■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ 敵軍の歌姫 〔1〕


「インド洋ではウィンダム部隊を蹴散らし、基地建設のため強制労働させられていた現地民を解放。引き続き、ガルナハンのローエングリンゲートを破壊、レジスタンスを始めとする住人たちは大感謝……と」
 後部座席で、ぺらぺらリポート用紙をめくりながら、
「戦艦ミネルバ。並びに最新鋭機セイバーとインパルス。デュランダル議長の後ろ盾つきで戦功華々しく、各地で正義の味方扱いか――援軍も補給も無しに追われ続けた “あの艦” とは、どえらい差じゃな」
 コダックは、これから向かう場所に駐留している戦艦を、素っ気なく評した。
 インパルスによって壊滅させられた基地の連合軍兵士、彼らや遺族の話を聞いてしまえば、どの陣営を手放しに賞賛する気にもなれないのは確かだ……正義や悪とは結局、誰に共感し肩入れするかで変わってしまう、曖昧な概念なんだろう。
 “あの艦” が何を指しているかは訊ねるまでもなく、ミリアリアは苦笑する。
(ホント、雲泥の差だわ)
 自分たちはずっと孤立無援、行く先々で厄介者扱いされた挙句、組織に切り捨てられて。ついには連合・プラント両軍と戦うことになった、はぐれものだったんだから。

 機材を担いで乗り込んだ車は、現在、黒海沿岸――水と緑に彩られた景観で有名な、ディオキアという街を走っている。この港町の特色をもうひとつ挙げるとするなら、それはザフト基地があることだ。
 ミリアリアたちは、そこで午後から催される、歌姫ラクス・クラインの慰問コンサートを取材しに行く途中なのである。

 近隣に滞在している記者は、他にも数名いたが。
 なんでも本社が撮影許可を申請したところ、軍の広報担当者がゲンゾウ・コダックの名を知っていたとかで、
『彼ならカメラの腕も申し分なく、公正な記事を書いてくれるだろう』
 こうして、お呼びがかかったらしい。
 師の知名度に感嘆するミリアリアと対照的に、当人は、指名を喜ぶでもなく面倒しげに顔をしかめただけだった。まあ、もうすぐ60歳になろうというコダックは、アイドルの歌など興味ないんだろう。
 そしてミリアリアには、別の理由で気乗りしない話だった。

 開戦以降、プラントにて活動を再開した “ラクス・クライン” が、今日、兵士たちを激励するためディオキアに降り立つ予定だと知ったのは、
『ガルナハンの取材が終わり次第、ディオキアに飛んでほしいんだけど』
 新たな仕事の電話を、チーフから受けたときだった。

 本社から資料として送られてきた新曲プロモや、赤いハロと一緒に映っている写真は見たが……ミリアリアには、どうしても不審が拭えない。ラクス本人としか思えない容姿で、歌声もそのまま。だが彼女は、キラたちと一緒にいるはずだ。ずっとオーブで暮らしていたんだから。
 なにか用事があって故郷へ戻っていたんだとしても、ラクスが、軍人を鼓舞するために歌うとは考えにくい。しかも新曲ときたら、完全にローティーンのアイドル風。ついでに、短期間とはいえ本人と共同生活をしていたから言えることだが、
(ラクスの胸は、あんなに大きくないわよ)
 最後に会ったのは半年前だが、そこから成長したと解釈するにも無理がある落差だ。
 よって、結論。
 いまメディアに出ている “ラクス” は偽者だ。
 なにか急激な心境の変化で、お色気路線に目覚めて、衣装に細工でも施したのでない限りは。

 とはいえ、プラント市民の反ナチュラル感情は、歌姫の声によって和らげられているとも聞いた。おそらくはそういった政治的な事情から、ラクスの替え玉が使われているんだろう――ならばミリアリア個人が、どれほど不快に感じていようが、あれは偽者だと騒ぎ立てるような真似は出来ない。
 けれど彼女と顔を合わせたら、どうすればいい?
 師匠に相談したところで、たぶん 『自分で考えろ』 と突き放されるだろう。あちらが知人として話しかけてくれば、適当に相槌を打つしかないか……考えて妙案が浮かぶわけでもなし、取材が長引かず、早く終わってくれるよう願うだけだ。

