷評する受付嬢たちとは、また別視点による不満を抱え、ミリアリアも叫ぶ。

 結婚確定のニュースから十日と経たずして、政府が、式の日取りを発表。準備は着々と進められ――なんの滞りもなく予定どおり、当日を迎えてしまっていた。

 車窓から顔を覗かせ、観衆に手を振り返しているカガリの微笑が、あまりにも寂しげで。
 あんな押し殺した笑い方をする子じゃなかったのに。
 辛そうで、悲しげなのに。どうして、あの場にいる人々は嬉々として、まるで似合わないカップルを祝福してるんだろう? あれが感極まった喜びの笑顔にでも見えてるんだろうか?
(……だけど、私だって)
 平凡な学生のままだったら。なにも知らずに過ごしていたなら。
 今頃あの群集に混じって、お祭り騒ぎに興じていたかもしれない――年若い国家元首の苦渋など思いやりもせずに。

 それでも、どれだけ間違っていると思っても。
 ユウナ・ロマと並び、祭殿へ続く階段を一歩ずつ上がっていくカガリの表情が、今すぐここから逃げ出したいと泣いているように見えたとしても――ミリアリアには、なにも出来ない。
 誰が、どうすれば止められるというのだ? 国を預かる元首の、結婚式を。


〔この婚儀を心より願い、また、永久の愛と忠誠を誓うのならば。ハウメアはそなたたちの願い、聞き届けるであろう……〕

 石造りの祭壇。
 真っ白な衣装を纏う、若い男女の名を呼び、老神官が儀式の言葉を紡ぐ。

〔いま、あらためて問う。互いに誓いし心に偽りは無いか?〕

 はい、と即答した男の隣で、花嫁は押し黙ったまま動かない。当然だ――直情的な心を、義務の二文字で塗り固め立っている彼女は、きっと、なにもかも嫌で嫌で仕方がないんだから。
 もし神様とやらが実在するなら。こういう政略結婚の場合どうするか、是非とも訊いてみたいものだと思った、そのとき。

「…………?」

 粛々と静まり返っていた中継音声に、ぎゃーぎゃー、わーわーと悲鳴が混じりだした。返事を得られず焦らされていた、ユウナ・ロマが不機嫌そうに周囲を睨み、カガリも何事かというように顔を上げる。
 あわただしく走り回る兵士の口から、攻撃だ、避難だと、およそ式場には似つかわしくない単語が飛び交い、警備のため各所に配置されていたM1 “アストレイ” 全機が動きだした。
「なに、なんのトラブル?」
 ミリアリアは眉をひそめ、同僚たちと顔を見合わせた。
 リポーターが、カメラを騒ぎの方角へ向けたらしく、大画面に遠い故郷の海が映る。
 五対の翼を閃かす、鮮やかな青と白の機影。あれは……!?

「――ふ」

 見慣れたモビルスーツの名称を、反射的に叫びそうになり。ミリアリアは、すんでのところで口元を押さえた。職業柄、知られればネタにされるだろう、過去の大戦と自分の関わりは伏せているのだ。
 だが、見紛うはずも無い……あの機体は、

(フリーダム!?)

 巨大な鋼鉄の天使は、瞬時にM1 “アストレイ” の武装を破壊して退け、くるりと青空を旋回すると――驚くほど優雅な動きで、祭殿の手前に舞い降り。
 居合わせた者たちが息を詰めて見守る中、ゆっくりと、たじろぐカガリへ向け両手を伸ばした。

「ちょ、ちょちょちょっと今の見た? 隠れた! 花嫁の後ろに隠れたわよ、あの男っ」
「うわ、逃げた! 女のコを置いて逃げたぁ〜っ!?」
 騒ぎたてる同僚たちの言葉どおり、カガリを盾にして縮こまっていた花婿は、なおも接近するモビルスーツを見て顔をひきつらせ、とうとう全速力で逃げだした。
 じたばた暴れるカガリの身体を、そっと両手で包み込んだ “フリーダム” は、用は済んだとばかりにバーニアを噴かせる。狙ったわけではあるまいが、風圧に煽られたユウナ・ロマが足をもつれさせてベシャリと転び、
「ぷ……」
「きゃはははははは、やっだ最低! カッコ悪ぅーっ!!」
 その様を目撃した女性スタッフ一同が、弾かれたように笑いだす。

