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■ 明日への出航 〔2〕



 他方、再びザフト基地内の倉庫裏。

「なんなんだ、あの女はぁーーーーー!?」

 我らがジュール隊長は、今日も元気にお怒りであった。
「ふざけているのか? あれのどこが 『静かな夜に』 だ! 真っ昼間に聴いても騒がしいわ! 勝手に曲を改変するなーっ!!」
 ここ数日、テレビを点ければ大抵どこかのチャンネルで、ラクス・クラインの新曲プロモが流れている。
 タイトルは 『 Quiet Night C.E.73 』 ――正確には新曲というより、三年前にヒットしたバラードナンバーのトランスバージョンだ。
 原曲の情緒は、もはや皆無。いけいけノリノリのポップミュージックと化している。

「だいたい、なぜ誰も偽者だと気づかんッ? もはや雰囲気も仕草も、似ても似つかないじゃないか!!」

 本日、イザークの餌食に選ばれたのは、大型の廃車だった。
 フロントガラスは叩き割られ、ボンネットまで陥没し、タイヤが四輪とも潰れた車体は見る影もない。後日、この廃棄物置き場を訪れた人間は、いったいどういう事故を起こしたんだと驚くだろうが――車の名誉のために述べておくなら、元は傷もほとんどついておらず、単に長年走り続けた老朽化の末めでたく引退日を迎えたんだろう、立派なジープである。

「下手に模倣するとボロが出るだろ。だから、わざとなんじゃねえ? 路線変更しました〜ってことで」
 こっちが相槌を打つなり、イザークはまた暴れだした。
「ファンに対する侮辱だああぁあ!」
 返事をしてもしなくても結局は腹を立てるんだから、もはや手の付けようがない。
「そう目くじら立てるなよ、だいたいの奴らは喜んでんだから」
 実際、考えたものだと思う。
 ラクス・クラインが持つ独特の気品は、そうそう真似できる代物じゃない。衆人環視の状況で、ずっと演技を続けるのは無理だろう。ならば、いっそのこと――暗くなりがちな市民の心を明るくする為とでも銘打って、替え玉にされた少女が素を出せるようにしてやった方が、偽者とバレる不安要素も軽減する。
「あんっな安っぽいアイドル紛いの “ラクス嬢” を見て、浮かれているバカどもは、即刻ファンクラブから消え失せろー!!」
(……まだ会員だったのか、おまえ)
 こいつのカノジョを拝める日は、はたして、俺が生きているうちにやってくるだろうか?
 友人の将来が少々心配になったディアッカだが、忠告してどうなる問題でもないため、こっそり溜息をつくにとどめた。

 ラクス・クラインの変わりように疑問を持つ人間は、他にも少なからずいるだろう。
 しかし――それでイコール偽者という結論に達したのは、あくまで自分たちが、本物の所在を把握しているからだ。もし、なにも知らないプラントの住民であったなら、違和感こそ抱いても替え玉だなどとは思うまい。
 容姿、歌声は実物そのまま、おまけに政府の応援演説までこなすトップアイドルの素性を、疑う余地などない。曲調の激変に納得がいかなければ、追っかけを止めて、それで終わりだ。

 いくら歌姫の栄光より、キラの傍で生きることを選んだとはいえ……ラクス自身、ここまで “過去の立場” が弄られるとは聞かされてなかったんだろう。いや、
(やっぱ本人の許可すら、取ってないんだろうな)
 イザークには悪いが、今は――昼休みに少しだけ目にした、衛星放送ニュースの真偽が気がかりだ。さっさとコイツを落ち着かせ、仕事を終わらせて帰りたい。
 ディアッカは、そろそろ叫び疲れただろうという頃合を見計らい、いつものごとく相棒を宥めにかかった。



 衛星通信を使うのは二度目だった。
 また 『職権乱用も、いい加減にしなさいよ!』 と叱られかねないが、この場合、いくらでも所在をごまかせるメールなどでは意味が無い。アークエンジェルへの連絡コードは、昔と変わっていなければ通じるだろうが、まさかザフト基地から試すわけにもいかないだろう。

 相手先が24時間稼動のTV局だと、プラント〜地球間の時差を、さほど気にせずに済むから楽だ。応対した職員に、名乗って用件を告げようとした、
〔えーっ、キミ! もしかして噂の、ミリィの彼氏!?〕
 ディアッカの思考回路は、やぶからぼうに妙なことを言われて一時停止した。
 カレシ? ……誰が?
〔えっ、なになに? 故郷の幼なじみだっていう? 通信入ってんの?〕
〔違うだろ、そいつストーカーだろ? 変質者!〕
〔そうよ、ずーっとミリアリアに付きまとってる男なんでしょ? どこの回線使ってるのか押さえて、警察に通報しなきゃ!〕
「はいぃ!?」
 割り込んでくる複数の声。こっちとしては願ったりな単語に、不用意に浮かれかけたところへ間髪入れず、ディアッカは奈落の底まで蹴り落とされた。
 それはまあ、何度も振られておきながら諦めがつかずにいるのは事実だ。身に覚えのない悪評とはいえないが――いくらなんでもストーカー呼ばわりはないだろう。それとも、
(まさか……あいつが、そんなふうに言ってたのかよ!?)
 彼女の同僚たちは、途方に暮れるディアッカを尻目に、わいのわいの盛り上がっている。
 昔どっかで、こんな目に遭ってたような――と思ったら、あれだ。アークエンジェルの、馴染みのクルーと同じノリだ、こいつら。