 複雑な気分のミリアリアを乗せたまま、正面ゲートで検問を受けた車両は、つつがなくザフト基地内へと入っていった。


 コダックは報道陣スペースに入り、機材のセッティングを始めた。
 外からの撮影を任されたミリアリアは、見物に押し寄せた民間人に混じって、カメラを構えフェンスぎりぎり最前列に陣取る。

 予定どおり開催されたコンサートの、特設舞台に向かってシャッターを切りながら――だんだん募ってくる苛立ちを、押さえ続けることは難しかった。
(なんなの、あれ)
 ファインダー越しに見た “ラクス・クライン” は、確かに本物に酷似していた。だが髪質や、表情が……言葉では上手く説明できないが、やはり違う。
 たとえば一卵性の双子と知り合ったとき――最初はまったく見分けがつかない両者の、微妙な差異を、親しくなるうちに識別できるようになる。わざと髪型や服を変え、片割れのフリをされたとしても、不思議と引っ掛からなくなっていく。これは、そうした類の違和感だ。
 ショッキングピンクのモビルスーツ胸部には、なぜか大きく 『 LOVE! 』 と書かれている。ラクスの名を騙るなら、せめて 『 PEACE! 』 にしたらどうなんだと苦々しく思った。

 機体の両手のひらを行き交い、元気いっぱい舞い踊っている少女は――くるくるとよく変わる表情、抜群なプロポーションに露出度の高い衣装を纏い、女の自分から見ても愛くるしい。
 だが、どういう事情で “ラクス” を演じているにせよ、他人の経歴を足場にしている身なら、もう少し本物に敬意を払うべきだろうに。

×××××


 熱狂の嵐に包まれて、コンサートは終了した。
 あとは “歌姫” にインタビューするだけだ。憤然とした気分で、師と合流するべく報道関係者の控え室に向かっていると、
「ミリアリア・ハウさん、だね?」
 突然、名指しで呼び止められた。歩み寄ってくる男性の端然たる姿は、ここ数日、TVや雑誌で散々目にしていた。
「――っ、デュランダル議長!?」
 プラント最高評議会を束ねる、穏健派の敏腕政治家。本国にいるはずの彼が、何故こんなところに?
「初めまして。ギルバート・デュランダルだ」
 議長は柔和な笑みを浮かべ、すいっと右手を差し出してきた。
「あっ、はい! ミリアリア・ハウです。初めまして」
 失礼があってはならない相手を前に、ミリアリアは、戸惑いながらも握手を交わす。
「慰問コンサート撮影を終えた印象は、いかがかな?」
「ええ……ザフトの方々だけでなく、ディオキア市民も楽しそうにしていて、盛況でしたね。皆さん、良い気分転換になったのでは?」
 当たり障りない返事に 「そうか」 と相槌を打ち、
「楽しんでもらえたなら、なによりだ。ところで――唐突かとは思うんだが、これから少し時間をいただけないかな?」
「え?」
「コダック氏の許可なら得ている。彼は、これからラクスにインタビューを取るそうだが、君は、あまり彼女と顔を合わせたくないだろう?」
「あ、えっと」
 妙な誘いをかけてくる相手の、意図が掴めなかった。なにをどこまで知っての台詞だ? 師匠が許可した? プラントの要人、デュランダルを取材しろということか?
「そう警戒しないでくれたまえ。君たちについては、カナーバ前議長から聞いている」
 返答に詰まるミリアリアを眺めやり、議長は苦笑した。
「まず、疑問に思われているだろうことを説明しておきたいと――なにより今後、プラントの有り方を議論するにあたって、ジャーナリストとして地球各地を見て来た、若い世代と話をしてみたくてね。迷惑かな?」
 プラント最高権力者は、穏やかに微笑している。
「いえ、私も……差し支えなければ、お伺いしたいことがありますから」
 どんな観点から考えても立場の弱い、カメラマン助手には、断る術や理由は無かった。