 よろよろふらふら起き上がった花婿が、通りすがりの警備兵の胸倉を引っ掴み、
〔な、なにをしている!? 撃て、馬鹿者っ!〕
 眼を血走らせ怒鳴りたてる姿が、大画面にアップで映る。リポーターは誰だか知らないが、かなりいい性格をしているようだ。ちょっと友達になりたい。
〔早く! カガリが――カガリがぁっ!!〕
〔下手に発砲すれば、カガリ様に当たります!〕
 八つ当たりで絡まれた青年は、馬鹿はアンタだと言いたげに顔をしかめ、無茶な要求を一蹴した。
 そもそもとっくに飛び立った “フリーダム” に、生身の警備兵がここから銃を撃って届く訳がない。命令すべき相手は軍本部もしくはモビルスーツ隊だろう。
 緊急事態で錯乱しているんだなと同情しようにも、さっきの、カガリの背中に隠れた挙句とっとと彼女を置いて逃げ出した姿を目撃された後では、冷ややかな視線は避けられまい。花嫁の手を引き、“襲撃者の魔手” から庇いつつ避難するくらいの男気を見せていれば、いくらかは迎撃の時間も稼げ、国民の好感度・支持率だって急上昇していたろうに。
 ぼーぜんと立ち尽くすユウナ・ロマ。一応ほどほど端正な部類に入る、男の顔がくしゃくしゃに歪み、涙目で拳を握り締めたかと思うと、
〔うぐっ……ふぇうえぇ……ぬぐぅわあああ〜ああぁあああっ!!〕
 泣きたいのか怒りたいのかどこまでもあやふやな絶叫が、あっという間に花嫁カガリが消えていった、高く澄んだ空に響きわたった。

「ふ、ふふっ、あはははは!」

 ついさっきまで 『世界はすべて俺の物』 とでも言いたげな、勝ち誇った顔をしていたユウナ・ロマの醜態に、ミリアリアも堪えきれず吹きだす。
(まるで、喜劇の三文役者ね!)
 正直、胸がスッとした。カガリの気持ちを無視して、横暴に事を推し進めようとするから、

(キラが……ううん、アスラン?)

 “ジャスティス” は二年前、ヤキン・ドゥーエを道連れに自爆したが―― “フリーダム” は大破するも回収され、有事の備えにと密かに修復されていた。
 だから、アスラン・ザラは、親友の機体を借りて現れたんじゃないだろうか?
 ずっとカガリに連絡を入れなかった理由も……もはや正攻法では、彼女をセイラン親子から守り切れないと判断して、今日の計画を練っていたからだろう。正直者のカガリは、嘘を吐こうとしても顔に出る。だから知らせていなかったんだ、きっと。

(そうよ、だって――こんなふうに花嫁を奪い去るのは、その恋人って、昔から相場は決まっているじゃない!)

「え〜、もしもし、そこの皆さん? 笑ってる場合じゃないでしょ」
「結婚式の真っ最中に、国家元首を掻っ攫う。これは映画じゃなくて、げ、ん、じ、つ。第一級の犯罪行為なんだぞ?」
 飛び跳ねてはしゃぐミリアリアたちに、男性陣が現実的なツッコミを入れるが、
「いーじゃないですか。誰だか知らないけど、首謀者もそれくらい覚悟の上でやったんでしょうし」
「あの機体、見覚えありますもん。前大戦で、連合軍の侵攻からオーブを守って戦っていたモビルスーツですよ。代表の味方ですよ、きっと」
「だいたい、この結婚自体、セイラン親子の国獲り劇みたいなモノだったもんねぇ」
「そうそう。ぶち壊しになった方がオーブの為ですって」
「ねー!」
 同僚たちは揃って、今の気持ちを代弁してくれた。
 戦友の奇策が肯定されたことが嬉しくて、おかしくて。ミリアリアは、声をたてて笑いながら、テレビ映像を見つめる。

 どんどん遠ざかっていく “フリーダム” を追うように、白鳩の群れが青空へ舞い上がる――おそらく、婚儀の小道具として使われる予定だった、カゴに閉じ込められていた鳥たちだ。
 逃げ惑う主賓席の客が、ケージを蹴飛ばしでもしたんだろう。
 だが、ミリアリアには――ばさばさと羽ばたく鳩たちが、事の顛末を祝福してくれているように思えた。錯覚だろうとなんだろうと、構うもんか。

(そっか……そうよね)

 どうせ意に反して利用されるだけなら、カゴの鳥にされるくらいなら、連れ去ってしまえばいいんだ。
 八方塞がりの状況から、いったん逃げたって、いいじゃないか。
 そうして、また決意新たに戦いを挑めばいい――かつて、カガリの父親――ウズミ・ナラ・アスハが望んだように。

 “フリーダム” が向かう先には、アークエンジェルが待っているだろう。
 ミリアリアもよく知る人々が、カガリとオーブの “力” になるために。

 ひとり遠い国にいて、この例えようのない爽快感を、彼らに直に伝えられないことが少しばかり残念だった。



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花嫁を掻っ攫いに来るのは “恋人” がお約束、なのに弟・キラさんがやっちゃうところが種クオリティ。勘違いにより急上昇したミリアリアさんのアスラン株は、後に真相が判明して大幅ダウンです。