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■ ユニウスセブン 〔1〕


 警報が鳴り響いた。
 持ち場へ散っていた隊員たちが次々と、ブリーフィングルームに駆け込んでくる。
「何事だ?」
 指揮官席のイザークが通信回線をオンにすると、画面に、切迫した面持ちのオペレーターが映った。
〔出撃命令です! ジュール隊は、ユニウスセブンへ向かってください〕
「ユニウスセブン、って――」
「追撃、再開するのか? いまさら出て追いつけるのかよ」
 戸惑い、室内に広がるざわめき。

 かなりのダメージを与えたものの、敵母艦には逃げられたこと。
 一連の戦闘で激しく損傷したミネルバは、ユニウスセブンにほど近い宙域に留まり修理中。アーモリーワンの騒動に巻き込まれた議長と、政府の客人も乗っていることは、すでに留意事項として報されていた。
〔追撃ではありません。任務は、ユニウスセブンの破砕です〕
「は…………」
 簡潔に告げられた指令の意味を、誰も、とっさには理解出来ず。

「――破砕!?」

 なんの冗談だという驚愕に満ちた視線が、一挙にモニターへ集中する。
〔現在、ユニウスセブンは安定軌道を外れ、速度を増しながら落下しています。このまま放置すれば――数時間も経たず、巨大な隕石となって地球に激突します! 被害を最小限に食い止めるには、砕くしか方法がありません〕
 論より証拠とばかりに、画面が切り替わり。
 かつては美しい農業プラントだった岩塊が、異常なスピードで動いている様と、予測進路が表示された。
「先に行くぞ! メテオブレイカー、ありったけ積み込む!!」
 真っ先に飛び出していったディアッカの姿に、我に返った隊員たちが、続いてバタバタと動きだす。
「くそっ、冗談じゃねえぞ……!」
 格納庫へと走りながら、無意識に苛立ちを吐き捨てる。

 いつだったか、ミリアリアが話してくれた。
 デブリベルトに漂う虚空の大地へ、紙の花を手向けたことを。凍てついた海、枯れた草木――無残な母子の亡骸、傍には、朽ちたクマのぬいぐるみが浮かんでいたと。
 そのユニウスセブンの片割れ、あれだけの質量が大気圏を突き抜ければ、核ミサイル以上の威力になるだろう。
(砕くしかない? ……やってやるさ)
 約束した。終戦を迎え、アークエンジェルから降りるとき――誓ったのだ、ミリアリアに。
『俺は、ザフトに戻る』
 彼女が平穏に暮らす世界が、二度と失われることがないようにと。

×××××


 ミリアリアは、ニュース番組のキャスター席についていた。
 ここは戦艦ではないけれど、錯綜する緊迫感が否応なしに、アークエンジェルでCICを担当していた頃を思い起こさせる。
 トールが死に、フレイが死んで。あれだけたくさんの命を踏み躙った戦争がようやく終わり――ナチュラルとコーディネイターの代表者が共存を誓った大地が、今度は地球そのものを薙ぎ払う?
 物事すべてが因果応報というなら。これはあのとき降り立った、プラントの残骸に眠る人々の怒りだろうか?
(……みんな、逃げて)
 オーブに住む両親は、もう事態を知ったろうか? キラたちは?
 非常用回線が優先されているため、故郷には連絡すら取れない。電光掲示板の文面。次から次へ届けられる速報を比較整理し、モニター越しに告げるという作業を繰り返しながら、ひたすらに祈る。

 お願いだから誰も死なないで。生きてさえいれば、やり直せるから。
 きっと、地球壊滅は避けられる。破砕作業に向かったというザフトの部隊には、彼らもいるはずだから――

×××××


「……こうして見ると、デカイな」
「当たり前だ! 住んでいるんだぞ、俺たちは。同じような場所に」
「それを砕けって今回の仕事が、どんだけオオゴトか、改めて分かったって話だよ」
「いいか、たっぷり時間があるわけじゃない。ミネルバも来る。手際よく動けよ」
「りょーかい」
  ブリッジで上官と軽口を交わし、ディアッカは工作隊を率いて出撃した。
 昔なら真っ先に出撃していたろうイザークは、戦艦二隻を率いる指揮官となり――必要に迫られてか元からの素養か、己の感情を抑え、部下に采配を振るうことを覚えつつあるようだ。
 旧知の相手から “変わった” と評されることの多いディアッカだが、イザークこそ、随分成長したものだと思う。
 しかし隊長クラスの白服に比べ、一般兵の立場は、前線で自由に行動できる点がありがたかった。こんな状況下で待機など命じられて、平静を保っていられる自信はない……と察しているからこそ、イザークは自分を指揮官代理として出してくれたのかもしれないが。

(まずは、ポイントSα89――それからBγ11を砕けば)