〔なんだ、なにを騒いでいる?〕

 ヒトの恋路を好き勝手におちょくってくれた面々を思い出していると、また別の、しわがれ声が聞こえた。
〔あ、室長〕
〔例のストーカー野郎ですよ。ディアッカ・エルスマン!〕
〔なに言ってんだよ、ハウさんの恋人だろ?〕
〔だから違うって、フィアンセ!〕
〔……俺は、ただの友人だと聞いたがな〕
 室長と呼ばれた男は、アホな騒ぎには加わらず、
〔まあいい、代わってくれ〕

 周りにたむろっていた野次馬を、仕事に戻れと追い払ったようで、急に耳元が静かになった。

〔エルスマンさん、でしたな? 当社の職員と、どういったご関係かは存じませんが――困りますよ。私用で通信を使われた挙句、先日のようにケンカされては〕
 室長は、淡々と釘を刺してきた。
「申し訳ありません。俺が住んでいる場所からでは、これしか確実な連絡手段がないもので……」
 どうやら相手は責任者クラスの人間であるようだ。不審人物としてマークされ、通信拒否の措置など取られてはたまらない。ディアッカは、殊更丁寧に謝罪した。
〔ははは、まあ、たまになら構いませんがね〕
 すると室長は、厳格だった口調をあっさり崩した。からから笑いながら言うあたり、どうやら本気で咎めていたわけではないらしい。
〔ただ、ハウは困っておりましたよ。あの翌日、周り中から冷やかされて〕
「す、すみません」
 暇な連中から噂のネタにされたという点では、お互い様とはいえ。後先考えず通信をかけたのはディアッカであるから、そこは責められても仕方がない。
「それで、その――ミリアリアとは話せますか?」
 早く用事を済ませてしまおうと訊ねると、
〔ああ。残念ながら彼女は、雇い主のコダックと一緒にインド方面へ取材に出ていましてね。しばらく――まあ、二ヶ月程度の予定ですが、ここへは戻らんのですよ〕
「……そうですか」
 やや気の毒そうな室長の答えに、九割がた安堵するも少々ガックリときた。それでは、とうぶん彼女の声は聞けそうにない。
 まあ、あの艦に乗り込んだんじゃないかという懸念は、これでひとまず解消したわけだが。
「ところで、差し支えなければ教えていただきたいんですが」
〔なんだね?〕
「そちらのニュースを見まして。アスハ代表を、式場から連れ去ったモビルスーツの行方は――」

 見間違えるはずもない、問題のニュースに映っていた機影は “フリーダム” だった。キラとカガリの関係を知る者たちは、驚きこそすれ心配はしないだろうが、第三者にしてみれば国家元首の誘拐事件だ。
 “犯人グループ” が逃亡生活を強いられることは、自明の理。隠れ場所はアークエンジェルしか考えられない。連中は、この先どうするつもりだろう?

 プラントへ入ってくる情報は、やはり、事態の進行から少々遅れていたらしい。フリーダムはオーブ側の追撃を振り切り、案の定そこにいた白亜の艦ごと海に潜って逃亡したと、室長は教えてくれた。
(……ただ修理するだけじゃ、芸がないってか?)
 フリーダムとアークエンジェルが、戦後――ウズミの遺志を継ぐ者たちの切り札として、有事に備えて修復されることになったとは、マードックから聞いていたが。宇宙と地上だけでなく、とうとう海中戦までこなせるようにしてしまったらしい。
 オーブ護衛艦隊も、さすがに追撃に潜水艇など出していなかっただろう。首尾よく逃げおおせた、かつての “母艦” を想像すると、不謹慎にも笑いたくなった。

〔ハウもだが、女性社員のほとんどが喜んでいたな。どうも、あのユウナ・ロマという男は、キャリア志向の女性に毛嫌いされるタイプのようだね〕

 苦笑まじりに室長が言う。
 ミリアリアが喜んだのは、おおかたカガリの心情を想ってだろうが……彼女も、俺と同じような気分だったのかと思うと、その場に居合わせられなかったことが少々残念だった。



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TV本編も、この辺りまでは展開スピーディーでおもしろかったなぁ……と思い返せば懐かしいです。
そのぶん、二次創作的には補完する必要もあまり無く、1話相当部の文章量が、序盤と後半で桁違いで笑える (汗)