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■ ユニウスセブン 〔2〕


 崩壊してゆく死の街に、パイロットたちの複雑な吐息が漏れ聞こえる。
 ディアッカとて手放しに喜べたものではない。
 血のバレンタインの犠牲者に、親しい人間はいなかったが、この場所はコーディネイターにとって――いや、良識を持つ大多数のナチュラルにとっても、不可侵の慰霊碑。

「だが、まだだ……もっと細かく砕かないと!」

 感傷を打ち破るようにスピーカーから割り込んだ声に、ディアッカは虚を突かれた。
 この二年間、ミリアリアと同様、まともに顔を合わせていなかった相手――しかし間違いない。
「……アスラン?」
「貴様! こんなところで、なにをやっている!?」
 イザークも気づいたようだ。回線を繋げている部下もいるだろうに、すっかり昔の調子で怒鳴りつける。
「そんなことはどうでもいい。今は作業を急ぐんだ!」
 アスラン・ザラ。
 前大戦の終幕に、強硬派の長たる父親・パトリックと決別。
 ディアッカとはまた異なる理由でザフトを抜け、歌姫の艦エターナルが率いる三隻同盟に身を投じた男だった。
 前議長アイリーン・カナーバの計らいで名前と身分を変え、オーブへ亡命したはずの元同僚が、何故ここに?
「あ、ああ」
 思わぬ再会に戸惑いつつも、ディアッカは同意した。
「分かっている!」
 不機嫌丸出しなイザークの応えに、どうやら幻聴ではなさそうだと脳内を整理する。

 アスラン搭乗機と思しきザクの識別コードは、戦艦ミネルバのもの。加えて、通達の留意事項だった “客人” ――手持ちの情報だけでも、経緯はなんとなしに推測できた。
 地球・プラント間の定期シャトルは、民間人が気軽に観光利用できる代物ではない。
 おそらく政治的な用件で訪れていたんだろう、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハの……護衛が、非常事態に居ても立ってもいられなくなり参戦した――そんなところだろうが。あの跳ねっ返りな姫君が、よく自分も出撃すると駄々こねなかったものだ。為政者たる立場を自覚したか、それとも使える機体が足りなかったか?

「相変わらずだな、イザーク」
 モスグリーンのザクウォーリアが、すいと機体を寄せてきた。
「貴様もだ!」
 イザークは尊大に言い返す。しかしその口調は、どこか嬉しげな響きも含んでいた。
「やれやれ……」
 まったくもって相変わらずだ。
 アスランの言動に、ケンカ腰で食って掛かるイザークという図式。
 仕切りたがりが同じ場所に立てば、まあ必然的にそうなるか――士官学校時代に始まり、数え上げればキリがない、二人の言い争いを脳裏に浮かべたディアッカは、こきこきと首を鳴らしつつ思い返す。
(あの頃、こいつら仲裁すんのはニコルだったんだよなぁ……)
 今は記憶の中にしかいない少年、ニコル・アマルフィは地球に憧れていた。
 戦争が終わったらピアニストを目指したい、音楽の都と詠われる古い街を訪ねてみたいと、とりとめない雑談の合間に聞かされたことがある。
 どの国の、なんという場所だったか、もう少し詳しく聞いていれば良かった。覚えていれば、いつか――気休めに過ぎなくとも、そこで売っている楽譜を墓前に供えてやるくらい出来たろうに。
 ここで自分たちがしくじれば、ニコルの、どことも知れぬ “憧れの地” まで瓦礫と化してしまう。

 次なる破砕ポイントへ向かう途中で、再び、敵接近を知らせるアラームが鳴り渡った。
「イザーク!」
 注意を喚起するように、アスランが声を張り上げる。
「うるさいっ、今は俺が隊長だ! 命令するな、民間人がぁー!!」
 なんとも “らしい” 台詞を吐き捨て、イザークは、飛来するジンに突っ込んでいった。ザクのビームが一機の武装を潰し、そこを “スラッシュ” のビームアックスが貫く。
 ディアッカは、メテオブレイカーの保護を最優先に、僚機の射線を掻い潜ってきたジンをロックオンして撃ち落とす。

 ようやく敵部隊の反応が消えたと思いきや、今度は例の、奪取されたセカンドシリーズが現れた。

 イザーク機が “アビス” の足を斬り落とす。そこへ割り込んできた “カオス” に、ディアッカは “オルトロス” を喰らわせた。続けてアスランが砲弾を浴びせ、怯んだ相手のシールドを “スラッシュ” が破壊。なおも突っ込んでこようとする “カオス” に、ザクウォーリアのビームアックスが投げ放たれる。
 こちらの連携に押され気味の “カオス” と替わるように、体勢を立て直した “アビス” がビームランスを振りかざしてきた。
(……インパルスと戦ってんじゃなかったか? こいつ)
 周囲を探れば、故障かそれとも “アビス” のスピードに撒かれたか、トリコロールの機影は少し離れた宙域に留まっていた。
 どうあれ、この場はイザークたちに任せて問題ないだろう。
 また浮き足だっていた隊員をまとめ、ディアッカは破砕作業に戻った。破損を免れたメテオブレイカーを目標ポイントに設置、起動を確認するや否や次の地点へと機体を駆る――手強かったジン部隊もほぼ撃破されたらしく、行く手を阻む影はない。
 そうして五機のドリルを穿ち、六機目を抱え上げた刹那、