 ユニウスセブン全域図とシミュレーションの結果を照らし合わせ、隊員たちに指示を出しながら、地表に固定したメテオブレイカーを作動させようとした、まさにそのとき、
「……なにっ!?」
 作業中のゲイツ二機が、いきなり爆炎を噴き上げ、大破した。
 仲間を襲ったモノの正体を認識するより先に、第六感が、迫り来る “敵意” を捉る――ディアッカは、反射的に飛び退いていた。コンマ一秒の差だった。
 さっきまで自機 “ガナーザクウォーリア” が立っていた岩場が、瞬く間に蜂の巣にされる。
「なんだ、これは!!」
 悪態つきつつ計器を操作し、敵影を探せば。岩山の陰に、ビームライフルを構えたジンが数機。
(所属部隊…… UNKNOWN ?)
 自軍の機体だが味方ではないと、ディアッカは即断した。
 母艦との通信回線を開き、なおも撃ってくる相手に長射程ビーム砲 “オルトロス” を撃ち返しながら、状況を説明する。
〔敵襲だと!?〕
 驚愕するイザークとボルテール艦長の声が、やや遠く聞こえた。
「うわーっ!?」
「た、隊長――」
 メテオブレイカーを担いだまま右往左往する部下たちを、背後に庇いながら、ディアッカは怒鳴った。
「ええい、下がれ! ひとまず下がるんだ!!」
 目的が破砕活動であったため、どの機体も武装は最低限だ。
 加えて、半数が戦後入隊の若手であるジュール隊パイロットは、不測の事態に対応できるほど場慣れしていない――このままでは格好の的にされてしまう。同じ結論に至ったんだろう、
〔ゲイツのライフルを射出する。ディアッカ、メテオブレイカーを守れ! 俺もすぐに出る!!〕
 言い残したイザークは、そのままブリッジを飛び出していったようだった。

「どういう奴らだよ、いったい!? ジンでこうまで……」

 敵モビルスーツは旧型でありながらやけに手強く、杳として堕とせない。それは以前、フラガの “スカイグラスパー” と戦ったとき感じた、圧迫感にも似ていた。
 性能差を覆す経験の差。相手は、ただのテロリストではない――歴戦のパイロットだ。
 たまらず通信機に伸ばしかけた手を、途中で引っ込める。
 どんな事情があろうと、自分は連中を撃たなければならない。ユニウスセブンを落ちるままには出来ない。敵と言葉を交わしてしまえば躊躇いが生じるだけだ。そして……迷っている時間など、無い。
 “オルトロス” を、ジンに放つ。すんでのところでかわした敵機は、岸壁の爆発に煽られて墜落した。
 入れ替わり視界の端に、青い影が映る――イザーク機 “スラッシュザクファントム” だ。

「工作隊は、破砕作業を進めろ。これでは奴らの思うツボだぞ!」

 回線から響く指示に、いくらか落ち着きを取り戻した隊員たちが、メテオブレイカーを抱え後退していく。イザークと連携して、さらに数機を撃破したディアッカの耳に、警告音が飛び込んできた。
 点滅する赤い文字。
 画面表示は 【 ATTENTION 】 ――まっすぐに、こちらへ向かってくる熱源は。
「なんだ……カオス、ガイア、アビス?」
「アーモリーワンで強奪された機体か!」
 奪ったモビルスーツを、すぐさま実戦に投入する。これまた、どこかで聞いたような皮肉な話だ。
 ジンもゲイツも無差別に撃ちまくる三機に身構えるが、モニターが再び、今度は友軍機の接近を知らせた。戦艦ミネルバから、合計四機。
 インパルスはアビスと、ザクウォーリア二機が、それぞれカオス、ガイアと交戦を始め。
 残る一機・白亜のブレイズザクファントムは、工作部隊の援護に回ったようだった。ちらっと眺めた感じでは、全員が互角か、それ以上に立ち回っている。任せて問題ないだろう。

 死角のない位置に陣取り、周囲を警戒する。
 メテオブレイカーが次々と大地を抉り、地表に亀裂が走る。ずれた地層が勢いよく剥がれ落ち、ようやく破砕作業が進み始めたところへ――ジンが一機、大きく弧を描き旋回してきた。
(ナチュラルを恨んでる連中の、仕業……なんだろうな)
 新型機を奪ったグループとの繋がりは不明だが、邪魔されるわけにはいかない。たとえ相手に、どんな大義名分があろうと。
 撃てば、撃ち返される。
 傷つけられて、相手を許せる人間など一握り。倍返し程度じゃ飽き足らず、ときに当人同士で収まらぬほど、無関係の人間を巻き添えに膨れ上がっていく――それが戦争だ。
「ええい!」
 狙い定め、放ったビーム砲は敵機の片足をえぐり、岩場に着弾して大地を揺るがす。
「急げ! モタモタしていると、割れても間に合わんぞ!」
 執拗に仕掛けてくるジンを迎撃しつつ、イザークが工作部隊に発破をかけ――ほどなく。
 岩を穿ちながら星の最深部へと消えていったメテオブレイカーが、ついにその効果を現した。まっぷたつになった巨大な塊がゆっくりと……しかし確実に、左右へ遠のいていく。
「グゥレイト! やったぜ!!」
 高ぶる感情のままにディアッカは、コックピットでガッツポーズを取っていた。
 目的の第一段階は果たされた――だが、本番はこれからだ。



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種運命公式小説1巻、ディアイザの心理描写がされている行を読んだときには小躍りしたものでしたが……以降はもにょもにょ。ページ数の制約があるからしょーがないのは解ってるけども!