「やはり判ってしまうかな? 君たち、ラクスの知人には」

 向かい合わせに座った、カフェのテーブル席で。
「ええ、まあ……どこがどうとは言えないけど、なにか違うな、と」
 ミリアリアは、コーヒーカップの中身をスプーンでかき回しながら、曖昧に笑った。
「そうか、無理もないな。姿形は似せられても、記憶や立ち振る舞いはどうしようもないからね」
 議長は、尤もだというように肯く。
「ただ、どうしても必要だったのだよ。再び核を撃たれて憤る、市民感情を静めるには――同じ言葉でも、我々政治家などより、歌姫ラクス・クラインの方が遥かに強い影響力を持つ」
「連合軍の暴挙を受けて、なお……プラントが理性的に、最小限の防衛戦を行うに留まったことも “彼女” の力だと?」
「ああ、その通りだ」
 ラクスの件については、こうして説明されてもまだ感情的なしこりが残る。
 とはいえ、核攻撃の話を持ち出されてしまえば、ナチュラルである自分はぐうの音も出ない。
「あまりに突然の開戦だったため、急遽、声が似ていると有名だった少女を探して代役を頼んだんだがね。与えられた役割を、よく果たしてくれているよ」
 どこまで固有名詞を出していいのか。議長は具体的に、なにを知っているのか。
 判断がつかず、人目を憚って店内を見渡すが、ちょうどよろしく誰もいない。半端な時間帯だからか、流行っていないのか、それとも事前に人払いなどしてあったんだろうか?
「だが、我々がフォローしているとはいえ、いずれ偽者だと気づく人々が現れるかもしれない。彼女が、オーブでの静かな生活を望んだことは分かっているんだが、こんな情勢だ――核攻撃による混乱が一段落したら、プラントに戻ってもらえないかと連絡を取ろうとしていた――矢先に、またとんでもない事件が起きてしまったな」

 議長は、ふうと嘆息した。

「君も、ニュースを見ただろう? アスハ代表の誘拐騒ぎは」
「はい」
 アイリーン・カナーバの後継者なら、アークエンジェルや “フリーダム” については説明するまでもないだろう。
「セイラン親子に任せていては、オーブは、本当の意味では守られませんから――彼らは、国とアスハ代表のためを思って、ああしたんだと思います」
「そうだね」
 頷いたデュランダルは、疑問というより確認するように訊ねる。
「やはり、ラクスも彼らと一緒だろうか?」
「ええ、あの艦で出るなら、彼女だけを置いていくはずありませんから」
「……そうか」
 両肘をテーブルにつき、組み合わせた手の甲に頭をたれて。
「セイラン家の横暴には、これまでオーブを友好国と見なしていた者たちも、心を痛めている。アスハ代表を支援することで、あの国が中立の理念を取り戻せるならば、プラントは助力を惜しまないつもりだ――なにより私は、真の平和を齎すため、ラクス・クラインの力を借りたい」
 議長は、細面に憔悴の色を浮かべていた。
 疲れているんだろう。いくら有能な政治家でも、ここ一連の事件に対処するには、不眠不休で激務をこなしてきたはずだ。
「もし、アークエンジェルへの連絡手段を知っているなら、教えてもらえないだろうか?」
「連絡手段、ですか?」
 思いがけぬ要望に、内心、困惑しながらも。
「ご期待に添えなくて申し訳ありません。確かに私は、あの艦でオペレーターを務めていましたが、野戦任官の雑用係みたいなもので……そういった軍の機密事項は、なにひとつ教えられていないんです」
 ミリアリアは、ほぼ条件反射で。
 あれから二年間、興味本位の連中相手に続けてきた “なにも知らないフリ” を繕っていた。

 戦後、まだオーブで暮らしていた頃――やはり、どうしてもいたのだ。
『ヘリオポリス崩壊に巻き込まれ、連合軍兵士となり、ついには第三勢力の一員として戦い抜いた学生たち』
 そんな噂を聞きつけ、無遠慮に追い回してきた程度の低いマスコミが。

「これ以上、心配事を増やさないようにと、艦長が気を遣ってくださったのかもしれませんけれど」
 すっかり暗記してしまった 『対応マニュアル』 を口にしながら、
(そっか、それが知りたくて私を連れ出したのね……)
 少し遅れて、ミリアリアは悟る。彼が抱える事情は解ったが、組織に離反した元軍人といえど、こういうことには守秘義務があるのだ。いくら相手がプラントのお偉いさんだろうと、軽々しくは教えられない。
 だいたいラクスの協力が必要なら。偽者なんか用意する暇があったら、もっと早く連絡していれば良かったのに。
(ちょっとくらい、困ればいいのよ)
 代役がいるなら急を要する話でもないだろうと、個人的な反感も手伝って考える。連絡コードを伝えるにしても、それは艦長たちに、デュランダルの用件を話して了承を得てからだ。



NEXT TOP

あああ、議長の口調がわからない……胡散臭さ大爆発。
ディアッカがここにいたら、馴れ馴れしくミリアリアの手を握るなー! とか怒りそうだなぁ。