 ぱんぱんと立て続けに、場違いな花火が虚空に咲いた。
 ボルテールとミネルバ、そして所属不明の敵母艦から、等しく三発ずつ。帰投を促す信号弾だ。

「ちっ! 限界高度か……」
 舌打ちするディアッカの意識を、独り言めいたイザークの呟きが引き戻す。
「ミネルバが艦首砲を撃ちながら、ともに降下する――?」
 鮮やかに点滅する 【 TEXT ONLY 】 の文字。電子パネルに表示された文面の内容だった。
 混戦を極めていた各陣営の機体は、迫る引力の脅威を知ってか知らずか、どちらからともなく攻撃を止め母艦へと引き返していく。
「…………」
 手早くコンソールを叩き、高度と現在地を確かめたディアッカは、仲間たちとは逆方向へバーニアを噴かした。
「おい、ディアッカ? どこへ行く、引き上げだぞ!」
「分かってる! 二度もモビルスーツで大気圏降下する気はねぇよ。ザクには、フェイズシフト装甲なんざ付いてねえんだし」
 バスターに乗っていてさえ焼け死ぬかと思ったんだ、同じ轍を踏む趣味はない。
「けど、いくらミネルバがタンホイザーを連射したって、たいした成果は期待できない。せめてこれだけでも――」
 “ガナー” をフルスピードで駆りながら、スピーカーに向かって怒鳴り返す。
「シミュレーションが正確なら、これで地球への被害は七割近くまで減らせるはずだ!」
 敵機に活動を阻害され、破砕の度合いは目標レベルの半分にも達していない。限界高度とはいえ、あと数分くらいの余裕は残っているはずだ。
 ポイント4Kβ8に辿り着き、メテオブレイカーの固定を試みるディアッカの耳に、

「なら、さっさとしろ。馬鹿者が」

 友人の呆れ声が、やけに近く聞こえた。
「イザーク?」
 追って聞こえるのは音声だけと思っていたが、ブルーの機体はすぐ傍にあり、ぐいとドリルの片側を支え上げる。
「こんなところで死んでみろ。線香も上げてもらえんぞ」
「センコウ? ……なんだよそりゃ」
「香気を含んだ草の粉を線状に細く固めたものだ。昔、地球に存在した島国の、葬式の道具でな。火を付け、立てて墓に供える」
「あー、はいはい、おまえの民俗学講義も聞けなくなる、ってワケね」
 無愛想な講釈に相槌を打ちながらも、作業の手は緩めない。
 本来、指揮官が持ち場を離れるべきではないんだろうが――直径50メートル前後あるメテオブレイカーの起動に、助力は、正直ありがたかった。
「死ぬつもりも、死なせるつもりもねーよ」
 誰も……なにひとつな。
 半ば自分に言い聞かせながら、起動ボタンを押す。ガリガリと回転速度を増し、地中に捻じ込まれていく鉄の塊を見届け、ディアッカはその場を離脱した。

 アスランの母親は “血のバレンタイン” で死んだと聞いた。農学の研究者で、優しい女性だったと。
 ザラ議長が、死ぬまでナチュラルを憎み続けた理由は。
 偏見からではなく傲慢の成せる業でもなく、ただ、愛する妻を殺されたという――己の体験に基づく信念を貫いたんだろうと。夫妻と交流のあった議員が、戦後、ぽつりと漏らしていた。
 ……パトリック・ザラは死んだ。
 ナチュラル殲滅の自論を否定され、側近のレイ・ユウキに撃たれた。
 だが今、その妻が眠るユニウスセブンは、地球に大災害をもたらす凶器へと変えられ、地球に――息子が暮らす国の上にも、隕石と化して降り注ごうとしている。

 母親の墓標を砕こうとしたアスランは、なにを想っただろう?

 やるせなさを噛み締めながら。
 緩慢に崩壊してゆくユニウスセブンの成れの果てに、ディアッカは黙祷を捧げた。



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ディアイザはコンビで眺めるのも楽しいけれど、アスランが加わってギャイギャイ騒いでるシーンも、お互い遠慮無しで子供っぽさが垣間見れて好きです。無印初期は、苦手だったんですけどねー。ギスギスしたクルーゼ隊の雰囲気(ニコルは別として)……キャラの印象って変わるもんだ。