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■ 戦火の蔭 〔2〕


 NPO団体と共に、2日連続で訪れた被災地は、まだ支援物資も行き渡らず惨憺たる有り様だった。

 こういった現場に来るとコダックは、必ず救助活動を手伝いながら、しゃべりたがる者に好きなように話させる。
 以前、取材中に遭遇したジャーナリストから 『やり方が甘すぎる。プロ失格だ』 などと罵られたこともあった――うろたえ困惑する弟子の隣で、本人は 『あー、そうかい』 と受け流すだけだったが。ほとんどの同業者が、この初老のカメラマンには一目置いているようだった。
 まだ経験も浅いミリアリアに、その是非は分からない。
 けれど、いつか一人立ちを認められたなら、きっと同じようにするだろう。
 非効率だとしても、手を伸ばせば助かる人々を放置したまま、マイクを向けるなんて自分には出来そうもない。
「よしよし、だいじょうぶよ。お薬を塗ったから、すぐに痛くなくなるからね」
 ボランティアの人間に混じって泣きじゃくる子供を宥めつつ、火傷した腕に包帯を巻いていく。
 カメラに関しては散々厳しいことを言われ続けているが、応急処置の腕前だけは、コダックも最初から手放しに褒めてくれた。
 必要に迫られて覚えたのは、アークエンジェルに乗っていた頃。
 教えてくれた人物に、近いうち伝えるはずだった感謝は――ケンカで、先延ばしになってしまったけれど。

 薬箱を抱え、別のテントへ移動する途中、人々の訴えに耳を傾けている師の姿が見えた。
 傷ついた男女が叫ぶ、恨み、慟哭。
 火薬の残り香と瓦礫に覆われた空間。
 ブルーコスモスの暴挙を目にするたび、無力感に苛まれる。アークエンジェル副艦長だった女性の死に様が、脳裏を過ぎる。
(バジルール中尉……)

 彼女は、ナタルは、命がけでムルタ・アズラエルを止めたというのに。
 戦後、ロード・ジブリールという男を盟主に祭り、ブルーコスモスはいとも簡単に勢力を盛り返してしまった――


 ナタル・バジルールの最期と、フレイ・アルスターの願い。
 ヤキン・ドゥーエ攻防戦の最中に命を落とした、かつての仲間の言葉は、思わぬ形で伝えられた。

 終戦から、数ヶ月が過ぎた頃。
 恋人を殺された激情のままに、ナタルごと敵艦を撃ったマリューと、フレイを目の前で死なせてしまったキラは、張り詰めていた神経も切れたんだろう――生き延びこそしたものの、仮住居として宛がわれたアスハの別邸で、抜け殻めいた生活を送っていた。
 サイを始めとする元クルーたちも、程度の差はあれ似たような状態だった。
 そこに前触れもなく訪ねてきた客人が、コダックだった。

「元連合の人間から手に入れた。戦艦ドミニオンの、監視カメラの映像だ――あんたらに渡しておくのが筋だろうと思ってな」
 無造作に差し出された、黒い小さなディスクを。
 受け取ったサイは、相手の真意を測りかねたように眉根を寄せていた。
 なぜ、自分たちの居場所や彼女らとの関係まで知っているんだという、ノイマンの疑念に。コダックは、業界人の情報網を甘く見るなと苦笑した。
「あんたらが生きとるのは、そう望む人間がいたからだ。そのことを忘れなさんな」
 そう言い残して、彼は邸を出て行った。

 知りたい者が見たいときにと、ディスクは客間に置いたままにされた。
 ミリアリアが意を決して、再生ボタンに手を伸ばしたのは……二日後。

 画面の中のフレイは、アークエンジェルに帰りたがっていた。
 キラが生きていたと喜び、彼とサイを裏切り傷つけたことを悔いていた。みんなに会って謝りたいと、悲痛に震える口調で繰り返していた。
 ナタルは、オブザーバーたるアズラエルと対立していた。あれほど軍規に忠実だった彼女が、男の言動を、侮蔑と嫌悪を込めた眼差しで睨んでいた。
 殴られたフレイを庇い、逆上した男に拳銃で撃たれ、クルーに退艦を指示したナタルは、アズラエルを死すべき人間と断じてブリッジに拘束した。
 何発も銃弾を食らい、白かった軍服を鮮血に染め、それでも彼女は毅然として叫んだ。
『撃て! マリュー・ラミアス――!!』
 ローエングリンの砲火に艦ごと焼き尽くされながら、ナタルは、満足げに微笑んでいた。同じ艦に乗っていた頃には見たことないくらい、不思議と優しい眼差しで。

 他の皆がどうしたかは知らない。ただ、キラとは話す機会があった。
 フレイの夢を見たと、彼は言った。
 “もう泣かないで。本当の私の想いが、あなたを守るから” ――そう言って、抱きしめてくれたと。

 虫のいい夢かなと、泣き笑いめいた表情でつぶやく友人に、そんなことないよとミリアリアは応えた。
 ……きっと、それがプライドや建前を取り払った中にある、フレイの本心だったろうと思う。

 ディスクが届けられた日を境に、元クルーたちは、今後の身の振り方を考え始めたようだった。
 一人、また一人と別邸を去り、キラやマリューの体調も回復に向かった。仲間たちの変化を切っ掛けに、ミリアリアも道を決めた――カガリの人脈を借りてコダックを探し、弟子になりたいと押しかけたのだ。
 私に、モビルスーツや銃は扱えない。
 カガリのように、政治を通じて平和を模索する立場にもない。
 ならば真実を伝え、偏見や誤解を取り払う術を持ちたいと、勢い込んでまくしたてるミリアリアを、
『まずは学校を卒業するこったな。そんで、自力で親御さんを説得してみせろ』
 コダックは、呆れ顔で眺めやり、
『そうなるまでに気が変わらんかったら、ここに連絡しな。試しに助手として使ってやる』
 電話番号が記されたメモを、ぽいと手渡した。

 それが縁で、各地を旅して回るようになり――思い知らされた。
 戦争は、終わったわけじゃない。世界は、この街のように、いつ理不尽な砲火に曝されるか分からない、危うい均衡状態にあるのだと。


×××××


「アーモリーワンで、新型三機が強奪されただと!?」
 イザーク・ジュールは白皙の美貌を歪め、モニターを睨みつけた。
「何者の仕業だ? 警備兵は、なにをやっていた!」
 噛みつきそうな勢いで怒鳴られた、オペレーターがひゃっと首をすくめる。
 しかしこの短気な青年とて、戦後、一時的にとはいえ評議員を務めた経験からか、はたまた本人の努力の賜物か――昔に比べれば、いくぶん人当たりも柔らかくなったのだ。
『ちょっと怖くて近寄りがたい、美形のエリート司令官』 として、女性兵士にきゃーきゃー騒がれるくらいには。
〔まだ分かりません。ただ、かなり大規模なグループのようです。ザフト内部にも、敵の侵入を手引きした者が潜んでいる可能性があり……〕
 軍本部からの緊急連絡は、なおも続いた。

〔港湾部の護衛艦隊は、敵母艦に沈められて壊滅しました。今は議長の命令を受け、新造艦ミネルバが追撃に出ています。各隊、出撃に備えておくようにとの通達です〕

 通信が切れるや否や、イザークは矢継ぎ早に指示を下した。
「聞こえたな? 各自、持ち場に待機。パイロットは機体のチェックを終わらせておけ! ――シホ。遅番の奴らに連絡を入れてくれるか」
「はい!」
 敬礼を返した部下一同が、きびきびと散っていき。
「正体不明の侵入者が、最新鋭機を奪取。おまけに敵母艦のご登場……どっかで聞いたような話だよなぁ?」
 その場に残ったディアッカは、へらへらと皮肉った調子でコメントした。
「笑っている場合かッ! 貴様とて、情勢の危うさは知っているだろう!?」
 気心の知れた相手と二人きり。なにを遠慮する必要も無くなったイザークは、素で喚き散らしたものの、
「……面倒なことにならなきゃ、いいんだけどな」
 だらしなく壁に寄りかかった相手の表情が、態度や声と裏腹に、焦りを滲ませたものだったため勢いを削がれてしまい。
「ああ」
 まったくだ、と短く頷いて返す。
 終戦から丸二年経てど、未だ紛争や小競り合いの絶えぬ世界。
 司令官として白服を纏い、前線で指揮を執る立場になって痛感させられた。プラントと、地球――拭えぬ敵意を抱く者たちは、今はただ、疲弊した戦力の回復に勤しんでいるだけだ。
「貴様は、どう見る?」
「可能性その一、大西洋連邦の仕業。その二、ブルコスが仕掛けたテロ。大穴は……プラント本国の人間が企んだ、クーデター活動の一環?」
「…………不穏当な発言は慎め」
 指折り数え上げられた憶測に、絶句すること数十秒。
 どうにか脱して咎めれば、友人は 「冗談だって」 と肩をすくめてみせたが。

 傲慢の果てに命を造り出して捨てた、ナチュラルの罪。
 その真意に気づかず “力” を与え、世界を破滅へと導かせたコーディネイターの罪。
 新たな争いの引き金にならぬよう、今も世間には伏せられたままでいる、かつての上司ラウ・ル・クルーゼの生い立ちと、狂気の結末を知る以上――己が属する組織とて、妄信は出来ない。
(……嫌な事態だ)
 連れだって格納庫へと急ぎながら、イザークは苦渋に顔をしかめる。
 舞台や役者こそ異なれど、報告された状況は、軍の指令によりG奪取計画を遂行した自分たちが、ヘリオポリスを破壊した “あの日” と、あまりにも似通っていた――



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ナタルが最期に下した決断、キラやサイ、友人たちについてフレイがどう思っていたのかも、あのままだと誰も知らないわけで。夢だの幻だの曖昧にでなく、なんらかの形で伝わっていれば良いなぁという願望による設定です。